1-8 受け入れ難い真実
「ここ、は……?」
楓は、おもむろに目を開いた。
視界に映り込んだのは、鉄格子。その向こう側には、薄暗い小さな部屋。
理由はわからないが、どうやら自分は檻の中に閉じ込められているらしかった。
……おかしい。つい先程まで王都に居た筈だ。そしてエネミーに遭遇して、それから──。
「痛っ……!」
後部を思いきり殴られたようや頭痛に襲われる。まるでその先を思い出す事を、拒むように。
「…………あ、れ」
そこでようやく、自分の全身が金色に輝く糸のようなものに縛られ、身動きの取れない状況である事に気付いた。
幸いにも声は出せるが、自分をこの状況に追いやった犯人を刺激してしまう危険性がある。
とりあえず今は、この状況に変化が訪れるまで待とう。そう思った直ぐ後だった。
部屋の扉が、軋む音を立てながら開く。
「リー、ア……!?」
入ってきた人物を見た途端、自らの目を疑った。
「はい、ウィスタリア・ヘロヴォロスです。……気分は如何ですか?」
ウィスタリアは朗らかに笑いながら鉄格子の前まで来て、床に座っているこちらを見下ろした。
「もしかしてこれ、あなたがやったんですか……!?」
違います。ドッキリです。そう言って貰いたくて。救いが欲しくて、楓は問い質す。
しかし彼女は、極めて冷静に。淡々と答えた。
「その通りです」
心の中に僅かに残っていた希望が、絶望へと塗り変わる。
「っ!! ……ど、どうしてこんな事を……!!」
「私たちの望む世界を創り上げる為ですよ。……昨日のパーティーで申し上げましたよね? 本当の化物は、どちらなのかって。
私の母は、人間こそが世界を蝕む化物だと考えていました。そして人という種をこの世から退場させる事を目標に掲げ、あらゆる事をしてきました。……しかし母は十五年前に病に倒れ、悲願を叶えられぬままこの世を去りました。あの日から、私は誓ったんです。母の意思を継ぎ、それを実現させると」
「……その計画に、私が必要なのですか?」
「はい。正確には、あるモノとの適合率が高い資格者、ですけどね」
「……私たちをこの世界に召喚させたのも、もしかしてその計画とやらの一部なのですか?」
「中々鋭いですね、正解です。先程言った資格者というのは、『アビリティ』を持つ人間の事なんですよ」
「けど、それじゃあ可笑しいじゃないですか。私は力を持っていない筈でしょう?」
その指摘に、ウィスタリアは見下すように鼻で笑った。
「まさか。カエデ様は、立派なアビリティを持っていますよ。アレは嘘です」
「嘘? ……という事は、リラも──」
「そゆこと。騙してごめんね、カエデ様」
いつの間にか隣に居たリラが、耳元で囁くように言った。笑いを堪えているような表情を浮かべている。
「リラ……!」
「彼女だけではありませんよ。ダランシア王国の宮廷魔導士団は全員、私の目的に賛同してくれる仲間です」
唖然とするしかなかった。つい昨日知り合ったばかりとは言え、少しは仲良くなれた。そう思っていた。
今日のお出掛けだって、結局目的の服屋には行けなかったけど、楽しかった。名前呼びで距離が縮んだのが、嬉しかった。
……なのに、現実は違った。首筋に剣を突き立てられた時のように噴き出る冷や汗が、どうしようもなく気持ち悪い。
思えば、異世界の人間を気安く信じた自分達が馬鹿だったのだ。今にでも昨日に戻って、自分自身を殴りつけてやりたい気分だ。
「神位解析の主目的はアビリティではなく、適合率の解析だったんです。あの中であなたの適合率が一番高かったから、力が無いと嘘を吐き、王都に一人残したのです。理解出来ましたか? カエデ様」
「因みにエネミーも、私達が目的の為に作った人工生命体だから」
「そんな……という事は、『勇者』も嘘なのですか……!?」
「まあ、それは嘘じゃないですね。エネミーや私達は、人類から見て敵なのは明らかですし。もっとも、エネミーの役割は神位召喚術式の開発許可と、開発に必要な予算を陛下から得る為だけに用意した『仮想敵』。それ以上でも以下でもありません。言ってしまえばあなた方は、私達の作ったジオラマの上で踊らせているだけの愚か者って事になりますね」
「……じゃあもう、私以外はこの世界に居ても意味が無いって事ですよね?」
「まあ、そういう事になりますね」
「だったら今すぐ、あの人達を元の世界に帰してあげて下さい。私は……私は、どうなってもいいですから!!」
「自分よりも他人を優先するなんて、素晴らしい自己犠牲の精神をお持ちですね。少し感激しました。……ですが、カエデ様の願いを聞く事は出来ませんね」
「何故ッ……!?」
「どうしてって、私達の開発した『神位召喚術式』は、他の召喚術とは違って、呼び出した者を元の場所へ帰す『返却機能』が備わっていないのですよ。それに、あなた方をこの世界に留めるメリットはあれど、元の世界に帰すメリットはありません。よってこれからも、機能を追加するつもりはありませんよ」
「昨日は帰れるって言ったじゃないですか……!!」
「私は言ってませんよ? 言ったのは陛下です。返却機能が欠損している事は敢えて話しませんでしたが、それをあらかじめ聞いておかなかった陛下に問題がありますら」
「そんなの暴論です!」
「ええ暴論です。それが何か?」
「……リーア──いえ、ウィスタリア! あなたは最低最悪の人間ですね……!! 私達と、仕えている主人も国も騙すだなんて……!!」
ウィスタリアは肩を竦ませ、口元を緩める。
「酷い言い草ですね。別に、あなた方の事は騙していませんよ。何せ私は、最初から味方だったつもりはありませんから。勝手に信頼したカエデ様が悪いのですよ」
「っ……!」
確かに彼女達は楓達を召喚しただけで、詳しい説明を行ったのはウィラードだ。彼女達の口から「信用してほしい」や「戦ってほしい」という言葉が発された事は、一度も無かった。
「……少し話し過ぎてしまいましたね。そろそろ戻らないと、勇者様方に心配されてしまいます。……ではリラ、あとはお願いしますね」
部屋を後にするウィスタリアを、リラは手を振って見送る。
「あいあいさー。……あはは。やっと二人きりになれたねぇ、カエデ様」
「えっ」
リラの纏う雰囲気が変わった。それに不信感を覚えつつも、楓は声をかける。
「リラ……?」
するとリラは楓の前に来て、身を屈ませる。
彼女の頬に、そっと手を当てた。リラの手は、気味が悪い程にひんやりとしていた。
「初めて見た時からさ、すっごく可愛いなーって思ってたんだよね。……今この空間に居るのは二人だけで、しかもカエデ様は身動きが取れない。あぁ、最高のシチュエーションだよねぇ、これ!」
「何を言ってるんですか? そんな事より、私を解放して下さい……!!」
「ねぇカエデ様、虐めていい? いいよね? いいに決まってるよ! ──《走れ雷撃》!」
リラがそう唱えた瞬間。楓の全身を、強力な電撃が駆け巡る。
「があああああああ!!!?」
慟哭が響く。電撃が止まると、その場に倒れ伏せた。
「アハハ! 良いよ良いよ花丸あげちゃう! やっぱり綺麗な顔が痛みで歪むのを見るのは、最高に性的で堪んないよねぇ……。けど安心して。カエデ様は計画に必要不可欠な存在だし、不要になるまで殺すつもりはないよ。そんな事したら、私がリーアに殺されちゃうし。……あ、でもそれはそれでアリかも……アハハ!」
「はぁ、はあ……!!」
「まだまだ行くよカエデ様。今度はもーちょっと威力上げるからねっr」
「や、やめて、ください……だってこれ、物凄く痛いんですよ……!?」
「ダーメ。私が全然満足してないもん。それにこの程度でへばってたら、これからの実験にはとても耐えられないぞー?」
痛いのは嫌だ。そんなの当たり前だ。
これまで、大きな怪我をした事も大病を患った事もなく、平穏に過ごしてきた。
だからこそ。理不尽な痛みは、彼女の肉体よりも、蚊も殺せない程に優しかった精神を容易く壊していく。
「や、やだ……やめてください……死んじゃいます……!!」
「カエデ様ぁ、その反応は逆効果だよ。だって私今、すごーく興奮してるんだからッ!」
人差し指を、楓の胸元に当てた。そして口を動かす。
「……《走れ雷撃》!!」
「ああああああああ!!!!」
再び、楓の悲鳴が響いた。
それからしばらく、楓の生き地獄は続いた。