新生ラーグルフ
新型シュミレーターシステム、〈IFS-XC〉で久々の模擬戦を行ったその翌日、アメリアがいつものように型の古い車椅子を操って、メネア連邦軍第◯六治安維持機甲隊隊長であるガイア・エルストン大尉と共にブリーフィングルームに入ると既にかなりの数の隊員が集まっていた。
なんでも大規模な作戦を行うらしく別の隊から派遣されてきた者もいるらしい。
昨日挨拶した隊員たちはともかく別の隊から来た者たちは車椅子姿の私を見て目を丸くする。
けれどもそこは軍人、動揺を隠す程度の技術は持ち合わせているらしく、声を上げて騒ぐ者はいなかった。
「よし、全員いるな」
隊長が手にした端末の画面に映る名簿とブリーフィングルームに集まっている士官達の人数とを見比べて言う。
「只今よりブリーフィングを始める、と言いたいとこだがその前に今回の任務から我々の◯六隊に加わり、重要な戦力となり得る人物を紹介する」
ちらりと彼がこちらを見やった。自己紹介せよとのことなのだろう。
小さく深呼吸。そして車椅子を少しだけ前に押し出す。
こういうのは少しだけ苦手だ。
「……アメリア・ヒューリスです。新規IFパイロットとして、◯六隊に着任することになりました。よろしく、お願いします」
直後、ブリーフィングルームに動揺の波が広がる。
無理もない。普通両足が使えない状態では〈インパルスフレーム〉の操縦などできるはずもないのだから……。
疑いの視線が殺到する中、一つだけ違う視線を感じてちらりと目を向ける。
その先には東方民族の特徴である黒髪黒眼の青年パイロットの姿。
ユウキ・ミサカといったか、まるで少年のように輝く瞳でこちらを見つめている。
そういえば彼には私の戦闘を昨日見せたばかりだったなと思い返す。
「いいかお前らぁ!」
隊長の一喝。途端に部屋は静かになる。
「人を見た目だけで判断するなよ。ヒューリス大尉には俺と同じか、それ以上の操縦技術がある。文句がある奴は大尉に勝ってから言え」
「……隊長。それは、言い過ぎ、です」
「謙遜するな鷹の目。お前には充分にその力がある」
自身を持てと言わんばかりに淡い笑みを浮かべる隊長に私は小さな溜め息をこぼした。
――言っちゃいなよ。
不意に頭の中に声が響く。自分の中のもう一人の人格の声だとすぐに分かった。
――本当は勝負を挑まれた時にその相手をするのが面倒なだけなんでしょ?
まるで見透かしたような、微かに笑いを含んだ声。
――アリシアは黙ってて……。
――やぁね。せっかく本音を言ってあげたのに。ねぇ、やっぱりその身体、私にくれない?
――駄目。
きっぱりと言う。彼女に身体を預けたが最後、戻ってくる保証はどこにもない。
――お願いよ。ずっと潜在意識の中なんて退屈なの。少しだけでいいから私にも……。
――駄目。
――むぅ、意地悪ね。はぁ、まぁいいわ、どうせIF乗るんでしょ、その時は好きにさせてもらうから。
私の中にいるもう一人、アリシアの気配が薄れる。
きっと潜在意識の奥深くへと潜ったのだろう。
小さく息を吐いて作戦の概要を説明する隊長へと目を向ける。
彼は隊員たちに向けて作戦の説明を開始しており、既にルームの中央にあるホログラム台に大きくホログラムが展開され、作戦の大まかな流れが表示されている。
説明を聞かなくていいのかと問われれば、決してそういうわけではないのだろうが、作戦の内容は大体把握しているので多少の聞き漏らしに対しては対応できる。
私はぼんやりとホログラムの中央に位置する一枚の画像を見つめた。
艶のある黒髪と黒く尖った獣耳、そして橙黄色の毛に覆われた尾。
後ろ姿だけではあるが、“獣”であることは確認できる。
今回の任務は第一〇三番天蓋区画で捕捉されたという獣の斥候、その捕獲である。
第一〇三番天蓋区画も捕獲のために動いてはいるようだが未だ捕獲には至っていないとのこと。
私たちは捕獲対象が天蓋区画から脱出を図る前に第一〇三番天蓋区画を包囲し、大規模な捜索と出入りする車に対して検問を行う。
説明を続ける隊長を一瞥し、周りに聞こえぬようにため息を吐いた。
正直なところ、私は今回の作戦にあまり乗り気ではない。
理由は、分からない。けれど、何故かこの任務に参加したくないという思いが頭の片隅に居座り続けているのだ。
その不可解な理由に一つだけ心当たりがあるとすれば彼だろうか。
彼が“獣”に対して友好的だったから、きっとそれが移ってしまったに違いない。
――ロイ、貴方は今、どこに……?
胸に秘めたその言葉が声として発せられることは多分ない。
*
リンと二人で出かけた日から幾日か経った日の事。
「ロイさん!」
後ろから掛かった可憐な声に基地の廊下を歩いていた僕は足を止めて振り返る。
見れば長い黒髪を後ろで一つに結ったリンが駆けてくるところだ。
「リン?今日はカトルの姿じゃないんだ」
僕はこの前と同じく獣耳と尾だけを"術"で隠し、人間の少女の姿をした彼女に言う。
「え?あ、はい!あの姿はお兄様からハンザイというものの防止に役立つと言われていたので今までそうしていたのですが、ディーヴァルさんのお母様が必要ないと仰ったので今日からこの姿です」
くすりと微笑んで、この方が化けやすいのだと続けるリン。
「アイリスさんが?いったいなんで……?」
「なんでも、ロイさんが私をハンザイから守ってくれるので必要ないとか……」
「……」
僕はそこでようやく言葉の意味を理解してため息をついた。
ディーヴァルの母親であるアイリス・レイハードはもともとオーバーブレイブス隊のオペレーターを務めていたレイヤ・ハルクトンの娘である。
母親レイヤと同じくすぐに人を揶揄いたがる性格の彼女。おそらく今回も戯言の類いだろう。
「ところで、ロイさんはどちらへ?」
「ああ、僕は……」
言いかけて口を閉ざす。
彼女はまだ彼女自身が置かれている状況を知らない。そんな状況で僕があれを受け取りに行っていると知れたらまた要らぬ心配を掛けさせるのではないか。
――出来ることなら知られたくない。けど……。
けれどつい先日喧嘩したばかりの僕にとって彼女を突き放すのはとても難しいことで、話すことを拒んだことによって僕とリンとの間に生まれる歪みの方が余程恐ろしかった。
「……ついてくる?」
少し迷ってからそう告げた。彼女の黄玉の瞳が喜びに揺れる。
「よろしいのですか? はい、ご一緒したいです!」
それから僕たちは他愛もない雑談に華を咲かせつつ第三格納庫へと足を運んだ。
――第三格納庫の入り口でダンケル・ライゼンという男に話しかけろ。腕利きのIF整備士だ。お前の機体はあいつが整備を担当している。
先日、シグルドに言われた言葉が脳裏を過る。
そう、僕は自分の機体である〈ラーグルフ〉の整備が完了したとの連絡を受けて、その確認に向かっているのである。
格納庫の入り口で認証機に事前に伝えられていたパスコードを入力。
リンを連れて中へと踏み入れる。
直方体の建物である格納庫。奥行きのある室内の、両の壁側にはメネア連邦軍の量産型〈インパルスフレーム〉である〈エストック〉がずらりと並んでいた。
すぐ後ろからリンが小さく感嘆の声を漏らすのが聞こえる。
僕たちの入ってきた常用出入り口にほど近い格納スペースの前にシグルドに言われた通りの特徴の人物が見えた。
浅黒い肌に白髪交じりの黒髪、所々に煤のついた整備用の作業着を身に纏っている男性だ。
ぎゅ、と華奢なリンの手が〈ラーグルフ〉受け取り用に借り受けた軍服の背面を皺ができんばかりの勢いで掴む。
見れば彼女は僕の後ろですっかり縮こまってしまっていた。
「どうしたの?」
「あの人、知ってます……」
言われて僕は目を凝らす。
確かにどこかで会った気もする。
「すみません。ダンケル・ライゼン技術顧問は貴方ですか?」
「ん?お前……」
向けられる漆黒の瞳。その視線は僕の足先から頭までを素早く流れ、そして後ろのリンへと向く。
避けるように彼女が半歩退いた。
そんな彼女の様子には気に留めることもなく整備士の男は無精髭の目立つ自身の顎に手をあてがいつつ覗き込む。
「ああッ!お前ら、この前の不法侵入カップルじゃねぇか!」
驚いたらしいリンが咄嗟に身を寄せる。
ダンケルの大声に〈インパルスフレーム〉を整備していた整備クルーたちが一斉にこちらを向き、そして薄い笑いを漏らした。
「……ちょっと、その呼び方はないんじゃないですか。僕たちは保護されてここにいるんですよ」
「おいおい、馬鹿を言うな。それじゃあシグルドは保護対象に外出許可を出したのか?ありえんだろ……」
明らかにこちらを訝しむ視線。
「ありえますよ。シグルドは僕のかつての仕事仲間ですから、頼めばどうとでもなります」
「はぁ?統括司令の仕事仲間ってことはお前……」
彼が言い終わる前に敬礼した。訓令兵時代に徹底的に叩き込まれた完璧な動作。軍人であればこの動きだけで軍関係者だったかどうかを見分けられるはずだ。
「元メネア連邦対機神特殊先鋭部隊所属、ロイ・グロードベント元上級大尉です。IF-X1714号機の整備完了の報告を受け、参りました」
一瞬の間。そして技術顧問の整備士は口の端を吊り上げたのだった。
ダンケル・ライゼンと名乗った整備士に導かれ僕とリンは第三格納庫内を歩く。
鉄板の床は歩くたびに軍靴の踵が床を打ち、響いた音が独特の旋律を奏でる。
その第三格納庫の最奥の格納スペースに見覚えのある純白の機体が鎮座していた。
頭部のカメラアイを保護する面のようなクリアブルーの装甲が格納庫の白系統の明かりを反射して光る。
「中枢回路、は丸ごと新型のやつに交換して、各部にスラスターを増設してある。多少はマシな動きができるだろうぜ。ああ、安心しな。例のシステムは積んである」
「ありがとうございます」
〈ラーグルフ〉を見上げながら言った。
「それと武装だが、元々こいつに積んであったやつは型が古くってよ。スペアが無かったんで勝手に交換してる」
電子端末を手渡され、受け取る。
画面には機体に搭載されているであろう武装の詳細が表示されていた。
「装弾数の少ない左腕のパイルドライバーは丸ごと散弾砲に交換。使い方は遠距離からの牽制だが近距離でも十分使える使用だ」
それと、と彼は続ける。
「大型ブレードにはちょっとした細工を加えてある」
「なるほど、了解です」
「ロイさんロイさん」
くいくい、と傍らに立って機体を見上げていたリンが袖を引く。
「右腕のあれ、あんな装甲ラーグルフにありましたか?」
リンの細い指が流れるように動き、ラーグルフの右腕を指す。
確かに右腕の前腕裏に追加装甲らしきものが新たに取り付けられているのが見える。
「あれは……?」
「小型だが、シールドだ。お前さんの過去の戦闘データを見せてもらったが、よく右手で攻撃を受ける姿を目にしたんでな。新たに装備させてもらった。こいつにも一応細工を施してある」
右腕の装甲を見つめ、目を細めた僕にダンケルが補足を入れる。
そして真っ白な歯を覗かせ、自慢げに笑ってみせるライゼン。
僕は思わず目を見開いた。
〈インパルスフレーム〉の性質や操縦者の癖を理解し、それに見合った整備を行い、無事に帰還できるように最大限のサポートを行う。
なるほど、間違いなく彼は腕利きの整備士だ。
「……本当に、ありがとうございます」
言って、僕は再び静かに佇む〈ラーグルフ〉を見た。
この日から第一○三番天蓋区画が派遣された治安維持機甲隊によって包囲されるまでは一週間も無かった。




