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起動

 ミレイナを乗せたトレーラーが出発したのを見届けた僕は駆け足でカトルのもとへと戻る。


「さぁ、カトル。僕たちも行くぞ!六番トレーラーはまだ生きてる。それに乗って逃げるんだ!」


 混乱気味のカトルの手を引いて六番トレーラーへと駆ける。

 僅かに乱れた吐息。乾き切ったアスファルトを叩く足の音。そのすぐ後ろを華奢な少年の足音が追う。

 すぐに間隔を開けて三台並んだトレーラーを視界に捉えた。


 一番手前、機神のミサイル弾をもろに喰らって炎上しているのは四番トレーラー、その奥の片側のタイヤをやられて傾いているのは〈ラーグルフ〉を積んだ五番トレーラー、さらにその奥でエンジンを掛けた状態で待機しているのは三台のうちで唯一無事な六番トレーラーだ。

 生き残った教師たちが必死に生徒たちを掻き集め六番トレーラーへと押し込んでいる。


「よし、まだ乗れ……」


 咄嗟にカトルを庇うようにして伏せた。

 爆音。

 押し寄せる爆風と砂と土、砕けたアスファルトの混じった煙。

 カトルの妙に高く短い悲鳴が聞こえた気がしたが、爆発の音が凄まじく、すぐに掻き消されてしまったので本当に彼の発した物だったのかは怪しい。


 それから黒い爆発による煙が晴れるまでに、それほど時間はかからなかっただろうと思う。

 目を開けるとそこは地獄とも言うべき光景だった。

 立ち上がった僕は思わず顔を顰める。

 飛来したミサイルがトレーラーの停車している旧都道のすぐ傍に立つ廃棄された高層ビルの上層階に命中し、破壊した。


 その結果、トレーラーと同じか、それ以上とも言える廃ビルの残骸が六番トレーラーを直撃し、生徒たちの乗るコンテナ部をその重量でもって押し潰したのだ。

 隣でよろめきながら立ち上がったカトルが目の前の光景に口を押さえる。


「……最悪だな。これなら榴弾でコンテナごと爆散したほうがまだましだ」


 瓦礫に下半身を潰され、破片に胴を貫かれ、それでもなお助かりたいと嘆く生徒や教員の声が鼓膜を揺さぶる。

 しかし、彼ら全員を助ける力が僕にないことは明白だった。

 やがて漏れだしたオイルに火が付いたのか六番トレーラーが小爆発と共に炎上する。

 炎の中、悲痛な叫び声を上げつつ、こちらが生きていると知って手を伸ばしてくる生徒たち。

 鉄と血が混ざったような強烈な臭いに生き物が焼ける不快な臭いが加わる。


「あ……ああ、うあ……」


 カトルが荒い呼吸を繰り返しながら小さく呻き、後退る途中で瓦礫に足をとられ転倒する。

 大きく見開かれたまま揺れる黄玉色の瞳。恐怖に引き攣った表情。


「見ちゃ駄目だ!」


 咄嗟に転倒したカトルの傍に膝をつき、彼の目を手で覆い隠した。


「カトル、落ち着くんだ。目を塞げば何も見えないし、耳を塞げば何も聞こえない。ゆっくり、深く呼吸するんだ」


 激しく上下していた彼の肩が少しずつ落ち着きを取り戻ししていく。

 彼の背をさすりつつ振り返る。僕たちの後方、最後に残ったトレーラーが丁度発進したところだった。


――完全に退路を断たれた。どうする……?


 きつく奥歯を噛み締める。前方のトレーラーはどれも走行できる状態にはなく、六番と四番トレーラーに関しては激しく炎上している。

 この炎が燃料タンクに引火すれば間違いなく間の五番トレーラーも含めて爆散し、僕とカトルもその場で天寿を全うすることになるだろう。

 この状況で二人とも助かる方法は僕の考えられる限りでは一つしかなかった。

 僕はカトルの両肩に手を添える。

 僅かに見開かれた黄玉色の瞳がこちらを見つめた。


「カトル、ごめん。君の言葉を信じて実習を辞退していればこうはならなかった。まずはそれを謝らせてほしい。」


 一度言葉を切った。短く深呼吸する。


「僕は君を死なせないと言った。だからなんとしてでも君を助ける。そして、僕も君も助かる方法がひとつだけある。けれどそれを選んでしまったらもう天蓋区画には戻れないかもしれない。それに、関係のない君を意味のない戦闘に巻き込んでしまうかもしれない」


 僕は立ち上がる。そして、そっと自身の右手を差し出した。


「もし、もしも君がそれでも生きたいと言うのなら、この手を取って、僕と一緒に行こう」


 カトルが一度、瞳を瞬かせる。彼が決断に要した時間はそれだけだった。

 彼は僕の手を取った。

 僕の手を優しく握り返す細く白い指。

 どう見ても十代半ばを過ぎた男子のものではない。

 が、それをゆっくり考えている時間は無かった。

 僕は手を引いてカトルを立ち上がらせ、五番トレーラーのコンテナ内部へと通ずる扉をこじ開ける。ロックがかかっていたので先程拾った拳銃で破壊した。


 コンテナの中は蒸し暑く、そして薄暗い。

 空調と証明が機能していないところをみるに低電力モードに切り替わってしまっているようだ。

 内壁に設置されたタッチパネルに触れてみる。

 画面に罅が入っていたが、かろうじてまだ生きていた。

 手順に従って操作し、コンテナの上部ハッチを開ける。

 上部ハッチは開ける際にオープンデッキが傾くので使用しないように言われたが、この状況でそんな規定を意識する必要などあるまい。

 ハッチが開くとともに外からの光、燃え盛る炎によって赤みを帯びた光が純白の機体を照らす。


 〈ラーグルフ〉。オーバーブレイブス時代に僕が駆っていた機体。

 その腕部装甲に飛び乗る。カトルが後に続く、装甲に這い上がろうとする華奢な体を手を伸ばして引き上げた。

 向かうのは機体の胸部にあるコクピット。

 幸いコクピットハッチは空いていた。


「操縦は僕がやる。コクピットは乗りにくいかもしれないけど我慢してくれ」


 カトルは静かに頷きを一つ。

 僕が〈ラーグルフ〉のコクピットへと飛び込み、彼もそれに続く。

 シートに身を収め、ちょうど膝の間あたりにあるサブモニターに右の手のひらを押し当てた。

 長い間眠りについていた指紋認識システムが僕の指紋を読み取って機体の中枢システムを起動させる。

 コクピットハッチが駆動音を立てて閉まり、前、左、右、上のメインスクリーンが同時に起動して外界の景色、トレーラーの内壁と煙の立ち込める空を映し出す。

 短く深呼吸をして僕は左右に一つずつある操縦桿を握った。


――よお、ロイ。


 唐突に声が聞こえた。

 カトルのものではない。


――ようやく戦闘か?ったく、いつまでサボってやがる。待ちくたびれたぜ。


 低い嗤いを漏らしつつ僕と全く同じ声で()()()()()()()は言う。

 僕の脳内で反響するその声に僅かに眉を寄せた。


――レイ。悪いけどRAGEを使う気はない。今は壊す戦いじゃなく、生きる戦いをすべき時だ。


 僕は自分自身の中に住むそいつに強く言い放つ。

 ふん、と鼻を鳴らす気配。


――けっ、そうかよ。


 吐き捨てるように言い残し、声の主は僕の思考が行き届かない潜在意識の奥深くへと消えた。

 操縦桿を軽く握り直し、もう一度深呼吸をする。


「よし」


 細かく微調整を加えつつ足元のペダルを踏み、操縦桿を引く。

 燃え盛る炎の中、駆動音を響かせ〈ラーグルフ〉がゆっくりと立ち上がる動作を開始。

 機体が完全に立ち上がる前にロックオンアラートが鳴り響いた。

 例の機神が頭部をこちらに向けている。頭部の装甲がずれ動く、その奥から姿を現す砲口。


「この距離で撃とうっていうのか?!」


 一度短く舌打ちする。

 機体が狭苦しいトレーラーのコンテナ内で立ち上がろうとしている今の状況で撃たれては回避のしようがない。


『ロ、ィ……!さ……さと、機た、ぃ……を立ち……ろ!』


 味方機からの無線通信がコクピット内で響き渡ったのはそんな時だ。

 もっとも〈機神〉の起こす電波妨害(ジャミング)の影響でよく聞き取れなかったが……。

 直後、別方向からミサイルが飛来して命中、機神が爆炎に呑まれる。

 即座に操縦桿を操作。機体を立ち上がらせる。

 残った味方機が命を張って作ったチャンスだ。逃すわけにはいかない。


 〈ラーグルフ〉を完全に直立させてすぐに僕は味方の姿を探した。

 機体の目とも言える二つの複合センサーがその機体を捉えてコクピットの右側のサイドスクリーンに付近の映像がポップアップ表示、映像が徐々に拡大され、廃ビルの最上階でミサイルランチャーを構える薄緑色の民間機の姿が鮮明に移る。


「護衛についてたメネア連邦軍の機体じゃない。乗っているのは学校の生徒か?」


 先程の無線通信の言葉が脳内でフラッシュバック。

 気づけば僕は弾かれるように操縦桿を動かしていた。

 ちょうどビルから飛び降りてきた民間機と合流。〈ラーグルフ〉のその手が民間機の肩に触れる。

 強力な電波妨害下であっても有線通信であれば会話が出来る。


「ディーヴァル?」

『やっとか。遅ぇんだよ。戦場では一分一秒が命取りだって習わなかったのか?』


 ため息交じりのそんな声が返る。


「状況は?」


 僅かに間が空いた。


「最悪だな。十台あったトレーラーの内生き残ったのは四台、既に全部南口へ向かって出発してる。IFの方は――まぁ、大体察してると思うが、護衛の連邦機は全滅。学校所有のやつも俺が乗ってるこいつでラストだ」


 続けてディーヴァルが舌打ちとともに「あの野郎、不意をついて真っ先に軍用機を始末しやがった」とボヤくのが聞こえる。

 正面のメインスクリーンに映る六番目の機神を見据え、僕は歯噛みした。


「くそ、IDR起動時の広範囲(ワイドレンジ)電波妨害(ジャミング)は感知出来なかったのか?」

『すまねぇ、それに似たものに心当たりがあるが、気づけなかった』


 通信の向こうでディーヴァルが歯噛みしたのが察せられた。


「いいや、ディーヴァルのせいじゃない。だが、正規の訓練を受けているはずの連邦軍機がそれを見逃したのはいただけないな」


 慣れた手つきで操縦桿を操る。

 〈ラーグルフ〉が背部のバックパックにマウントされていた片刃の大剣を握った。

 刃の太い片刃の大剣はこの機体の主力武装(メインアーム)だ。


 ミサイルの起爆による煙をその長い腕で払い、中から全身の装甲に擦り傷を付けた〈六番目のリゲル〉が顔を出す。

 カトルがひゅっと息を呑んだ音が微かに聞こえた。


「ディーヴァル。お前も撤退してくれ」


 近づいてくる機神を真っ直ぐに見つめ、機体に剣を構えさせながら言い放つ。


『馬鹿かお前は、民間機でも援護くらい……』

「腕の使えない機体で何が援護だよ」


 ディーヴァルが言葉に詰まる。

 おそらく先のミサイル攻撃の反動で民間機の脆い関節に負荷がかかり、とても動かせる状況では無くなっているはずだ。


『……わかった』


 ややあって彼は答えた。


『だが、必ず返ってこい。こんな所でおっ死んだりしたら許さねぇからな』


 その言葉に薄く笑う。


「大丈夫。お前よりかまともに戦えるはずさ」


 笑い混じりに言った冗談に返答は無く、ふっと微かな笑いだけが返る。

 そのまま通信は切られた。


「さてと」


 ディーヴァルの乗った民間機の撤退を確認して一息。狭いコクピットの中、身を縮めているカトルを見た。

 彼は黄玉の瞳で僕を見返して小さく頷く。


「行こうか」


 操縦桿を前進位置に移動させ、足元のペダルを踏み込む。

 〈ラーグルフ〉の脛裏とバックパックのスラスターが火を噴いた。


 入り組んだ廃都の道を〈ラーグルフ〉は滑るように駆ける。

 通路の突き当たり、ビルの手前で機体を大きく跳躍させ、途中廃ビルを足場にしてさらに上昇。

 襲いかかる重力にカトルがシートにしがみついた。


――まずはこいつを振り向かせないと……!


 剣を構えた〈ラーグルフ〉が今なお機神の通り道と化している大通りへと躍り出る。

 それに気づいたらしい〈機神〉の身体がこちらに向いた。頭部のセンサーが不気味に光る。

 続いて背部のミサイルポッドからミサイルが発射、飛来してきたそれを跳躍で回避。

 着地するとその衝撃で劣化したアスファルトが粉々に砕けて散ってゆく。

 機神がその細長いセンサーでこちらを見て、ゆっくりと歩を進め始める。


「よし、目標が誘いに乗った」


 飛来するミサイル弾の雨を立て続けに回避し、あるいは大剣で叩き斬って、自機への影響を最小限に抑える。

 今回の任務は民間人が天蓋区画に戻るまでの時間稼ぎだ。

 だから闇雲に単機で相手に突撃するようなことはせず、ただひたすらに的を演じ続ける。

 出来るなら〈機神〉を天蓋区画から引き離し、廃都の外に広がる広葉樹林帯へと誘導したいが、樹林帯へ通ずる通りを〈六番目の機神〉が遮っているためにそれが出来ない。


 空中でミサイル弾を避け切って着地。目の前にコクピットをぐちゃぐちゃにされたメネア連邦軍機を捉える。

 瓦礫に潰されでもしたのか頭部と胴体がプレス機にかけられたように潰れていた。

 僕はその傍に落ちている二七.七ミリ機関砲が無事であるのを確かめてから〈ラーグルフ〉に拾い上げさせ、そして構えさせる。


 機神の様子がおかしいと気づいたのはその時だ。

 こちらに向かって進んでいたはずの〈機神〉がその動きを止めている。

 その頭部が不自然に震えていた。

 例えるならば、そう、口から何か出てくるのを必死に堪えているようなそんな感じだ。

 そして頭部センサーの下、人間でいう口に当たる部分の装甲がスライド。


「なんだ……?」

「う、くっ……!」


 唐突にカトルが頭を抑えた。


「カトル? どうしたんだ?!」

「き、機体を、ビルの影に移動させてください」

「へ……?」


 僕は思わず間の抜けた声を漏らしてしまった。

 彼の言葉に対してではない。仲間の言葉を信用しきれずに聞き返すような者は軍人として三流以下だ。

 僕が驚いたのは彼の声に対してだった。それは先程までと比べ明らかに高く、そしてよく澄んだ美しい声音をしていたのだ。

 突然の熱源警告。

 〈ラーグルフ〉のレーダーが高エネルギー体を感知したことをコクピットに伝える。



 閃光。



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