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3.



 数秒の沈黙を置いて、レギンの問いにエリックが応える。


「昔取った杵柄って奴だよ。俺はあの機体と共にこの居住区に来た。それをそのまま置いてるだけだ。

 特別な理由なんてない。いざという時にはどこかに売ればそれなりのシチになると思って残している」


 質問への答えはこれで終わりだとばかりに黙り込むエリック。

 が、レギンはそれに食い下がることなく新たな問いをぶつける。


「でしたらすぐに売却すれば良いはずです。機体を維持するために労力を消費するよりも、即時的な物資として保管しておくほうが効率的です。

 この居住区にはExAを必要とするリサイクラーがいます。彼らに提供すれば、相応の見返りがあるのは確実でしょう。

 それをしないということは、エリックには機体を所有し続けるための何らかの理由があるものと推測されます」


 理屈としては正しい指摘だった。

 レギンはその『何らかの理由』とやらを聞きたがっている。

 そこには感情的なものはない。ただ、問題に対する答えを導かなければ処理が完了しないという、機械的な反応に過ぎないのだろう。

 それがエリックを苛立たせる。


「……お前は一体何だ?アンドロイドの癖にどうでもいいことにこだわるな。

 なんだ?逆にお前の方にこそ、ExAに執着する理由でもあるんじゃないのか」


 エリックの反論はどこか支離滅裂なものだった。

 これにはレギンも、どう返事すればいいのか考えあぐねている様子だ。


「発言の意図が不明です。何故そうおっしゃるのですか?」

「お前、ExAに搭乗するために調節された戦闘用のアンドロイドだろ。ただの人形とは違う特注品だ」


 エリックは確信を持った眼差しでレギンを見つめながらそう言った。


「不明です、お答えできません」

「不明?自分のことすら分からんとでも言うのか」

「当機のメモリー内の情報は大部分がエラーにより閲覧不可となっています。

 長時間機体が不安定な状態で放置されたことによる劣化が原因と判断されます。

 実質的なブラックボックスになっているのです」

「記憶喪失かよ。そうかい、ならいい機会だ。お前が他のガラクタ共とは違う理由を教えてやるよ」


 そう前置きをして、ステンレス製のわずかに歪んだコップに注がれた牛乳を半分ほど飲んでから、エリックは語り始めた。


「俺もあの機体の整備を始めてからそれなりに経つ。多少は手慣れてきたつもりだ。

 アンドロイドも似たようなものだろうと思って、あの日拾ったお前の修理にも手を付けてみたんだ。そしたらさ、似てるどころの話じゃない。

 ほぼそのままだったんだよ。……レギンお前、《フィロソフィウム》って知ってるか」


 彼が口にしたその言葉に対し、レギンは頼んでもいないのにわざわざ説明を始めた。

 すなわち、『知っている』ということだ。


「特定の条件下において、半永久的に高熱量を発生し続ける物質です。

 核融合反応のように放射性物質の発生による環境汚染のリスクもなく、また熱量を発生させても消滅することもない。

 その性質のため、戦前においては内燃機関の燃料として活用されていました」

「そうだ。つまるところどれだけ使ってもなくならない便利なエネルギー資源ってことだ。

 なんでも、大戦以前に宇宙まで足を踏み出した連中が火星の向こうにある小惑星から見つけ出したとかいう話だったか。

 まぁ実際のところは俺も知らないし、今となってはどうでもいいことだがな。

 大事なのは、そんな便利なものを昔々の人類は人殺しのための道具に利用しちまったってことだ」

「ExAのメインエンジンです」

「そうだ。俺がさっきイジってたアレにも、フィロソフィウムがメインエンジンとして組み込まれている。

 そのおかげでExAは、燃料を必要とせず延々と駆動する不死身の兵器として戦い続けることが出来る。

 《フィロソフィア・ユニット》だ。

 そしてな、レギン。そいつはお前の身体の中にも組み込まれているんだよ」

「…………」


 一呼吸置くつもりで、一口牛乳を舐めるエリック。


「驚いたよ。アンドロイドの動力源は普通バッテリーからの電力供給だ。それでも少量の充電で丸一年は稼働出来るらしいがな。

 だが、お前の胸の奥にあったのはバッテリーなんかじゃない。小型のフィロソフィア・ユニットだった。

 それこそ、人の心臓程度の大きさをした機械のコアがあったのさ。

 それぐらいの大きさでも、機械を動かすには役不足なほどに強力な代物だ。アンドロイドなんぞに使うのはもったいないぐらいにな。

 そりゃ、鉄骨一本棒きれみたいに振り回せて当然だ」


 言いながら、エリックは皮肉めいた視線をレギンに送る。

 が、当の彼女はつまらないほどに無反応だ。

 ただエリックの言葉に耳を傾けているだけだった。


「……それだけじゃない。最初にお前を回収した時にも違和感があったんだ。

 機体のほとんどが吹き飛んで、目玉までなくなるぐらいボロボロになってるくせにさ、その割には人工皮膚がピンピンしていた。

 肌に傷一つなかった、残っていた部品の状態だけは不気味なほどに良好だったのさ。その理由もすぐに分かったよ。

 お前の身体は極微小な機械で構成されていた。いわゆるナノマシンだ、俺も初めて見た。そんなもの実在したなんてさ。

 メインユニットからの電力供給があれば、自動的に一定の形を保つように出来てるらしい。

 だから完全に千切れてなくなった部分はともかくとして、残った箇所は長い時間をかけて修復して機能を保全していた。

 永久機関に勝手に元通りになるナノマシン……なるほど、道理で何十年も瓦礫の下敷きになっても無事なわけだ」


 苦笑を浮かべるエリック。

 だがその眼はすぐに、レギンに対する冷ややかな睥睨に変わった。


「レギン、お前は一体なんなんだ?お前こそ、今の世の中には余分なだけの性能を持った無駄な存在だ。

 ExAなんて必要ないから売れって言うなら、お前も一緒に捨ててやる。

 それが嫌なら、俺の個人的な考えにいちいち口を挟むな」


 言いたいことはつもりそれだけだった。

 エリックがExAを所有し続ける理由、それを詮索するなということだった。


「それは命令ですか?」

「自分で考えろ」


 重い沈黙がその場に流れる。

 一言で済ませられることを無意味に多弁を重ねてしまった。無駄に熱くなりすぎたとエリックもさすがに省みる。考えなしに言いたいことを言い過ぎた。

 もっとも、当のレギンは彼の辛辣な言葉など露とも気にしていない様子だ。

 機械が何を言われたところで、傷つくことなどない。

 その現実を認識するとそれはそれでやはり癪に触る。かといってその苛立ちを再びレギンにぶつけることも出来ない。

 やるせない気持ちを発散するために、エリックはあるものに逃げた。


 椅子からおもむろに立ち上がり、倉庫の隅に置かれたステンレス鋼製の殺風景な机に歩み寄る。

 そうして、そこに置かれた手のひら大のボトルを掴むと、その蓋を開けて飲み口を喉に突っ込むようにくわえ込む。

 酒だ。ボトルに満たされた酒を乱雑に流し込む。


「もう少し休憩だ、作業は後回しにする。こいつでも飲まなきゃやってられん」


 そう吐き捨てながら、踵を返すようにまた椅子に座り込む。

 と、そんなエリックの姿を見てレギンが一言。


「体温がわずかに低下しています。アルコールの過度な摂取は推奨しません」


 相も変わらず小口を挟まずにはいられないらしい。

 どうやら先程のエリックの言葉は『命令』として判断されなかったようだ。


「……ハッ。酒は身体に悪い、人体の正常な機能を麻痺させる、ってか?上等だよ、承知の上でそうなってるんだ。

 機械のレギンにはこの良さは分からんだろう。なんならお前も一口飲んでみるか?」


 半分自棄になりながら、エリックはボトルの蓋を閉めなおしそのままレギンの方に放り投げた。

 投げ出されたボトルを受け止めた彼女は、その銀発色の物体をじっと眺める。


「飲めるものなら、だがな。どうせ酔えもしないだろう」


 そう嘲笑するエリック。

 その眼前で、レギンは眉一つ動かさぬまま再び蓋を開け、飲み口の唇をつけた。

 エリックが一転、驚愕の表情に変貌する。


「あっ、おい馬鹿!やめろ飲むな!」

「命令を遂行します」


 すぐに口を離すレギン。

 エリックは辟易しきった様子で額を押さえた。


「ただの冗談だろうが、本気にする奴があるか!あぁもう勿体ねえ……。

 っていうかアンドロイドがそんなもの飲んで大丈夫なのかよ、飲んだ酒はどうなるんだ」

「液体程度なら、機体内にある処理槽で分解され、水蒸気として口より排出されます。

 固形物はそのまま吐き出す必要がありますが、人間でいうところの摂食を形式的に再現することが可能です」

「そうかい。要するにただの水同然で酔えないってわけだろ。それなら飲む意味なんてない。

 俺の胃の中に溜まったほうがはるかに有意義だ。返してくれよ」

「了解です」


 レギンは律儀にエリックのそばまで近寄ってから、すっとボトルを差し出した。

 ため息をついて、それを受け取る。


「お前といると疲れるよ……」

「当機の存在がエリックにとっての心労の原因となるのでしたら、先程おっしゃったように売却、あるいは廃棄することを進言します」


 要するに彼女の方から、邪魔なら捨てろなどと言ってくる。

 が、エリックにそのつもりはない。

 繰り返しにはなるが、自分の手で修復する以上面倒を見なければならないという考えが彼にはあった。

 エリックもエリックで、どこかズレた律儀さを持っていたのだ。


「そのつもりならもう捨ててるよ。人の冗談は分からないくせに、自分は冗談みたいなことを言うんだな。お前は」



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