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1-6 化物と虫ケラ

 夜宵は一人森を抜け、王都へと駆けていた。


 外での一人行動は危険だ。彼女たちは特別な力こそあれど、力もスタミナも、召喚される前となんら変わりない。どれだけ弱い魔物であっても、遭遇すれば命の危険に晒される。


 そうとわかっていて尚、夜宵は一人での行動を選んた。楓が襲われるかもしれない。ただそれだけの理由で、愚かな行動を取った。そこに後悔の念はカケラとしてない。


「牧野、さん……!!」


 息切れで表情を歪め、肩を上下させる。脚はもう限界に達しているのに、走る事を決してやめなかった。


「(そうだ……!)」


 何かを思いつき、右手を掲げる。


 上空に小さめの穴が出現。周囲の物を無視して、夜宵の身体だけを吸引する。


 夜宵の能力は、ただ物を吸い込むだけの単純な能力ではない。穴のの生成位置を指定でき、それが吸い込むモノと吸い込まないモノを分ける事も出来る。そして吸引力も、自在に調整可能だ。


 今しがた上空に生成した穴は、倉林夜宵という少女一人のみを吸い込むように設定してある。本当は吸引力も最大にしたいが、そうすれば肉体に一気に負荷がかかり、骨が折れる程度では済まなくなる。


 少しずつ宙へと浮かび、木々の身長を超える。


 そこで前方にもう一つ、同じ設定の穴を作る。これで、上昇しつつも前進する状態になった。


 これを何度も繰り返し、山を抜ける。時間は走っていた時とあまり変わらなかったかもしれないが、体力を幾らか温存できた。


 そのまま空中移動を続け、王都の入り口近くまで戻ってこれた。


 夜宵は今一人だ。それに身分を証明出来るものを何一つとして持っていないので、門から入る事は出来ない。


 そこで王都を取り囲む七十メティアはあるとされる壁よりも、高い位置に穴を作り、軽々と飛び越えた。


 街中へと落下する途中、頭上に穴を生成する。落下する身体を上に少し引っ張る事で、速度を低下させた。お陰で、着地する際の負担はほぼ消えた。


「……最悪ね」


 眉を顰め、呟く。


 少し前まで賑わっていた街は今、市民の悲鳴で溢れ返っていた。

何かから逃げ惑う人々の邪魔にならないように、能力を用いて、屋根を伝って移動する。


「牧野さん、何処なの……牧野さん……!」


 飛びながら周囲を見渡すが、楓の姿を見つけられない。代わりに目にしたのは、道端に転がる人の死体や、石畳に塗りたくられた赤い液体。


 その光景は、平和などとは程遠い。言ってしまえば地獄だ。


 夜宵はそういったものに慣れている──という慣れてしまっていたから良かったものの、癒月のような人間にはとても見せられない。


 中央に噴水のある広場に、拘束衣で両腕を縛られた赤い髪の女性を見つけた。彼女の周りには、無数の亡骸が転がっている。


 広場に着地すると、その女性はこちらを振り向き、ニヤリと笑った。


「ハロー、愛すべき虫ケラ。逃げる様子を見せないけど、まさかわっちに食べられたいっていう物好きなのかい?」


「貴方が『エネミー』とやらね」


「虫ケラ達はそう呼ぶらしいね、わっちらの事を。安易だしネーミングセンス無いからあんまり気に入ってないんだけど」


 近くに転がっていた遺体を、思いきり踏みつけた。


「わっちの名はハウセン。この名前を、あの世へのお土産にでも持っていくといいよ」


「却下するわ。でも代わりに、貴方を冥土へ送り届けてあげるわ。ああ心配しないで、送料は特別に私が払ってあげるから」


「はっ、面白い虫ケラも居たもんだ。……目的はもう果たした事だし、少し遊んであげるよ」


「生憎、今の私に化物と遊べる程の心の余裕は無いわよ……!!」


 噴水の広場の上空に、巨大な穴を一瞬で作り上げた。


 エネミーは、異世界に住む赤の他人の力を借りなければならない程に強い。戦いの知識も実力もない夜宵が正攻法でやり合えば、無事では済まされないだろう。


 故に取るべき行動は先手必勝。化物という盾を唯一貫ける、アビリティという矛の最大限を、一手目にぶちかます!


「なるほど、虫ケラにしては面白い力だ。──でも遅い!」


 蜘蛛の歩脚のようなものが、ハウセンの背中を破って生え出てきた。


「なっ……」


 身体が浮き上がり、ハウセンの両足が地面から離れる。その直後に、背中から生えた脚が目にも留まらぬ速さで伸び、夜宵を捕らえた。


「しまった……!」


 身動きの取れない夜宵を一気に引き寄せ、息のかかる距離まで顔を近付ける。


「このまま一緒に行こうよ! あの穴の向こうにさぁ!!」


 穴が吸い込むのは、ハウセンのみと指定していた。しかしこのままでは、夜宵も巻き込まれてしまう。


 自滅なんて、嫌に決まっている。


「(こんなところで、死ぬわけにはいかない……だって私は、まだ彼女に……!!)」


 意を決し、穴を塞ぐ。上昇していた二人は一度停止し、自由落下を始めた。


「残念だったね虫ケラ。でもちょこっとだけ頑張ったから、ご褒美にわっちの愛をプレゼントしてあげるよ!」


 夜宵を捕らえていた脚を離すと同時に、本体の両脚を折り畳む。そして一気に伸ばし、夜宵の腹部を貫いた──かのように見えた。


「……へぇ、やるね」


 自由になった瞬間。夜宵は上空に穴を作り、急上昇した。発生した重力で首を痛めはしたが、お陰で鋭い蹴りを間一髪のところでかわす事ができた。


「だけど──」


 背中の脚が伸び、夜宵の右脚の脛を貫く。


「がっ……!!」


 激痛が走り、視界が歪む。


「それを予想出来てないと思ったかッ?」


 ハウセンは着地すると、返しによって抜けなくなった歩脚で、夜宵の身体を地面に叩きつけた。


「ぐっ……あっ……!!」


 恐らく今ので、骨の数本が折れた。アドレナリンが分泌されているお陰で痛みは感じないが、そう直感した。寧ろ今の攻撃を受けて、生きているのが奇跡といえた。


「アハハ! お前みたいな虫ケラは、そうやって地面を這い蹲ってるのがお似合いだッ!!」


 夜宵を見下しながら、ハウセンは嘲り笑う。


 彼女は、己の勝利を揺るぎないものだと確信していた。


 しかしそういった感情は、殺し合いにおいては命取りとなる。


「なっ──」


 ハウセンが、短い声を上げる。彼女の足下に、穴が発生したのだ。圧倒的優勢に立っていた事で気を緩めていた彼女は、反応する暇も無く、腰の位置まで引きずり込まれた。しかし一本の歩脚を地面に突き立て、耐える。


 夜宵はおもむろに立ち上がり、ハウセンを指差して笑う。


「貴方みたいな虫けらは、そうやって地面に這い蹲ってるのがお似合いよ……!」


「が、あああああ!!」


 穴が閉じ、ハウセンの絶叫が響いた。彼女の腰から下が綺麗に両断され、何処へと消えた。


「なるほど、試してみる価値はあったわね……」


 夜宵の脚を貫いているハウセンの脚を、穴を開く力を利用して切断する。残った部位は、後ろから自力で引っこ抜いた。あまりの痛みに意識が飛びそうになるが、気合いで耐えた。


「ど、うし、て……わっちが、虫ケラ、如きに……。がああああああッッ!!」


 怒りを交えた叫びと共に。背中から伸びた数十本の脚が、夜宵へと迫る。


 自身の前方に穴を展開。脚を吸い込み、その直後に閉じる事で、切り落とした。


「大分力の使い方に慣れてきた……寝る間を惜しんで練習した甲斐があったわね……!!」


「虫ケラがあああああ!! わっちを見下すなああああ!!」


 自分が人より上である、という絶対的なプライドに深い傷を付けられたハウセンは、怒り狂い、叫びながら一心不乱に突撃する。


「人間、やれば出来るのよ。それを思い知りなさい、化物……!」


 ハウセンを中心に、無数の穴が円を描くように現れた。


 その全てが、同じだけの吸引力を誇っている。つまり。


「……私の勝ちよ、虫けら」


「っ……」


 何かを口にしようとする前に、彼女の全身は全方位に千切れ、跡形も無く消し飛ぶ。ハウセンの断末魔の叫びは、ほんの僅かも聞こえなかった。


「……そうだ、早く楓を探さないと……っ!」


 走り出そうとするものの、全身を蝕む激痛が、身体を思うように動かしてくれない。無理やり歩脚を抜き取ったので、出血が止まらない。悔しいが今は傷を治す方法を探さなければ、目的を達する前に自分が息絶えてしまう。


 癒月も一緒に連れて来れば良かったと思ったが、その反面、彼女が居たらハウセンとの戦いで足手纏いになっていたに違いない。


 そして自分の能力以外では、とても彼女に対抗出来るとは思えなかった。


 結果的には、これが一番得策だった。

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