2-2 捜索
いつまで経っても癒月が帰ってこない。不安に駆られた夜宵は部屋を飛び出し、他の部屋へと向かった。
「癒月を見なかったかしら!?」
鬼気迫る表情で尋ねるも、返ってくる答えは「知らない」だけ。
「手洗い場で倒れているのでは……!」
矢子にそう言われて急いで御手洗い場に向かうも、癒月の姿は確認できなかった。
「(何処に行ったのよ……牧野さん……!!)」
呼吸が早くなる。冷や汗も流れてきた。
楓も消え、癒月も消えてしまったら、自分は普通でいられる気がしなかった。
「──どうかしましたか?」
「ッ!!」
突然背後から声を掛けられ、慌てて振り返る。そこに立っていたのは、ウィスタリアだった。
宮廷魔導士は信用出来ない。癒月失踪の原因が彼女達という可能性だって大いに考えられる。ここは正直に答えず、はぐらかすべきだ。
「いえ。なんでもないわ」
「そうですか。もし何かありましたら、なんでもお申し付け下さい」
「……わかったわ」
ウィスタリアは頭を下げてから、こちらに背を向けて歩み去っていった。
それと入れ替わるように、後ろから足音が近づいて来る。矢子だった。
「見つかりましたか?」
その問いに、夜宵は首を横に振る。
「御手洗い場にも居なかったわ。魔導士達が見張っているから城から出る事は出来ないだろうし……やっぱり」
「──ちょっと待った」
夜宵の言葉が、男の声で遮られた。
「佐藤……」
声のした方向には、佐藤幹哉が立っていた。
「俺の事は、幹哉でいいぜ。俺も君の事を夜宵ちゃんって呼ぶから」
「……勝手にしなさい」
「ああ、勝手にさせてもらう。……ここで話すのは色々と危険が多い。中で話そうか」
「そうね。私の部屋にしましょう。今は、私一人しか居ないし」
三人が夜宵の部屋に入ったところで、幹哉が口を開く。
「……今、俺の能力を使った。これで向こうがこっちの会話を盗み聞きする事は出来ねー」
「便利ね、あなたのその力」
「君の持ってる掃除機には負けるさ」
幹哉のアビリティは『誤認』。指定したモノを、特定の人物以外には違うモノだと誤認させるというもの。彼は今、これから三人が話す会話内容を、三人以外にはまったく違う内容だと誤認させるようににしたのだ。
幹哉は壁に背中を預け、夜宵と矢子は椅子に腰かけた。
「あなたは座らないの?」
「こっちの方が落ち着くんだ」
「あらそう」
「そんで本題だが、俺は魔導士たちが癒月ちゃんを連れ去ったと考えてる」
「奇遇ね。私もそう思っていたわ」
「私もです。……ですが、証拠と呼べるものがありません」
「そうだ。だから俺から、一つ提案したい」
「……聞かせて」
「魔導士の後をつける。そうすれば、何か見えてるかもしれねぇ」
「もしバレたら、どうするのですか?」
「心配ない。俺の『誤認』を使えば、向こうに気付かれる事はねぇよ」
「あまりにシンプルね。……でも今は、それが一番良いかも」
「決まりだな。そんじゃ、行ってくるわ」
幹哉が部屋の外に出ようとした。
「待ちなさい」
それを、夜宵の一声が止める。
「あなた、まさか一人で行くつもりじゃないでしょうね?」
「女を危険に巻き込む訳にはいかねーだろ。こういう仕事は、俺みたいな奴がやるべきなんだよ」
「ふざけないで。牧野さんも癒月も居なくなってるの。なのに、危険だから大人しく待ってなさいって? 冗談じゃないわ! この世界に来た時点で、あらゆる危険は想定済みよ。……それに二人を助けられるなら、この命だって惜しくはないわ」
「倉林さん……それ程までに二人を……」
「私は二人を失う訳にはいかないのよ……私の、気持ち悪い身勝手な夢を叶える為にはね……!!」
両手の拳を強く。強く握り締める。
「……わーったよ」
幹哉が、観念したかのように口を開いた。
「ただし、死んでも俺のせいにはすんなよ」
「貴方こそ、死んでも私のせいにしないで頂戴ね?」
「当然。女に責任転嫁するのは、みっともない男がするもんだからな」
挑発するような言葉に、幹哉は笑い捨てるように答えた。
「……そんで、委員長ちゃんはどうするんだ?」
幹哉に視線を向けられ、矢子は目を伏せる。
しばらく考えた後、振り絞るように声を上げた。
「……私も行きます。委員長として、クラスメイトを救わないといけませんから……!」
「真面目だねぇ。委員長ちゃんのそういうところ、好きだぜ」
「佐藤さんに言われても、ちっともトキメキませんね」
「それは残念。……話はこんくらいにして、行くぞ」
夜宵と矢子が、ほぼ同時に頷いた。
**
王城の敷地内には、広大な庭園がある。そこでは、ケリューネ王妃が趣味で育てている色取り取りの花々を目にする事が出来た。
庭園内にある白塗りのガゼボの下に、二人の女性の姿はあった。
一人はウィスタリア。そしてもう一人は、第二王女であるメアリー・ダランシアであった。
「計画は、順調に進んでいるの?」
椅子に腰を下ろす赤いドレスに身を包んだ少女メアリーが、テーブルを挟んで向かい合うように座るウィスタリアに問う。
メアリーの髪は、気品のある金色。それをツインテールに纏めている。白い手袋を両手に嵌め、頭には赤いベレー帽のようなものを被っていた。
「ええ。器である『矛盾を抱えた龍』の成長が予想以上に早いお陰で、もう次のフェーズへ移行出来そうです」
「そう。それはとってもいい事だわ」
メアリーはそう言ってから、カップに入った液体を飲んだ。テュアールという葉を使って作られた茶だ。後味は顔を顰めてしまう程に苦いが、集中力が非常に向上する作用があるため、鍛冶屋を始めとした集中力を必要とする職の人間が好んで飲む。それに、苦味も慣れてしまえば癖になる。
「しかしメアリー様。すっかり舌が大人になられたのですね。昔はテュアール茶なんて飲めませんでしたのに」
「まあね。時間が経てば、人間好きなものも嫌いなものも変わるわよ」
「……そうですが」
「それよりも、残りの勇者はどうするつもりなの?」
「当然、余す事なく我々の計画の一部となって頂きます。アビリティを持つ存在は非常に貴重です。無意味に殺すなんて勿体無いですから」
「だったらいっそ、残りの勇者全員でキメラを作るなんてどう? きっと素晴らしい化物が生まれると思うの……!!」
顔の前で両手を握り締め、目を爛々と輝かせる。
「……メアリー様は、相変わらず趣味が悪いですね」
「アタシにそう言えるだけ、アナタにはまだ人の心が残ってるのね。意外だわ」
「勿論。私は母の悲願を成し遂げたいだけで、人の心を捨てた人で無しになるつもりはありませんから」
「そう。……でも気を付けなさい。人の心なんて、案外知らない間に落としているものなんだから」
「……心に、留めておきます」
胸元に置いた手に、力を込めた。
自分はまだ人のままだ。そう自分に言い聞かせながら。
**
行動を開始した夜宵、矢子、幹哉は、偶然見かけた宮廷魔導士のカノンを尾行する事にした。
「どーでもいいけど、カノンちゃんって可愛いよな」
「へぇ。あなたって、ああいう小動物みたいな子が好みなのね」
「少し意外です」
幹哉達の声は、『誤認』のお陰でカノンには届かない。なので三人は堂々と、普段通りの声量で緊張感のない会話をしていた。
「いんや。俺は女の子全般が可愛いと思ってるぜ? ま、その中で一番可愛いのは楓さんだけどな」
「あら、わかってるじゃない。そう、牧野さんこそがナンバーワンよ。時折テレビで百年に一度の美少女とか紹介されてる子が居るけど、どれも楓の足元には及ばないわ」
「話がわかるじゃねーか……ファンクラブには入ってんのか」
「当然。これでも会員番号は一桁なのよ?」
「ほお。俺も一桁だ」
「……やるじゃない」
「お前もな」
固い握手を交わす二人。牧野楓という共通の好みが、異性の壁を超えて友情を生んだらしい。
「牧野さんが男女問わず人気が高い事は知っていましたが、まさかこれ程までとは……。そういえば、どうして佐藤さんは牧野さんの事だけさん付けするのですか?」
「そりゃあ、あの人は俺にとっての女神様だからな。呼び捨てなんて出来ねーよ。本当は様付けしたいとこだが、流石に気持ち悪がられるだろうし、さん付けにしてるのさ」
「良い心がけね。私も、彼女の事はさん付けで呼んでいるわ。会員の中には「たん」付けしてる輩も居るみたいだけど、私はそれは邪道だと思ってるわ。「たん」なんて可愛らしい言葉は、彼女には相応しくないもの」
「わかる、わかるぜ……アイドルかなにかと勘違いしてるよな、あいつら」
「ええ。やっぱりわかってるわね、あなた」
「お前こそ」
今一度二人が、握手を交わす。
「……あの、そろそろ気持ちを入れ替えませんか? 私たち、一応尾行中なんですし」
「……おっと、そうだったな」
「ごめんなさい」
二人は黙り込み、前を歩くカノンに視線を向ける。
彼女の足取りは普通だった。時折立ち止まり、懐から取り出したクッキーのような物を食べ始める以外は。
「食いしん坊なのでしょうか?」
「いっぱい食べる女の子、か。それも良いな」
「もう女なら誰でもいいんじゃないの? あなた」
「バレた? その通りだよ」
「二人とも、見てください……!」
矢子が声を荒げて指差す。カノンが突然、何もない壁の前で立ち止まったのだ。
「何やってるのかしら」
「もしかして、隠し扉とかあるんじゃねーか?」
「どうでしょう……」
カノンは周囲を見回す素振りを見せてから、おもむろに口を開いた。
「私は進化を否定する」
すると彼女の目の前にあった壁が動き出し、暗くて先の見えない通路が現れた。
「……これもう黒だろ。宮廷魔導士」
「ですね。隠し通路なんて、怪しさしかありませんもの」
「『私は進化を否定する』。これが、隠し通路を出現させる合言葉みたいね」
「そうみたいだな……」
カノンは今一度周囲を見回してから、通路へと足を踏み入れる。壁が再び動き出し、何事も無かったように通路を隠した。
「……よし、行くわよ」
先を行く夜宵に、二人が続く。先程動いていた壁に、幹哉が触れた。
「他の壁となんら変わりない……完璧にカモフラージュしてあるな」
「ここまでするって事は、それ程までに気付かれたくないモノこの先にあるという事。……なんにせよ、行ってみなければ始まりませんね」
「そうね。──私は進化を否定する」
夜宵が合言葉を呟いた瞬間。壁が動き出し、道が現れた。
道は一人しか通れない程に狭いため、縦に並んで歩く事になった。先頭が夜宵で、その後ろが矢子。最後尾は幹哉だ。
幹哉が道の中に入ったところで、壁が閉じる。
「うわ、暗いな。……誰か明かり持ってねーか?」
「私のスマホがまだ使えるわ。これを使いましょう」
スマホを懐から出し、ライト機能を使う。これで、多少なりとも視界は良くなった。
「まだバッテリー切れてなかったんだな。俺なんて、召喚された日に切れたってのに」
「普段スマホは触らないのよ。ゲームもSNSもやらないし、連絡する相手も居ないから。……でもお陰で、役に立ったわね」
三人は一歩ずつ慎重に進む。途中で現れた階段も、足元に気を付けながら下っていく。
しばらくして、目の前に扉が現れた。
「この扉、普通に開けられるのでしょうか? 先程みたいに、合言葉とか必要なのでは?」
「さあ。もしそうなら、私たちはここで行き止まりになるわね」
「とにかく、開けられるか試してみよーぜ」
「ええ」
夜宵が扉を軽く押す。それだけで、簡単に開いた。隙間から、向こう側の光が差し込んだ。
「案外あっさり開いたわね」
扉を開け、その先に広がる空間に足を踏み入れる。
「……?」
その直後、目眩を覚えた。夜宵だけではない。全員が。
「なんだ、今の」
「なんでしょう?」
「わからないわ。でも三人同時って事は、ただの目眩では無いでしょうね」
「──その通りだよ」
夜宵の言葉に答えたのは、矢子でも幹哉でもなく、───目前に佇むカノンだった。
「来てしまったね、この地下室に。見てしまったね、この地下室を」
「どうして、俺たちの存在に気付いてんだよ……!」
「簡単な事。この地下室全体に、アビリティの効果を無効化させる領域が展開されているんだよ」
「なるほど。アビリティに対する策を何か持っているとは思っていましたが、まさか完全に無力化させる事が出来るとは……!」
カノンが右手を払う。その手の中に、水色の銃のようなものが現れた。それは『マジブラスター』といい、持ち主が持つ魔力を弾として放出させる武器。リロードは不要で、魔力が尽きるまで撃ち続ける事が出来る。
銃口をこちらに向け、そして淡々と呟いた。
「見逃してください、許してください、知らなかったんです。そんな事を言っても無駄だよ。あなた達の運命は、もう変わりはしない。大人しく、くたばって」