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解かれた術

 火の海の中を幼い”獣”の少女が駆けていた。

 乱雑になぎ倒された木々や形も残さぬほどに潰された草花、周りにあるそれら全てが燃えている。

 燃え盛る炎の中、少女は通れる場所を必死に探して走る。

 後ろからとても恐ろしい物が迫っている。

 幼い少女から見ればそれはとても奇妙なものだった。がしゃがしゃと五月蝿い駆動音を立ててこちらへ向かってくる鋼の怪物。


 それを少女たち獣は厄災と呼んで恐れていた。

 今の今まで元気だった両親も、その護衛だった仲間も今少女がいる場所の遥か後方で動かなくなってしまった。

 少女は首がなくなってしまった父親とお腹に大穴の空いた母親から離れないと言ったけれども、最後に残った護衛の仲間はそれを許さなかった。


 突然の爆撃。

 直後、後方から襲ってきた衝撃と爆風に少女の華奢な身体は簡単に吹き飛ばされ、地面を転がり、最後は木にぶつかって止まった。

 なんとか手をついて上半身だけを起こす。

 足が痛い。足だけではない、腕も、胴も、頭も、()()、身体のあちこちが軋むように痛んでいる。

 木々を押し倒しながら追って来た怪物が頭部の赤いセンサーで少女を捉えた。

 センサーの下、大きな機銃が少女をロックオンしたのは幼い彼女でも察せられた。

 身体が無意識に強張るのを感じる。


『――そこの子供、聞こえるか?聞こえているなら耳を塞いで伏せろッ!』


 ノイズ混じりのスピーカーの大音声。

 咄嗟に頭の上の尖った耳を塞ぐ少女。燃え盛る炎を突き破って白い人型の機械が飛び出し、手にした片刃の大剣で”厄災”の頭部を切り飛ばす。

 耳を塞いでいてなお聞こえてくる金属を無理矢理ねじ切るような耳障りな音。

 次に聞こえたのは大きな金属の破砕音。

 胸部に鉄杭を撃ち込まれた厄災はなす術もなく崩れ落ちた。

 人型の白い機体がこちらを振り向く。

 静かにこちらを見つめる特徴的な頭部のクリアブルーの装甲。

 炎の中でも決して霞むことのない装甲の白。

 幼い少女にはそれが戦場に輝く星のように見えた。




 ビニール質の布に雨粒が跳ね返る音で目が覚める。

 どうやら外は雨が降っているらしい。

 ゆっくりと瞬きを数回、ぼやけた視界が鮮明になり、そこが狭い簡易テントの中であると認識する。


 寝かせられていたらしい寝袋から半身を起こす。頭部に若干の痛み。思わず手を伸ばすとお世辞にも質がいいとは言えない包帯のざらざらとした感覚がある。

 少しだけ首を巡らせてテントの中を見渡す。


 モスグリーン色の狭いテントの中には私を寝かせている寝袋と小さなキャンピングランプ、そして未開封の自然(バイオ)分解可能容器(プラスチックボトル)に入れられた飲料水があるのみでどこか寂しい。

 そしてそこに彼の姿はなかった。


「ここ、は……?」


 少し考え、そして思い出した。

 私は彼と〈インパルスフレーム〉に乗っていたのだ。

 遅いかかる衝撃と重力に耐えるため、必死になって歯を食い縛り、彼の座るシートにしがみ付いた。

 けれども〈機神〉、〈六番目のリゲル〉とかいう鋼の巨人が頭部から光線を発し、それを回避した時にコクピットの天井に額を強くぶつけてしまったのだ。

 その後どうなったのかを私は知らない。

 私は半身を起こしたままゆっくりと目を閉じ、耳を澄ます。

 聞くのだ。辺りに漂う死者の魂の断片、即ち霊魂の声を……。

 廃都とは打って変わって彼らの声は落ち着いていて、意識しなければ聞こえないほどに小さい。


「霊魂たちが落ち着いている……どこかの森の中なのでしょうか?」


 再びテントの中を見回そうとした時、垂れた自身の長い黒髪が目に入って私は思わず動きを止めた。

 それから頭と胸と尾を順に触ってようやく理解する。


「化けの秘術が解けてしまったのですね……」


 小さくため息を吐いた。

 “獣”たちの間で"化けの秘術"と呼ばれているそれは全身に霊魂を纏うことによって外見を変化させる霊術だ。

 しかし、所詮は纏っているだけ、自身で霊魂の維持が出来ない睡眠や気絶といった状態になれば術は解けてしまう。

 しゃあ、とテントの出入り口のファスナーが開く音。

 雨粒で全身を濡らしたまま入ってきた黒髪の彼は一瞬こちらを見て僅かに緑玉(エメラルド)の瞳を見開き、そして柔らかい笑みをこちらに向けた。


「起きてたんだ。一応、傷の応急処置はしてあるけど、気分悪かったりしない?」

「……」


 私は何と答えていいのか、その答えを見出せずに押し黙る。

 彼が一息吐く。ため息とは少し違う気がした。

 近づいて、私の傍らに膝を吐く彼、


「包帯、変えるよ?」

「……」


 またしても答えられない。けれど小さな頷きを返すことはできた。

 彼が私の前髪を上げて包帯を取り外す。


「すごいな、傷がもう塞がってる」


 血の滲んだ包帯を取り去り、新しいものに取り替える彼。


「この調子ならすぐに治りそうだね」

「……えっと、その、私……」


 あたふたとしながら言葉を返せずにいる私。テントの隅に腰を下ろした彼は小さく笑った。


「落ち着いてからでいいよ。別に取って食おうってわけじゃない」


 彼が差し出してきた飲料水を少し迷ってから受け取る。


「……あの、いいのですか?」

「うん?何が?」

「水、貴重な物なのですよね?」


 彼は小さく嘆息した、ように見えた。


「いいさ、こんな何処かも分からない森の中で助け合わないほうがどうかしてる」

「……やはり、ここは森の中なのですね」


 少しだけ目を伏せる。どうして私たちがここにいるのか、問いたい気持ちはあったけれど言い出せない。

 そんな私の様子を見て察したらしい彼はおもむろに口を開いた。


「そういえば、君にはあの後何があったのかまだ話してなかったね」


 軽く笑った彼は濡れた黒髪をタオルで拭きながら何があったのかを語り始めた。


 *


 久々の戦闘に()()は〈ラーグルフ〉のコクピットで興奮気味に笑った。

 メインスクリーンには人型の〈六番目のリゲル〉がその頭部のビームキャノンを咆哮させようとしている姿が映っている。


――ロイ、やっぱオレは、ひと暴れしねぇと気が済まねぇ!


 言ってオレは足元のペダルを勢いよく踏み込んだ。

 放たれる光線。それを〈ラーグルフ〉が跳躍によって回避する。

 後方のビル群が一直線に貫かれて倒壊。


――レイッ?!


 着地の衝撃によって揺さぶられる友人の体をロイが操縦桿から手を離して支える。

 それでも〈ラーグルフ〉は止まらない。

 そもそも〈RAGE〉とは脳からの信号で機体を動かすシステム。

 たとえオレが植え付けられた身体を持たない人格であるとしても意思はある。

 操縦者(ロイ)の意思に反して機体の操縦ぐらいは可能だ。


「来いよデカ物」


 〈機神〉の頭部、細長いセンサーが輝く。

 背部のユニットからミサイルが一斉発射。自立誘導式のミサイル弾がこちらに向けて飛来する。

 大きく跳躍。ミサイル弾もそれを追って上昇する。

 空中でミサイル弾を全て回避して着地、挙動について行けなくなったミサイルが失速して爆散し、残ったいくつかが大きく上昇して反転、こちらの背を追う。

 不敵に笑った。

 〈ラーグルフ〉の頭部。クリアブルーの装甲に覆われた二つの目が見据えるその先には六番目の機神の姿。


「いいぜ、ついてきな」


 機神との距離がさらに近づく。

 衝突する直前でオレは足元のペダルを力強く踏み込んだ。

 〈ラーグルフ〉が〈機神〉の目の前で跳躍、それに合わせて後を追うミサイルが上昇。


「返すぜ。テメェのもんだァ!」


 ロイの意識を奥へと押しのけて、オレは吠えた。

 鋼の巨人の目の前で行う回避動作。〈ラーグルフ〉が〈機神〉の傍を抜けてアスファルトに着地する。


 爆音。


 〈ラーグルフ〉を追いきれなくなったミサイルが〈機神〉に衝突して炸裂、その巨体が炎に包まれたところで〈RAGE〉システムが強制解除された。


――ロイッ!てめぇ……。


 システムの解除を行ったその本人へ向ける苛立ち。けれどもそれは声にならず、それは脳内に反響しただけであった。


「レイ、これ以上の勝手はよせ。彼が死んでしまう」


 ロイが支えた友人の身を軽く掲げて見せる。

 確かにその腕の中にはあからさまに弱っている者の姿がある。

 しかし、


――おい、オレにはこいつが()には見えねぇんだが?

「え?」


 そう確かに弱ってはいるが、ロイの腕の中で気を失っているのは少なくとも男ではなかったのである。


 女性にしては起伏の控えめな身体、けれどもその端正な顔立ちと艶のある長い黒髪が彼ではなく彼女であることをこちらに伝える。

 そしてその頭の上からぴんと伸びる二つの尖った耳と橙黄色の狐を連想させる尾。


「……獣……?!」


 ロイが一瞬操縦を中断したのをきっかけに機体がバランスを崩す。慌てて立て直した。

 そう、そこには一匹の”獣”が居た。


 *


「……なんてことがあって、その後も機神を振り切るために〈ラーグルフ〉の行動限界まで進んだんだけど、見事にどこかも分からない密林のど真ん中で足止めってわけ」


 彼は苦笑いを浮かべながらそう言った。

 その微笑みはきっと私を不安にさせないための気遣いの笑いだ。

 先程受け取ったステンレス製のマグカップを傾け、水を一口飲む。

 体温が伝わり、少しだけぬるくなった水が喉を潤した。


「そう、だったのですね……」


 何か言葉を返すべきだと思ったのだけれど、結局何を返していいのか分からなくて曖昧な返事になってしまった。

 会話が途切れ、沈黙が落ちる。


――どうしましょう。何か話さないといけない気がしてならないのですが……。


 ちらちらと彼の様子を窺っているそのうちにも時間は過ぎ去ってゆく。


――私たち獣の事情を話すのはちょっと気が重いですし……そもそもそれをお話しする前に私が何者なのか話すべきなのでは……?


 沈黙が落ちてからどれくらいの時間が経っただろうか。私は自分が何者なのか、何をするために“人間”の居住区に住み込んでいたのかを打ち明ける決心をし、躊躇い気味に口を開いた。


「あ、あの……ロイさん」


 返事は無い。

 恐る恐る目線を上げる。


「あ……」


 口から吐息が漏れ、力んでいた体からすっと力が抜けるのを感じた。

 戦闘続きで消耗したのだろう。彼は座ったまま目を閉じて首を揺らしていた。

 じっくりと考えてから、一度深呼吸。彼の肩へと手を伸ばす。

 皆を守るために戦ってくれていたのだ。座ったままの睡眠では疲れがとれまい。

 指先が肩に触れた。


「んん……?」

「ひゃっ!?」


 彼が目を覚ます。私が伸ばしていた手を慌てて引っ込める。


「ああ、ごめん。今日は少し疲れたみたいだ」


 寝ぼけ眼を擦りつつ彼は言った。


「えっと、何?」

「あ、えっと……お疲れのようですのでロイさんが寝袋で寝るべきではと……」

「え?いいよそんなの。座って寝るのには慣れてる」


 私はぶんぶんと横に首を振った。


「いいえ、ロイさんが寝るべきです!私は獣、野宿にも慣れています。ですから寝袋が無くても大丈夫なんです!」


 寝袋から這い出して彼の腕を引く。

 疲れのせいか彼の抵抗は僅かなものだった。


「もう、強引だなぁ」


 小さく笑いながらそういって彼は素直に寝袋へと潜り込む。

 私も軽く微笑んで彼の笑いに応えた。


「ロイさん」

「ん、何?」

「今日はありがとうございました」

「やめてくれよ、お礼なんて、僕は結局君を連れまわしてこんなところまできてしまったんだ。カトルが女の子になってた時には流石に驚いたけど」


 彼の浮かべていた微笑みが苦笑いへと転じる。


「そのことについてはまた後程お話します。あ、電気、消しますね」

「ああ、ありがと」


 キャンピングランプを手に取ってスイッチを捻る。途端にテントの中が闇に包まれる。


「本当にお疲れ様でした。ロイさん」


 そう小さく呟いたのに彼は気づいただろうか。

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