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ハイドシューティング

 ところで、第九十八番天蓋区画内のメネア連邦軍中央基地には最新鋭のIFシュミレーターシステムが三機存在する。

 名は〈IFS-XC〉。〈インパルスフレーム〉のコクピットブロックをそのまま使用した大型のシュミレーターシステムである。

 主なシュミレートの内容は対機神戦、対獣戦などを中心に作戦内容も様々であり、かつ、最新システムの導入によって操縦時のシステムによる遅延がほとんどないという。


 しかしながらこのシュミレーター、定期メンテナンスと訓練以外の時間で兵士たちに開放されているにもかかわらず人気がない。

 というのも、相手はAIのシュミレートシステム。そして今までに何億、何兆、あるいはそれ以上の模擬戦を行わせて開発された代物である。

 要するに強すぎるのだ。

 相手が強すぎて最低難易度のミッションでさえも達成できたのはベテランの操縦士数人のみにとどまる。


 そして俺は今日もこのシュミレーターを使って自主訓練をするために訓練棟へと足を運んだ。

 あらかじめコクピットブロックのハッチを開いたままで鎮座する三機のシュミレーターシステム。

 今日も俺以外に訓練をしている人はいない。

 入隊してから毎日このシュミレーターシステムを使用しているが人に会ったのは数えるほどしかない。そんなことを思いながら一機に乗り込み、膝の間あたりに位置するサブモニターに指紋を読み取らせる。


 一瞬の”loading”表示。ユウキ・ミサカという自分の名と過去の対戦成績が表示される。

 戦績を一瞥して溜め息を一つ。とても人に見せられたものではない。

 モニターを操作して難易度を”easy”に、作戦の種別と地形の種別を”random”に設定。

 間もなくしてメインスクリーンが起動し、任務が表示される。


「今日は対IF戦か……」


 両手で左右の操縦桿を握りつつ小さく呟く。

 今回の作戦は〈インパルスフレーム〉同士の戦闘を想定したもの。達成条件は別働隊の到着まで後方の天蓋区画を死守。逆に敗北条件は友軍の全滅。


「今日こそは……!」


 操縦桿を握る手に力を込める。

 “engage”の合図とともに作戦開始。多少高低差の目立つ森林地帯と開けた平地が混合する地形がスクリーンに映る。そして後方には第九十八番天蓋区画を模した天蓋区画を確認。

 三秒ほどの時間をおいてから索敵レーダーが反応、敵軍を示す赤いブリップがモニターに多数表示される。

 開戦。




 そして俺は今日も順調に作戦失敗の回数を増やした。

 途中水分補給を挟んで同じ地形と任務で五戦目を開始。しかし、始めに比べて疲れが溜まり、集中力も欠いている。

 案の定すぐに追い込まれた。

 俺の機体は支援向きの中距離戦闘型。といえば聞こえはいいが、言わばチューンのなされていない量産型機である。


 メネア連邦軍が第六世代〈インパルスフレーム〉をベースに量産型機として開発した機体〈エストック〉。連邦軍の特徴である黒灰色の装甲を纏ったボディと薄灰色の装甲に覆われた四肢、頭部にはカメラアイを保護するための”V”の字を潰したような形のクリアグリーンの装甲と左側頭部から伸びる通信用のアンテナ。

 実際の任務でも使用するその機体がシュミレーターでも俺の機体として登録されている。

 機体の右腕に握っていた三七ミリ機関砲が破壊されて爆散、残りの武装は機体の名称ともなった細身の長剣のみとなる。


「はぁ、はぁ……くそッ……!」


 長剣による横薙ぎの一撃、目の前に迫っていた一機が頽れる。

 しかしすぐ次が現れる。別働隊の到着までは残り五百秒。任務達成は絶望的だ。

 ロックオンアラート。

 右側に視線を向ける。五〇〇メートルほど離れた場所に分厚い装甲に身を包んだ装甲戦車が三台。八八ミリ滑腔砲を向けている。


――回り込まれたッ……!?


 操縦桿を操って回避動作をとる。が、おそらく間に合わない。

 舌打ちを一つ。

 諦めかけたその時、装甲戦車の一台が貫徹弾を叩き込まれて爆散した。


「なっ?!」


 残りの二台も後を追うように爆散。

 必死に操縦桿を操作しながら索敵レーダーにちらりと目を向ける。

 簡易な地形図の戦闘域から離れた位置に先ほどまでは無かった友軍を示す緑色のブリップがある。

 形の少し異なるブリップがその機体がAI操作の無人機ではないことを示す。


「割り込み、か?」


 狭いコクピットの中で呟く。

 訓練用のシステムである〈IFS-XC〉にはある一定の階級以上の者に作戦への割り込みや一部の過去データの閲覧権限などが与えられている。

 今回の友軍機もおそらくそれだろう。

 長距離狙撃型らしいその機体は、その姿こそ見えないものの、敵軍の指揮官機を中心に次々と撃墜し、押され気味だった戦線が一気に押し返された。


「す、すごい……!」


 指揮官機を撃墜する事で相手を混乱させ分断された敵軍を各個撃破。

 しかもかなりの距離があるにもかかわらず一射たりとも狙いを外さない正確さと精密さを合わせ持つ精度の高い狙撃。

 そして俺は正体不明のその機体のお陰で初めて任務を達成できた。

 作戦成功による歓喜と先程の機体を操っていた人物が誰なのかという期待で興奮気味の俺は急いでシステムを終了し、コクピットハッチを開ける。

 外に出るとシュミレーターシステムは三号機が起動状態にあるのが目に入った。


 きっとこの中にいる人物に違いない。そう思って硬質なコクピットハッチを外からノックする。

 しばしの間を置いてハッチが開いた。

 途端に()()の淡緑色の髪が目に入る。

 そこにはつい先日病院で会った。翠緑種(ヴェルトゥー)の女性パイロットがいた。

 明日の入隊を前に一日早く移動してきたのだろうか。


「ひ、ヒューリス大尉……?!」


 慌てて姿勢を正す。

 彼女はその翡翠色の瞳を一度瞬いて、


「……ミサカ准尉……?」

「お、覚えていてくださったのですね。光栄です」


 少し早口になった。


「……どうした、の?」


 彼女が僅かに首を傾げる。艶のある短めの髪が重力に従って垂れた。


「あ、えっとですね。先程のシュミレートで割り込んできた機体、あれは大尉のものですか?」


 彼女は答えなかった。けれど控えめな頷きが返る。


「あの距離からあれほど精度の高い狙撃、すごいです!ベテランのパイロットでも貴女ほどの腕を持っている方はそういないと思います!」


 と、思わず興奮気味に語った俺に彼女は苦笑を返した。


「そう、ありがと……」

「それにしても驚きましたよ。この不人気なシュミレーターを大尉も使っていたんですね」

「……面白いシステムがあるって聞いたから、寄ったの。でも、これはついで」


 言いながら彼女は淡緑色の髪を一房、耳にかける。


「ついで……?」

「うん……明日、入隊だから各隊員に挨拶、しとこうと思って……」

「そんな、わざわざ大尉がそんなことする必要は……!」


 僅かな間。くすりと小さな笑いが聞こえた。


「……人付き合い、苦手なの。だから、これくらいはね」


 両足が使えないにもかかわらず、彼女は器用にコクピットブロックの壁を支えにシュミレーターシステムを出る。

 システムの傍らに止めてあった車椅子を彼女が座りやすいように移動させると小さな礼の言葉が返った。

 それから彼女は慣れた手つきで車椅子を反転させ、こちらに目を向ける。


「……明日、一三〇〇(ヒトサンマルマル)にブリーフィングルーム。私の入隊報告と、次の作戦のブリーフィング、あるから……」

「あ、はい。了解です」

「……それじゃあね」


 彼女が車椅子の車輪を回して前進。

 ゆっくりシュミレータールームを出て行く彼女の後ろ姿から俺は目が離せなかった。

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