離別
「ん?なぁ、おい。今なんか爆破音しなかったか?」
模擬戦終了後。模擬戦に使用した〈インパルスフレーム〉のコックピットの中で過去の戦闘記録を読み漁っていたディーヴァルは近くで片膝をついている対戦相手の〈インパルスフレーム〉へと無線通信した。
『そうかあ?俺には何も聞こえなかったが……もしかしたら砲撃訓練でもやってんのかもな。たしかスケジュールには入ってただろ?』
ノイズ混じりに友人のそんな声が返る。
最新鋭の〈インパルスフレーム〉に搭載されている無線通信機はノイズなど電波妨害を受けた時くらいにしか聞かないものだと聞くが、旧型機の寄せ集めではこの程度が限界か。
『まぁ、砲撃訓練じゃねぇなら。お前の勘違いじゃね?』
「まぁ、そうならいいんだけどよ」
短く息を吐いて、俺は操縦席に深く身を沈めた。
――機神がこの天蓋区画の近くにいる。
ふと脳内に甦る今朝のカトルの言葉。俺は薄く笑って、感じた不安を取り払うべく首を左右に振る。
「……馬鹿か俺は、カトルの忠告を無視してまでこの実習を辞退しなかったくせに」
『ん?ディー……ル、今……んか言っ……か?すま……ノイズが酷……て聞き取……た』
吐き捨てた言葉に友人が無線通信で返してくる。普段よりノイズが酷かったが、それも旧型の機体に乗っていればよくあること。
彼が何を言ってきているのかはなんとなく察しがついたし、だから俺はこの時のノイズを大して気に留めることもなく聞き流してしまったのだ。
*
「ロイッ!てめえ聞いてんのか?失せろっつてんだろうがっ!」
対峙したアッシュが怒号を散らして、トレーラーの強化金属装甲を拳で殴りつける。響き渡った重い音にカトルは肩を竦めた。
けれど、傍らに立つロイは相手からの威嚇にも一歩も退くことはなくて、僕は密かにそんな彼の強さに憧れを抱いたりする。
「ここに来たってことはお前もこの機体が目当てなんだろうが、そうはいかねぇ。今回は俺がこの機体を使わせてもらう。まさか遅れてきたくせに自分が使うとか言わねぇよな?戦場では遅れた奴に命はねぇ。それはお前も分かってるはずだろ?」
「……」
沈黙を返したロイ。アッシュは勝ち誇ったような、少し嫌な笑いを浮かべた。
やがて少しばかりの沈黙を経て、ロイが溜め息を吐く。
「確かに君の言っていることは正しい」
ロイの肯定の言葉は、僕には酷く脱力しているように聞こえた。何かに失望したようなそんな響き。
「早い者勝ちは道理だ。今回はこの機体は君に譲る。……ただ、この機体の整備を担当しているのはミレイナだ。彼女を悲しませるような扱い方をしたら僕は君を許さない。」
途端に場の雰囲気が変わる。というよりもロイの纏うオーラが変わった言うべきか。それは僕やミレイナでさえも簡単にそれだと分かるほどあからさまな殺気。
何を思ったのか、表情を引き攣らせたアッシュが一歩後退った。
その直後のことだ。唐突に絶叫にも似た無数の危険を知らせる声が鼓膜を突き抜けるように響いて脳を揺さぶる。
この場にいる誰のものでもないその声。それが"獣"にしか聞こえない彼らのものだと分かった時、僕は最も恐れていたことが起きてしまったのだと悟った。
「ちょ、カトル君?!どうしたの、カトル!」
思わず頭を押さえて蹲ってしまう僕。ミレイナが血相を変えて隣に膝を付き、ロイもまた驚いた様子でこちらを振り返る。
「どうしたんだ!?」
「分からないの。急に……」
「カトル、大丈夫?」
ロイが心配そうにこちらを覗き込む。その姿が見えなかったわけではないけれど、恐怖に煽られた身体は思うようには動いてくれなくて、僕は言いかけた"大丈夫"の一言をそのまま飲み込む。
荒くなって行く呼吸と速まる心臓の鼓動を必死に抑えようしてみるのだが、上手くいかない。そしてそれは同時にロイとミレイナをも不安にさせたようだ。
「顔色が悪い。一度先生のところへ連れて行かないと」
「分かってる。カトル、立てる?」
同様の混じったミレイナの声と、ほんの少しだけ焦ったようなロイの声。
続いて目の前に掌が差し出される。
小刻みに震えた僕の足では、やはり自力で立つことは難しかったけれど、それでも彼に手を引いてもらって何とか立ち上がる。
「自分で歩けるね?」
頷く。向けられたロイの笑いが少しだけ不安を紛らわせてくれた。
「よし。それじゃあ……」
言いかけて、一瞬顔面を蒼白にしたロイ。次の瞬間、彼は僕とミレイナを抱え込むようにして飛び伏せた。
「「きゃっ!」」
僕とミレイナの小さな悲鳴が重なる。
"変声の術"が解けてしまっていると気付くその前に爆発が起こった。
*
飛来した榴弾が近くのアスファルトを粉砕し、撒き散らされた破片がよってロイ達のいる五番トレーラーの隣に一定の距離を置いて停車していた四番トレーラーが破壊されて炎上。
辺り一面が炎に呑まれ、眼前には空の蒼を掻き消すような炎の赤が広がる。
そして、立ち込める黒い煙の間にそれを見つけ、僕は思わず目を見開いた。
廃都市をゆっくりと前進しながら立ち込める煙を巨大な腕で払い、辺り構わず……というよりも人間だけに狙いを定めて榴弾をばらまいている鋼の巨人。
全身を覆う黒と緋の装甲、頭部には横に細長いセンサーらしきものが不気味に光を放ち、背部には大型のミサイルポッドが連装されている。
人間によって生み出され、命あるもの全てを殺戮する神にも等しい力を持った機械。
それは間違いなく〈機神〉と呼ばれるものだった。
「うそ……機神?」
ミレイナが呆然と呟く。
無理もない。何せ今日の〈機神〉の出現確率は皆が安心できるほどに低くて、だからこそ区画外実習も予定通りに行われていたのだ。
「あれは、六番目。六番目のリゲル……」
軍人だったころの記憶からその〈機神〉の名を導き出して静かに告げる。
僕は初めて今朝カトルが言っていたことは正しかったのだと確信し、そして彼を信じ切れなかった自分自身の愚かさを呪った。
もし僕がカトルの言っていたことを信じてやれていれば、もしそれを学校側に伝えていれば何かが変わったのかもしれないと思うけれど……。
軽く頭を振って思考を中断、これ以上の後悔は時間の無駄だ。
――細かいことは後だ。とにかく今は急がないとみんな死ぬ。
軽く辺りを見回して状況を確認。伏せるタイミングが遅かったのか、それとも僕たちがただ幸運だったのか、先ほどまでくだらない言い合いをしていたはずのアッシュとその取巻きの生徒達は飛来した瓦礫の破片を喰らい、一人を残して死んでいた。
残った一人は絶句してしばらく立ち尽くしていたが、やがて目の前のその光景が現実だと理解すると絶叫を上げて一目散に逃げて行く。
続いて目に入ったのは車体の片側を損傷し、傾いている五番トレーラー、道路を遮る瓦礫の山、そして体中に破片を喰らって肉塊となった生徒や教員の死体。
けれどもまだ全滅というわけではないようで、生き残っている生徒や教員の行方を目で追ってみれば、皆破損の少ないトレーラーの方へと向かっているようだ。
「二人とも立てる?完全に不意を突かれた。早く逃げないと全滅する」
僕は腹に金属片を喰らって動かない引率の教師の腰からホルスターごと護身用の拳銃を剥ぎ取り、自身の右腿に取り付ける。
拳銃なんて〈機神〉相手にはなんの役にも立たないが、気休めになる分、丸腰状態よりはましだ。
カトルとミレイナは突然のことに驚き、恐怖しているようだったが、それでもお互いに協力し合って立ち上がった。
「さぁ、こっちだ」
燃え盛る炎と散らばった瓦礫のに阻まれた道路の通れる部分を必死に探しながら僕たちは駆ける。
既に生徒たちが混乱状態に陥り、恐怖の表情を露にして我先にと動けるトレーラーに乗り込もうとしているのは遠目にも分かった。
今僕たちがいる場所から天蓋区画の南口までは最低でも二キロは離れている。徒歩で移動できない距離ではないが、この状況では南口に辿り着く前に〈機神〉の的となってしまうだろう。
そういう意味では移動にトレーラーを使う手は最良と言えた。
「まずは女を優先だ!男は武器があるなら手に取れ!少しでも機神の足を止めねぇとみんなここで御陀仏だ。根性見せろやッ!」
僕たちがエンジンの掛かった一番トレーラーに駆け寄っていくと、集まってきた女子生徒を詰め込みながら、元軍人の鬼教師が叫ぶように指示を出しているのが見えた。
まだ乗れるだろうかと少し考えて、足を止める。振り返るとカトルとミレイナの二人もまた足を止めた。
今まで黙ってついて来てくれていた二人だが、呼吸は荒く、軽い火傷や傷も目立ってきている。重症と呼べる傷が無いのは幸いだが、これでは走って天蓋区画まで戻ることは出来まい。
僕はそんな二人の顔を交互に見やって、ほんの一瞬迷った後にミレイナの手を引き、一番トレーラーの出入り口付近へと向かった。
「先生、彼女を乗せてやってください!」
「ちょっ、ロイくん!?」
「ミレイナ、君は一番トレーラーで先に避難するんだ!」
「え、でも。ロイ君たちは?」
「僕たちは別のトレーラーですぐに行く。大丈夫、きっと追いつく。さぁ乗って!」
急かすように戸惑う彼女をトレーラーの荷台、もともと〈インパルスフレーム〉が格納されていた部分に押し込む。既にオープンデッキと荷台にはトレーラーが問題なく走行できるぎりぎりの人数が乗っているようで、たとへ乗ることが出来たとしてもミレイナ一人が限界だろう。
「嫌、行きたくない!」
すぐにトレーラーには自分一人しかなれないことを悟ったらしいミレイナ。彼女は大きく首を振って、一度乗ったトレーラーから降りようと一歩前に出る。
薄っすらと涙の滲んだ茶色の瞳。僕を真っ直ぐに捉えたそれは不安に揺れていた。
「だって、ロイくんたちを残してなんて……私も一緒に……」
「駄目だ」
首を横に振るミレイナに僕は一喝。彼女が微かに息を呑む気配。
「今こうしている間にも誰かが必死に時間を稼いでる。僕たちを置いて行けないというのは君なりの優しさかもしれない。だけど、その軽率な判断が招いた時間のロスがより多くの人の命を奪う」
僕は真っ直ぐに彼女の目を見つめる。
「だから頼む。君はこのトレーラーで先に戻ってくれ。一人でも多くの人を救うためには一秒たりとも無駄にはできない」
もう一度彼女の身体を荷台に押し込む。ミレイナがそれに抵抗することはなかった。
「先生、お願いします!」
「よぉし、一番トレーラーは出せ!準備ができ次第他のも出すぞ!」
ベテラン教師の号令に応じる複数の生徒の声。直後、一番トレーラーの荷台と外界が耐衝撃扉によって隔たれて、低く大きいエンジン音とともに車体が動き出す。
遠ざかってゆくトレーラーを見送って一息。ふと後ろから視線を感じて振り返る。
見れば怪訝そうな目でこちらを見つめている鬼教師の姿があった。
「何でしょうか?」
「坊主。お前、やけに肝が据わってるな」
「肝が据わってる、というよりも多分こういうことに慣れてしまっただけなんだと思います」
「そうか、学校にいるとは聞いていたが、お前が明けの明星か」
「……そう言われていた時期もあったかもしれませんね」
一瞬の間。その後で教師の短い嘆息が聞こえた。
険しい表情を浮かべた彼はゆっくりと、しかし確実にこちらへと近づいてきている〈六番目の機神〉の方を見る。
「止めるつもりか?あれを」
「ええ、それが僕の仕事でしたしから」
頷きを返して、僕もまた〈機神〉の方へと目を向ける。
以前軍で働いていたそのころから〈機神〉を狩るのが役割だったし、今更それが怖いなどとは思わない。
それに今ここには使い慣れた僕の機体もある。
「ですから先生も残った生徒を連れてここから逃げてください。それくらいの時間は僕が稼ぎます」
「分かった。すぐにここに残っている全員を非難させる。また会おう。坊主」
駆け出す直前、掛けられた言葉に僕はふっ、と吐息をこぼす。
――また、か。
さり気ないものだが、それは必ず返って来いという意思の表れ。
メネア連邦軍の軍人たちは決して"死ぬな"とは言わない。
それが自分という一人の人間よりも多くの人間の命を守り、戦う軍人の覚悟に水を差す行為だと知っているからだ。
だからその代わりに必ず生還するように願って彼らは"また"という言葉をよく使う。
同じ軍で働いていた者にしか分からない、けれどとても懐かしい挨拶を受け、僕はせめてもの礼儀として軍所属時代に叩き込まれた敬礼を返した。
「了解です。先生」




