レイ・グロードベント
ロイと別れ、撤退を開始したディーヴァルは第一〇七番天蓋区画の南口へとたどり着いた。
膝の間辺りにあるサブモニターには機体図が表示されていて両腕の部分が赤く点滅している。
先程ミサイルランチャーを使用した時の反動に機体が耐えきれず、フレームの関節部に何らかの障害が発生したのだ。
試しに操縦桿を操作してみる。
左腕はかろうじて動いたが右腕は全く動かなかった。
「こりゃ、駄目だな。とうぶん使えそうにねぇ」
小さな舌打ちと共に吐き捨てる。
ちょうど二重扉の内側の扉が開いた。
今朝、区画外実習の開始前に十台のトレーラーが並んでいた場所に四台のトレーラーが停車している。
既に何台もの救急車両が到着し、怪我をした生徒の手当や救急搬送が開始されているのが窺える。
そこには様々な人がいた。
友人や彼氏彼女を失って泣き崩れている生徒、助かったという自覚が無いのか未だに表情に恐怖の色を滲ませている生徒、そしてそれを慰める教員。遅れて戻ってきた〈インパルスフレーム〉を見て歓声を上げている生徒も少しばかりいた。
『帰投したインパルスフレームに告ぐ。所属と階級を言え』
コクピット内に響く低い声。
どうやら天蓋区画を防衛している連邦軍からの通信らしい。
「いや、俺は、軍人ではなくて、学校の生徒です」
『……そうか、であれば学校側で生徒の確認を行っているはずだ。そちらに報告を』
「了解」
短い応答。
直後、背後からの重い音に目を向けると南ゲートの二十扉に加え、分厚い強化金属の隔壁が閉じられてゆくのが見えた。
俺は思わず息を詰める。
「お、おい、待ってくれ!まだ外に人がいるんだ。ゲートの封鎖を止めてくれ!」
気付けば名も知らぬ軍人に向けて通信していた。
『無論、それはこちらでも確認している』
「だったら……!」
俺が声を荒げると、通信の相手は逆に嘆息したようだった。
『少年、お前の軍人になるのだろう?軍人とは市民を守るものだ』
「分かってるさそんなことは!だからゲートを……!」
『いや、だからこそゲートは封鎖すべきだ』
一拍置いて彼は続ける。
『より多くの人命を救うために、少の犠牲を容認しなければならない時もある。それが軍人だ』
突き放すような口調。やがて返信を待たずして通信は切れた。
俺は強く奥歯を噛み締める。
「くそがッ!」
サイドスクリーンを殴りつけた重い音が狭いコクピットに響いた。
*
目の前を覆い尽くすほどの光。
それは通称ビーム兵器を呼ばれるもので、開発を試みる者は多いが完成の報告はなされていない兵器の一つ。
その兵器が放つ熱線。機体が触れれば一瞬で融解してしまっていたであろうそれを何とか避けることには成功した。
荒い吐息。激しく肩が上下している。
サブモニターにはコマンド文とともに表示された“RAGE”の文字。頭に装着したヘッドセット型のデバイス、そのヘッドバンドとも言うべき部位にあしらわれた線上の模様が淡い緑色の光を放ち、システムの起動を示している。
――RAGEは使わねぇんじゃなかったのか?
声が聞こえた。脳内に直接響くようなそれは僕の中にいるもう一人の声。
――使わなければ避けられなかった。
――ハハッ。散々使わねぇって息巻いてたくせにこの様か。嗤えるぜ。
彼は嗤い、僕は唇を噛む。二つの異なる意識が一つの身体の中で交錯する。
――システムを使う以上はやらせてもらうぜ。久々の、殺し合いってやつをなァ……!
――レイ。
僕に代わって操縦桿を前進位置へ押し込もうとする彼を、名を呼んで引き止めた。
――あン?なんだよ。
――見るんだ。
僕は自分の身にもたれかかるようにして気を失っているカトルへと視線を向ける。
彼は額から出血し、流れ出た鮮血が僕の制服を赤く染めていた。
先程のビームを避ける際に〈ラーグルフ〉はかなり激しい動きをした。
おそらくはその時にコクピットの壁に額をぶつけ、切ってしまったのだろう。
カトルを乗せている以上、これ以上激しい戦闘はできない。
退路を探そうと天蓋区画の南ゲートをズームアップする。予想はしていたがゲートは隔壁が下ろされ、封鎖されていた。
だが、ゲートが封鎖されているということは同時に僕たち以外の生存者が退避できている可能性も高い。
――時間は十分に稼げた。〈RAGE〉を起動したまま現地点を離脱する。レイ、機体から入ってくる情報の処理を頼めるか?
操縦桿を軽く握り直しつつ僕は彼に問う。
〈RAGE〉システムは使用時に脳へと送られる情報量が爆発的に増える。その処理が追いつかず、パイロットは激しい頭痛に襲われるのだが、彼がいることによって脳の情報処理能力が向上し、頭痛を一定程度緩和できる。
人間の脳の秘めたる潜在能力の全てを解放することを目的とし、情報を処理するためだけに人口的に植え付けられた他人の人格。
それが彼、レイ・グロードベントの正体だ。
彼らは〈RAGE〉の使用時に機体側へとアクセスし送られてくる情報を選別し、不要なものの情報が脳に向かうのを制限する言わばフィルター。
彼がいることで頭痛は多少なりとも軽減される。
――けっ、つまんねぇ仕事の方か、ま、いいんだけどよ。
彼はわざとらしくため息を吐いた。
――ごめん、レイ。
――いちいち謝んな。ウゼェ。お前がいなけりゃオレも終わりだ。手伝ってやる。が、どうするつもりだ?後ろの引き篭もりどもの家は隔壁が封鎖済み。前からはあのデカ物が来やがる。
――無論、機神を中央突破するつもりだけど?
僕は索敵モニターに表示された地図を一瞥、広がる廃都の向こう側は樹林帯であることを再確認する。
樹林帯であれば機体を隠すこともでき、尚且つ天蓋区画から機神を遠ざけることにもつながる。
ただ、一つ問題があるとすれば……。
――あのデカ物がオレたちを簡単に通してくれるとは思えねぇがな。
微かに鼻を鳴らしつつ、レイがその問題を挙げた。
――だから突破するんじゃないか。無茶には慣れっこだろう?
軽く笑ってみせる。彼はそれに答えることはしなかったが、代わりに薄い笑いを返した。
「行くぞッ!」
僕は操縦桿を前進位置へと押し込む。
〈ラーグルフ〉の頭部、クリアブルーの装甲に覆われた二つの瞳が青い輝きを放った。
各部スラスターを噴かせて前進、身を隠していたビルの間から躍り出る。
気付いた機神が咄嗟に〈ラーグルフ〉を追って首を巡らせ、一拍遅れて自立誘導型ミサイルが一斉発射。
僕はコクピットブロックに大きな衝撃のある動作を控えつつ〈ラーグルフ〉を駆る。
古い都道を機体が滑るように動き、ミサイルがその動きを追えずに左右の建物に衝突して爆散する。
遮蔽物の多いこの地形は機神に比べて小さい〈インパルスフレーム〉には有利だ。
瞬く間に〈ラーグルフ〉が〈機神〉へと接近して行く。
〈機神〉の頭部の装甲が再びスライド、現れた砲口の奥が淡く輝きだす。
回避動作を取ろうと操縦桿を握る手を緩めた僕だが、レイがそれを許さず操縦桿を強く押し出した。
――退いてる余裕なんてねぇだろうがッ!撃たれる前に懐に入っちまえッ!
機神との距離が更に近づく。
ここまで接近してしまうと下手に回避をする方が危険だ。
〈機神〉の口とも言える砲口から光が漏れるのが見える。
僕はきつく奥歯を噛み締めて、さらにスラスターの出力を上げた。
「間に合ええええッ‼︎」
再び光線が放たれた。




