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殺戮という名の救済

 リンは僕が閉じ込められていた部屋と似た狭い部屋に居た。

 部屋には何一つ家具が無く、証明は壊れていて点灯していない。


「……リンッ!」


 薄暗い部屋の真ん中に蹲るようにして倒れていた彼女に駆け寄る。


「しっかりしろ、リン!」


 ()()()()の彼女を抱き起し、軽く揺する。

 僅かに耳が動いた気がした。


「う、ロイ、さん……?」

「リン……!どうして逃げなかったんだ!なんで、こんな……!?」

「だい、じょうぶ、です。この程度の傷、二、三日もあれば治ります、から」


 そう言って、弱々しく笑う彼女。

 僕はきつく歯噛みした。リンを抱き起している腕に力が込もる。


「ロイ、さん?」

「…………あいつらが、やったのか?」


 久しぶりに怒りを覚えた。自分でもその自覚があった。

 それに気づいたらしいリンが咄嗟に僕の服の袖を掴む。その振り払おうと思えば簡単だが、全身に傷を負った彼女にそんなことができるほど、僕は気が強く無かった。


「駄目、です」

「どうしてさ、君は、悔しくないのか……?」

「……復讐なんて、私は望んでません」


 縋るように彼女は言う。


「だって、復讐も、仇討も、何も生み出さないじゃないですか。何も、変わらないじゃないですか。そんなの、悲しいだけです……」

「でも、君はこんな傷ついて……許せないよ……!」

「違うんです」


 彼女の声が少しだけ大きくなった。所々に血が滲んだ尾がゆっくりと動く。


「これは、私が彼らを怒らせてしまったから、彼らの気持ちを考えず、一方的に話してしまったから……」

「まさか……」


 彼女の言葉から僕は一つの推測を得る。


「説得しようとしたのか?あいつらを、保護するために……」


 リンが小さく頷く。


「お願いです、ロイさん。彼らは迷っているだけなんです。きっと出口を見つけられるはずです。だから……」


 彼女の手が僕の頬を撫でる。頬に生温かいものが付着する感覚。

 その手が傷ついていたのか、またはどこか別の場所にできた傷を抑えたからなのか、あるいはその両方なのかは分からなかったが、頰に付いたそれが血液だということは分かった。


「彼らを救ってあげてください」

「……僕は、」


 言いかけて、僕は後ろを振り返る。

 何者かの気配を感じを感じたのだ。


「誰だ!?」


 部屋の照明が点灯。白系統の光が狭い部屋を照らす。

 開いたままの鉄扉、その傍に小さな女の子が立っていた。

 膝立ち状態の僕と変わらないほどの背丈しかないまだ幼い女の子だ。


 一部の北方民族のみが持つと言われる白銀の髪と今は亡きアレクス帝国に多かったと言われる深紅の瞳。

 非常に珍しい組み合わせだ。

 僕は銃がそこに無いにもかかわらず伸ばしていた手を戻す。


「君は……?」

「……」


 何も言わず少女はその小さな足で僕たちに歩み寄る。

 その身の陰から取り出したのは僕が持っていたものだと一目で分かるメネア連邦軍制式の自動拳銃。

 一瞬焦った。撃たれる、そう思ったからだ。

 けれども、少女は銃の()()()()をこちらに向けてそれを差し出す。


「……君、それがどういう意味か分かっているのか?」


 少女は小さく首を傾げ、ややあって口を開いた。


「おにいちゃん、おんなじ、もってる」


 途切れ途切れな言葉。聞いただけでその少女が十分な教育を受けられていないのだと察しがつく。


「おにいちゃん、それ、たいせつ、いってた」


 深紅の双眸が瞬く。


「だから、あなたにとって、も、たいせつ……?」


 僕はリンと顔を見合わせる。彼女はゆっくりと首を横に振った。

 自分を傷つけたのは目の前の少女ではない。だから手を出してはいけないと、黄玉色の瞳がそう訴えているのを感じる。

 目の前の少女はきっと、自分が銃という危険な道具を持ち、それを敵となるかもしれない人に渡しているという自覚がないのだ。


 ただ自分の兄が大切にしているものだったから、この銃が僕にとっても大切なものなのだと考えて、それに従って行動を起こしているだけのこと。

 そんな少女に罪は無い。

 ややあって僕は銃を受け取った。

 少女は一度小さく頷き、それから何の前触れも無く言った。


「あなた、は、にてる、わたしたちに……」

「……え?」

「あなた、の、なかには、だれ、いる、の?」


 その瞬間に僕は総毛立つ。

 少女は間違いなく僕の中にいるもう一人、レイの存在に気づいていた。


――だから言ったろ?


 薄い笑いを含んだ声を聞く。僕と同じ声だった。


――あいつらはオレたちと同じだってなァッ!


 僕は現実を知ってしまった。

 いや、今までは決して理解するまいと意識を逸らしていただけだ。本当は僕も薄々感づいていた。

 それは第一◯一番天蓋区画で人体実験を行なわれていたという現実。

 目の前の少女も先程の少年もその産物であり、何よりの証拠だ。

 きつく歯噛みする。

 おそらく目の前の少女と先程の少年を含める子供たちはこの第一◯一番天蓋区画で人体実験の対象とされ、それが成功した、あるいは目に見えて分かる不具合が確認されなかった極一部の者たちなのだろう。


 そんな彼らが次に移動させられるのは軍の訓練施設か〈インパルスフレーム〉の中枢回路を開発する研究施設だったはずだ。

 けれどもその移動の前に爆発事故が起こってしまった。

 その瞬間に彼らの扱いは変ったのだろう。あれだけの規模の爆発だ。軍の大人たちは彼らよりも価値のある研究成果や実験データを持って天蓋区画を廃棄したに違いない。

 結果として取り残された少女が今、僕たちの目の前にいる。


「……こんなの、あんまりだよ」


 知らず口から漏れた呟きに、リンが僅かに耳を動かす。


「ロイさん……」

「……認めるよ。この少女は僕()()に似てる。それどころかほとんど変わらない存在だ」


 一呼吸置いた。

 目の前の少女が小首を傾げる。


「だからこそ言える。このままじゃ駄目だ」


 僕は軍人として働いていたが、強制的にやらされていたわけではない。

 むしろ軍人でよかったと思えるほどにかつてのオーバーブレイブスとしての役割に生きがいを感じていた。

 だから、きっと……。


「僕たちと来ないか?きっと君が大切だと思える何かを見つけるんだ」

「いっしょ、に……?」


 少女は何度か瞬きした。それから自身の小さな唇に指をあてがい、首を傾げる。


「そこまでにしろ」


 完全に大人のそれになりきれていない声が響いたのはそんな時だ。

 見れば部屋の唯一の出入り口、拳銃を渡してきた幼い少女の後ろに三人の少年と二人の少女の姿。

 彼らの中でも一歩手前に立つ最も背の高い少年は年齢的にも一番歳上で、持ち合わせた黒髪と赤眼から先程奇襲を仕掛けてきた彼だとすぐに分かった。


「テメェ、妹を誑かしてどうするつもりだ?」


 少年の光を失ったままのこちらを睨む深紅の瞳。

 僕は怯えるリンを庇うように立ち上がる。


「誑かすとか、別にそんなつもりはないよ。けど、君たちはここにいるべきじゃない。外に出て世界を知ることが……」

「黙れ……!」


 向けられる銃口。スライドが引かれる音、初弾が銃身内にセットされる。


「俺たちの身体を弄り回して、挙げ句の果てに捨てたお前らが……」


 言いかけて彼はその深紅の瞳を僅かに見開く。


「お前、まさか……」


 そう、同類。同じく人間によって身体を弄られ、作り出された異形。

 彼もそれに気づいたようだった。

 後ろに立つ少年少女たちも少なからず動揺しているように見える。


「悪いようにはしない。僕たちと来るんだ。爆発事故から今までここで過ごしてきたんだろう?だったらここでの生活を長くは続けられないことぐらい分かってるはずだ」


 ここは天蓋区画でもその全てが軍の施設で成り立っている。

 貯水槽と濾過装置が生きている限り水は手に入るだろうが、食料の備蓄は多くないはずだ。


「黙れ!軍の奴らは俺たちを人間として見ていない。お前も俺たちと同じなら分かってんだろうがっ!」

「……僕だって初めはそう思ってたさ。けれど、違ったんだ。外に出て色んなことを学んだ……いや、学ばせてくれる人たちと会えた。君たちもきっと変われる。経験者が言うんだ。間違いない」


 だからさ、と続ける。


「帰ろう。僕たちと一緒に」



 *




 ()()()



 妹を挟んで自分と対峙する黒髪緑眼の青年は確かにそう言った。

 直後、俺は胸の奥を締め付けられるような妙な感覚を覚え、両の瞳を僅かに見開いて硬直。


 そして再び相手を睨みつけ、手にした自動拳銃を構え直す。

 目の前の青年は確かに同類だが、だからと言って信用できるとは限らない。


――なんだ?今の奇妙な感じは……?


 ちらりと横目に映る弟の姿、俺自身と同じように少しばかり戸惑いを感じているように見える。

 けれどもたぶん俺たちはこの胸のざわつきの正体を知るには少しものを知らな過ぎた。


「帰ろう」


 もう一度青年は言った。

 しかし、先の妙な感覚が訪れることはなく、代わりに底知れない苛立ちが自分の心の内から湧いてくるのを感じる。


「……うるせぇな」


 知らずと呟きが漏れた。


――同類のくせに、俺たちと同じように大人を憎んでいたはずのくせに、自分だけ幸せそうな顔しやがって……!


 きりり、と奥歯を噛み締める。


「俺は……てめぇみてぇな奴が、一番嫌いなんだよッ!」


 握りしめた拳銃の引き金を引いた。


 *




 銃声。




「ロイさん!」


 叫びにも似たリンの声。

 相手との距離は五メートルも無い。この距離で発砲されたのだから当然、被弾を防げるはずなどない。

 一瞬、僕は死んだと思った。

 けれど、違った。

 僕の目の前で靡く白銀の髪。

 発砲の直前に僕と少年の間に割り込んだ幼い少女が微かな音と共に頽れる。


「なっ……?!」


 ゆっくりと倒れた少女の周りに鮮血の輪が広がる。


「君!どうして……!」

「動くんじゃねぇ!」


 少年が再び銃を構える。


「そんなこと言っていられる状況かッ!」


 僕は撃たれることを覚悟で少女の傍らに膝を付き、傷を見る。

 手遅れだった。

 銃弾は心臓のある左胸付近に穴を穿っている。

 もう助からない。


「なぜ庇った?!」

「……あなた、わたしたち、にてる、け、ど、ちがう。みらい、みて、いきようと、してる」


 少女は力無く、けれども確かに手を伸ばす。

 僕は一度銃を構えたままの少年を見る。

 この手を取ってやらなくていいのかと目で訴えた。

 少年は舌打ちを一つ漏らしたのみで銃を構えることをやめない。

 ならばと僕は代わりに少女の手を取った。


「あったかい、ね」


 初めて彼女は笑った。


「ありが、とう」


 そうして何もしていない僕に向けて感謝の言葉を残し、その深紅の双眸を閉じて動かなくなった。

 僕の手を微かに握っていた腕から力が抜け、血溜まりとなった部屋の床に落ちる。


「くそッ、なんで、こんな……」


――だから言っただろうが。


 嘲笑混じりにレイが言った。


――お前が()らなくたって、こいつらに待ってんのは滅びだけだ。

――違う!きっと……きっと救える!

――どうやって?


 レイは低く嗤った。

 僕は言葉に詰まる。


――ロイ、身体を貸せよ。オレが全部片づけてやる。それがあいつらにとっての救いだ。

――違う、僕はそんなこと……!


 望んでいない。そうレイに言いかけて言い淀む。

 自分自身の中に生じたその迷いが、隙となった。


「僕はああああーッ!」


 最後に残った抵抗の意志が絶叫となって狭い部屋に響き渡った。


 *


 ロイ・グロードベントの絶叫を聞いた。


「ロイさん!どうしたのですか!?」

「こいつッ!」


 私が頭を押さえながら苦しむ彼に手を伸ばすのと、黒髪赤眼の少年が二射目の引き金をひくのがほぼ同時。

 彼の頭蓋を貫く軌道で迫っていたその銃弾は彼には当たらず、私のすぐ傍を抜けて壁に弾痕を作る。

 その場に居た全員が唖然とした。

 そう避けたのだ。至近距離からの銃弾を彼はその並外れた反射神経でもってかわした。



 銃声。



 黒髪の少年、その後ろに控えていた少年の一人が頽れる。引き抜こうとしたのであろう自動拳銃が音を立てて床に落ちた。

 すぐに発砲した()の方へと目を向ける。

 身の毛がよだつ。彼は私の知っている(ロイ)ではなくなっていた。

 幾分か鋭くなった瞳と口元の獰猛な笑みが、その証拠であった。


「わりぃな、ロイ」


 獰猛な笑みを浮かべたその口の端が更に吊り上がる。


「このガキがオレを嫌いなように、オレもこいつらが気にいらねぇッ!」


 再び、銃声。

 マズルフラッシュが一瞬だけ、部屋を明るく照らした。


 *


 全て終わった。

 足元には年端もいかぬ少年少女の死体、死体、死体。

 彼らは自分たちを拘束していたどうしよもない運命から解き放たれて救われた。

 これでいいとオレは思う。己の存在意義を見出せずに一生と迷い続けるよりは遥かにマシだと……。

 一息付いてから、オレは右手に握った拳銃を腰のホルスターに差し込んだ。


「あ、貴方は誰、ですか?」


 微かに震える声のした方へオレは目を向ける。

 部屋の隅で一匹の”獣”が震えていた。

 発育がいいとは言えない胸の前で祈るように手を組む彼女は、震える足を叱咤してなんとか立っているように見える。


「オレはオレだ」

「貴方はロイさんではない。名前があるのでしょう?」

「てめぇ、オレのこと知ってて聞いてんだろ……!」


 小さな舌打ちとともに吐き捨てる。

 彼女がびくりと肩を震わせた。


「どうして、どうしてこんなことを……!」

「どうしてか……」


 足元に横たわる死体に一瞥をくれる。


「別に、オレがこいつらを嫌っただけだ」

「あの子たちは迷っていただけだったんです。ちゃんと道を示してあげれば、生きることだって……!」

「ほざけ」


 オレは嗤った。


「お前にオレたちの何が分かる?迷っていただけ?嗤わせんな」


 近づいて彼女の胸ぐらを掴み上げる。


「囚われてんだよ。オレもあいつらも人間が生み出した悪魔じみた歴史ん中になァ!」


 ひゅっ、と相手の息を呑む音が聞こえる。

 大きく見開かれた黄玉色の瞳は驚きか、それとも恐怖の表れか。


「オレたちに本当の居場所なんざねぇ。あいつらもこれでいいんだ。オレたちと同じようになるくらいなら消えちまったほうがマシだ」


 手を放す。彼女は僅かにふらついたがそのまま立ち続けた。

 見かけによらず強い心にオレは感心の念を抱く。


「分かったら。さっさとオレたちなんか置いて行っちまえ」


 彼女はしばし沈黙し、そして口を開いたが、何も言わずにそれを閉じて、拳を握る。

 そして再び沈黙。

 いよいよ飽き始めたオレが小さな嘆息を漏らすのと同時に彼女は言った。


「わ、私は、貴方を置いては行けません」

「強がりも大概にしろよ」

「ええ、強がりです。でも、それでも、私は貴方を置いては行けません」


 真っ直ぐにオレを見据える、けれど僅かに揺れた黄玉色の瞳。

 その時オレはこいつが苦手だと感じた。

 真っ直ぐ過ぎるやつと優し過ぎるやつはオレとは合わない。


「ロイさん、言ってました。自らの手で人間を、仲間を大勢手に掛けてしまったと……」

「ちげぇよ。あいつの身体でオレが殺したんだ」


 目の前の”獣”は一つ頷く。


「知っています。でもロイさんは、その罪が自分の意思でなかったとしても、その責任を負おうとして、苦しんでいます」

「馬鹿な野郎だ」


 小さく漏れた呟きは、彼女の耳には届いていただろうが、聞き流された。


「私は、そんなロイさんにお力添えしたいのです」


 言い終えて、彼女はその可憐な唇を切り結ぶ。


「……人の罪を肩代わりするなんてできやしねぇ。そんなことも分かんねぇのか?」

「そんなこと分かってます!それでも傍に居て悩みや愚痴を聞くくらい……」

「それしかできねぇんだろ?」

「そ、それは……うぅ……」


 “獣”は黙り込む。

 ふん、と大きく鼻を鳴らして腕組みした。


「はっきり言っとくが、オレはお前みてぇなやつが嫌いだ」


 びくりと”獣”の耳が怯えるように震える。


「だが、ロイのお気に入りみたいだからな。期待はしておいてやる」


 思わず彼女が身を引いてしまうほどにオレは顔を寄せた。

 目の前には僅かに揺れる黄玉色の瞳がある。


「せいぜい、楽しませてみせろ」


 口の端を吊り上げてオレは再び笑う。

 目の前のこの“獣”がオレたちを新しい戦場へと導くかもしれない。

 "獣"を助けることに興味などないが、戦うことでしか自分の存在を見出せないオレにとって戦場は命の在処だ。

 それを与えてくれるというのならもう少し共にいてもいいだろう。


「……い、いじわるさん、です」


 彼女のそんな呟きがぽつりと聞こえた。

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