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2-5 ワンサイドゲーム

 人間にとって龍とは、本の中でのみ語り継がれる伝説上の存在。その姿を目にする事は、まずあり得ない。


 だからこそ。『彼女』に出会ったのは、奇跡に他ならなかった。


 数年前。ウィスタリアは王都内で一人の女性と出会った。


 麦わら帽子を被り、ウェーブのかかった青い髪を腰辺りまで流した彼女は、自らをマカロニと名乗った。


 マカロニはある店を目指していたが、方向音痴である為、道に迷ってしまっていたらしい。


 ウィスタリアは、そんな彼女の道案内を買って出た。計画の為に非人道的な行為に走っている彼女ではあるが、普段は困っている人を放っておけない正義感の強い人間だった。


 店に着くまでの間、マカロニは色々な事を話した。話すのが上手いのか、いつまでも聞いている事ができた。


 目当ての店に着いた時、二人は完全に打ち解けていた。数日後、王都にある飲食店で会う事を約束し、その日は別れた。


 いつの間にか、友人と呼べる仲にまで発展していた。


 二人が出会ってから早数ヶ月。マカロニは遂に、ウィスタリアに告げた。


 自分が人間ではなく、龍族であるという事を。


 最初は嘘かと思った。書物で見た龍と比べ、仕草や容姿が明らかに人間だったから。そして何より、友人である彼女を計画に利用したくなかったからだ。


 彼女が言うに、本来の姿を保つにはかなりの魔力を消費するらしい。故郷である遥か上空に浮かぶ名も無き島。そこは魔力濃度が地上よりも数十倍も濃いので本来の姿で居られるが、地上ではそうはいかない。なので龍族は全員、地上の魔力濃度に最も適している人間と同じ容姿への変身が可能のようだ。


 ウィスタリアは大きく悩まされた。


 母の悲願か。友人の命か。彼女の中の天秤が、何度も傾く。


 結論から言うと彼女は、友を手にかける事を選んだ。




 そしてあの日から、一度として熟睡できた覚えはない。



**



 突如として王城を襲撃した龍族を自称する少女の目的は、あらかた予想はつく。恐らくは、マカロニの力を取り込んだ『矛盾を抱えた龍(ドラゴンゾンビ)』──牧野楓の回収だろう。理由はまだわからないが。


 龍族は、たとえ消費魔力を最小限にまで抑えた人間態であっても、人間程度ではまるで太刀打ちできない相手だ。


 マカロニのような温厚な性格の龍族でなければ、付け入る隙もありはしないのだ。


「全員、カエデ様を死守して下さい。彼女の狙いは恐らくそれです」


『了解!』


 ウィスタリアの号令に、その場に居合わせた魔導士全員が口を揃える。その一方で兵士達は言っている事の意味がわからず、頭上に疑問符を浮かべていた。


 彼らに気付かれたところで、問題はない。この戦いで負けるのは、恐らくこちらだ。最悪、計画の要も奪われてしまうだろう。そうなった場合、用意している『隠し球』を使って、無理やり次のフェーズに移らなければならない。故に、隠す必要はない。


「えらい団結力だな。……ま、雑魚が幾ら集まっても、結果は同じだろうけどな」


「それは、やってみなければわかりませんよ……!」


 魔導士全員が、魔法の詠唱を開始させる。


 ウィスタリアは、懐からネックレスを取り出した。エメラルドグリーンの輝きを湛えた石が取り付けられているそれを、強く握り締める。


「《総てを刈り取る死神の一振りよ》!」


 呟いた瞬間にネックレスは消滅。入れ替わりに、彼女の背と同じくらいの大きさの大鎌が姿を現した。それを両手で掴み、慣れた手つきで回しながら構えた。それから彼女も、詠唱を口ずさんだ。


「《奏でるは歌・その音色に翼羽ばたかせ・調べよ響け》──唄え、『応援歌(シンフォニール)』!!」


 ウィスタリアが発動させたのは、一定時間だけ発動させる魔法の威力を増幅させる高位の強化魔法。その対象は、自分を含めた魔導士全員。


 直後に、魔導士達が高位の攻撃魔法を放つ。それらの矛先は全て、龍族の少女に向けられていた。


「へぇ、中々やるじゃねぇか。だけど──」


 余裕綽々と笑う少女が、軽く左手を払う。ただそれだけで、魔法が対象に命中する直前に消滅した。


「そんくらい、妨害魔法でどうとでもなるんだよ」


「なっ……!」


 妨害魔法。他者が発動した魔法の構造式に介入し、書き換える事で効果を打ち消す魔法だ。しかし打ち消す魔法を自身も扱えなければ、これを使う事は出来ない。


 つまり彼女は、今しがた放たれた魔法全てを理解しているという事になる。


 流石は龍族。人間の常識が、まるで通用しない。


「うおおおおおお!!」


 兵士が雄叫びを上げながら、少女への接近を図る。


「《集うは命・我に傅く軍勢を・今ここに呼び放て》──湧き出でよ、『暴走召喚(オーバーサモン)』!」


 それに続けとウィスタリアが唱えた魔法は、ランダムで数十体の魔物を同時に召喚するというもの。「質より量」を体現した魔法だ。


 召喚された魔物の平均は、発動者の魔力量に比例する。現れた魔物の殆どは、超級に認定されているものだった。


「《風よりも速く疾れ》!」


 移動速度を上げる風魔法を自身に付与してから、ウィスタリアは一旦その場を離脱しようとする。自分達の勝利条件は、あの怪物を倒す事ではない。あくまで、計画に必要な楓の死守だ。


 しかし少女は、それを見逃しはしない。


「逃すかよ!」


 少女が右手を突き出す。


「焼き尽くせ。ドラゴニック・異レーザー!」


 手の平から、廊下の横幅を埋め尽くす水色のレーザーが放出された。


「くっ……!」


 ウィスタリアは間一髪のところでかわし、床の上を転がる。


 だが射線上に居た魔物も魔導士も近衛兵も。まるで最初から居なかったかのように。悲鳴一つ上げる事なく、焼失した。


「そん、な……」


 大勢の仲間を一瞬で失ったという現実に、頭が追いつかない。


 だがしかし。仲間の死を悼む時間は、残念ながら何処にも無かった。


「お母さんを返せ。そしたら、お前は見逃してやる」


「……母? なるほど……そういう事でしたか」


 初めから、そんな気はしていた。髪の色が、あまりにも彼女に似ていたから。


 龍族は仲間の魔力を感知する能力を持っている。だが、人間態の同族は感知する事が出来ない。マカロニが生前、そう言っていた。


 楓が『矛盾を抱えた龍(ドラゴンゾンビ)』となった時、一瞬だけ龍の姿になった。その際に魔力感知の範囲に入ったのだろう。そして母の魔力を感知して、ここへと駆けつけたという訳だ。


 家族の事情を知る由はないが、娘として母を取り戻したいという感情は、よくわかる。ウィスタリア自身、そうだから。


 とは言え、「はいそうですか」と渡す訳にはいかない。


 この計画の為に、沢山の罪無き人を犠牲にしてきたのだ。失敗なんて、許される筈がない。


「返しませんよ……彼女は私の願いの為に、必要なんです……!」


「あ、そ。だったら死ねよ」


 少女が再び、レーザーを放とうとする。


 その時。彼女の背後に二つの影が迫った。イルバとリラだ。それぞれ手に持った剣と槍を、少女に振り下ろさんとしていた。


「……不意打ちとか、卑怯だろ」


 手を下ろし、右脚に青い炎を纏った。そして振り向きざまに、回し蹴りを浴びせる。


 蹴りの速度に対応しきれず直撃を受けた二人は、後方へと吹き飛び、外の庭園を転がった。


「イルバ! リラ!」


「……ったく。戦うなら正々堂々としろよな。テンションだだ下がりするっての」


 目線を、ウィスタリアの方へと戻す。


「──ぶちかませ、凶弾の雨霰!」


 ウィスタリアの背後から、声が聞こえた。


 無数の魔力弾が、少女に殺到する。


「今度はなんだよッ!」


 苛立ちを覚えつつも、魔力弾を片手で弾いた。


「大丈夫? リーア」


 魔力弾の主であるカノンが、ウィスタリアを庇うように前に出た。


「ええ、私はなんとか」


「安心して。リーアは、私が守るから……!」


 両手を広げる。彼女の周囲に、それぞれ違う形をしたマジブラスターが出現する。銃口はどれも少女を捉えていた。


 特定の位置に置かれてある物を手元に転送する魔法『キャリーラ』と、自分の手足のように物を動かせる『マリオネッター』を応用した、カノンの得意戦術。名付けて『個の軍隊』だ。


 だが、やる前から結果は見えきっている。カノンの攻撃では、彼女に傷一つ付ける事ができない。


 そして自分が全力を出したところで、戦況は覆せない。


 万事休すか。いや、一つだけ手は残っている。出来れば取りたくなかった、最後の手段だ。


「(調整を終えるまで本当は使いたくありませんでしたが、迷ってる暇はありませんよね……!!)」


 今はカノンに相手を任せ、アレの発動準備に取り掛かった方がいいだろう。今は、カノンが少しでも時間を稼いでくれる事を祈るしかない。


「動かないで。どこに居ても、どうせ私の凶弾からは逃れられないんだから」


「へぇ、凄い自信だな。だったら、お望み通りここから動かないでいてやるよ。……ほら、来いよ」


「……撃ち抜け、カーニバル・バレッジ……!」


 広げた両手を勢いよく動かし、胸の前で交差させる。


 鼓膜を震わす銃撃音を奏でながら、魔力弾が少女へとなだれ込んだ。


 少女は迫る光弾を前にして、それでも態度を崩さない。


「自信満々だった癖に、その程度かよ」


 握り締めた右手を、前に出す。


「ドラゴニック・刃ースト」


 手を開く。球体として可視化された彼女の青い魔力が一気に膨れ上がり、これに触れた魔力弾を例外なく無力化させた。


「少し期待してたけど、所詮人間なんてこんなもんだよな。お母さんは、こんな奴らの何処を気に入ったんだか。……?」


 気付けばカノンが、他のと比べて銃身の長いマジブラスターを構えていた。


「本命はこっち。──ラスト・ワン・ショット!」


 それまでのと比べて遥かに威力の高い魔力弾を放つ。速度も倍以上はあった。


「何回やっても無駄だっての。ドラゴニック──」


「今!」


 魔力弾の速度が、目に見えて上がる。


 突然タイミングをずらされた事で、少女の『ドラゴニック・刃ースト』が繰り出される前に、胸元に到達した。


 それは確かに命中した。しかし少女はこれといった反応を示さない。水を掛けられた時の方が、まだ不快な反応をするだろう。


 人間の攻撃では、龍族にダメージを与える事はできない。永遠に埋まる事のないであろう圧倒的な戦力差は、あまりに残酷であった。


 だが少なくとも、時間を稼ぐ事は出来た。


 カノンは勘付いていた。ウィスタリアが最後の手段を用いる事も。その為の時間稼ぎが必要になるという事も。


 そしてその準備が、今終わったという事も。


「今だよ、リーア……!!」


「ええ、魔装展開!!」


 ウィスタリアが叫ぶ。彼女を薄紫色の光が包み、強風のような衝撃波を発生させる。髪を靡かせ、床や壁に問答無用で亀裂を走らせた。


「チッ。今度はなんだよ……」


 呆れ気味に呟く。衝撃波を意にも介さず、ただこれから起こる事を惰性で観察する事にした。


 魔装。別名『記憶焼却炉(メモリーロストギア)』。非力な人類が、他種族に対抗出来るように開発された特殊な装備だ。装着者の身体能力を大幅に向上させ、更に体内に取り込める魔力量の上限が増える。


 しかし別名の通り、人の身に余る力を得られる代償として、時間が経過すると共に、記憶をエネルギーとして焼かなければならない。つまり使い続ければやがて記憶の全てを失い、廃人と成り果てる。


 まさに、諸刃の剣だ。


 白いローブは光によって塵と化し、その代わりに黒のインナーが身に付けられた。何処からか白と薄紫の二色で構成されたモジュールが、次々と彼女に装着されていく。


 最後に装着者の記憶をエネルギーへと変換させる重要な役割を担う、兎の耳を模したカチューシャ型の装置を被ると、光は収まった。


 ヴァイオレットギア:Ω。それがこの、ウィスタリアにのみ装着を許された魔装の名称であった。


「……はっ、人間も捨てたもんじゃねぇな。さっきよりは遥かに楽しめそうだ」


 少女は不敵に笑う。憎むべき相手なのにも関わらず、強くなった事が嬉しくて仕方がなかった。


 それは龍という種族全体が待つ、悪い癖。


「笑っていられるのも、今の内です……!」


 翼を模した背中のユニットの下部から、薄紫色の魔力が噴出。その勢いを利用し、音よりも早い速度で接近した。

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