獣の戦い
『嫌ああっ……!』
ヒューリス大尉の絶叫にユウキは思わず顔を顰める。
拒絶の叫びが最後まで聞こえず、途中で切れたのはおそらく隊長が〈ベガルタ〉との通信回線を強制的に落としたからだろう。
その直後には遠距離から砲声。飛来した特殊貫徹弾が純白の機体の傍らを抜けて友軍機である〈エストック〉の胸を貫いた。
『……なっ?!』
隊長が虚を突かれた声を上げる。
『か、カミール!カミールーッ!』
『……おい、返事しろっ!』
当然、返る声はない。胸部に大穴を開けた機体が頽れる。
『あの女っ!何やってんだ!』
『味方を撃つのか……?!』
『腕利きじゃなかったのかよッ!』
治安維持機甲隊の乗り手たちは一部を除いては各部隊から徴集された先鋭たちばかりだ。
余程のことでなければ取り乱したりしない。
けれどフレンドリファイアはどうか。そう頻繁に起こるものではない。”余程のこと”になってしまってもおかしくない事故だ。
隊員たちが次々に言い、純白の〈インパルスフレーム〉からの注意が逸れた。
それは戦場において最もやってはならない愚行。
敵が動いた。
『ッ……?!』
「速い!」
純白の機体は自身を取り囲む〈エストック〉の一機へと急接近。その大剣を振りかざす。
『ぐああああッ……!』
斜めに振り下ろされた大剣の刃が首元から食い込み、そのまま胸部の装甲を突き破ってコクピットブロックを断ち切る。
否、断ち切るというよりは叩き切る。大剣のその重量でもって〈インパルスフレーム〉を装甲ごと叩き潰すと言った表現の方が適しているだろう。
インカムに一瞬だけ雑音が混じる。回線が強制切断された音だ。
純白の機体が片腕で〈エストック〉に食い込んだ大剣を引き抜く。
裂けた装甲から覗いたコクピットブロックはハッチがひしゃげ、生じた隙間から赤黒い何かが飛散していた。
『ディルクーッ!』
『ディルクを、ディルクを殺ったのかッ!』
隊員の叫びが通信を通して聞こえる。
数機の〈エストック〉がその機関砲を向ける。
おそらく相手の機体のコクピットでは多数のロックオンアラートが重なって聴こえていることだろう。
それに全く動じた様子も見せず純白の〈インパルスフレーム〉はゆっくりと振り返る。
特徴的な頭部のクリアブルーの装甲の下、僅かに発光した二つのカメラアイと目が合った気がした。
思わず息を呑みそうになったのを堪えて歯噛みする。
「ちくしょう……!」
操縦桿を操作、三七ミリ機関砲が敵機を捉える。
レティクルがロックオンを示す緑色に変化。
撃発。
*
ロックオンアラートが〈ラーグルフ〉のコクピットにけたたましく鳴り響く。
砲声。
――直撃コース、狙いだけは正確でいやがる。
「避けてみせるさ」
レイの言葉を遮って言った。
各部のスラスターが火を噴き、〈ラーグルフ〉が跳躍。こちらを狙う機関砲の銃口もそれに合わせて上へ。
そして放たれた砲弾が一斉にこちらに迫る。
スラスターの出力を上げてさらに跳躍。ひらりと身を躍らせて弾雨をかわす。
機体の限界値まで上昇し、そして各部のスラスターを一斉に停止。
――レイ!
「サヨナラだァッ!」
自由落下の勢いに任せて大剣を振る。
ちょうど着地地点にいた不運な〈エストック〉が一機、自機の頭だったものを胴に埋めて頽れた。
再びロックオンされる前に〈ラーグルフ〉は駆ける。
メインスクリーンには別の〈エストック〉の姿。機関砲をこちらに向け発砲。迫り来る弾丸の一つが〈ラーグルフ〉の肩に当たり金属音を立てる。
〈ラーグルフ〉は機動性と引き換えに防御を犠牲にした機体である。たかだか機関砲弾一発程度では致命傷にはならないだろうが、多少の損傷は避けられまい。
「……チッ!」
「任せろ……!」
レイが舌打ちし、代わって僕が操縦桿を素早く操作、迫り来る砲弾を最小限の動きでかわしつつ、前進する。
やがて機関砲で対応できなくなるほど接近すると、敵機が腰部から長剣を抜刀しようとその柄に手を掛けた。
「遅ぇッ!」
機体の左腕で〈エストック〉の首を掴む。
『ぐっ……!こいつ!』
機体同士が触れ合ったことで敵機のパイロットの声が響いてきた。
おそらく振り解こうとしているのだろう。〈エストック〉の首が金属の擦れる音ともに強引に捻られる。
「そう暴れんなって、直ぐに放してやるからよォ……!」
『き、貴様、まさか……ごはッ?!』
左前腕裏の散弾砲が至近距離で炸裂。
コクピットブロックを蜂の巣にされた〈エストック〉の頭部のセンサーカメラの発光が点滅した後、失われる。
ロックオンアラート。今までとは異なる方向と距離から飛来する砲弾を先程の敵機を盾にして防ぐ。
どうやら別のゲートを包囲していた機体が騒ぎを聞きつけて援護に回ってきたらしい。
確認出来るだけで二十機はいるだろうか。
「ハッ!数で押し切ろうってか。脳がねぇなぁッ!」
「だが、予定通り。もう少し時間を稼げば僕たちの勝ちだ」
再び〈ラーグルフ〉が前進。
進む先に二機の〈エストック〉。構える機関砲が火を噴く前に大剣を投擲。回転しながら飛んだ大剣は敵機のシールドをひしゃげさせたのち地面に突き刺さる。重量のある大剣を受け止めた〈エストック〉の一機は後方に倒れこんだ。
転倒した仲間の機体を一瞥するもう一機、その一瞬を逃さない。
急接近し、僅かに膝を折って引き抜いたダガーを相手の下腹部へと突き立てる。
装甲の隙間を貫ぬいたダガーの刃がコクピットブロックを引き裂いた。
「ハハハハッ!誰もオレたちを止められねぇッ!」
「そうさ、目的を達成するまで僕たちは止まれない!」
高らかに嘲笑しつつレイが言い、真っ直ぐにスクリーンを見つめて僕が言う。
〈エストック〉の胴体に突き刺さったダガーはそのままに敵機を蹴り倒す。倒れた一機の上に覆い被さるもう一機。
しかし、完全な無力化ではない。素早く相手から奪い取った機関砲を乱雑に掃射。
二機の機関部の爆散を確認してから機関砲を放り捨て、地に突き立った大剣を引き抜く。
合間の僅かな間を使ってモニターを操作。
サブモニターを操作して区画内へとコールサインを発信。
僕達は再び〈ラーグルフ〉を前進させる。
そうして天使の反逆は続く。
*
第一〇三番天蓋区画、その南ゲートに停車している輸送用トレーラーの中でリンは彼とお揃いの首飾りを握りしめる。
目の前の運転席にはディーヴァルが、そしてその隣の助手席にはミレイナが、それぞれ索敵モニターや外からの映像を映すサブモニターを凝視している。
突然、静寂を切る通信のアラーム音が耳を突いた。こちらの発進を促す〈ラーグルフ〉からの通信だ。
「……来たか……!」
「いよいよだね」
ゆっくりと開いてゆく南ゲート。その重い鉄扉の向こう側から差す太陽光が私たちを照らした。
ディーヴァルがこちらを振り返って言う。
「リン、準備はいいか?」
ゆっくりと頷く。
「はい」
「なら、行くぜ」
ディーヴァルがアクセルをキックダウン。トレーラーが急発進する。確かに見える範囲に敵影は無い。しかし……。
「ディーヴァルさん。左に避けてください……!」
「……!」
左に急ハンドル。遠心力で体が傾く。
右側で戦車砲弾が着弾。舗装された道路が弾ける。
「……な、なに?!」
「……くそったれが……!」
右に急ハンドル。左側で榴弾が炸裂する。
辺りを漂っている霊魂たちが騒めいている。彼らがこちらに何かを訴えようとしているのは明白だった。
そして私の目はあるものを捉える。それは宙に浮いた、否、宙に浮いているように見える砲頭。私は第一〇一番天蓋区画で見た空間にポツンと銃口が浮いているあの光景を思い出す。
――光学迷彩!
すぐに思い至った。おそらく眼前には光学迷彩を被った装甲戦車が並んでいるのだろう。
「ディーヴァルさん少しだけ持ち堪えてください。なんとかします……!」
「持ち堪えるって……何秒だ?!」
「三十……いえ、二十秒あれば……!」
言いながらシートベルトを外して立ち上がる。
少しでも私の存在を彼らに、霊魂たちに知らせるのだ。
「くそっ、やってやる!」
ディーヴァルが急ハンドルを切る。危うく倒れそうになった私をミレイナが支えてくれた。
「リンちゃん。何をする気?!」
「突破口を開きます!ロイさんがくれた機会を無駄には出来ません!」
祈るように手を合わせる。
――お願い、応えて……!
その祈りに呼応するかの如く霊魂の声が返る。
十分な数の霊魂たちの協力を得るのに十秒ほどの時間を要した。
ゆっくりと目を閉じる。そして私は請い願うのだ。
――遍く無数の無垢なる者たち、汝、我が道を切り開く者なれば……。
瞼を開く。
「白ノ陣、”刻”!」
霊魂たちが一斉に瞬いた。
「なん、だ……?」
「砲撃が……」
ディーヴァルとミレイナが呆気に取られた声を漏らす。
無理もない。あれほど激しかった砲撃が突如として止んだのだから。
霊魂の力を借りて対象となる相手の体感時間だけを一時的に停止させる術式。
今、装甲戦車に搭乗している者たちは静止状態にあることだろう。
「……はや、く。あまり、長くは、保ちません」
全身を襲う強い疲労感に抗いながら、私は言う。
霊術というのはそう都合のいいものではない。
彼らの機嫌しだいではあるが、通常は霊魂への協力を得る代わりに自分は代わりに何かを差し出さなければならない。言うなれば取り引きである。
そして今回求められたのは私の体力。
霊魂が私の体力を吸い取っているために疲労感が全身を襲うのだ。
改めて相手の数が少なくてよかったと思い直した。
仮にロイが〈インパルスフレーム〉を引きつけずにいたならば私一人の術ではどうにもできなかったことだろう。
「よし、このまま突っ切るぜ。しっかり捕まれ!」
「リンちゃん、こっち!捕まって!」
「……ひゃっ?!」
ミレイナが私の腕を掴んで引いた。直後、トレーラーが急加速。
そして私たちは包囲網を抜けた。
荒野を抜けて森に差し掛かったあたりで私は疲労感に堪えきれずに倒れる。
「り、リンちゃんッ!」
ミレイナが優しく受け止めてくれるような感触はあったが、掛けられる声は既に遠くて聞き取れない。
重くなった瞼が徐々に降りてきて視界が狭くなってゆく。
――ロイさん。私は……。
意識が暗闇へと沈んだ。




