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2-8 尊き記憶、革命の炎に焼べて

 ヴァイオレットギア :Ωは、主に近接戦闘を得意としている。それを魔導士であるウィスタリアが扱うのには理由がある。


 彼女は、本音を言うと魔導士になんてなりたくなかった。母の視線を自分から逸らさせた魔法が、寧ろ大嫌いで仕方なかった。


 それでも魔法の道を選んだのは、母の期待に応えるため。それ以上でも以下でもない。


 だからこうして魔法を使わずに戦っている時だけは、本来の自分を取り戻せている気がした。


死神の牙(デス・ヴァーミリオン)!!」


 叫び、大鎌を振り上げる。発生した三日月型のエネルギー波が、龍族の少女に迫る。


「ドラゴニック・刃ースト」


 少女は障壁を展開させ、激突。エネルギー波が消滅する。


「まだまだ……!!」


 駄目押しと言わんばかりに、次々と飛ばす。絶え間なく飛ばす。当然全て障壁に阻まれて、少女には届かない。


「オイオイ。しつこい女は嫌われちゃうぜ?」


「最初から、あなたに好かれる気はありません……!!」


「そうかい。──ドラゴニック・異レーザー」


 突き出した右手の平から、先程沢山の命を一瞬で奪い去った凶悪な青光が、直線上に放射された。


 ウィスタリアはそれを紙一重でかわし、接近を図る。


死神の輪舞曲(デス・ダンシング)!」


 大鎌を振り下ろし、障壁にぶち当てる。ギアの機能を駆使して不規則に少女の周囲を高速で移動しながら、がむしゃらに連撃を叩き込んでいった。壁が主人への攻撃を拒絶する音。それが一つの音楽を奏でるように連続でかき鳴らされ、ウィスタリアはその音に合わせて踊っているように見えた。


「はあああああああ!!」


 最後に、思いきり力を込めた一撃を、振り下ろす。その瞬間、障壁に亀裂が走った。ガラスが割れたような音を立てながら、砕け散った。


「マジかよ……!?」


 目の前で起きている事象を、少女は一瞬飲み込む事が出来なかった。人間程度が自分の障壁を壊す事を、想定していなかったからだ。


 驕り。ウィスタリアは、少女が人間に対し抱いていたそれを、突いた。


死神の一撃(デス・ネイビー)!!」


 身体を横に回転させ、それによって伴う遠心力と、全身の力全てを込めた両腕で、鎌を薙ぎ払う。


 刃は見事なまでに、少女の背中に食い込んだ。人のものではない、緑の体液が傷口から漏れ出てきた。


 しかし流石は龍族と言ったところか。あれだけ全力で振り被ったというのに、骨にすら届いていない。


「くくく……アッハハハハ!!」


 少女は頭を抱え、手を仰いで笑い出した。


「……何がおかしいのですか?」


「あーいや、まさか人間がここまでやるとは思わなくてよ。楽しくて楽しくて仕方ねーんだ。……龍族はみんなこうなんだよ。命を賭けた戦いをやってる時はどーしようもなく楽しくて、痛みを感じると馬鹿みたいに気持ちが良いんだ!!」


「(龍族が戦闘狂であると彼女から聞いてはいましたが、まさかここまで病的だったとは)」


 マカロニは龍族でありながら温厚で、争いを好まない性格をしていた。


 だからこそ、龍族にとっての当たり前を目の当たりにした今、マカロニが龍族として如何に普通でないのかを、ようやく理解した。


「楽しませてくれた礼だ。少しだけ、オレの本気を見せてやるよ!」


「(マズイ……!)」


 ウィスタリアは急いで後ろに飛び、退避を図る。


 少女の衣服が破れ、代わりに紺色の鱗が、まるでインナースーツのように華奢な身体を覆い尽くす。背中からは翼が生え、両手の爪が伸びた。


 龍族は魔素濃度の都合上、地上で本来の姿になる事は出来ない。


 しかしほんの少しだけなら、力を引き出す事は出来る。


 人間態と龍態の中間点。それが──。


「……龍人態」


「ハハハッ! 久し振りだな、これになるのは! 身体のラインが目立つのはちょっと恥ずかしいけど、力が漲ってきて最高の気分だ! 恥ずかしいけど!」


 先程までとは、彼女の発する威圧感の重みがまるで違う。相対しているだけで、精神が削がれる。


 人間の限界を引き上げるメモリーロストギア。それを用いても、人間態の龍族には満足にダメージを与えられない。だというのに、一歩龍へと近付いたこの形態に、叶う道理など無かった。


 だとしても。ここで大人しく諦める訳にもいかない。


死神の牙(デス・ヴァーミリオン)!!」


「鈍いんだよそれッ!」


 飛翔してきた三日月を手で軽く弾き、瞬く間に距離を詰める。


「面白おかしいダンスを見せてくれたお礼だ。遠慮せずに、受け取りやがれ!!」


 右手を握り、振り被る。ウィスタリアは慌てて防御の姿勢を取ろうとするが、間に合わない。


「がッ!!」


 細い腕からは想像も出来ない重い一撃が、ウィスタリアの腹を捉えた。後ろに吹き飛び、何度も床にバウンドしてから停止した。


「リーア!!」


 それを見ていたカノンが、叫ぶ。


「釣りはいらねぇぜ……つっても、風穴開かないくらいに手加減したから、もしかしたら足りてないかもだけどなぁ」


「かっ……はっ……!!」


 息が出来ない。苦しい。加えて攻撃を受けた痛みが、遅れて身体を蝕んできた。


「カーニバル・バレッ──」

「それも遅ぇんだよ!」


 左手を払う。放出された魔力の波がカノンを吹き飛ばし、彼女の周囲に展開されたマジブラスターを粉々に破壊してみせた。


「くっ……」


「大体、なんで一々技名口にしてんだよ。今から攻撃しますから避けて下さいって言ってるようなもんじゃねーか」


「……あなただって、さっきから言ってる……!」


「あ? いや、オレの技は認証式なんだよ。人間の姿で居る時は、プロセスをすっ飛ばして魔法発動に移行する事が出来ねーから、登録したパスワードを口にする事で、プロセス全部を自動的に処理してくれる『魔法術式』を利用してんだよ」


 右手を掲げる。そこから青色の放射され、天井を破壊した。夕方と夜の境目。星の見える橙色の空が、そこから見えた。


「つまり、だ。この状態のオレなら、技名なんざわざわざ言う必要はねーって訳だ」


 降り注ぐ瓦礫の雨を、展開した魔力の壁が防いだ。


「……もう少しやれると思ってたけど、とんだ期待外れだったぜ。この状態でのオレに圧倒される程度とはな」


 掲げていた手を、カノンとウィスタリアが居る方へと向けた。


 ウィスタリアはまだ動ける状態ではない。次に放たれる攻撃を、避ける事は不可能だろう。


「リーアは、私が……守る……!!」


「カノン……」


 カノンがウィスタリアの前に立ち、両手を広げた。


「そんな事しても無駄だぜ? お前が壁になろうがなかろうが、そこの赤髪は助からねーよ」


「そんなの……やってみなくちゃわかんない」


「良い度胸してるじゃねーかお前。……いいぜ。お望み通り……消してやる!」


「ッ!!」


 青い光が輝く。カノンは自らの死を覚悟し、無意識に目を瞑った。


『魔装展開!!』


 声が聞こえた。二つの女の声が。


 少女が振り返ると、そこには先程飛ばされたリラとイルバの姿があった。二人とも、ウィスタリアと同じメモリーロストギアを装備していた。


 リラは、黄緑色を基調にした『フレグランスギア:β』。直線移動の速度に特化したギアで、頭のカチューシャは犬の耳を模している。


 イルバ、は黒と白の『ブラックローズギア:Σ』。装着者の集中力を極限まで高め、短期決戦に特化したギアだ。出力も他と比べて大きいが、それに比例して記憶の消費量も大きい。カチューシャは、狐の耳を模している。


「だから……しつこいんだよッ!!」


 魔力の波で、迫る二人を飛ばそうとする。


「やあああああ!!」


 リラは手に持っていた槍を前方で回転させ、風を巻き起こす。


「壊ス激昂!!」


 イルバは紫のオーラを纏った剣を払い、エネルギー波を飛ばした。


 結果は相殺。発生した衝撃波に押され、二人は一旦後退した。


「魔装……展開……!!」


 それに続くように、カノンもギアを装着する。


 色は青。装着者の身長を優に超える砲台が左右に二つずつ取り付けられ、目標を捕捉する緑色のゴーグルが装着された。カチューシャは、猫の耳を模している。


 その名は『フルールギア:α』。砲台武装を用いた広範囲攻撃に特化した武装だ。


「ったく、どいつもこいつも纏いやがって」


「まだ、戦えます……本番は、ここからです……!!」


 ようやく動けるようになったウィスタリアは、ふらつきながらもなんとか立ち上がり、カノンの横に並んだ。


「はは! いいねぇ、最高じゃねぇか! 初めは子供向けのテーマパークに来た気分だったけど、蓋を開けてみりゃ大人も楽しめる遊園地! 良い意味で裏切られたぜッ!」


「残念だけど、君の入場を許可した覚えはないよ」


「リラたんの言う通りよ。大人しく、退場願おうかしら」


「お前は必ず……倒す」


「ええ。あなたを倒し、必ず計画を完遂させます……全ては、母の為に!!」


 四人が同時に武器を構える。


「同時攻撃か。……いいぜ、かかってきな」


 挑発するように、少女が手招きした。


 最初に動いたのは、リラ。纏うギアの出力を最大まで引き上げ、音も光も超えた速度で直進。生じたエネルギー全てを利用した一突きで、少女の喉元に迫る。


一閃(ブラスト・ワン)!!」


「……無駄だ」


 直前に展開された魔力の壁が、渾身の一撃を防いだ。


 少女が今しがた展開した壁は、少し前にウィスタリアが破壊したものとは比べものにならないくらいに、硬度が上がっていた。


 続いてイルバが跳躍。漆黒のオーラを纏った剣を、両手で振り上げる。そして背中のブースターをフル稼働させ、一気に加速した。


「最果テノ、鎮魂歌ッ!!」


 大地を真っ二つに出来かねない重鈍な一撃を、叩きつける。


「無駄だッ」


 果たしてそれは、やはり壁に阻まれた。


 今度はウィスタリアが接近。ギアの機能で一気に膨大な量の魔力を込められた大鎌の刃が肥大化。


死神の一撃(デス・ネイビー)ッッ!!」


 身体を一回転させてから、力任せに振り下ろす。


「無駄だッ!」


 三度目の正直とは行かず、結局は壁に阻まれてしまった。


 しかし微かにだが、亀裂が入った。


「…………エネルギー、充填完了」


 最後に残ったカノンのギアが、敵を穿つ準備が整った。


「フルール・フルカノン……フルバーストッ!!」


 四つの砲台から、高濃度の魔力が圧縮された出来た特大のレーザーが放出される。四つに分かれたそれらは途中で一つに重なった。


 三人が退避した直ぐ後、レーザーが壁と衝突した。亀裂が更に拡大する。


 あと少し。あと少しで、道は開ける。


「無駄だあああああああああッッ!!」


 魔力障壁の出力を上げ、壁を更に強固なものへと成長させる。


 ギアを纏った四人の攻撃でも届かない。ここまでは、想定の範囲内だ。


 だから、駄目押しの駄目押しを更に食らわせる!


 カノンの攻撃が収まったところで、三人が正面から同時に仕掛ける。


『はああああああああああああああ!!』


 修復しかけていた障壁に、再び亀裂が走る。三人の全力が、少女を押し始めていた。


「ぁぁぁあああああああもうッ!! どいつもこいつもッ!! どうしてそんなに技名叫ぶの好きなんだよッッッ!! まさか寝る間も惜しんで考えてんのかよそれッッ!!!?」


 少女は一心不乱に叫ぶ。それに対し、ウィスタリア達の答えは──。



『悪いかあああああああああッッッ!!!?』



「気持ちはすっげぇわかるんだよッッ!!!!」



 魔力の壁が砕け散る。全力でないとは言えど、龍族の少女が全力で展開した壁を、ただの人間が破壊してみせた。


「ちっ……ハハハ。四人がかりとは言え、やるじゃねぇか。人間の割には、だけどな」


 三人による全力の攻撃が、ようやく少女の元へと届いた。


 受けた傷は相当なものだった。左肩から下にバッサリと斬られ、腹部には筋肉質の男の丸太のような腕がすっぽり入るくらいの風穴がぽっかりと開けられ、何よりも首から上が切り離され、地面に転がっていた。


 しかしそれでも、彼女の息の根を止めるにはまるで足りない。心臓を突き刺しても死に至る事はなく、どれだけのダメージでもすぐに回復する。


 傷口も風穴も、あっという間に塞がった。


 落とした首を持ち上げて、断面に合わせる。たったそれだけで、いとも簡単にくっ付いてしまった。


「でも残念だったな。今のお前らじゃ、結局オレは倒せない」


「そんな……」


 完全に心が折れた。最初から勝てないとはわかってはいたが、それでも戦うことが出来た。刃を向ける事が出来た。


 しかし全てが本当の意味で無意味だと悟った時。四人は、とうとう膝を折った。


 ギアも活動限界を迎え、強制的に元の姿に戻された。ここで、代償として失った記憶がなんだったのかを知る羽目になる。覚えていた事実すら忘れていれば、辛くなかったかもしれない。だがこの副作用は、余計なお世話と言うべきか、ご丁寧に教えてくれた。


「やっぱり楽しい時間はあっという間に過ぎるな。……はあ、もうお開きか」


 四人に向かって少しずつ距離を詰めていく少女。

ギアの出力を最大限まで引き上げた反動で、身動きが取れない。


「(今度こそ、終わりですね……)」


 全てを諦めた……その時。


「…………おいおい、そろそろいい加減にしろよ。オレ、天丼はあんまり好きじゃねーんだよ」


立ち止まり、ウィスタリア達の後ろを睨む。その時の少女の口元は、確かに笑っていた。


「──あなたにとってはそうかもしれませんね。ですが生憎と私は、これから一食目なんですよ」


 声の主はミレシア。普段とは違って、声が一段低い。


「……わかったよ。戦うのは好きだ。特にタイマンはなぁ。目的はお母さんを助ける事だが、目の前の戦いから逃げるってのは、オレに流れる龍族の血が許さねぇんだよ!」


「龍族……!? そんな、実在していたなんて……」


「ビビったか? 親切心で言っておくが、降参するなら今の内だぜ。始めれば、もう止まらねーからよ」


「……いえ。ただ嬉しいだけですよ。憧れの存在に出会えた事が。……人生、捨てたものではありませんね」


 ミレシアは不敵に笑うと、腰の鞘から剣を抜き、構えた。


「へぇ。中々面白そうな女だな」


「面白いかどうかは自信がありませんが、少なくとも退屈させるつもりはありませんよ。……さあ、踊りましょうかっ!」


「ふっ、足を引っ張るなよ。オレの踊りは、ちと難易度が高いって評判だぜッ!?」


 ミレシアと少女。二人が激突した。

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