罪の代償
メネア連邦軍第一〇三番天蓋区画支部の特殊任務遂行部隊に配属された俺とミレイナは既にロイ・グロードベントの捜索を行っている別動隊と合流するため、ホバートラックでの移動を開始していた。
斜め後ろで数名の隊員とともに備品の整理に勤しんでいるミレイナを尻目に俺は鉄格子の被せられた窓の外に目を向ける。
時刻は夜の十時を回ったあたり、薄暗い闇の中、広葉樹や蔓植物を中心に多くの植物が群生しているのが窺え、そしてすぐに流れて窓の縁の向こうへと消える。
「奴が心配か? レイハード」
突然の声に顔を上げると、隊長であるアラン・ディーゼ大尉の姿。
彼は少しばかりくすんだ金髪を掻き上げるようにして額の汗を拭い、俺の隣、先程までミレイナが座っていた位置に腰かけた。
「ええ、まぁ。あいつは親父だけじゃなくて俺にとっても大切な友人ですから……」
ふっ、という小さな笑みがその後を追う。
「安心しろ、もう信号は捕まえてあるんだ。後は時間の問題だろうよ」
「信号……ミーティングの時に言ってた六日前の?」
ああ、とアランが頷く。
六日前、廃棄された第一〇一番天蓋区画付近の森林で原因不明の通信波と現在では使われてないはずの地形観測衛星が反応する通信波を探知した。
ただ、反応が微弱だったためにそれがロイたちの発したものであるかは断定出来ていないと聞いていたが……。
「通信波の波形が連邦のやつと一致したらしい。まずまちがいなくグロードベント上級大尉の乗ってた〈インパルスフレーム〉からのもんだろうよ」
大尉の表情が少しだけ柔らかくなる。
俺は隊長に気づかれぬように小さく安堵の息を吐いた。
どうやら、その通信波に期待はしておいても良さそうだ。
「隊長、合流ポイント到着しました」
運転席の方から声。
「別動隊は?」
「確認できません」
「やはりこちらが早かったか。よし、作戦通り別動隊の到着までここで待機し、捜索は明日の明け方からとする。交代で不寝番につきつつ仮眠だ。ああ、それと寝る前に水分取っとけ、脱水で動けなくなったらそれこそ話になんねぇぞ」
隊長のその言葉に隊員たちが返事し、半拍遅れて俺とミレイナが続く。
「レイハード伍長」
続けて大尉は俺に蒼玉の双眸を向ける。
「は、はい」
「最初の不寝番、俺とお前でやるぞ」
「了解」
大尉に導かれるまま、停車したホバートラックの外に出ると頰に生温い風を感じた。
熱帯夜。そう呼ぶべきものだと思った。
気温はさして高くもないのかもしれないが、湿気が多い。
「それにしても従軍してすぐに夜間任務とはお前たちも大変だな」
インスタントコーヒーの入った金属製のマグカップをこちらに差し出しつつ、彼は言う。
俺は少しばかりの苦笑いを浮かべた。
「いえ、俺……自分の通っていた士官学校は連邦軍が上に付いている所でしたから、夜間任務も一応経験があります」
言いながら、俺は通っていた学校についてを回想する。
もともとはメネア連邦軍が新兵の訓練時間を短縮または省略するために設立された学校だ。
従軍した際に即戦力となれるようにするのが学校側の目標とするところであり、そのための教育と訓練を受ける。
そのため、深夜任務であることに関してはあまり気にしたいなのだが、
「大尉、任務の詳細を電子メールにて確認した際、出発は明日の早朝となっていたように思うのですが、なぜ変更されたかご存知ですか?」
俺は一つ、気がかりだったことを大尉に聞いてみる。
任務の内容が直前で変更され、夜間任務となった。それだけは疑問だったのだ。
「何故だと思う?」
小隊を率いる隊長の薄い笑い。
「……統括司令の都合ですかね?」
「いや、俺の都合だ」
「……はい?」
「俺が日程を変更するようにお前の親父さんに頼んだんだ」
アランが自身の持つマグカップを傾け、コーヒーを啜る。
「それまたどうして……?」
「決まってるさ」
彼は夜空を仰ぐ。蒼玉色の双眸が何か思い入れでもあるように僅かに細まる。
「行方不明者の発見は、なるべく早い方がいい。向こうも早く見つけて欲しいって思ってるだろうしな」
言われて気づいた。
ロイ・グロードベント、そしておそらくあの時一緒に〈ラーグルフ〉に乗っていたであろうカトル・デュラン、彼らが行方不明になってから既に一週間、今日の深夜を跨げば八日が経つ事になる。
〈インパルスフレーム〉にはコクピットのシート下や後部に非常用の飲料や戦闘糧食が格納されていることが多いが、それでも日が経てば生存率は下がる。
見つけ出すのはなるべく早いほうが良いし、相手もそう思っているに違いない。
「それは、確かに……」
俺も、天を見上げる。
普段見るものとは比べ物にならないほど美しい本物の星が数え切れないほど瞬いていた。
*
昇る朝日。その眩しい日差しに照らされて〈ラーグルフ〉の純白の装甲版が輝く。
美しいその機体は今もなお膝立ちのまま動くことは無い。
私はその傍らに腰を下ろしている彼に歩み寄った。
「……ロイさん」
彼は俯いたまま動かない。
「よかったのですか、これで……?」
「……よかったって、彼らの事?」
その唇が微かに動いた。低く、暗い、悲しみと、おそらく自分自身に対する憎しみの色を含んだその声に私はたじろぐ。
「……そ、そうではなくて」
“そうです”と肯定する言葉を声に出すことは出来なかった。
「ラーグルフのエナジーパック、せっかく見つけたのに……」
私は膝立ち状態の《ラーグルフ》を見上げる。
第一◯一番天蓋区画で見つけたエナジーパックは結局持ち帰らなかった。だから、目の前のこの機体も動くことはない。
「ああ、いいんだよ。これで」
「そう、ですか……」
歯切れの悪い返事。続けて沈黙。
どこかで野鳥が鳴く声が微かに聞こえた。
「……君は、故郷に帰って」
彼は唐突にそう言った。
「え?」
「君も見ただろ?僕はまた、人を殺した」
「でもそれは……」
「何度も言わせるな。レイは僕なんだ」
彼が私に目を向ける。睨みつけるようなその視線は鋭くはあったが、僅かに揺れていた。
「いらないんだ。人を殺すことでしか自分の存在を確立できない僕なんて、ここで朽ちてしまえばいいんだ」
私は一瞬息を詰めた。彼が〈ラーグルフ〉を動かそうとしないその意味を理解してしまった。
「ロイさん、それは違います」
「違わないだろ、僕みたいなやつのどこに生きていていい理由が……う、ぐ……!」
「ロイさん!」
急にふらつき、前のめりになった彼を支える。彼に触れた自分の手に生温かい何かが貼り付くような感覚。
つい視線が行った。
あるのは真っ赤な彼の鮮血に染まった自分の手。
原因は分かりきっている。私を庇った時に左肩に受けた銃弾、それによって生じた傷から大量の血が流れ出ていた。
「ロイさん!すぐに止血剤を……!」
「いらないよ……」
「馬鹿なこと言わないでください!このままでは出血過多で死んでしまいますよ?!」
彼が私を突き放すように立ち上がる。その口元は確かに笑っていた。
「そいつはいいな。もう誰にも迷惑をかけなくていいなんて、最高……だ……」
彼の体から力が抜ける。慌てて倒れぬようにその体を支えた。
「ろ、ロイさん?!しっかりしてください!ロイさん!」
“人間”のそれよりも遠く小さな音まで拾うことのできる私の耳が機械の駆動音らしき音を捉えたのはその少し後、そしてそれが私たちを探す連邦軍の捜索隊が乗るホバートラックだと分かったのはそのさらに後の事だった。




