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4.



 そうしてまた夜は更け、朝が来る。

 何の代わり映えもない一日が始まる。


 ―――と、思っていた。

 否、あるいはエリックもいずれはこうなる時が来るというのを心の隅で分かっていたのかもしれない。


 今日の仕事を始めようと、荷車を引いて倉庫から出たエリックとレギン。

 と、不意にレギンが遠方の空を指差しながら言った。


「上空に航空機らしきものがいくつか確認されます。回転翼機と思われます」

「何……」


 エリックが指さされた方向に眼を凝らす。

 言われなければ分からなかっただろう。居住区の外から、何か黒い点のようなものが近づいていた。

 その影は鳥か何かと見間違えるほどに不鮮明で、具体的なシルエットなど何も分からない。

 だが、かといってレギンの言葉に疑いを持つつもりはない。

 アンドロイドの能力は実質的な人間の上位互換である。その眼もまた、いうなれば高性能な光学カメラと同義だ。

 人では到底視認出来ないような遠方の物体であろうとある程度は見分けられる。

 そのアンドロイドであるレギンが、航空機―――具体的に言えば回転翼式のいわゆるヘリコプターの一種と言っているのだ。


 航空機。

 そんなもの、自動車を動かすことにすら手こずる居住区のコロニスト達に扱えるわけがない。

 となれば、あれがどこからやってきたものなのかは想像が付く。

 エリックは、胸中にある筋肉の塊で出来た臓器が鼓動を早め、凍りつくような寒気を血管に乗せて全身に循環させるのを感じた。

 身体は寒いのに、こめかみの辺りから汗が流れ落ちる。


「……とうとう来たか」


 一言そうつぶやくと、エリックは持っていた牽引用の取っ手を離し、そのまま荷車を捨てて倉庫へと早足で戻り始めた。

 レギンもその後を追う。


「エリック、どうしました?」

「《国家》の連中だ、もうこの居住区にはいられない。最低限の荷物だけまとめて逃げるぞ」

「逃げるのですか?」

「ここのリサイクラーが尻尾を見せたんだ。戦力を隠し持ってるのがバレた。それを潰しに来たんだ」

「……」

「ここは戦場になる。何もかもみんなぶっ壊されるぞ!」



        ※※※※



 その来訪はあまりに突然だった。

 リサイクラーが所有する廃工場跡。第二十四居住区における最大の主要施設だ。

 そこに、数機のヘリコプターがローターを回転させる耳障りな音と共に降り立った。

 住人達にとってはまさに青天の霹靂だ。慌ててこの突然の来訪者を待ち構える。


 降り立ったヘリコプターから、ぞろぞろと乗員たちが降りてくる。その数は二十人ほどだ。

 一様に物々しい軍用ジャケットに身を包んでいる。それだけで、彼らが友好的な客人ではないと分かった。

 集団から一歩抜け出して先頭に出てきた鉄面皮の男と、廃工場のリーダーである無精髭のリサイクラーが互いに向き合う。

 その後方には、他のリサイクラーが十二人ほど。他の者は廃工場の中で事の次第を待っている。


「……《国家》の方とお見受けしますが」


 その呼びかけに、男は抑揚のない声で応える。


「その質問に回答する必要はない。我々の目的は一つである。

 この居住区に、国家に対する反逆を画策する勢力の潜伏と、そのための戦力の保持が確認された。

 その排除である」

「何をおっしゃっているのか分かりません。国家に対する反逆など、何かの間違いかと思いますが」


 無精髭は、心底不可解だという表情でそう反論する。

 が、その顔をまるでただのガラス玉のような眼で見返しながら、男は冷然と言い放った。


「《スコーピオンズ》、という名称の武装勢力がある。そちらが接触し、一部武器の提供を受けた組織だ」

「!?」


 無精髭の目の色が変わる。


「世界に溢れかえった草の根のような武装勢力、その中でも比較的規模の大きなものだ。豊富な武器を所有している。

 しかし、それではそのスコーピオンズが所有する武器の出処はどこか。廃墟をくまなく漁って少しずつ収集したのだろうか」

「い、いや。我々はそんな名前の組織など知らない」

「先の大戦以前。さらにその昔に起こった太古の戦争において、ギリシアという国が行った『トロイの木馬』という戦法がある。

 ご存知だろうか」

「…………」

「スコーピオンズとは()()である。彼らはそもそも、我々が用意した偽の武装勢力だ。

 それと知らず接触してきた鼠共をあぶり出すための」


 そこで無精髭と、その後ろで待つリサイクラー達はすべての事実を理解した。

 つまり、自分達が少しずつ用意を進め、他の勢力と協働して画策していた計画はすべて、その準備段階から打倒すべき相手に看過されていたのだ。

 言葉を失い、呆然と立ち尽くす無精髭。

 そこに、追い打ちをかけるように男が続ける。


「裏付けはすでに取れているということである。そちらには所有する戦力の譲渡と、反抗勢力の構成員すべての身柄の差し出しを勧告する」


 その最後通牒に、無精髭の力なく垂れ下がった指先がかすかに震える。

 だが、やがてその震えは止まった。

 意を決したように、彼はその震えが止まった右手を軽く挙げ、顔の横に掲げる。


 その瞬間だった。

 廃工場の屋根から乾いた破裂音が響く。

 それと同時に、無精髭の前にいた男の額が弾け飛んだ。


「ガア゛」


 そんな短い雑音のような呻きと共に、男は弾けた額から鉄片を撒き散らして勢いよく倒れる。

 男の正体はアンドロイドだった。が、そんなものは皆、百も承知のことだ。感情を感じない鉄面皮に、平坦な声音。それはいかにもな特徴である。

 が、今倒れた相手がアンドロイドであることなどどうでもいい。

 これは銃撃だ。

 どこからともなく飛来した弾丸が、アンドロイドの頭部を貫いた。


 そこで、堰は切られた。


「殺せ!!」


 そんな叫びを発しながら、無精髭の後方に控えていた男達が一斉に懐から拳銃を取り出す。

 その銃口を前にいる連中に向け、次々と引き金を引いた。

 それに続くように、無精髭もまた拳銃を取り出し乱射する。

 突然の発砲を受け、国家からの招かれざる来訪者達が風に煽られるナイロン袋さながらにガクガクと揺れながら倒れ伏していく。

 その身体からは、銃弾が命中する度に粘っこい白い液体が千切れた金属片と共に撒き散らされた。銃創から潤滑剤が漏れ出しているのだろう。

 最初に射殺された男だけではない。どうやらヘリから降りてきたのはすべてアンドロイドであるようだ。

 アンドロイドが人よりも頑丈であるといっても、なまじ人体の機能を再現しようとした結果、耐久性の一点に関しては模倣対象と同程度のものであったらしい。

 それ相応の力を加えれば破壊は可能だ。ましてや銃火器を用いればなおさら容易く()()()


 だが、アンドロイドの真に恐ろしい点は、すぐ傍らで自らの同胞が白い血しぶきを撒き散らして事切れるのを眼にしてもなお、

 それどころか、自らの肉体をも破壊されているその最中であってもなお、その役目を遂行しようとするところにあった。

 彼らは銃弾の雨が横殴りに打ち付けてくる最中であってもあくまで冷静に、腰に携行してあった軽機関銃を構えると、まさしく機械のような正確さで狙いをつけ引き金を引いた。


 それで事は足りた。

 拳銃を抜き放ったリサイクラー達は、アンドロイドからの報復の射撃によりまたたく間に蜂の巣にされた。

 先頭にいた無精髭など、着弾による出血で服が真っ赤に染まるほどだ。そのまま仰向けに倒れた彼だが、それでもなお即死はしていないのが悲惨だった。

 アンドロイドの側も数人が大破し機能を停止した。が、その代償として十二人のリサイクラーは全員がただのタンパク質の塊となって死に果てた。


「……ただでは、終わる……ものか」


 意識が途絶えるその直前に放たれた、無精髭の怨嗟の言葉。

 それに呼応するかのように、廃工場からまるで待っていたかとばかりに次々とリサイクラーが出てくる。

 そうして、近くにある廃材を盾代わりにしつつ身を乗り出して反撃の銃弾を放つ。

 その殆どは拳銃だったが、中には連射式のアサルトライフルを担いでいるものもいた。

 それだけではない。建物の屋根で最初に鳴った発砲音。それは長距離狙撃用のスナイパーライフルによるものだ。

 その威力は先程証明済み。

 リサイクラーの所有する武器は、居住区に住む者達が持つには過剰なほどに充実していた。それほどまでに、彼らは長い歳月をかけて用意を進めてきたのだ。

 それも今無意味なものとなった。それでも、このままむざむざとすべてを失うつもりはない。

 せめてこの場で一人でも多くの敵を始末する。そんな破滅的な殺意がある種の熱気となって国家のアンドロイド達に押し寄せる。

 さすがにこのままでは押し負けると判断したのだろう。


「後退する」


 自分達が今しがた銃撃を受けているとは思えないような声と共に、彼らは今しがた降りてきたヘリコプターに逃げるように再度乗り込んでいく。

 このままこの場を離れるつもりだ。だが、それをリサイクラー達の歯止めの効かなくなった殺意が許すつもりはなかった。


「このまま皆殺しにするぞ!ExA(切り札)を出せ、どうせここが戦場になるっていうなら、俺達の方から先に派手におっぱじめてやる!」

「他の連中にも連絡だ、急げ!」


 このような事態を彼らも想定していなかったわけではない。貴重な物資を一箇所に集めて、一網打尽に破壊されるようなリスクは防いでいたのである。

 最大の戦力である人型兵器《ExA(エグザ)》は居住区の各所に厳重に秘匿して保管してある。今こそそれを使う時だ。

 そちらに潜伏している仲間に事態を伝えるべく、数人のリサイクラーが慌ただしく動き出す。

 大戦以前には通信技術も発達し、電話などで素早く連絡を取ることが可能だった。

 が、今そんな便利なものはない。連絡手段は口頭、そのために直接脚で出向くより他ない。

 仲間たちもヘリコプターのローター音を聞き既に出撃の用意を整えてくれていることを希望しながら、全力疾走で工場から飛び出していく。


 その間も、アンドロイドを乗せたヘリは再びローターを回転させ離陸しようとしていた。

 このまま逃げられるのは癪だが、逆に言えば相手が手を引くならばこちらとしても反撃の用意をする時間はある。

 リサイクラー達の胸中にわずかばかりの安堵が過る。

 屋根から狙撃を行っていたスナイパーも少しばかり気が緩み、思わず乾いた笑みがこぼれ出てくる。


「なんだ、国家と言っても大したことはないじゃないか。は、ははは……」


 だが、その瞬間だった。彼は、自分の周りがわずかに薄暗くなったことに気づく。

 何かが陽光を遮って影を落としているのだ。

 咄嗟に上空を仰ぎ見た瞬間、彼は絶望と共に眼を見開いた。


 それは、巨大な足底だった。

 それだけで人の全身ほどの大きさのある、鋼鉄の巨人の足底。


 ―――そうだとも。アレは兵器だ。このような時に使われるものなのだ。

 自分達リサイクラーがそれを所有していて、敵が持っていない道理などない。


 断末魔を挙げることすら出来ず、上空から落下してきたExAによって踏み潰され、その衝撃により砕けた屋根の破片にすり潰され、スナイパーは全身を粉砕されながら即死した。

 七mの巨体が屋根を踏み抜き、そのまま廃工場の中に着地するけたたましい轟音が鳴り響く。

 そこで、この場は地獄へと変わった。

 小人のようなリサイクラー達がどれだけ絶叫してどれだけ引き金を引きどれだけ弾をばら撒いたところで、その数倍の大きさの銃器から撃ち放たれる巨大な銃弾の発砲音がそれらを虚しく吹き消していくだけだった。



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