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拭えぬ過去

 森林というのは思いの外居心地がよい。

 腹部のコクピットハッチが開いたまま膝立ち状態で鎮座している〈ラーグルフ〉。

 その操縦席に座った僕はサブモニターのタッチパネルを操作しつつそんなことを思う。

 空気は澄んでいて、絶えず鳥の囀りや動物の鳴き声がする。今のような夕刻の時間帯には虫が独特の音色を響かせ、これがまた心地よい。


 途中、コクピットハッチを開けっ放しにしていたところ大きな蜂がコクピット内に入り込んできたのには流石に驚いたが、これこそが自然のあるべき姿であり、全てが管理されて蚊や蝿ですら見ることも珍しい天蓋区画との違いだ。

 サブモニターに表示された”enter”のボタンをタップすると映像がこの周辺の地図へと変わる。


「よし……!」


 思わず歓喜の声を上げる。

 昼間の間なんとか地図を入手できないものかと悪戦苦闘し、やっと手に入れることができたのだ。喜びの声の一つや二つ上げたくなる。


「宇宙のゴミとか言われてる廃棄衛星もたまには役に立つもんだな」


 かつて人間が大量に宇宙へと打ち上げた人口衛星。当然今もそのいくつかは使われているわけだが、その数よりも廃棄された衛星の数のほうが比べ物にならないほど多い。

 僕はそれらの廃棄衛星の中から機能するものを選び出して通信、地図の入手に成功した。

 モニターに表示された地図はほとんど森林と河川の表示で埋め尽くされていたが、その中で一箇所だけ人工物らしきものを捉える。

 迷わずそこをタップ。施設の名前が表示される。


「第一〇一番天蓋区画?ここってまさか……」


 もう一度画面をタップして拡大。

 周りの道路や付近の河川の状況などから僕は確信する。


「間違いない。一年前に爆発事故で廃棄になったメネア連邦軍直轄の兵器開発区画だ」


 森の中にぽつんと一つだけ佇む他の天蓋区画に比べれば小さいそれは、以前内部で新型の〈インパルスフレーム〉とそれに関連するシステムの開発を行っていた軍の施設だ。

 一年前に大規模な爆発事故が起こり、廃棄が決定した後はろくに解体もされぬまま放置されたと聞いていたが……。


「そうかここなら……」

「ロイさーん」


 下方から自分を呼ぶ声。僕はコクピットから這い出て頭だけを覗かせた。

 見ればリンがこちらを見上げ、手を振っている。

 腕と一緒に尻尾も揺れているその姿に僕は思わず微笑んだ。


「あの、そろそろ日が沈みますし、夜ご飯にしませんか?」


 僕は一度沈みかけた太陽に目を向ける。

 もうそんな時間か。


「わかった。今行くよ」


 手順を踏んで〈ラーグルフ〉のシステムを停止させる。

 スラスターのガスは切れ、メイン回路を動かしている電力も無限ではない。細かな節約をしなければいずれ地図すらも拝めなくなる。

 僕が機体を降りてテントのある場所へと向かうとリンが小さな焚き火の火の番をしていた。

 どこから持ち出してきたのか明らかに肉と分かる物が火にかけられている。


「それ、レーションのじゃないよね?」

「はい、兎のお肉です」


 鉄串(対人兵装の鉄杭)に刺さったそれらを回しながら彼女は言う。


「いったいどうやって……?」

「ふふ、女子(おなご)の狩猟の話なんて聞くものじゃありませんよ」


 薄い微笑み。

 どうやら彼女が森で獲ってきたものらしい。


「……なんか、ごめん」

「はい?」

「昼間の山女もこのお肉もリンが獲ってきたものだ。僕は君に頼り過ぎてる」

「き、気にしないでください。私が自分の意思でやっていることですから」


 いくつかある串焼き肉の一つを手に取った彼女が肉の焼き加減を確かめてから息を吹きかけ、その端を小さく齧る。


「うん、もういいみたいですね。はい、どうぞ」


 差し出された串焼肉を受け取る。


「あ、えっと……」


 僕は端が小さく齧られた肉を呆然と眺めた。

 彼女が僅かに首を傾げ、それからはっとなる。


「あ、すみません。人間って他人が口をつけた物は食べないんでしたっけ?今交換しますので少しお待ちください」

「いや、いいよ別に。昼間は君が人間の仕来りに合わせてくれたから、今度は僕が獣の習慣を学ばないと」


 言って、僕は串焼肉を受け取り、噛り付いた。

 口の中に広がる肉汁、感覚的にとても新鮮な感じがした。

 思えば最後に本物の肉を口にしたのはいつだっただろうか……。

 確かに食べた記憶はある。それなのに僕はその味を思い出せない。

 それでもいいと僕は思う。無理に思い出す必要などない。代わりにこの味を覚えておけばいい。


「美味いな……!」

「それはよかったです。まだまだあるのでどうぞ召し上がってください」


 彼女自身も串焼肉の一つを口にしつつ、左右に尾を揺らす。

 けれどそれきり、僕と彼女が食事中に会話をすることはなかった。




「機体の方はどうでしたか?」


 食事を終えてどれほど時間が経っただろうか。

 太陽が山の向こうへと消え落ちて夜空に無数の星々が輝き出す頃。リンが話を振ってきた。

 おそらくは言葉を発しない僕を気遣ってくれたのだろうと思う。


「相変わらず動きそうにはないけどメインシステムを起動させるだけの電力は残ってたよ」

「それは喜ぶべきこと、ですよね?どうにか機体を動かすエナジーパックを入手出来れば良いのですが……」

「それなんだけどもしかしたら手に入るかも」

「え?」


 ぴょこんと彼女の獣耳が跳ねた。


「ここから北西に向かって少し進むと廃棄された天蓋区画がある。そこは丸ごと一つが軍の施設だったところでね。もしかしたら生きてるエネルギーパックが手に入るかもしれない」

「そう、ですか」


 歯切れの悪い返事。

 思わず眉を寄せてしまった。


「どうしたの?」

「いえ、えっと、やっぱりロイさんはラーグルフが動くようになったら、その……天蓋区画に戻られるのですよね?」


 だんだんと元気を失って倒れていく彼女の耳。

 僕も小さく嘆息する。

 こればかりはどうにもなるまい。

 人間(ぼく)自然(ここ)に居るべきではない。居てはいけない生物なのだ。


「……そうだね。僕は帰らないと、人間の居るべき場所へ」




 その日の晩、僕は彼女が魘されている声を聞き、目を覚ました。

 狭い簡易テントの中、寝袋は一つしかなく、昨日は僕が寝袋で寝たので今日はリンに譲ったのだが、彼女は寝袋に包まったまま大量の汗をかいて、荒い呼吸と短い呻き声を繰り返している。


――怖い夢でも見ているのか?


 起こそうと思い、手を伸ばして彼女に触れる直前で止める。

 はたして無理矢理起こしてしまってよいものかと少し思ってしまったのだ。


「ろ、ぃ……さん」


 小さな声。

 それが寝言だと気づくまでに少し時間がかかった。


「……行、かなぃ、で」


 狭い寝袋の中で身をよじるリン。

 そんな彼女を見つめつつ僕は唖然とした。


――行かないで……?


 それは僕の意識を覚醒させるには充分過ぎる言葉だった。

 何故だか以前にも彼女がそう言っていたのを聞いたことがあるような気がしてならなかった。

 本当はそんなこと無かったはずなのに……。

 昔、僕たちが初めて出会った時にも別れがあった。

 その時彼女は確かに笑っていたはずなのだ。

 別れを惜しむような言葉や弱音はただの一度も口にしなかったと思う。


「行かなぃ、で……」


 再びそんな言葉が彼女の口から漏れる。

 小さく、弱々しく、今にも消えてしまいそうな引き止めの言葉。

 ゆっくりと息を吐く。


「大丈夫だよ。リン」


 優しく彼女の頭を撫でる。


「僕は、ここにいる。勝手に居なくなったりしないさ」


 ぴくりと彼女の獣耳が動いた気がした。


「…………ロイ、さん?」

「ごめん、起こすつもりは……」


 彼女は暗いテントの中でゆっくりと瞬きをする。

 それから寝ていた寝袋から半身を起こし、真っ直ぐにこちらを見つめる。

 周りが暗く、よく見えなかったけれども、彼女の黄玉色の瞳が揺れていたように感じた。

 リンが一度こちらに手を伸ばそうとし、途中でそれをやめたかと思えば、もたれかかるように僕の身体に身を寄せた。


「リン……?」

「……ご、ごめんなさい。ロイさん、しばらくこのままで、お願いします」


 僕は頷く。


「……随分と魘されていたね」


 そっと震える彼女の背に手を回す。


「見てたんですね……」


 微笑するリン。その笑顔にはいつものような柔らかさが無く、どこか弱々しい。


「悲しい夢を、見たんです」

「うん、分かってる」

「ロイさんが、どこか遠くへ行ってしまう夢でした」


 彼女の震える手が僕の着ている制服の胸元をぎゅっと握る。


「……昔とは違う。君を置いて行ったりしない」


 ゆっくりと頷くリン。起きた直後に比べれば彼女もだんだんと落ち着きを取り戻しているように見えた。

 それから暫し沈黙が訪れる。

 僕は寄り添っている彼女を突き放すわけにもゆかず、ただ黙って夜の音を聞く。

 鈴のような音色の虫たちの声、少し遠くに聞こえる川のせせらぎ、それらは絶え間なく夜の闇に響き渡っていたが、五月蠅いとは思わなかった。


「ロイさん」


 彼女が言う。その声はまだ少しだけ震えていた。


「なに?」

「一つだけ、私()()のお願いを聞いていただけませんか?」


 リンが僕を見つめる。僅かに潤んだ黄玉色の瞳。


「……それは、僕が叶えてあげられるお願いなの?」

「はい、貴方じゃなきゃ駄目なんです」


 一瞬の間。彼女は少しだけ迷っていた様だった。

 それからゆっくりと一度深呼吸。



「私たち獣を救ってください」



 沈黙が落ちる。

 僕には一瞬彼女が何を言っているのか分からなかった。

 “獣”には“人間”に無い力がある。

 だからこそ人間はそんな彼らの力を恐れ、迫害し差別してきた。

 まともに殺り合ったところで絶対に勝つことなどできない獣に対して〈機神〉や〈インパルスフレーム〉などというものを創って必死に対抗してきた人間に、獣の側から助けを求める理由が分からない。


「どうして、そんなこと願うんだ?」

「滅びが迫っているのです」

「滅び……?」


 リンが頷く。


「……はい、私達獣の力ではどうすることもできなくて、でも、獣と人間が友好関係を気づくことが出来れば、それは免れることが出来るかも知れないのです」


 彼女がゆっくりと頭を下げる。己の膝前に両手を置き、獣の特徴である耳と尾を地面に付けて礼儀正しく頭を下げる。


「ロイさん。どうか獣と人間を繋ぐ架け橋になってはいただけませんか?」

「それは……」


 言いかけて僕は開きかけた口を閉じる。

 縋るような口調で言った彼女。けれど、その言葉のどこにも助けを求める相手が僕でなければいけない理由などなかった。


「それは、頼む相手を間違えてないか?僕よりももっと影響力を持った人間が、この世界には山ほどいるじゃないか」

「……」

「人と獣が共存できる世界、響きは素敵だ。だけど、僕一人に何ができる?何もできはしないさ。僕に頼むくらなら他にもっと良い選択肢が……」


 そこまで言って僕は無理矢理に口を閉じた。

 伏せていた頭を上げたリン。その瞳の端に水滴が溢れて、零れ落ちる寸前だった。


「ご、ごめん。言い過ぎた……」


慌てて謝罪する。彼女は涙を軽く拭って、首を左右に振った。


「ごめんなさい。泣いたりして、貴方の言っていることは正しいのに……」

「……まさか、もう試したの?」

「ええ、私も仲間も色々な方にお願いして回りました。でも、誰にも取り合ってもらえなくて……」


 控えめだが自嘲気味な笑い。


「やっぱり、夢の見すぎなんでしょうかね……」

「リン……」


 かける言葉を見つけられず、僕は黙る。

 彼女の自嘲笑いは見ているこちらの心が痛くなるようで、僕はようやく彼女の願いの意味を真剣に考え始める。

 獣と人間を繋ぐ架け橋とは一体どういう物なのだろう。少なくとも最初は獣の側に立って人間の対面することになるに違いない。

 現状、人間の獣に対する敵対思考は全世界に置いて共通のもので、獣の味方をするということは即ち人間の敵となるということに他ならない。

 話し合いだけで片が付くとは思えない。必ず人間と争うことにもなるだろう。

 そうなれば当然、同族である人間を殺す、また、やむを得ずそうしなければならない場合にも直面する。


――もし、もしもそうなった時に僕は人を殺せるのか……?


 今まで沢山の血を見てきた。地獄と呼べる光景も沢山見てきた。

 けれども僕はメネア連邦対機神特殊先鋭部隊に所属する無人の機械と戦う戦士の一人に過ぎなくて、人を殺す勇気なんて……。

 頭に刺すような痛みが走った。


――おいおい、忘れてんじゃねぇよ。


 脳内に響き渡るのは僕と共に戦ってきた相棒(レイ)の声。


――施設でお前が何をしたか、覚えてねぇのか?


 思い出したくない過去にしていた封が一瞬で解かれた気がした。

 白壁に散った血飛沫。千切れた手足。折れた首。山積みの骸。

 それらがビジョンとなって視界を過ぎる。

 心臓が大きく跳ねた。

 続けて己の中のもう一人、レイが問う。


――お前は何で生きている?

――黙れ。

――お前はどうしてここにいる?

――黙れ。

――忘れちまったなら思い出させてやるよ。

――黙ってくれ……それを、僕に見せないでくれ!


 目元を片手で覆う。


――それはなァ、お前が全員殺してただ一人生き残ったからだァッ!


 息が詰まる。

 再びビジョンが見えた。




 小さな腕。握られた拳銃。目の前には怯える少年。


「な、なぁ、ロイ。どうしちゃったんだよ。何でこんなことするんだよ。ロイッ!」


 怯えた様子の子供が言った。


「ロイ……?誰だそいつ」


 子供の顔が絶望へと変わる。

 それを見て嗤う少年が引き金に指を掛けた。


「オレをあいつと一緒にするんじゃねぇッ……!」


 発砲音。




「ロイさん、ロイさんっ!」


 肩を揺すられて僕は我に返った。

 呼吸が荒い。全身から冷たい汗が噴き出している。

 僕は過去に恐怖していた。

 思わず目の前で心配そうな表情をしているリンに身を寄せる。


「ろ、ロイさ……」

「ごめん、少しだけ、少しだけでいいから、頼む……」


 彼女は黙って頷く。


「ごめん、本当にごめん……」


 自分でもどうしていいのか分からなくて、ひたすら目の前の彼女に謝り続けた。

 彼女の細い腕が僕の背を優しく包む。


「ロイさんが、何に怯えているのか私には想像もつきません。けれど、もし私の言葉が原因だったなら謝ります。ごめんなさい」


 僕を抱き返したリンが小さく言う。

 頭の上の獣耳は垂れていた。


「……僕は、この手で人間を殺したんだ」


 特に意識はしていなかった。

 気づかぬうちに言葉が口から漏れていたのだ。


「それも、数えきれないくらい大勢の人を……」

「ロイさん……」

「君も僕が怖い、よね?」

「……ロイさん、落ち着いてください」


 僕の体を包む彼女の腕に僅かに力が篭る。


「私は貴方が優しい人だって知ってます。貴方も本当は殺したくなんてなかったはず、何か理由があるんですよね?」

「……」


 僕は少しの間黙り込んだ。

 人を殺さなければいけなかった理由。

 無いわけではない。けれども真っ当な理由なんてただの一つも存在しなかった。


「僕は、幼いころ軍の施設にいたんだ……」


 言葉が切れる。震える唇を噛み締めた。


「毎日毎日、訓練と実験の繰り返し、そこには当時の僕と同じくらいの子供たちが集められていたけど、実験室に連れていかれたきり戻らない子供も珍しくはなかった。」


 脳裏を過る当時の記憶。

 眩しすぎるくらいに明るい蛍光灯と白塗りの壁や天井は今でも忘れない。


「……僕たちはとうとう耐えきれなくなって反抗した。警備兵から銃を奪って、施設から逃げ出そうとしたんだ。みんなでね」


 そう僕たちは施設にいた大人という大人を殺しながら出口を求めて彷徨った。

 子供たちの閉じ込められた部屋の鍵を一つ一つ解錠して回り、軍の研究施設であったそこはいつしか血塗られた戦場へと成り果てた。


「でも、所詮は子供だ。子供の手でできる事なんてたかが知れてる。成す術がなかったよ。あいつらが軍用ドローンをキルモードで使用してきたときはね」


 思わず歯噛みする。

 大人たちは己の手が汚れる事を恐れ、自分たちが原因で起こった騒動の後処理すらも機械にやらせた。

 それなのに奴らは平気な顔をしていた。まるでゴミでも見ているかのような視線を今でもはっきりと覚えている。


「生き残ったのは僕を含めて二十人もいなかったと思う。僕たちはよりセキュリティの厳しい部屋にまとめて入れられて、一括管理されることになった」


 僕は広さ十坪ほどの天井が高い部屋を思い出す。

 あるのは簡易ベッドやトイレと言った必要最低限の物だけの貧相な部屋。

 そこでもやはり白塗りの壁と天井は変わらなかった。


 度重なる実験と不十分な食事による栄養失調で一人、また一人と仲間が倒れ、そして消えてゆく様。


「今になって思う。あの部屋は実験施設なんかじゃなくて、きっと大人たちにとって都合の悪い存在となった僕たちを捨てるための処分場だったんだなってね」

「処分場、ですか……?」

「うん。ついには食事が出なくなって、僕たちはただ死を待つだけの子供になった」


 少しだけ、リンを抱く腕に力が込もる。


「僕はそこで果ててもいいと思っていたんだ。大人に使い潰されるだけの人生なら死んだほうがましだ……けど、レイはそれを許さなかった」

「レイ……?」

「施設にいたときにね。研究の一環で別の人の人格を植え付けられたのさ。それがレイ」


 処分場たる部屋で恐怖に怯える少年たちの顔が思い出された。


「彼が皆んな殺したんだ。生き残った子供たちを皆んな……」


 僕はきつく奥歯を噛み締めた。


「ロイさん、それはレイさんがやった事なのでしょう?貴方が気に病むことなんて……」

「違うよ、リン。レイは、僕なんだ。違う人格だからと言って罪を消し去ったりできない」


 リンが返す言葉を失って俯き、再び沈黙が落ちる。

 彼女は少し考え事をしているように見えた。


「……ロイさん。やっぱり貴方は優しい人です」


 彼女が沈黙を破るまでにそれほど時間はかからなかった。


「どうしてさ」

「だって、貴方は自分のしてきた事を過ちだと理解していますし、レイさん一人にその罪を押し付けることもしない。それって、亡くなった方々だけでなくレイさんのことも想っているってことですよね?」

「そんなこと、無い」


首を小さく横に振る。


「そんなことありますよ。私の言葉では説得力に欠けるかもしれませんが、ロイさんはもっと自分に自信を持っていいと思うんです。仲間の罪を共に背負うなんて誰にでもできることじゃ無いんですから、ね」


 言葉の終わりに彼女は柔らかく微笑んだ。

 気を抜くと涙が溢れてきそうで、僕はそれを堪えるのに必死だった。

 自分よりも少しだけ高い彼女の体温がこの上なく心地よい。


 彼女が傍にいると何故だか心の奥まで温かくなる感じがして、不思議とその温もりにいつまでも触れていたくて、僕は彼女を抱いた腕を放せなかった。


「可笑しいな。僕が君を慰めてたはずなのに、いつのまにか僕が君に励まされてる」


 僕も微笑んだ。

 決して綺麗な笑みでは無かったと思う。


「ありがとう、リン」


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