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三人目の勇者

 第九八番天蓋区画。

 ここはメネア連邦という国とって重要拠点となりうる施設が数多く存在する言わば第二の首都とも言える場所である。

 それ故に軍の規模も大きく、様々な重要施設が存在する。

 その重要施設たるものの一つ、メネア連邦総合軍病院。


 メネア連邦軍第◯六治安維持機甲隊所属の准尉であるユウキ・ミサカは初めて来る軍病院の病棟を見上げ感嘆にも似た息を吐いた。

 十二階建ての病棟三棟とその他の関連施設からなるメネア連邦総合軍病院は彼が想像してよりも遥かに広く、大きいものだったのである。


「行くぞ、准尉」


 病院の入り口を閉ざすガラスドアの解錠手続きを済ませたらしい機甲隊隊長の低く、男性らしい声音で我に還る。

 きっちりと着込んだ連邦軍の軍服と東方民の特徴である黒髪を軍の規律に則って丁寧に整えている様子からも分かるよに真面目な性格のミサカは呆けていたのを注意されたと勘違いして微かに頬を染めつつも慌てて姿勢を正した。


「あ、はいっ!」


 そしてどこか力の篭った返事を返す。

 隊長の後に続いて館内へと入った。

 施設の規模は大きいが、室内は他の病院と変わりなく白を基調とした空間が広がっている。

 しかし……。


――窓が、少ないな。


 見回して思う。

 室内は照明の明かりで照らされているので暗いと感じることはないのだが、この建物には最低限の集光窓しか見受けられない。

 まるで、周りから見られるのを避けているかのようだ。

 俺は隊長の後について室内を移動し、病棟の中央奥にあるエレベーターに乗り込む。

 戸が閉まり、やがて慣性を伴ってエレベーターが上へと移動する感覚。


――隊長、こんな所に何のようなんだ?俺はてっきり偵察任務か何かだと思ってたんだが……。


 俺は長身の隊長の後ろ姿を窺いながら思考を巡らせる。

 事の経緯は隊長が単独で任務を行うと隊員に告げたことから始まる。

 その任務を当然の如く区画外哨戒任務だと思い込んだ俺は、目が多い方が効率的で負担も軽減されるだろうと思い、隊長に同行を求めた。

 結果、俺の考えは単なる思い込みであり、彼が向かった先は軍病院だったわけだが……。


「ミサカ准尉。お前、私が単独任務でこんな所に来るとは思っていなかったんだろう?」


 隊長はこちらに目を向けることなく唐突にそう言った。

 俺は自身の思考を読まれたかのようなその問いに驚き、一瞬遅れてそれに答える。


「はい。正直、哨戒任務ではないかと思っていました」

「そうか、それなら今回の任務はさぞ退屈なものだろうな」


 薄い笑い。


「い、いえ、無理を言ってついて来たのは自分ですし、これも貴重な経験です」


 隊長がこれを俺の真意と受けたか、はたまた退屈に思っていることを隠すもっともな理由と感じたかは俺には分からなかったが、少なくとも一瞬の沈黙が落ちたことは事実である。


「……准尉、今、歳はいくつだ?」


 沈黙を破って彼が放ったのはそんな問いだった。

 俺は突然の問いに疑問を抱きつつ答える。


「十九です。来月の二十日で二十になりますが。この任務には歳が関係あるのですか?」

「いや、直接の関係は無い。が、若い方が話がしやすいだろうからな。ちょうどいい」


 安堵にも似た息を漏らす隊長。一方で俺は話の意図が掴めず首を捻る。


「今から、人に会う。上からの命令でな。おそらくこれから同じ隊で活動する事になるだろう。仲良くしてやれ」


 再び沈黙。

 ややあって俺は言った。


「隊長、ここ病院ですよね?」


 そう、ここは病院、ここに入院している士官は大半が負傷している筈だ。

 メネア連邦軍は世界的にも大規模な軍組織である。

 負傷兵を部隊に駆り立てねばならないほど弱体化しているとは到底思えなかった。


「ああ、そうだな」


 困惑する俺に隊長はあくまで淡々と言った。


 *


 かつて《突きの襲撃事件》で三人のオーバーブレイブスの隊員が生き残り、瀕死の彼等が運び込まれた病院。

 それが第九八番天蓋区画のメネア連邦総合軍病院である。

 既にその三人の治療は終了しているが、ただ一人その病院に残っている者がいる。

 その一人は決して病院に残ることを願って残ったわけではない。


 ロイ・グロードベント。彼が戦闘の際に〈RAGE〉というシステムを使用するように、()()もまた〈RAGE〉システムの使用者である。

 そしておそらくそのシステムが原因で彼女は大切な物を失ってしまった。

 元々ロイ・グロードベントと同い年だった少女は治療が終了した時期の違いで今は彼より一歳年下だ。

 彼女の名はアメリア・ヒューリス。

 彼女は《突きの襲撃事件》以降、()()()()()以外では両足を動かせない。




 今日もいつもと同じように目覚め、ここ数年の使用でだんだんと扱い慣れてきた車椅子に座る。

 小さく息を吐いて、部屋をぐるりと見回す。

 真っ白な壁と天井、それにベッドと壁に埋め込まれた液晶画面に加え、部屋の隅に担当の看護師がいつも持ってきてくれる花を生けた花瓶が目に入る。

 私は部屋の隅まで車椅子を動かして自身の指を指紋認証システムに翳した。

 小刻みに点滅を繰り返し、直後に照明が点灯、白系統の光を放つ。

 この病院の個室の窓は小さく、光が十分に差し込まないのだ。


――まるで、監獄……。


 毎朝起きて照明を点けるたびに思う。

 許可がなければ部屋から出ることも許されないここは多少衛生管理の良い監獄ではないかと……。

 洗顔を済ませた後は看護婦に手助けしてもらいながら着替えるのがいつもの流れ。けれども、今日はいつもと少し違った。

 普段は着脱ぎしやすい寝間着のようなシャツとズボンを着るのだが、今日看護婦が持ってきたのはメネア連邦軍の軍服だったのである。


「……なに、それ……?」


 看護婦がその豊満な胸に抱く軍服にちらりと目を向けて言う。


「これですか?軍服です」

「……それは、分かるんだけど……なんで?」

「あら、聞いてませんか?今日アメリアさんにお客様が来ると連絡がありましたので正装をお持ちしました」


 客人とはいったい何の冗談だろうか。

 ここ数年間で、この部屋には看護婦と医師しか来ていないというのに……。

 一瞬だけ、かつて共に戦った()の後ろ姿が浮かんで、けれどすぐに消えた。

 私自身、軍服を着るのは本意ではなかったけれど看護婦がどうしても着てくれと譲らないので苦労して身に纏った。

 襟に付ける階級章はオーバーブレイブスにいた頃と同じ”大尉”を表すもの。

 なお、今現在の連邦軍における私の扱いが不明な以上、この階級章を付けて良いかは少々疑問である。


「……これ、少し、胸のところがきついんだ、けど……」


 ぺたぺたと自分の、お世辞にも大きいとは言えない胸元を触りながら言うと看護婦はくすり、と小さな笑みを返した。


「それはアメリアさんが成長した証では?」

「……そう、かな……?」


 自分の胸と目の前の看護婦のそれを交互に見て再び自分のそれを見る。

 明らかに、私の方が小さい。

 自分のが平均以下なのか、それとも看護婦のが大きいのか分からなかったけれど、それでも確かに昔に比べれば私のものも成長したらしい。


 *


 エレベーターで病棟の最上階である十二階まで登り、隊長の後を追って入り組んだ廊下を進んだ果てにたどり着いたのは個室型の病室の一つであった。

 部屋番号が大きくペイントされた扉の横、部屋の電子ロックを兼ねた小型のモニターに、名前が表示されている。


 《アメリア・ヒューリス》


 おそらくこの部屋の使用者だろう。

 隊長がモニターにパスコードを翳すとブザーが鳴った。


『……はい』

「メネア連邦軍第◯六治安維持機甲隊隊長ガイア・エルストン大尉であります。アメリア・ヒューリス大尉に二、三お話があって参りました」


――大尉?!


 相手が大尉であると知って驚いたのは一瞬、すぐに俺は姿勢を正し、細かな身だしなみを整える。


『………………どうぞ』


 やや遅れて相手の声。少しばかり高く、けれど非常に落ち着きのある声音だ。

 病室のドアがスライドして開く。


「失礼します」


 隊長が軽い会釈と共に中へ。俺も同じように続く。


「失礼しま――?!」


 直後、俺は言葉を失った。

 八畳ほどの病室の中央に彼女は旧型の車椅子に腰かけていた。

 そう彼女……。しかも翠緑種(ヴェルトゥー)の少女がそこには居た。

 翠緑種とは天蓋区画が作られる以前、一部の密林のその最奥で生活していたとされる民族で、その総数は全人類のニパーセント未満と言われる。

 見た目からは彼女が大尉であることを思わず疑ってしまうような若々しさを感じ、白雪の肌とその美貌はまるで硝子細工のように繊細。


 民族の特徴である緩く巻いた淡緑色の髪は短く切り、こちらを見つめる瞳もまた特徴的な翠玉色、同じ色の長い睫毛がその大きい瞳を際立たせている。

 そして身に纏うのはメネア連邦軍の軍人であることを示す黒灰色を基調とした軍服、襟元に輝く階級章は間違いなく大尉のそれ。


「か、可憐だ……」


 そんな言葉が思わず口から漏れるくらいだからきっと俺は彼女に見惚れていたに違いない。

 小声だったので本人には聞こえなかったようだが、流石に隊長の耳には届いていたらしい。

 ふ、と小さく笑いを返されて、俺は僅かに頬を朱に染める。


「貴女が、かの有名な鷹の目(ホークアイ)。噂に聞いていた通りの美貌をお持ちのようだ」


 ややあって隊長は言う。

 アメリアが目を眇める。なんというか、嫌な視線だ。


「……昔の、話」

「そうも言ってはいられないようですよ。貴女はまだ連邦所属の大尉でいらっしゃる」

「……見て、分かるでしょう?私はもうインパルス・フレームには乗れない」


 アメリアは自身の足を一瞥してから言った。

 一瞬の沈黙、隊長もまた彼女の足に一瞥をくれる。



「動くんだろう?その脚」



 ぴしり、と隊長の一言で場の空気が一瞬凍った。

 彼女の瞳が僅かに見開かれ、そして睨みつけるかの如く鋭く変わる。


「私はこれでも軍に三十年以上務める身。貴女の脚を動かす()について知らない訳ではない」

「…………」


 隊長は軍服のポケットから記憶媒体を取り出し、彼女へと差し出す。


「これも上からの命令でな。貴女には我が隊に加わっていただきたい。このメモリには隊員の情報を始め、必要となるであろうデータが入っている。目を通しておいて欲しい」


 差し出された記憶媒体を受け取らず、ただ見つめていた。

 俺から見ればその視線は睨みつけているも同然のものだったが……。


「……入隊は、いつ?」

「急だが三日後を予定している。詳細はメモリの中だ」


 そしてしばらく沈黙が部屋を支配した。

 彼女は何か迷いを感じているようで、難しい顔のまま視線を彷徨わせる。

 そしてその間に少しだけ、ほんの一瞬だけ、気恥ずかしくて、すぐに目を背けてしまったけれども、俺と彼女の目線が重なった。


――なんだよ、この胸の高鳴りは。初対面の相手に馬鹿みたいじゃないか……。


 たかだか目が合った程度で、しかも初対面の相手に対して変な気を起こしているとは思われたくない。

 しばらく経って、彼女は記憶媒体を受け取った。

 とても険しい顔をしていたから、おそらく本意では無なかったのだろうと思う。


「ではヒューリス大尉、三日後に基地でお会いしましょう」

「……了解」


 その時の彼女の返事は酷く重かった。

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