拒絶の砲弾
第一◯三天蓋区画を囲う形で包囲する、メネア連邦軍第◯六治安維持機甲隊。そんな彼らから離れた高台の上でただ一機、待機するダークグレーとモスグリーンの装甲を纏った機体。
アメリアの愛機、〈ベガルタ〉である。
既に脚部の駐鋤を展開した狙撃体制。頭部のスコープカメラを展開すればいつでも撃てる。
眼下には天蓋区画とその周りには荒野が広がっている。
森林の中にただ一点だけ広がる荒野。この不自然な地形は人間がかつて開発のために森林を切り開いたそれが今も放置されているために生まれたものだ。
――どう、足の感覚は?
〈ベガルタ〉のコクピットの中でアリシアが言った。
私は自分の足に視線を落とし、少し動かす。筋肉量の減少によって若干の重たい感覚を伴う違和感があるが、動く。
――少し、重い。
――動くだけ、マシでしょ?
――うん。
軽い頷きを返し、自身の頭に手を伸ばす。銀色の、ヘッドセット型のデバイスに指先が触れた。
元々は黒い線状の模様が今は薄緑に発光している。それこそがシステムが起動している証拠。
理由は不明。けれど私は〈RAGE〉の起動時にのみ下半身の麻痺が無くなり、足を動かすことができる。
〈インパルスフレーム〉に乗って戦っている時だけ、私は自由に動くことができる。
それなのにどうして、私は心のどこかで戦うことを嫌がっているのだろうか……。
半ば無意識にため息を吐いた。
――また昔のこと思い出してるんでしょ?
「…………違う」
呟いた言葉に覇気はなかった。
そう、それは忘れることのできない昔の記憶。
仲間が前で戦い、散っていくのを遠くで見ていることしかできない無力さ。
――そりゃ、アメリアは前に出て戦えないもんねー。仲間外れ、それは当然よね。
「……みんな、仲間外れじゃないって、言ってる」
――それはみんなが貴女の狙撃に期待してるからよ。
自分の中のもう一人が微かに嗤う気配。
――一発でも外したら。貴女は本当に仲間外れ。
一瞬、息が詰まった。胸が針で刺されたように痛み。思わず胸に手を伸ばし、身に纏った軍服を押さえつけながら握り締めた。
――いいからその身体をよこしなさい。私ならダガー一本でも人並みに戦えるから。
「……嫌」
ゆっくり行きを吸って、そして吐く。
改めて操縦桿を握り直した。
「……外さなければ、いいんでしょ」
*
トレーラーの牽引するコンテナの中で横たわる〈ラーグルフ〉のコクピットの中で僕はサブモニターに表示された指紋認証システムに手を翳す。
〈インパルスフレーム〉の起動画面、一瞬の間を置いてメインスクリーンがトレーラーのコンテナ内部を映し出す。
そして次に銀色のヘッドセット型のデバイスを取り出して一息。
「最初から使うしかない、よな」
少し躊躇い気味にそれを取り付ける。流れる用にサブモニターを操作、画面に”RAGE”の文字が表示され、デバイスの黒いラインが緑に発光。
途端にレイが身体を奪い去った。
――レイ……!
叫んだが、声にはならない。
「わりぃなァ、ロイ。人の一人も殺せねぇテメェには用はねぇ。オレが全部片付けてやるからすっこんでろ」
沈黙。
――レイ。
「なんだよ。大人しくしてろ」
――僕も、戦う。
「……ハッ!どの口でほざきやがる」
――言わなくても、分かるだろ?僕にもやるべきことができた。その障壁を取り払うためなら僕はなんだってするさ。
一瞬の間。
「そうかよ」
そしてレイは嗤った。口の端を吊り上げて、喉を低く鳴らして嗤う。
それから少し長い前髪を乱雑にかき上げて、
「そんじゃあ、外で待ってるあいつらに見せつけてやろうぜ」
――ああ、分かってる。
確かな肯定。レイが両の瞳を僅かに見開く。
「オレたちの本気ってやつをよ」
レイが統括司令オフィスへと通信を繋ぐ。
そして僕が言う。
「シグルド、準備はできた。いつでも出られる」
*
『隊長!区画内から緊急通信。輸送用トレーラーが一台、奪取されたとのことです』
区画外にて包囲作戦を実行していた俺が友軍機からの知らせを聞いたのはちょうど作戦開始の一時間前のことだった。
『……流石、人ならざる者だな。我々が動く前に仕掛けてきたか』
無線通信を通して隊長の低い声が聞こえる。
『全機戦闘態勢で待機、目標が現れ次第脚を止めろ。殺すなよ』
『了解』
「り、了解」
他の隊員たちより一拍遅れて応答。操縦桿を握る手に力が篭る。
『ミサカ准尉』
対象を自分だけに絞ってのダイレクト通信で隊長から声がかかった。
「は、はい……!」
『確か、IFに乗っての実戦は初めてだったな』
「……はい」
見えない相手に対して頷く。
そう、俺は准尉などという階級を得ているが実戦を経験したことがない。
訓練の成績だけで得たお飾りの階級でこの治安維持機甲隊にも入隊したのだ。
実戦で力を出せなければ隊長をはじめ、隊員達にも幻滅されることだろう。
失敗は許されない。
俺がそう思い続けていたことに隊長はきっと気づいていたのだろう。
『気負うなよ。誰も失敗したって責めやしない』
掛けられたのはそんな優しい言葉だった。
すっ、と全身から程よく力が抜けるのを感じ、一度強く握った操縦桿から手を離した。
「……はい、ありがとうございます」
改めて操縦桿を握り直す。
ちょうど見える第一◯三番天蓋区画の北口ゲート。
その金属製の扉がゆっくりと開いていく様が拡大映像としてメインスクリーンの片隅に表示される。
そして扉が全て開き終える前に輸送用のトレーラーが一台、颯爽と飛び出した。
『出てきたか。牽制で構わん。撃てッ!』
小さく息を吸う。
やることは訓練と変わりないと強く自分に言い聞かせて撃発。〈エストック〉の三七ミリ機関砲が火を噴く。
次の瞬間俺は両目を見開いた。
「避けた……?!」
そう、かわしたのだ。
トレーラーは急ハンドルとブレーキを巧みに使い降り注ぐ銃弾の雨をかい潜って行く。
『くそッ……! あたらねぇ!』
『なんだあいつッ!』
別の隊員たちが口々に言うその声が通信を通して聞こえる。
第一◯三天蓋区画の周囲は一度開発を行うために森林を切り拓いた言わば部分的な荒野。
舗装してある通行路以外はトレーラーには不利な凹凸の激しい地面である。
それを銃弾を避けながら走行するとなるとかなり高度な技術を要するだろう。
「……獣ってやつは、全員化物なのかよ……!」
俺はきつく歯噛みした。
*
「ハハハハッ!」
トレーラーの荷台に積まれた〈ラーグルフ〉のコクピットの中にレイの笑いが響く。
「シグルドの野郎、遠隔操作でここまでやるとはまだまだ落ちぶれちゃいねぇみてぇだな」
そう、今現在弾雨をの中を駆けているこのトレーラーを遠隔操作で操っているのは第一◯三番天蓋区画におけるメネア連邦軍統括司令、シグルド・レイハードだ。
本来はオートパイロットでトレーラーをひたすら前進させる予定だったが、シグルドが楽しそうだとかいう巫山戯た理由で操縦役を買って出たのだ。
遠隔操作の範囲は天蓋区画から精々二、三キロメートルの範囲。遠出させるには向かないがオートパイロットに比べ細かい操作が可能なのが利点。
――当然だろう。シグルドは元オーバーブレイブスだ。それに地の利もある。
僕は冷静な口調で言う。
シグルドはこの天蓋区画に長く勤めている。おそらくこの辺りの地形を隅々まで把握していることだろう。
そういう意味では僕たちにも優位な点は存在する。
レイがちらりと索敵レーダーの結果を表示しているモニターを見やって鼻を鳴らす。
「オイオイ、どうしたァ?さっさとオレたちを止めて見せろってんだ」
*
〈エストック〉のコクピットの中で俺は必死にメインスクリーンを彷徨うレティクルを追う。
ロックオンを示す緑色にレティクルが変わると同時に撃発を繰り返すが、当たりは無し。
トレーラーが蛇行しつつこちらに近づいてくる。
『ミサカ、そっち行ったぞ!』
「分かってる!」
隊員の声に叫ぶように答え、再び撃発。直後、警告音が鳴り響く。
ちらりと見やるサブモニター。表示された機体図の傍らに機関砲の残弾が少ないことを示す表示。
「……ッ!弾切れ?!」
がこん、という音とともに残弾を消費しきった弾倉が自動排出される。
新たな弾倉を取り出して装填するその僅かな時間でトレーラーは〈エストック〉の足元を抜けて行った。
「くそっ!抜かれた……!」
機体を反転すぐにトレーラーに狙いを定める。
その射線の先に友軍機がいることにも気づかずに……。
『撃つな!准尉!』
「……ッ?!」
咄嗟に操縦桿を握る手の力を緩める。その時には既に隊長たる彼は次の指示を出していた。
『ヒューリス大尉!』
*
「……了解」
隊長であるガイアの指示に短く応答し、私は〈ベガルタ〉のスコープカメラを展開させる。
バイザーにも似た機体頭部の装甲がスライドし、保護装甲諸共本来のカメラアイを覆う。
〈RAGE〉システムを介し、効き目である右目に直接レティクルが表示、それにはスコープカメラの映像が映る。
数秒でレティクルの中にトレーラーの姿を収め、引き金を引いた。
八八ミリロングレンジライフルが咆哮。
飛来した特殊貫徹弾はトレーラーの目の前の地面を抉る。
暴走を続けていたトレーラーは車体を斜めに傾けて停止した。
確認すると左の前輪がひしゃげている。これでは動けまい。
「……ビンゴ」
すぐさま友軍機がトレーラーを取り囲む様を見やってから小さく呟いく。
『な、なんだ……?』
ヘッドセット型のデバイスに内蔵されたインカムから他の隊員、おそらくミサカ准尉の声が聞こえて右目に直接映ったレティクルの映像を注視した。
トレーラーの積んだコンテナ、その上部ハッチがゆっくりと開いている。
そしてその中からゆっくりと純白の機体が立ち上がるのが見えた。
「……え……?」
翠玉色の双眸が見開かれる。
思わずレティクルの中の映像を拡大、フレームを覆う純白の装甲、鋭利なデザインの頭部には面のようなクリアブルーの装甲が陽の光を受けて輝いている。
所々異なる箇所はあるものの、それは間違いなく彼の機体だった。
「……なん、で……?」
ぽつり、と漏れた微かに震えた声の呟き。
『IF?!どうして起動を……!』
『くそっ! IFの操縦までできるってのか?! 本当に化けもんじゃねぇか……!』
『ヒューリス大尉』
動揺する隊員たちの会話に混じって隊長が私を呼ぶのが聞こえた。
「……は、い……」
『対象をあの白いIFに変更する。撃てるか?』
ひゅ、と息を吸う。胸の奥が締め付けられるような感覚を覚えた。
『今なら対象が静止している。今しかない、撃て!』
私は指示された通り、レティクルの中央の十時線を純白の機体の胸部に合わせる。
だんだんと心臓の鼓動が速く、激しくなってゆく。
それに呼応するかの如く呼吸が激しくなり、間隔も狭くなって過呼吸へと近づく。
レティクルがロックオンを示す緑色へと変化、けれど引き金を引くことができない。
純白の機体が背部のバックパックにマウントした片刃の大剣に手を掛ける。
『ヒューリス大尉、何をしている!早く撃て!』
少しばかり焦りの混じった隊長の声。
長くロックオン状態が続き、緑色のレティクルは点滅を始める。
幼すぎる。そんな理由で誰からも受け入れられず、ただ一人で死んだように毎日を過ごしていた私をオーバーブレイブスに推薦したのは彼だった。
上限越えの勇者たち。そんな存在にはなれないと断ったのだけど、そんな私に彼は言ったのだ。
――僕が君を部隊に入れてみせる。必ず……!
そう言った時の彼の真っ直ぐな視線は今でも頭の片隅から離れない。
「…………い……」
私に生きる理由をくれた彼、そんな彼の機体を撃つことなんて私には……。
「嫌ああああっ……!」
撃発。
*
飛来した特殊貫徹弾が〈ラーグルフ〉の頭部の傍を抜けて後方へと流れる。
そして〈ラーグルフ〉を包囲するように立っていた〈エストック〉の一機の胸部に命中。コクピットブロックを貫く。パイロットはおそらく即死だろう。
ーーふ、フレンドリファイア?!
ロイが驚きの声を漏らし、オレは嗤う。
「ハハハハッ!こいつは見事なショーじゃねぇか……!」
胸部からオイルを血のように滴らせつつ頽れるそれを見つめつつ嘲笑。
「そういうの、嫌いじゃないぜ。オレはなァ……!」
レイは操縦桿を全身位置に叩き込む。
〈ラーグルフ〉の全身のスラスターが一斉に火を噴いた。
天使の反逆はまだ始まったばかり。




