見えざる脅威
「ロイさん。もしかしてこちらにあるこれではないですか?」
リンの呼びかけを聞き、僕は彼女の方へと視線を向けた。
暗い室内に彼女の声はよく響いたが、闇に紛れて姿が見えない。
僕は天蓋区画中央管理所でこの区画の詳細な地図データとともに入手した懐中電灯を軽く振る。
光源が何度か点滅を繰り返し、その後点灯。
少し離れた所に彼女の姿を見つけることができた。
眩しい電灯の光に目を細めるリン。僕はすぐに光を別方向に背けた。
彷徨った光がきちんと積まれた物資入りのコンテナを照らし、最終的に高い天井へと向かう。
ここは第一◯一番天蓋区画の第四地区に位置する物資を一時的に保存しておく駐留施設である。
区画外から運ばれてきた武器、弾薬、燃料等の必要物資は全てここに一度運ばれ、仕分された上で各施設へと運ばれる。
つまりここなら〈インパルスフレーム〉用のエナジーパックが手に入るかもしれないというわけだ。
僕が暗闇の中を歩いていると何かにぶつかった。
柔らかく、適度な熱を帯びた何か。金属製のコンテナではない。
答えはすぐに分かった。
「ごめん、リン」
「いえ、そのライト、あまり長く光りませんね」
僅かに笑いを含んだ彼女の声。手元の懐中電灯の光は既に消えている。
「中のバッテリーがもう空で、振動発電の電力だけで動いてるんだ。仕方ないさ」
小さくため息。
「君はいいな。僕も暗視の能力が欲しいよ」
彼女が小さく笑う。
そう、獣は夜目が効くのだ。
きっと人間の目では暗くて把握することの難しいこの駐留施設内も彼女にははっきりと見えているのだろう。
「それよりロイさん。これです。このコンテナ、例のエナジーパックだと思うのですが……」
話題を戻したリンは暗闇の中、一辺が僕の身長程の立方体のコンテナを指差す。僕は再度懐中電灯を振って点灯させ、コンテナに貼られた中身を記載しているラベルを照らした。
ラベルには《フレーム用エネルギーパック》の文字。
多少表記は違えど〈インパルスフレーム〉のエナジーパックに変わりはない。
思わず感嘆の声を漏らした。
「ははっ、リン、君は本当に運がいい……!」
「そ、そうでしょうか?でも、貴方のお役に立てたのなら私は満足です」
少し恥じた様子で答えるリン。
しかし、喜びに浸っていられたのもほんの一瞬のことだった。
「……せっかく見つけたのはいいですけど、これ、どうやって運ぶのです?」
当然とも言える彼女の問い。
それに答える声は無く、沈黙が訪れる。
僕はもう一度コンテナを見た。一辺が僕の身長程の立方体であるそれは僕たち二人では運ぶどころか持ち上げる事すら叶わないだろう。
とはいえ、奇跡的に〈インパルスフレーム〉のエナジーパックを見つけることができたのだ。ここで諦めるわけにもいかない。
僕は苦労して終わらせた課題を突き返された時と似たような煩わしさを感じて一度息を吐いた。
「……この重量のコンテナを持ち運べるキャリードローン、探してこないとな」
それからしばらく僕たちはコンテナを移動させる手段を求めて施設内を歩き回った。
とはいえ施設内は暗く、人間の目は使い物にならないので移動は獣である彼女に頼り切っている状態だ。
――ロイ。
真っ暗な建物の廊下を進んでいるとき僕は自分の中に居るもう一人の声を聞いた。
――レイ、何の用だ。君の好きな戦いも、争いもここにはない。
レイが嗤う。
紛れも無い嘲笑。
――分かってねぇなぁ。用があるからオレはここに居るんだろうが。
――どういう意味だ。
――面白くなりそうだぜ。
「ロイさん?」
はっと我に返る。
リンが暗闇でもはっきりと見て取れるほど近くにいて小首を傾げている。
「難しい顔をしてますね。考え事ですか?」
「あぁ、うん、まぁ、そんなとこ……」
彼女に返すのは歯切れの悪い返事。
僕はレイが最後に言い残した言葉を反芻する。
――気をつけろ、だと?
次の瞬間に施設内の照明が一斉に点灯。暗闇に慣れていた目が一瞬眩む。
そして僕は何もないはずの目の前の空間が不自然に歪んでいるのを見た。
歪みは次第に大きくなり、隙間から拳銃の銃口が覗く。
すぐにその歪みを生み出している正体が何かを察する。
「光学迷彩?!リンッ!」
身体がほぼ反射的に彼女を庇う位置に動いた。
相手との距離は七メートルほど、素人でなければ外すことはない距離だ。
銃声。
左肩に貫くような痛み。
「ロイさんッ!」
彼女の表情が引き攣る。
しかし、痛みに構っている場合ではない。
僕は強引に彼女の手を引いて駆けた。
立て続けに放たれた第二射と第三射が僕たちのすぐ傍を通って廊下の向こうへと消える。
「右の通路に入って……!」
腰のホルスターから拳銃を抜きつつ彼女の背を押す。
光学迷彩に身を隠した何者かの第四射とほぼ同じタイミングでトリガーを引いた。
交差するように飛んだ二つの九ミリ弾が僕の頰肉を掠め、また、光学迷彩の端を掠めた。
旧型タイプの光学迷彩はその一部が破損するだけで全体の機能が停止する。
目の前の何者かが身に纏うそれも同様だった。
「なっ……?!」
ただの外套と化してしまった光学迷彩に身を包んだ者の姿を見て僕は目を見張る。
大人用の迷彩服を着込んだ黒髪赤眼の少年。
「こ、子供?!なぜこんな所に……!」
思わず口に出してしまったのが運の尽き。”見られている”と悟った少年が舌打ちし、距離を取る。
そしてその少年の意図を汲み取るかの如く施設の照明は再び落とされた。
僕は暗闇の中、音を頼りに警戒しつつ、通路の壁に背を付ける。
襲撃の直前に照明を点灯させたということは相手も暗視装置を持ち合わせていないということだが、万が一にも撃ってこないとも限らない。
撃たれた左肩は傷んだが、急所は外れている。過去に瀕死の重傷を経験している僕にとっては小さな傷と言っていい。
「ロイさんッ!」
僕を呼ぶ声。微かに震えていた。
「リン、まだ、敵が近くにいるかもしれない。隠れているんだ」
「大丈夫です。足音は充分遠のきました。それよりも早く傷の手当てを……!」
彼女の手がが左腕に触れる。鈍い痛みが走った。
「大丈夫、これくらいなんてことない」
「で、でも、早く銃弾の摘出を行わないと……」
「君に出来る?」
「そ、それは……」
口籠ってしまうリン。いいんだと首を横に振った。
「エナジーパックは見つけてる。あれを運び出せれば僕たちの勝ちなんだ。それまで我慢すればいいだけのことだ」
「……どうして」
生温い水滴が彼女に握られたままの手の甲に落ちる感覚があった。
「どうして私を庇ったりなんかしたんですか」
大粒の涙が彼女の頰を伝い、そして落ちる。
「”獣”の身体は”人間”よりも丈夫だってこと、貴方なら知ってるはずですよね」
涙に震える声。僕は苦笑した。
無事である右手で彼女の前髪を上げてみる。ほんの数日前はそこにあった額の傷は完全に消えていた。
確かに獣というのは人間よりも傷の治りが早いらしい。
「……だとしても、だよ」
僕は今の自分にできる精一杯の笑みを彼女に向ける。
「身体が丈夫だからっていう理由で君が傷つくのは僕が嫌だ」
リンはすぐに答える事をしなかった。
暗闇の中に彼女のすすり泣きだけが小さく聞こえる。
「……ロイさん、貴方はどうしようもない人です」
彼女が自身のウエストポーチに手を伸ばす。
それは区画外実習の時に生徒が必ず身に着けるもので傷などの応急処置に使用できる薬品や包帯などが入っているものだ。
「でしたらせめて、最低限の応急処置くらいはさせてください」
*
再び暗闇に染まった駐留施設の入り組んだ回廊を一人の少年が駆ける。
しかしながら、その足音は微かな物で遠くまでは届かない。
足音を立てずに移動する術は彼がこの廃棄された箱庭の中で生活する上で手に入れたものであり、特技と言うべきものだ。
「W1よりV9、襲撃に失敗した。やはり軍人だ。目的を標的の捕縛に変更する。プランCだ」
手にした無線機に向かって少年は言う。
ややあって声変わりもしていない幼げな声が返った。
『V9了解。ただちにプランCに移行。五番ゲート、七番ゲートを封鎖』
僅かな間。
『……兄貴、聞いてもいい?』
「なんだ?」
『軍人を捕まえてどうするつもり?』
ああ、と吐息が漏れた。
そういえば弟妹達には話していなかった。
「……そうだな。特にどうしたいって思ってるわけじゃない」
駆け足で通路を右に曲がる。
「ただ確かめたいと思ってな。俺たちを作って捨てた軍人にまともな情があるのかどうか」
『……まとも返事があるとは思えない。そんなのあっちゃいけない、そうだろ?』
「ああ、そうだな。もちろん俺だって期待してるわけじゃねぇさ」
そう、人間に情など存在しない。
そんなことあってはならないのだ。
なのになぜ少年はわざわざ面倒なことをしてまでそれを確かめようとしているのか。
その答えは少年自身にも分からない。




