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眼下の憂鬱

作者: 山本 慎之介

一度プレーンで飛び立ってしまいますと、普段は偉そうに空にふんぞり返る雲も、その絢爛ぶりをこちらへ誇示する客船も遥か下方にちんまりと見えてございますから、それはそれは愉快な気分になるのでございます。そのような発明をなさった異国の何某という兄弟には感謝せねばなりません。

このプレーン程人間という生き物の強み─叡智とでも言いましょうか─をふんだんにまぶしたものは金輪際でてこないと思っておりましたが、ロケットなるプレーンなどよりもっと高くまで飛ぶというものも現れましたし、この頃はエーアイなる喋る機械が普及したようでして、益々人間なるは賢い生き物であると感嘆するばかりであります。


しかし、人間はどうにも愚かであるようでして、あろう事かプレーンもロケットもエーアイも同族を殺戮する為に使う訳であります。生物といいますのは如何に種を残すか、如何に仲間と生き残るかを念頭に行動するものが、どういう訳か人間はどう仲間を殺すか─或いは貶めるか、これも本質的には同じであろうと思われます─ばかり考えるのです。一番賢いはずが、一番基礎にあることを考えるのがどうも苦手なのでしょう。


だというのに人間は、自分達しか存在し得ないインターネットなるいわゆる異世界を作ってしまいました。そこには当然人間以外の生物は存在しない訳でありますから、そこは常にどう他人を蹴落とすかばかり考える輩が集う、正に修羅場と化しているのであります。なかには現実世界での生活を捨てて、泣く母親を顧みず異世界に行ったきりの者もおりますようでして、益々その愚かさに閉口するばかりであります。

一体彼らは何を望んでいるのでしょうか、異世界で粋がって虚栄を縋った所で腹が満たされる訳でもあるまいに、10銭くらいは手に入るのでありましょうか。


そもそも人間は何故これ程までの叡智─ここまで愚かだとそう呼べるのかは甚だ疑問でありますが、便宜上叡智と呼び続けることと致します─を手に入れたのでありましょう。元々は他の種より多少脳味噌の容積が大きいだけの貧弱な猿だったでしょうに何処で何を如何様にしたらこのような頭脳になったのでしょうか。運命の巡り合わせか神の気まぐれなのか、或いは愚かな人間は他の種から知力を奪って回ったのか。それは冗談にしても、その理由は人間の中でも馬鹿な部類にある私には少しも分からないのであります。

まあ、しかしそんな叡智を得たのならばそれを最大限に活用するのが道理というものでありますのにそれを人間はあろう事か殺戮に、失礼。同じことをくどくど申し上げるのは元来からの私の悪い癖でございます。癖の抜けぬ辺りやはり私も人間であるのだと思い知らされるばかりでございます。嗚呼雲よ、偉そうと云ったことは謝るからどうか私を仲間に入れてはくれぬか。私には憂い事が多すぎて手に負えないのだ。私は貴様のように何も考えずただ浮かんでいるだけの方が性に合っているのだ。或いはその客船のようにただ命令に従い走るだけの方が楽なのだ。何故私は命令を出さなければならんのだ。そのようなものは私の柄ではないのだ。プレーンからの景色が心地よいのは何もせずとも征服感を得られるからなのだ。経験や鍛錬などと云うのは嫌いなのだ。

しかし、雲にしろ客船にしろ仕事はあるがそれ─英語で云うところのone─である必要はないのやもしれません。その辺りに親近感を感じると今度は急にそれらが、数年来を共にした旧友の様に思えてならなくなりました。今の私は本当に「私」であるが故に必要なのでしょうか。それとも、必要な「人間」がたまたま私だっただけなのでありましょうか。雲だって雨さえ振らせばなんだっていい。船だって人さえ運べばなんだっていい。この船じゃないと嫌だなどとのたまう者は稀有でありましょう。雲など尚更のことであります。はて、私共の存在意義とは何処の誰が定めるものであるのか、愚かな私には分かりかねるのであります。


しかし、雲も船も海にしっかりと受け止めて貰える。なら私にもそのような人が一人くらいいてもではないか。そう考えるとはたと親近感が霧散してしまいました。何故奴らには味方がいて私にはおらぬのか、どうにも納得が行かないのであります。私とて裸になって飛び込みたい時もございます。妻に申しましても、ああ、そうですかと一言添えられてお終いなのであります。近頃は夜も疎遠になりまして、あらゆる意味で私を慰めてくれやしないのです。かつてはお父さん見てと私をまくし立てた娘を今や私の話など聞きやしません。終いにはとっととくたばれ糞親父などと云っできたのもですから私はもう世界に私の味方など唯の一人もいやしないのだと開きたくもない悟りを開いたのです。私の海は一体全体何処へ行けば出会えるのでありましょうか。私は一刻も早く飛び込みたくてたまらないのです。



兎も角今はそ奴らを遥か眼下に追いやって私は空を揺蕩っております訳でありますが。

ふと外に目をやれば相も変わらず雲も客船もただ小さくこちらを伺うように海面にへばりついており、海も何をするでも無くそこにあは。先までの懇願は何処へやらこのような景色を拝めるようになったのであれば人間という生き物も捨てたものではないだろう、と息を吐き着陸体制にはいったプレーンの革製の椅子に深く腰を掛けるのでありました。

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