2.
エリックとレギンレイヴはコロニストの仕事に取り掛かった。
今回採掘するのは、彼女を見つけた遺跡をもう少し奥にまで進んだ場所だ。
そこはもはや廃墟を通り越して、破壊の末に新しい地形を形成している、と表現した方がよかった。
おそらく、高層ビルが垂直に近い形で崩落したのだろう。標高二十mほどの瓦礫の山が出来上がっていた。
これを掘り返すとなると相当な大仕事になる。一人でこなそうとすればそれだけで人生の半分を無意味に浪費することになるだろう。
だが、エリックはあえてこれに手をつけた。
「…………」
瓦礫の山の上を、数m四方に砕けたコンクリート片を足場にしながら半ばまで上ったエリック。
彼はその場でぼんやりとある一点を眺めていた。
自分の身体ほどの大きさがある鉄骨をやすやすと抱え上げ、下方へと放り投げているレギンの姿だ。
アンドロイドというのはあくまで人間を模した機械。その能力まで人のそれを再現する必要はない。
彼らの最大の利便性は、機械特有の馬力の良さだった。アンドロイドというのは得てして力持ちなのだ。
居住区によっては、使えるアンドロイドに復興作業を手伝わせているところもあるという話を聞く。
レギンもその例に漏れなかった。彼女を修復してからというもの、エリックの仕事の効率は格段に向上した。
そういう意味で言えば、彼女を直したことにも意義はあったわけだ。
彼女の手によって、瓦礫の山が次々と解体されていく。
そんな中だった。
撤去されている瓦礫の中から何かが顔を覗かせるのを、エリックは見逃さなかった。
「レギン、何かある」
「当機も確認しました」
「周りを掘り返してみろ。山ごと崩さないように気をつけてな」
「遂行します」
レギンが改めて、周囲にある瓦礫を手早く取り除いていく。
そうして、わずかにしか伺い知れなかったその何かの全容が露わになった。
その正体は、
「……ExAだ」
残骸の中に半ば埋もれているExAだった。
ビルの中に突っ込むような形で衝突して、そのまま崩れた建材に飲み込まれてしまったといったところだろうか。
建造物が丸ごとひとつ覆いかぶさったため、その機体は大部分が圧壊していた。装甲板はところどころ陥没し、四肢の関節部もおかしな方向へと折れ曲がっている。
兵器といえどなまじ大まかなシルエットが人間と似ている分、その姿はどことなく痛ましくもある。
ひと目見て、到底動く状態ではないと判断出来た。
「ここは激戦区だった、という話だったか」
馴染みのリサイクラーがいつぞや言っていたことを思い出す。
第二十四居住区の周りが、戦時中において特に苛烈な戦闘が行われた地域だったというのは、本当のようだ。
このようなExAの残骸が他にも見つかっているのだろう。
それらを拾い集め使える部品を少しずつパッチワークしていった結果、五機の機体が修復されリサイクラーに所有されている。
となると、この機体もそのために提供するべきなのだろうか。
「リサイクラーに報告しますか?」
レギンのその言葉に、ExAの残骸をじっと見つめていたエリックは頭を振ってこう応えた。
「この場で解体しよう。装甲や駆動系はダメだろうが、細かい部品なら生きてるものもあるかもしれない。
アレの調節に使わせてもらう」
※※※※
レギンのおかげで、今回の成果もそれなりだった。
とはいえ、がらくたを多少多くリサイクラーに売りさばいたところで、その日の食事が多少豪勢になるか飲める酒の量が増えるだけだ。
それよりも、エリックとしてはやるべきことがあった。
翌日。
地平線の向こうから太陽が昇り、暗がりに沈んでいた居住区に光が戻ってくる。
夜というのはコロニストにとっては『無』の時間だ。
ろくな照明もない暗闇で出来ることなど何もない。電灯の類が生きていたとしても、それを灯すためには電力が要る。
その電力を供給するためには発電をしなければならず、そのためにも燃料や労力が必要だ。そんな貴重な資源を無闇に浪費するわけにもいかない。
田畑を耕して家畜を育てるのは百歩譲ってまだやりようがあるとしても、機械に使えるほどの精錬された燃料となるとこればかりはどうにもならない。そのための設備がないのだ。
だからこそ生きていくためには節制していかなければならない。夜中にわざわざ灯りをつけて作業をするというのは無意味な愚行だ。
利用出来るのは天然自然のもの。例え人類がどれほど落ちぶれようと変わらずあり続けるものだけだ。
つまりは陽の光である。コロニスト達の作業は大抵日中に行われる。
今日のエリック達の作業にしてもそうだった。
地下にある倉庫と言っても、換気用のダクトや光源を取り込むための天窓はあるので照明を使わずとも視界は確保出来る。
差し込む光に照らされて佇立する全高約七mの巨人。
人型戦闘兵器《ExA》。
わずかに紫がかった濃い灰色に塗り込められたその機体の足下に、さながら虫けらのようにエリックはいた。
ちょうど人でいうところの膝の裏あたりの装甲板を開き、その奥へと身体を突っ込んでいる。
内部にある動力伝達部の調整を行っているのだ。
機械というのはいうまでもなく、無数の部品によって構成される。機能を十全に発揮したいのなら、それらの部品の状態も常に良好に維持していなければならない。
ましてやそれが戦闘兵器ともなれば、必要な調節は数え切れないほどになる。
しばらく巨人の脚の中に顔を突っ込んでいたエリックがおもむろにその顔を外に出すと、近くで作業を見ていたレギンに呼びかける。
その手には、被覆が破れ断線しかかっている導電ケーブルが握られていた。
「これと同じケーブルだ。十六番、渡してくれ」
「了解です」
破れたケーブルを受け取ったレギンは、床に並べられていたいくつかの部品の中から同じケーブルを入れ替わりにエリックに手渡す。
先日遺跡で発見した別のExA。それを解体して手に入れたものだった。
傷んでいるのには変わりないが、こちらはまだマシな状態だ。凄惨な外見に反して、あの機体には意外にも無事な部分が多かった。
装甲が盛大にひしゃげて被害を肩代わりしてくれたおかげで、内部の細かい部品だけは生き残ることが出来たということだろうか。
機体も守る装甲の目的を果たしていたというわけだ。
エリックはレギンから受け取ったものを手にもう一度脚部に頭を突っ込む。
引き抜いたケーブルを再び差し込むのだ。
今日の作業はそういったことを延々と繰り返すだけだった。
地道な作業だ。
エリックに身体の中を弄くられたところで、鋼鉄の巨人には何の反応もない。ただ静かにその場に佇むだけだ。
黒鉄の装甲にはところどころ高熱で焼かれたように小さく陥没している箇所があるものの、全体的に見れば清潔なまでにその形を保っていた。
表面は清掃され汚れもない。それは、エリックがこの機体の整備を絶えることなく続けていたという証明になる。
それでもなお、外から見るだけでは分からない細かな劣化がそこかしこに存在する。エリックはそれらも修復しようと、目ざとい部品が見つかる度に少しずつ作業を進めてきた。
それを彼は、第二十四居住区にやってきたらというものずっと続けていた。
そして十五年もの歳月が過ぎようとしても、未だこの機体は十全と呼べるまでには至っていない。
動かそうと思えば動く。それこそ、動作そのものには何の不具合も生じないだろう。
だが、それだけでは不足なのだ。
機械というのが不具合なく動作するなど当然のことだ。その上で、ケーブル一本ネジ一本の破損から生じうる不足の事態をいかに未然に防止出来るか。
重要なのはそこだった。
それは、果てしなく神経質な行為だった。
※※※※
早朝から始めた作業は昼まで続いた。
そこでようやく、概ね作業が一段落したため一度休憩することにした。
今朝食べたものと同じ、というか何なら昨日食べたものと同じパンを干し肉で挟んだだけのものを口に突っ込んで、牛乳で流し込む。
この居住区のリサイクラーは優秀だ。簡易的な牧場のようなものもあるので飯だけは上等なものが食える。
水処理施設を復旧することにも成功したため、水不足に悩まされることもない。ただ生活するだけならば、十分に安定していた。
むしろそれだけの基盤が用意されているから居住区足り得る。飯すら食えないのならそれは居住区ではなく墓場でしかない。
もう少し休めば作業を再開しよう。
とはいえ、遺跡から持ち帰ることの出来た部品はそれほど多くない。どの道作業は途中で切り上げるしかないだろう。
日が沈むまでには全て終わるはずだ。
倉庫の片隅、いつぞや拾ったサビだらけのパイプ椅子に腰掛けパンにかじりつくエリック。
そこに、傍らに立っていたレギンが呼びかけた。
それは、あまりに唐突な問いだった。
「疑問を提示」
「何?」
「エリックは何故、あの機体の調整を続けているのですか?」
根本的なことだった。
そもそも何故、エリックはExAの修理をここまで熱心に行ってるのか。
彼が行ってる作業は、一人のコロニストがやるにしてはあまりに大掛かりな上、その労力に見合うだけの価値があるかどうかも怪しいものだった。
エリックが実際にあのExAに乗り込んだところを、レギンは見ていない。
整備をするだけして、使いもしていないのだ。そんなものをわざわざ持ち続けている。
それは何故か。
そんな当然の疑問を、レギンは投げかけた。