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堕天使

 

『……あっという間に、十一機のエストックを……』


 〈エストック〉のコクピット中でミサカは誰かが絶句する声を聞いた。

 コクピット内のメインスクリーンにはたった一機で中隊規模の相手を軽くあしらう純白の〈インパルスフレーム〉の姿が映る。

 既に十一機の〈エストック〉が撃墜され、残存している機体にも損傷が目立っている。


――強すぎる……。


 思わず口を次いで出そうになった言葉を無理矢理に飲み込んだ。今の状況では自分の呟き一つで士気が喪失することも十分に有り得る。


『うおおおおッ!』


 損傷の激しい〈エストック〉が一機、純白の機体へと突撃を掛ける。

 通常仕様の一般機と違い、紺を基調とした色の異なるそれは副隊長の専用機であることを示している。


「副隊長……?!」


 左腕を失い、残った右腕で長剣を振るう副隊長機。

 しかし、弾かれる。振るった右腕がノックバック。さらに胸部の装甲が強引に剥ぎ取られて飛んで行く。


『ぐっ?! 貴様ああああッ!』


 副隊長機の長剣と敵機の大剣が再びぶつかり合って派手な金属音を響かせる。


「いけません! そいつは……!」


 自機に機関砲を構えさせた。メインスクリーンにレティクルが表示。

 しかし、敵機は副隊長機と重なって上手くロックオンできない。


「くそっ! このまま撃ったら味方に……!」


 接近戦の三文字が脳裏を過る。機体が即座に機関砲を捨て、左腰の長剣を引き抜こうと手を伸ばすが……。


「……」


 俺は唇を噛む。操縦桿を握る手が微かに震えている。


――なぜ、動かない……!


 感じた不快感をぶつけるようにメインスクリーンを凝視。

 丁度、倒れた副隊長機が純白の機体にそのコクピットブロックを踏みつぶされるところだった。

 息の詰まるような感覚。俺は目を見張った。


「倒した相手のコクピットを踏み潰すなんて……!」


 震える手を無理矢理にでも動かしてやろうと力を込めたその瞬間に、それは通信を通して告げられた。


『治安維持機甲隊の全機に告ぐ。速やかに撤退せよ』

「なっ……?!」


 隊長のその声に一瞬動きを止める。

 自分の中で何かが沸き立つのを感じた。


『繰り返す。全機撤退せよ』


 強く、強く、歯を噛み締める。

 未だ微かに震える操縦桿を操作。〈エストック〉が腰の鞘に収まった長剣に手を掛ける。

 こちらに気づいたらしい純白の機体。その目が鋭く光った。


「……こ、こんな……」

『ミサカ准尉?! 何をしている。撤退しろ!』


 隊長の声が聞こえていなかったわけではないが、無視して操縦桿を前進位置に叩き込んだ。

 各部のスラスターが一斉に火を噴く。


「こんな所で、退いてたまるかああああァッ!」


 接近しつつ抜刀。

 我武者羅に長剣を振るう。当然のようにかわされた。

 直後にコクピットブロックをも強く揺さぶる衝撃。


「ぐあっ?!」


 サブモニターに表示された機体図の右腕の肘から下の部分が白から赤に変わる。

 それは右腕の肘から下が破壊されたことを示していた。

 短い舌打ちを一つ。


「まだッ‼︎」


 残った左腕で腰部にマウントしてあるダガーを引き抜いて突き出す。

 再び衝撃。サブモニターの機体図の左肩から下が赤色へと変わる。

 それでも操縦桿を前進位置に押し込んだ。


「まだだああああッ!」


 金属音と衝撃。機体図の頭部が赤色へと変わり、メインスクリーンを含むセンサー関係のシステムが一斉にダウンする。

 さらに背部への衝撃。どうやら機体が転倒させられたらしい。


「ぐっ、畜生ぉ……」


 ゆっくりと歩み寄る敵機の足音。

 その音が一歩ずつ迫ってくる度に俺は恐怖心を掻き立てられ、操縦桿を握る手が震えだす。

 そして俺のすぐ近くでその足音が止まった。


――殺されるッ!


 思わず目を瞑る。

 金属音。

 結論から述べると俺は死ななかった。


『無事か?!准尉!』

「隊長……?」


 どこか険しい隊長の声。彼が俺を庇ってくれたのだと察しがついた。


『こいつは私に任せて准尉は撤退しろ』

「し、しかし……!」

『心配するな。お前たちが撤退できるだけの時間は稼ぐ』


 俺は何もできなかった自分への怒りを噛み締めるようにきつく歯噛みする。

 しかし、機体の損傷は激しく、とても戦えるような状態ではない。

 しばしの時間を置いて俺はようやく自分がここに残ったとしても足手纏いになるだけだと悟った。


「……分かりました。御武運を」



 *


 〈ラーグルフ〉のコクピットの中でオレは舌打ちを一つ。

 目の前に倒れた一機、それを殺り損ねた。これほど不快なことはあるまい。

 メインスクリーンに映る〈インパルスフレーム〉を睨みつける。

 オレが振るった大剣を長剣で受け止めて見せた一機の〈エストック〉。全身に纏う鎧のような厚い装甲。

 確か、強襲外装(アサルトパッケージ)とかいう追加装甲だったか。


装甲型(アーマード)ッ! テメェが隊長機か……!」

『そう言うお前は明けの明星(ルシフェル)だな?』


 通信を通して響く低い声。


「答える義務は、こちらにはない」


 短く答えたのはオレではなくロイだ。

 僅かに操縦桿を操作、一旦距離を取る。

 装甲量を減らすことで機動力を底上げしている〈ラーグルフ〉に対し、相手は強襲外装によって出力を底上げしている機体である。

 機体自体の出力ではこちらが劣る。

 鍔迫り合いにおいて機体出力は重要な要素であり、〈ラーグルフ〉には向かない。

 大剣を構え直したうえでの再突撃。〈エストック〉は当然のように大剣を受け止めて見せた。


「さがれッ! もうそちらに戦う意味など無いはずだ」

『悪いがそうもいかん。絶対的に優位な包囲作戦においてこのような結果を招いたのは私の力量不足だ』


 〈エストック〉が力任せに大剣を薙ぎ払う。続いて追撃の横なぎの一撃を大剣で受けた。


『死んでいった隊員たちのためにも、その仇を取るまで、私は退けんッ!』

「そんなこと……」


 何かを言いかけたロイ。


「……そうかよ」


 それを押し退けて、オレは嗤った。


「なら、死ねェッ!」

『な……?!』


 大剣を手放して半歩後退。支えを失った大剣が地面が地面に落ち、それを追うようにして長剣を構えた〈エストック〉が前のめりに姿勢を崩す。

 機体の背を仰け反らせて振り下ろされる刃を回避、右足を軸にして機体を回転させつつ腰部のサイドアーマーからダガーを抜き放ち、振るった。


 〈エストック〉が纏う鎧、その胸部に刃が食い込む。

 咄嗟に敵機が胸部の強襲外装をパージ。

 装甲が食い込んだままのダガーをそのまま捨て置き、回し蹴りを一つ。

 たたらを踏んだ敵機に対して左前腕裏の三七ミリ散弾砲が咆哮する。

 しかし、敵機の厚い装甲を貫通できない。

 大型ブレードを拾い上げ、すかさず追撃。強襲外装を装着している代わりにシールドを装備していないらしい敵機は振るった大剣を自機の左腕で受けた。

 刃を叩きつけられた装甲がぐにゃりと歪む。


『何故だ明けの明星(ルシフェル)!私の知るお前は民から愛される英雄であったはずだ!それがどうして我々に刃を向ける?!』

「英雄、ねぇ……」


 呟くように言って、大剣の峰に空いていた左手を添える。両腕で押し込まれた刃が金属音と共にさらに深く敵機の左腕に食い込む。


「残念だがオレはそんな大層なものになった覚えはねぇ。オレはオレと相棒のために戦う。それだけだァ……!」

『堕ちたか堕天使(ルシフェル)ッ!』


 直後、まさしく鉄拳と言うべき〈エストック〉の鋼の拳が〈ラーグルフ〉の頭部に直撃、機体がノックバックすると同時にカメラアイを保護していたクリアブルーの装甲が砕け散る。

 片膝をついてなんとか機体の転倒を防いだが、大剣を取り落としてしまった。

 メインスクリーンが点滅を繰り返した後、再び正常に起動。目の前に拳を掲げる〈エストック〉の姿。


「チッ……!テメェッ‼」


 サブモニターを素早く操作。右腕前腕裏のスモールシールドが前方にスライド、手首を覆うようにせり出したそれはまるで手甲のように展開する。

 拳を突き出す。相手もまた同じく左腕を突き出す。双方の拳がぶつかり合ったことによる衝撃。

 一瞬の均衡。〈エストック〉の左腕が先程の戦闘で受けた損傷部からスパークを起こし、そして砕け散る。

 敵機が一歩、二歩と後方に下がる。


「終わりだァ!」


 大剣を再度拾い上げて突き出す。

 もちろん左腕でだ。右腕はシールドを展開しているために手首の可動域が制限されており、大剣を構えることはできない。

 刃先が〈エストック〉の胸部を突く。火花を散らしつつ刃が機体に吸い込まれてゆく。

 しかし……。


「コイツ……!」


――避けた?!


 オレとロイの言葉が脳裏で交錯する。驚きに思わず目を見開いた。

 確かに大剣の刃先は敵機の胸部に突き刺さったが、撃破には至らなかったのだ。

 避けたというよりも、僅かに機体逸らして刃によって貫かれる位置を変更したという方が正しいだろうか。大剣は〈エストック〉の胸部、その左寄りを貫いていて、コクピットブロックは無事だ。


『墜ちろ、明けの明星(ルシフェル)ッ‼』


 残った右腕でダガーを突き出してくる〈エストック〉。咄嗟に機体をよじらせるが、避けきれない。

 ダガーが〈ラーグルフ〉の左肩、その付け根へと食い込んだ。


「てんめぇッ!」


 サブモニターを操作。機体図に代わり、改良型大型ブレードの図が表示され、続いて《UNLOCK》の文字。

 〈エストック〉の左胸部に突き刺さった片刃の大剣。その峰の部分の装甲が僅かにスライドして開く。オレは大剣の中に隠されたもう一つの武装を引き抜いた。

 それは刀だ。

 大型ブレードの白い刃とは真逆の黒い刃を持つ刀。

 整備士であるダンケルが大型ブレードの内部に施したもう一つの武装。所謂隠し武器というものだ。

 その漆黒の刃が揺れた。

 ダガーを持つ〈エストック〉の右腕が一瞬で両断される。


『インパルスフレームの装甲を外装ごと……?!』


 驚きの色を帯びた相手の声が聞こえたが、無視して刀を突き出す。

 刀が〈エストック〉の胸部中央を貫くのとダガーの刃で損傷を負い、それでも刀を握り続けていた〈ラーグルフ〉左腕が小爆発を起こして弾け飛ぶのがほぼ同時。

 黒い刃は今度こそ間違いなくコクピットブロックを貫き、〈エストック〉が頭部のセンサーから光を失って頽れた。


「チッ、手こずらせやがって……」


 膝立ち状態の機体を立たせつつ、展開していた右腕のスモールシールドを収納。

 残った右手で敵機の胸部から刀を引き抜く。

 刃を翻すと刃先から赤黒い何かが跳ねた。


――ロイ、あとはテメェに任せる。あの女と合流するだけなんだろ?


 僅かな間。


「ああ、あとは僕に任せてくれ」


 ロイが額の汗を拭い、操縦桿を握り直した。


 *


 第一〇三番天蓋区画内、メネア連邦軍中央基地、統括指令オフィスにて。

 〈ラーグルフ〉からの包囲網突破成功の報告を受け、シグルドは息を吐く。


「成功したか……」


 僅かに浮かべた笑みと共にそう呟いた。

 どこからか溢れ出た安心感に身を任せるように腰かけたアンティークのデスクチェアーに深く身を預ける。


「どうやら俺が手助けしてやれるのはここまでのようだな」


 漆黒の双眸でデスクの上に展開されたホログラムを見つめる。表示されているのは先程届いた〈ラーグルフ〉からの報告である。

 ホログラムの画面に指を伸ばし軽く操作。


 《この通信を削除しますか》


 表示された文字に少しだけ目を細める。


「あとはそちらでうまくやれ、明けの明星(ルシフェル)



 通信削除。



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