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1-3 パーティーと、その裏で

 その日の夜。王城内で、勇者達を歓迎するパーティーが催される事になった。


 ダランシア王家は当然ながら、王の政務を補佐する役割を担う面々や貴族。近衛隊の隊長と副隊長。あとは白いローブを身に纏う、ウィスタリアを筆頭とした宮廷魔導士団のメンバーが参加していた。


 パーティーに参加するにあたって、女子はドレス。男子はタキシードに着替える事になっていた。


 着替えを済ませ、会場へと移動している最中。普段目にする事の出来ないクラスメイトの出で立ちに、盛り上がっていた。特に男子が。


「楓っち、黒にしたんだ」


「はい。私に派手な色は似合いませんから。癒月もその黄色のドレス、似合ってますよ」


「ありがと。……夜宵っちも、楓っちと同じ黒なんだね」


「まあね。でも勘違いしないで。牧野さんと色が被ったのは偶然よ。元々黒が好きだから、黒を選んだだけ。……あと、 馴れ馴れしく私を呼ばないでくれるかしら。友達でも無いのに」


「ええっ、私たちって友達じゃないの!?」


「あら。誰が、いつ、貴方と、友達になったのかしら?」


「ふっふーん。わかってないなー。友達っていうのはね、なろうって言ってなるものじゃないんだよ。その人の事を友達と思えば、もう友達なの。だから夜宵っちは、私にとって友達ってわけ!」


「……意味不明ね。やっぱり馬鹿には付き合ってられないわ」


「そんな……うう……」


「流石に言い過ぎですよ、夜宵さん」


 夜宵の事を諌めつつ、癒月の頭を撫でて慰める。


「っ……悪かったわね」


「わかってくれればいいんです」


 不意に、夜宵は立ち止まる。口元に手をやり、深刻な顔つきで数歩先にあるレッドカーペットを見据え始めた。その様子が気になった楓と癒月も、やや遅れて足を止める。


「……ねぇ、牧野さん」


「なんでしょうか」


 首を傾げ、夜宵の次の言葉を待つ。


「……いえ、やっぱりやめておくわ。足を止めてしまって、ごめんなさい」


「問題ありませんよ。……でも言いたい事は言った方が、楽になれますよ」


「……言われなくてもわかってるわよ、そんな事」


 楓の耳に届かないくらいの小さな声で、夜宵は呟いた。



**



「勇者様が来られたぞ!」

「勇者様!」

「ほう、あれが噂の……」


 会場へと足を踏み入れた途端。会場に居た全員の注目と黄色い声を、一斉に浴びる事になった。


「大人気だねぇ、私たち。まるでアイドルにでもなったみたい」


「あははは……」


 圧倒的な歓迎ムードに、楓は思わず乾いた笑いが零れた。今は嬉しさよりも、羞恥心が勝っていた。


 勇者一行の代表として、矢子がウィラード王の前まで来る。普通なら一番年上である芹沢が代表になるべきなのだが、彼女は何処か抜けている部分があるため、必然的にしっかり者で委員長の矢子になった。召喚された時に皆を纏めたのも彼女だったので、芹沢を含め、誰も文句を口にする者は居なかった。


「本日はこのような催しを開いて頂き、感謝します。ウィラード陛下」


「勇者様。私たちの勝手な都合に巻き込んでしまった事、この場をもって今一度謝罪したい。……本当に、申し訳ない」


「気にしていませんよ。これは、他でもない私たちが決めた事です。その先に何が待っていようと、陛下を恨む事はありません。……まあ、後悔はするつもりかもしれませんが」


 会場全体に、拍手の合唱が響く。本来はされる側である筈の楓や癒月も手を叩き、夜宵もつまらなさそうにだが、拍手を送った。


「まだ子供なのに立派なのだな、あなた方は」


「立派とかではありませんよ。ただ、非情になれないだけです」


「……そうか」


 自嘲気味なその言葉に、ウィラードは哀愁に満ちた顔をしながら返した。


 矢子による全体への挨拶を終えたところで、パーティーが本格的に始まった。


 男子生徒数人は、テーブルに並べられている見た事もない食事を使って作られた料理を取り分け、舌鼓をうつ。貴族の何人かが、そんな彼等に話しかけ、元の世界について話を聞いていた。彼らも、こことは違う世界に興味があるらしい。


 一方で幹哉はご馳走に目もくれずに、宮廷魔術士達に片っ端から声をかけている。流石は女好きというべきか。彼は団子よりも、花の方を選ぶらしい。


 矢子と芹沢は、ケリューネ王妃とまだ十歳であるフレンダ王女と談笑していた。その手に持っているワイングラスには、橙色の液体が注がれている。主にコノルンという山で採れる果物の果汁を絞ったもので、味は蜜柑に少し近かった。


「夜宵っち。すっごく美味しいよ、これ……!」


 癒月が絶賛しているのは、串に刺さった、顔が三つある魚の塩焼き。


「本当かしら。貴方の舌なんて信じられないんだけど」


「むぅ。嘘だと思うなら食べてみなよ。絶対美味しいから」


 半信半疑になりながらも、魚の腹の部分を齧る。


「……確かに、これは中々。……貴方、舌までは馬鹿じゃなかったのね」


「失礼だなー。私馬鹿じゃないもん! それに、馬鹿って言う方が馬鹿なんだよ! ママが言ってた!」


「はいはい。……それにしても変わった魚よね。頭が三つもあるなんて。……まるで冥界の番犬ね」


「めいかいの、ばんけん?」


「ケルベロスよ。顔が三つある犬、わかるでしょ?」


「いや全然」


「……そう」


「ごめんね。そのけるべろす? 知らなくって」


「別に貴方が謝る必要はないわ。今のは、私にとっての常識が貴方にとっても常識だと自惚れていた私が悪いから」


「──その魚は、トライアフィッシュと言うんですよ」


 クリーム色のドレスに身を包む女性が、二人に話しかけてきた。


 髪は金色。右側面に髪を纏め、赤いリボンで束ねたサイドテール。エメラルドグリーンの光を湛えた双眸は、思わず見惚れてしまう程に美しい。


「トライアフィッシュは、アルケー近海の水深三十メティアにのみ生息している非常に貴重な魚で、これまでに沢山の料理人が色々な調理法を試したのですが、一番美味しいのがこの塩焼きだと判明したんです」


 女性は串を一つ持ち、齧り付く。


「う~ん! やっぱり美味しい……!」


 頬に手を当て、トライアフィッシュの味に酔い痴れる。その直後にハッとして慌てて飲み込み、口を開いた。


「も、申し遅れましたっ。私はミレシア・コードリミット。ダランシア王国近衛隊の隊長を務めています」


「隊長……女だったのね」


「ダランシア王国近衛隊の中では、初の女隊長なんですよ。ですが決して珍しい訳ではありません。隣国の近衛隊隊長が、数年前まで女性でしたから」


「私は琴吹癒月だよ! ……ほら、夜宵っちも」


「私も名乗らないといけないのかしら?」


「そりゃそうでしょ。向こうに名乗ってもらったら、名乗り返すのが礼儀だと私は思うけど」


「……倉林夜宵よ」


「よろしくね、ミレシアさん!」


「こちらこそ、よろしくお願いします。ユヅキ様にヤヨイ様」


「様付けは不要よ。今日の朝まで普通の高校生をやっていたんだもの。むず痒くって仕方ないわ」


「コウコウセイというのはよくわかりませんが、わかりました。……それでは、なんと呼べばよいのでしょうか?」


 人差し指を頬に当てながら、首をかしげるミレシア。


「ふつーに呼び捨てで良いんじゃないかな?」


 癒月の提案に、ミレシアは首を横に振った。


「そういう訳には参りません。ユヅキ様もヤヨイ様も、この世界を救う勇者。対等な関係になんてなれませんよ」


「……じゃあ、さん付けで良いんじゃないかしら」


「それなら大丈夫ですよ」


「そっか……少し残念だけど、仕方ないね。じゃあ私は、ミレシアさんの事、ミレッちって呼ぶね!」


「み、ミレッち?」


「気にしないで。彼女、誰でもそういう風に呼びたがる癖があるから」


「そう、なんですか」


 夜宵たちがそんな会話を繰り広げている間、楓はバルコニーに出ていた。


「わあ、綺麗……!」


 そこから一望出来る街の夜景に、感動を覚えていた。


 家族旅行で行った北海道の函館山から見た景色には流石に劣るが、それでも十分に絶景と言えるだろう。


「美しいですよね、ここから見える景色は」


 背後から、女性の声が聞こえた。


 振り返り、その人物を見る。白いローブを身に纏う赤髪の女性──ウィスタリアだった。今はフードを外している。


「こんばんは、カエデ様。パーティーは楽しんでいますか?」


「はい。……でも、ちょっとだけ緊張してます」


「わかります。私も、こういう場は苦手なんですよ」


 そう言いながら楓の隣まで来て、景色を一望した。


「……一つ、聞いても良いですか?」


 ウィスタリアの横顔に、楓が問いかける。


「どうぞ」


「ウィスタリアさんは、どうして宮廷魔導士になったのですか?」


 彼女の容姿は、楓や癒月と比べて遥かに幼い。実年齢が容姿の幼さに比例しているのかはわからないが、そんな彼女が何故、宮廷魔導士。それもその筆頭を務めているのか、実は少しだけ気になっていた。


「私には目的があるんですよ。その目的の為に、今は宮廷魔導士団を率いているんです」


「目的?」


「それはいずれ分かりますよ。……ところでカエデ様。あなたの居た世界は、平和でしたか?」


「平和ですよ。特に私たちの住んでいた国は」


「では、争い事は一つもありませんでしたか?」


 ウィスタリアの言葉に、楓は考える間も無く首を横に振った。


「まさか。事件も事故も、絶えず起きていました。人が人を殺すのも、日常的にありました。また殺人事件か。そう、無意識に口にしてしまうくらいに」


「……やはり人間というのは、どの世界も変わらないのですね」


 自嘲するように、彼女は呟く。


「この世界なんて、平和どころか、日々争い続けていますよ。

 私たち人間の他には、人が魔力を得て進化した魔族。属性を司る目に見える事のない妖精族。遥か上空に浮かぶ島に住むとされている龍族。そして、こことは違う天界という場所で暮らす天族が居ますが、その中で同族で争っているのは人間だけです」


「……」


「争いの理由はいつだって私欲です。五年前にルンダルシ帝国が隣国のユース王国を侵略した理由なんて酷いですよ? 帝王が、惚れたユース王国の第二王女を自分のものにする為ですからね。それを聞いた時、私はゾッとしましたよ。……人間は、欲の為ならどんな事でも出来て、どんなものでも切り捨てられる恐ろしい生き物なんです」


 楓の方を向き、真剣な眼差しで見つめる。目線に気付いた楓も、ウィスタリアの方を向いた。


「カエデ様。本当の化物は、果たしてどちらだと思いますか?」


「本当の、化物……」


 彼女が比較しているのは、恐らく人間を襲う謎の生命体の事だろう。


 普通なら、すぐに答えを出せる。

 無差別に人を襲う生命体こそが、化物だと。


 しかし楓は、どうしてかすぐに答える事が出来なかった。ウィスタリアの言っている事を、少しは理解出来たから。


「ウィスタリア様」


 楓が答えに迷っていると、宮廷魔導士団の一人が近付いてきて、ウィスタリアに耳打ちした。


「わかりました、すぐに向かいます。……それではカエデ様、私はこれで失礼します。今の質問の答えは、いずれ聞かせてください」


 一礼してからフードを被り直し、パーティー会場へと戻っていく。


 小さくなっていく後ろ姿を見送ってから、頭上に広がる夜空を仰いだ。街灯のせいで星は見えづらいものの、浮かんでいる満月は、変わらず光り輝いていた。



**



 パーティー会場を後にしたウィスタリアと彼女を呼んだ宮廷魔導士の二人は、周囲を警戒しながら人気のない廊下を進んでいた。壁際に等間隔に設置された燭台の炎に照らされているだけなので、視界は良好とは言い難い。


「パーティーは楽しめた? リーア」


 二人の前に現れたのは、緑の髪をポニーテールに纏めた宮廷魔導師。楓達のアビリティの解析を行った、リラ・インテグレントだった。あの時よりも砕けた口調になっているが、これが彼女の本来の喋り方だ。


「そこそこでしたね。酒を飲めないのは、残念でしたけど」


「アハハ、それは我慢してもらわないとね。大事な時にリーダーが二日酔いとか、シャレにならないからさ」


「わかっていますよ。……イルバは来ていますか?」


「いんや。いつも通りサボってるんじゃない? カノンはどうなのさ」


「彼女は私の部屋で寝ています。起こすのも悪いので、連れて来ませんでした」


「なる。二人も不在だし、いっそのこと中止にしちゃう?」


「いえ、会議は予定通り行います。イルバの不在は想定の範囲内ですから。それに調整も無しに決行日を迎えるのは危険です。私達には、一度の失敗も許されないのですよ?」


「ですよねー……。時間もあんまりないし、さっさと行こうか」


「そうですね。……あなたは打ち合わせ通り、私たちの不在を上手く誤魔化してください」


「かしこまりました」


 女性は会釈した後、パーティー会場へと駆け足で戻っていく。


「いよいよだね、リーア」


「はい……私は、必ず成し遂げなくてはいけないんです」


 強く握り締めた拳を胸元に持ってきて、ウィスタリアは答える。


「それが母の、意思なのですから」

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