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出せない答え

 第一◯七番天蓋区画内。

 西側のホロスクリーンの空が態とらしく赤に染まる頃、ディーヴァル・レイハードは第三工業地区に位置する工業士官学校の女子寮を訪ねた。

 ロイ・グロードベントとカトル・デュランの二人の消息が絶たれてから既に三日が経とうとしている。

 俺がここへ来た理由にもそれは大きく関係していた。

 寮のエントランスのインターホンに部屋番号を入力し、呼び出しのボタンを押す。

 インターホンが奏でる音が普段訪ねるときよりも何度か長く続いた後、ここ最近塞ぎ込んでいた彼女がようやく応答した。


『……ディーヴァル君?』


 小さく、僅かに掠れた声。


『……ごめん、少し一人にしといてくれないかな』

「それは無理だ」


 俺は首を横に振った。こちらからミレイナの顔は見えないが、おそらく俺の姿はモニタリングされているはずだ。


「あれから三日、お前が学校に顔を出して無いのは知ってる。無理に出てこいとは言わねぇが、一つ聞いてほしい話があって来た」

『……聞いてほしい、話?』


 ああ、と頷く。


「俺の親父って言ったら通じるか?」

「……うん、第一〇三番天蓋区画のメネア連邦軍を統括してるレイハード中将のことでしょう?」

「ああ、実はその親父から今朝手紙が来てな……」

「手紙?そんな時代遅れな単語久々に聞いたよ」


 彼女の口から微かに笑いがこぼれる。どうやら笑える気力くらいはあるようだ。

 俺は彼女に聞こえないよう小さく安堵の息を漏らした。


「まぁ、正式な書類だからな。メールよりも手紙が適切だと考えたんだろ」

「正式な書類?」


 彼女が怪訝そうな口調。

 俺は肩に掛けた通学鞄から軍の正式な書状であることを示す印の押された封筒を取り出す。

 カメラを通しておそらく彼女にも見えていることだろう。


「俺とお前の二人にだけこいつが届いてる。俺のと内容が一緒なら中身はおそらく軍への志願書、それも配属先が第一〇三番天蓋区画支部に決定されてるイレギュラーなやつだ」

「志願書……」

「お前のはどうか知らねぇが、俺の封筒には親父からのマジな手紙も入ってやがった。それに書かれていたのはたった一文」


 俺は彼女に覚悟を決めさせる意図も含めて僅かに間を開けた。



「《ロイ・グロードベントの捜索を諦めていないなら軍への志願を推奨する。》」



 ひゅっ、とミレイナが息を呑む音が聞こえた。

 彼女が答えるその前に俺は後ろからの足跡を聞き振り返る。

 見れば、帰宅してきたらしい女子生徒が一人、困ったような面持ちで立っていた。


「わりぃ、後ろで待ってる奴がいる。この封筒はポストのお前の部屋番号のとこに入れておく。その気があるなら目を通してみてくれ」

「ちょ、ちょっと待って」


 インターホンの通信を切ろうとすると彼女が呼び止める。


「……ディーヴァル君、君はどうするの?」


 その問いに俺は無意識に薄い笑いを浮かべてしまった。


「お前、俺がどうするか知ってて聞いてるだろ?」

「……そうだね、君ならきっと迷わないよね」


 安堵の色を含んだ嘆息を残してインターホンの通信は切れた。


 *


 僕が獣の少女リンと再会してから何日が経ったのか正確には分からない。

 最初の三日間ほどは真面目に日の出の回数を数えていたが、日が経つのを数えていてこの状況を脱することが出来るわけでもなく無意味なことだと思うようになり、数えなくなった。

 幸い〈ラーグルフ〉が停止した場所は澄んだ水の河川に近く、飲める状態にある水が豊富だったため僕たちはなんとか生き長らえている。

 とは言え食料が心許ない今の状況でいつまで活動出来るかは分からない。


 そう考えた僕とリンは持てるだけの水と食料を持って廃棄された第一◯一番天蓋区画へと出発し、一日掛けてその入り口へとたどり着いた。

 白塗りの外壁はその一部が抉り取られたように無くなっており、そこから見える天蓋区画の内部は闇に包まれて良くは見通せない。

 丸い天井には数多くの蔓植物が群生しているところを見るに長い間放置されていたという話は事実のようだ。


「遠くからでもよく目立っていましたが、ここまで近くに来るとやはり圧巻ですね」


 横に並ぶ彼女が目を瞬かせ、耳を僅かに揺らしながら言った。


「怖い?」

「……ええと、中に入るのは少し怖い、かもです」

「無理する必要はない。君はここで待っていても……」


 言い終わる前にリンが静かに首を横に振る。


「私も行きます。何か貴方のお手伝いがしたいんです。」


 彼女は柔らかく微笑んで、


「それに、何もせずただ待っているだけが一番辛いんですから」

「……わかった」


 僕たちは再び歩き出す。

 第一◯一番天蓋区画までの短い道のりの中で僕たちは金属やコンクリート製の破片をいくつも見た。

 おそらく以前は天蓋区画の外壁だったのだろう。

 静かに佇む巨大なそれらの有り様はかつての爆発事故の悲惨さを思わせる。

 僕は地面に突き刺さるようにして埋まった巨大な天蓋区画の破片の一つの手間でいったん足を止め、形状を観察する。

 大きく斜めに傾いたそれは雨除けくらいにはなりそうだ。

 僕は担いでいた簡易テントを含む一式の道具を下ろす。


「ロイさん?」

「ここを、仮の拠点にしようと思う。区画内で何かあればすぐにここまで戻ってこよう」

「……なるほど、そういうことならお任せ下さい!」


 彼女は簡易テントを組み立てようと地面に膝を付いた僕のすぐ側まで駆け寄ってくる。その手に纏うのは小さな光の粒、霊魂だ。

 円を描くような手の動き、霊魂達が僅かに振動した後、風に溶けて消えた。


「何をしたの?」

「えっと、私たちがいない間の留守を頼みました。荒らされないとも限りませんから」


 くすりと彼女は笑って見せる。


「君は本当になんでもできるな。羨ましいよ」

「私も、ロイさんが羨ましいです」

「どうしてさ?」

「ふふっ、理由は色々ありますとも」


 そう言いながら尾を揺らす彼女の顔が愛らしくて、そんな彼女の姿から僕は目を離せなくなる。

 見惚れていたのだと自分でも気づいた。

 つかの間の沈黙。


「……ロイさん?」


 小首を傾げるリン。我に返る。


「……ああ、いや、なんでも無い。それじゃ、行こうか」


 僕は立ち上がる。彼女も後に続いた。

 僕たちは天蓋区画の外壁に空いた大穴から中に入り、物資輸送用の通りに出る。

 周りには朽ち果てた鉄筋コンクリート製のビルや実験施設が何十棟もひしめき合い、そのほとんどが外壁が黒く焼け焦げた状態で放置されていた。


 遠くに見えるビル群は爆心地から遠かったためかそれほど外壁の損傷はいないように見えたが、とても人が住める状態にあるとは思えない。

 僕は黒く焼け焦げ、骨組みだけとなった輸送車の横を通り抜け、さらに奥へと進む。


「……酷い有様ですね」


 リンが黒く染まった景色を見つめ、しみじみと言った。


「第一〇一番天蓋区画の中で一番被害が大きかったのは爆心地である燃料実験施設があった第二地区だって聞いてる。多分ここがそうなんだろうね」


 通りに横たわるコンクリートの残骸を飛び越える。僕か、リンか、どちらかが黒く焦げた何かの残骸を踏み、それが乾いた音を立てて砕け散った。


「……リン」


 それからしばらく続いた沈黙を破って僕は言った。


「はい、なんでしょう?」


 すぐ後ろから声が返る。

 歩く足はそのままに視線だけ彼女に向けると橙黄色の尾がふわりと揺れるのが分かった。


「……僕、考えたんだ」

「考えた、と言いますと?」

「君が言ってたお願いについて」


 僕か彼女か、どちらかが軍靴に似た士官学校の専用靴で何かの破片を蹴った音がした。

 放棄された箱庭の中は静寂に包まれていて、その音はよく響いた。


「僕は、たとえ人間と対峙することになったとしても君達に協力したい」

「……そ、それでは……!」

「それは紛れも無い本心だけど、口にするのは簡単だ」


 僕は足を止めた。続いて彼女も足を止め、再度短い沈黙が落ちる。


「……だけどもし、もしも本当に人間と戦う時が来て、殺さなければ自分が、あるいは仲間が傷ついてしまうってとき、その時に僕が操縦桿を握れるかどうかは話が別だ」


 黙り込んでしまった彼女に、僕は淡々と続ける。


「本心や覚悟は立派でも、いざって時に役に立たないんじゃ意味がない。だから……」

「……だから?」

「だから僕は……」


 知らず、握りしめていた拳に力が入る。


「僕は……」


 震える喉を叱咤して口を開く。

 それでも、続く君の申し出を受け入れられないという言葉は出てこなくて……。


「ロイさん」


 何も言えず立ち竦む僕に、彼女は優しく包み込むような声音で言った。


「時間はまだあります。今すぐ答えを出す必要なんて無いんです」


 僕はリンの方へと振り返る。彼女は変わらず、優しげな微笑みを浮かべていた。


「だからどうか無理をしないでください。今の貴方はとても、苦しそうです」


 ふっ、とこわばった全身から力が抜けるのを感じる。


「優しいな。君は」


 僕は控えめに笑った。


「すまない。僕にはまだ、答えは出せないみたいだ。だから、もう少し待っていてくれないか?」

「ええ……」


 頷いて、リンは僕の隣まで歩み寄る。


「待っていますよ。貴方の隣で」


 僕は彼女の笑顔を見るのが何故か照れ臭くなって無意識に目を逸らした。


 *


 第一〇一番天蓋区画。

 よく晴れた日のまだ日の昇り切っていない時間帯。

 爆心地である第二地区にほど近い第三地区の高層ビル。その屋上でそこに()()()()の一人が古びた双眼鏡を手に辺りの様子を窺っている。

 黒髪赤眼が特徴的な少年。歳は十二、三と言ったところか。彼が身に纏うのは継ぎ接ぎだらけの砂漠迷彩服。そのサイズは彼が着るには大きすぎていて傍から見れば不格好極まりない。


 彼は手にしていた双眼鏡を構えた。

 目に映るのは黒く焼け焦げた第二地区の惨状。しかし、彼にとってはこれが当たり前だ。

 天蓋区画は鉄壁の要塞であるが、外壁に大穴の空いたここは違う。時折少年を襲う危険性のある肉食の動物がここを訪れる。

 住み着かれては厄介だ。もし肉食獣の侵入を確認したら早急に処理をしなければならない。

 なにせ最年長である少年には共に暮らす弟妹たちを守る義務があるのだから。


「……?」


 しかし今回、少年は肉食獣ではなく別のある者を確認した。

 第二地区の物資輸送路をゆっくりとしたペースで進む二人。

 それらは間違いなく……。


「……人間」


 少年は双眼鏡の視度を上げながら、きつく唇を噛んだ。

 何も知らない人が見れば彼のその行動に疑問を持つかもしれないが、少年がかつて人間の実験個体として身体を弄り回されてきた過去を知れば納得がいくだろう。

 つまるところ、彼は人間、それも大人が大嫌いだった。

 自分や弟妹たちをまるで道具の如く弄び、挙句の果てに捨て去った人間どもが憎くて仕方ない。


「……今更、俺たちを連れ戻そうってか?」


 少年は悪意を込めて彼らに言った。

 もっとも、聞こえるはずが無いのだが……。


「人間は、敵だ」


 少年は双眼鏡を下ろす。

 密かに右手を腰に下げたホルスターへと添えた。

 爆発事故の起こる前からずっと持たされている一丁の拳銃。

 今まで幾度も死線を乗り越えてきた相棒である。



「俺たちの敵は俺たちの手で……」



 呟いて、少年は第三地区のビルを後にした。

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