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決意

 夕刻。第一◯三番天蓋区画のメネア連邦軍第一基地総合棟の最上階に位置する展望室でロイはリンと待ち合わせた。

 ここで彼女に全てを伝えるのだ。

 治安維持機甲隊による包囲網が敷かれてから既に三日、シグルドが持てる手段を全て駆使して時間を稼いでくれていたが、それもついに限界を迎え、明日の正午を持って突入作戦を敢行するという通知が先程届いたらしい。

 そしてちょうど夕刻時の今は展望室の窓から赤く染まったホロスクリーンの空と搬入作業や整備作業に勤しむ軍の兵士たち、所々明かりが灯り始めた街並みが見える。

 いつもと変わらない日常がそこにはあった。


「区画内への被害は、出さないようにしないとな」


 そう小さく呟いた時だ。


「ロイさん」


 後ろからの呼びかけに振り返る。

 ここ数日でよく見かけるようになった髪を後ろで一つにまとめた姿の彼女が立っていた。

 〈変化の術〉とやらで隠しているらしく、今の彼女には獣耳は無ければ、尾も生えていない。

 深刻な面持ちなのは多分、シグルドに今の現状についてを聞いたということなのだろう。


「ごめん、呼び出したりして。けど、どうしても話しておかないといけないことがあるんだ」


 交差する視線が重なる。


「シグルドから話は聞いた?」


 彼女は答えず、けれどゆっくり頷いてみせた。


「そうか……」


 沈黙が落ちる。作り物の夕日が僕たちのいる空間を赤く染め上げてゆく。


「リン、聞いてくれ」


 一度小さく深呼吸。シグルドとも既に合意した作戦を僕は伝える。

 それは天蓋区画への被害が最も少なく、シグルドたちの手を借りることを最小限に抑えることのできる唯一の策。


「僕は明日、機甲隊の包囲網を単独で突破する。僕が彼らの注意を惹きつけている間に包囲が手薄になった出口から君は脱出するんだ。」


 沈黙。

 唖然としたのか、はたまた驚いたのか、彼女は一度口を開き、そして閉じる。

 再び沈黙。


「…………ロイさん。貴方、生きる理由を探すんじゃなかったんですか……?」


 沈黙を破った彼女は両の拳を固く握り、その両肩を震わせていた。

 怒りだとすぐに気づいた。


「死にたがるのもいい加減にしてくださいっ! 死ぬことが罪の償いだなんてそんな考え方はもう……やめて、ください……」


 そして大粒の涙が彼女の頬を伝って落ちる。

 こぼれ落ちた涙は偽の夕日を受けて煌めきながら次から次へと流れ落ちる。


「リン、落ち着いて」

「落ち着いてなんて、いられませんよ……」


 泣き噦る彼女に僕はあくまで冷静に言った。


「僕は死ぬつもりなんてない」


 一瞬の間。


「……ふぇ……?」

「言っただろう?僕は包囲網を()()する。必ずまた会える」


 唖然とするリン。その瞳の端に溜まった涙を人差し指で拭ってやった。


「リン。君、前に言ったよね。獣と人間を繋ぐ架け橋になってくれって。ずっと考えていたんだ。その答えを」


 一呼吸、置いた。



「戦うよ、僕は」



 一瞬の沈黙。彼女が一度その瞳を瞬く。


「えっと、それは答えになっていないのでは……?」

「今回の一件でね。人間はやっぱり変われないって分かったんだ」


 ふ、と自嘲気味に笑ってみせる。


「だから、僕は、自らの意思で()()と戦う。獣の側として戦うことで人間を変える。人間と獣は共に協力し合うことだってできるんだって伝える。それが今の僕のやりたいこと、生きる理由だよ」


 そう言って僕は彼女から貰ったネックレスを取り出した。偽の夕日を浴びて赤く輝く翼を模した金属の飾り。


「矛盾してるって笑うかい?でも、僕にはこういうやり方しか思いつかない」


 微笑んでネックレスを掲げてみせる。


「君を無視して出撃するのは簡単だ。だけど僕は、リンにも納得してもらって、その上で戦いたい」

「……」

「リン。僕の出撃を認めてくれないか?」


 彼女は二、三度瞬いて、それから同じようにネックレスを取り出して掲げた。


「本当に、戻ってきてくれるのですか?」

「もちろん、君にこの檻の世界は似合わない。僕が君の翼になる。君がここから飛び立つために誰よりも大きく羽ばたいてみせるさ」


 彼女がゆっくりと微笑む。どこか子供っぽい無垢な笑顔。


「分かりました。貴方を信じます。必ず、必ず私の所に戻って来てください。それだけは約束です」

「ああ、分かってる。約束だ」


 ゆっくりと、深く頷く。

 ネックレスの飾りがまるで磁石でも仕込んでいるかのように引き合って、互いに接し合って小さな音を立てた。




 翌日の朝、僕がリンを連れて南口のゲートまで行くとよく知る二人が出迎えてくれた。


「ミレイナさん、ディーヴァルさんっ!」


 二人だと分かった瞬間にリンが嬉々として駆け寄る。

 少し遅れて僕も彼らに歩み寄った。


「二人とも、どうして……?」


 想定外の展開に僕は困惑しつつ尋ねる。

 二人はシグルド直々の推薦を受けた正規の軍人だ。

 今回の作戦に加担したことが知れれば当然只では済まない。


「ロイ。お前なぁ、俺らにも一言ぐらい声かけろや」

「そうだよー。私たちリンちゃんから話聞いて本当に驚いたんだからね」


 ディーヴァルが笑い。ミレイナが態とらしく膨れてみせる。


「いや、それは悪かったけど、二人とも任務はいいの?」

「あー、それなんだどな。今日から任務ねぇんだ」

「……へ?」

「私たち、軍を抜けたの」


 沈黙。


「き、君らは二人揃って馬鹿なのか?!」

「おうおう、なんとでも言いやがれ」


 いつもと同じく、愉快に笑ってみせるディーヴァル。

 続けてミレイナが言う。


「言っておくけど一番の馬鹿はロイくんだからね?」

「なんで僕?!」

「いや、敵の包囲網を単独突破するとか考えつかんだろ、普通」

「うんうん」


 ディーヴァルが態とらしくため息を吐き。ミレイナが何度も頷く。ついでにリンも一緒になって頷いていた。


「お前、自分の意思で戦うって決めたらしいじゃねぇか。だったら俺たちも協力しねぇわけにはいかねぇだろ」


 ディーヴァルが後ろのIF輸送用トレーラーのコンテナを平手で叩く。

 この第一○三番天蓋区画には東西南北に各一箇所、計四つのゲートが存在する。今回の作戦では僕が北側ゲートから出撃する予定なので、リンたちはその真逆の南口ゲートからトレーラーで脱出する。

 そのためのトレーラーが今僕たちの目の前にある一台というわけだ。


「お前もリンを乗せたこいつをオートパイロットで出すのは抵抗あっただろ?俺が操縦ぐらいやってやるから心置きなく戦ってこい」

「ディーヴァル……悪い、実を言えばその通りだったんだ。操縦頼めるか?」

「任せろ」


 彼は口の端を吊り上げて笑った。

 それから僕はミレイナに向き直る。


「ミレイナ、君はわざわざ危険に身を晒す必要なんてないんじゃないのか?」


 彼女はくすりと微笑んで、


「もう、分かってないなぁ。戻ってきた後誰が〈ラーグルフ〉を整備するの?」

「……それは」

「私も一人前の整備士ってわけじゃないけどそれなりに学んできたつもりだから力にはなれると思うんだ。一応整備技師の資格持ってるし」

「ミレイナ……」


 しばしの間。僕はディーヴァルとミレイナの顔を交互に見やってから頭を下げた。


「ありがとう。すまないが、リンを頼む。必ず戻ってくるから……」

「おい、水臭いのは無しだぜ」

「そうだよ、これは私たちが好きでやってるの。だからロイくんは好きなだけ暴れてきて」

「二人とも……」


 思わず込み上げてきそうになった何かを堪え、僕は言う。


「本当にありがとう」




 さて、ディーヴァルとミレイナの二人にリンを任せた僕は彼らが待機している南口ゲートとは真逆の北口ゲートへと向かう。

 北口のゲートは軍基地へ直接繋がっているということもあり相手の戦力も北口側に集中しつつあることが確認できている。

 突破が目的の今回の作戦だが、第一に南口からリンたちの脱出を確認するまでは敵を惹きつけておかなければならない。

 僕が戦力の集中している北口ゲートから出撃するのは道理だろう。

 ゲートの前には〈ラーグルフ〉を積んだ輸送用トレーラーが一台、すぐに発進できる状態で停車している。


「シグルド」


 近づいて、その傍らに立つ人物へと声をかけた。


「ロイか、南口はどうだった?」

「……信頼できる助っ人ができた。安心だよ」

「そうだろうな」

「けど、お前はいいのか?それと今回の件、アイリスさんとも合意しているんだろうな?」


 ふ、と僕のかつての戦友は笑って、


「もちろん。子供はいつか親元を離れる。俺たちの場合はそれがちょっと早かっただけさ。とはいえ、アイリスはだいぶ渋ってたな。説得するのに苦労した」

「……親子そろって無茶苦茶だ」

「お前に言われたくはないさ」


 そして僕たちは笑い合った。

 ひとしきり笑って、沈黙が訪れたところで僕は再び口を開く。


「ありがとう。シグルド、お前がいなければきっと今回の作戦は成り立たなかった」

「よせよ。俺がもう少ししっかりしてりゃあこんな無茶しなくても済んだんだ。礼を言われる筋合いなんてねぇ」

「そんなことない。いつかはきっとこうなってたと思う」


 シグルドは一度漆黒の瞳を瞬いて、それから嘆息にも似た息をこぼす。


「お前は昔から人のせいにすることをしないな。難儀なやつだ。ほら、持ってけ」


 彼は懐から一兆の拳銃を取り出して差し出す。

 光を受けて鈍色に輝くそれは今現在軍で使われている拳銃よりも型の古いものだ。

 間違いなくシグルドがかつて愛用していたものだろう。


「いいのか……?」

「言っとくが、貸すだけだからな。返しに来なかったらただじゃおかねぇぞ」

「……分かった」


 僕は拳銃を受け取って空っぽだった腰のホルスターにしまった。


「シグルド、最後に頼んでおいた仕事、お前なら完璧にこなしてくれると信じてる」

「ああ、任せろ。包囲網の突破よりかだいぶ楽な仕事だ」


 シグルドはそう言って以前オーバーブレイブスの隊員として戦っていた際と同じく、牙を向いた獣の如く笑って見せた。

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