1.
夢というものは得てして、覚める時までそれとは分からないものだ。
周囲が蒸し暑い。頭が茹だって煮えてしまいそうだ。
暑さの原因は、照りつける陽光などではない。大地そのものが熱を発していた。
そこかしこで爆ぜた火薬の燻りが、むせ返るような硝煙の匂いと共に熱量を残しているのだ。
一面に広がる荒野に、地獄が展開されていた。エリックはそこに、ぽつねんと一人立ち尽くしている。
周囲を見渡す。身体ごと視界をぐるりと一回転させる。
見えて来るものは、地に伏した鋼鉄の巨人の群ればかりだ。
―――人型戦闘兵器、《ExA》。
どれだけ視界を動かしても常に網膜の隅に写り込んでくるほどに、それが周囲を埋め尽くしている。
時には腕が千切れ、脚が砕け、頭が吹き飛び、各々が様々な形で破壊されゴミのように放置されている。
破損した関節や装甲の継ぎ目からは、駆動用の潤滑剤に引火した炎が未だに赤い色をランプのように灯し続けていた。
この地獄に立ち込める熱の源は、あるいはそこにもあるのだろう。
倒れているのは巨人だけではない。それらに比べればまさに小人のような大きさの肉塊もまた、エリックの視界のありとあらゆる箇所に散乱していた。
彼らもまた同じだ。あるものは手足がなく、あるものは頭がなく、またあるものは腹が裂けて内容物を毛織物からほつれた糸のように垂れ伸ばしていた。
そこまでいくと、もはや人間などと形容出来る有様ではない。
何故自分がこんな場所にいるのか、エリックにはそれが分からなかった。
そもそもここがどこなのかすら、何も分からない。
実際は何かを知っているような気がするが、それを思い出すことも出来ない。
ただ一つだけ、この残骸と死骸しか存在しない荒野の地獄の中において、もしかしたらまだ生きている者がいるかもしれないから、それを探す。
そんな目的だけを薄ぼんやりと覚えているだけだった。
「……全滅か」
もう一度だけ周囲を見渡してみる。可能な限り遠方にまで眼を凝らす。
だが、彼の眼に映る者はやはり、明らかに死んでいるとしか思えないような崩壊した人体ばかりだ。
確かな現実を再び突きつけられながらも、それを受け入れるだけの心の余地も用意出来ないまま、エリックは声を荒げて叫んだ。
誰かがこの声を聞いているのではないかという、一縷の期待があったのかもしれない。
「誰かいないか!敵でもいい、生きてるなら殺しに来いよ!俺はここにいるぞ!!」
返事はない。
いたるところで燻る炎によって半ば赤く染め上げられている荒野から返ってくるのは、熱せられた風が揺らめくかすかな音だけだった。
―――いや、違う。
ある。反応がある。
エリックの足下に、何かが触れたような気がした。彼は慌てて視線を下げる。
そこにはうつ伏せに倒れながらも、かすかに動く右手でこちらの爪先に触れている一人の兵士がいた。
足下とは盲点だった、灯台下暗しか。エリックは慌ててその場にしゃがみこんだ。
「お、おい!大丈夫か……手足はついているな、俺の声が聞こえるか?」
応えてはくれない。
鼓膜が破れて声が聞こえないのか、あるいは聞こえても返事するだけの体力すらないのか。
ひと目見る限り致命傷は負っていないようだ。着ている服はところどころ破れ、焦げているようだが。
とはいえ、爆発の衝撃で目に見えない内臓が損傷しているということもある。
エリックはうつ伏せになっている兵士の身体を慎重に引き起こし、仰向けに直そうとする。
その寸前だった。
かすかな声がエリックの鼓膜を震わせた。
「…………オマエノ、セイダ」
起こされた兵士には、顔がなかった。
皮膚の殆どが剥げ落ち、すり下ろされたひき肉のような表面からは頭蓋骨の一部が露わに―――
※※※※
「うぉあぁぁッ!!」
悪夢はそこでようやく覚めた。
戦慄と共に眼を開けたエリックはそのまま勢いよく寝袋から起き上がり、
何かに盛大に頭をぶつけた。
「痛っ!てぇぇ……ッ」
額を押さえうずくまり呻くエリックに、傍らから呼びかける声があった。
凍えた水面のように平坦で抑揚のない声だ。
「警告。体温と脈拍の上昇を確認しました。どうかしましたか?」
その声にエリックは苦々しく応える。
「その前に、何か謝らないといけないことがあるんじゃないのか。体温だか脈拍だか以上にもっと差し迫った被害が今しがたあったんだぞ……」
「前額部に軽度の打撲。それにより一過性の炎症が発生しましたが、すでに消失しつつあります」
「あのなぁ……」
「それに対する謝罪をせよとの命令と判断しましたので、それを実行します。申し訳ありませんでした」
そんなまどろっこしいやり取りを経て、声の主はようやく一言謝罪をした。
しかし、そのおよそ感情というもののない声音で言葉だけ謝られたところで、なんだか余計に惨めな気分になるだけだ。
「ったく」
吐き捨てながら、エリックは改めて自分の傍らに座り込んでいる声の主に眼を向けた。
白い肌に、薄い青色の頭髪の少女。先日遺跡から回収した例のアンドロイドだ。
エリック自身拍子抜けするほどに、その修理はあっさりと終わった。
その結果が、ご覧の状況である。
アンドロイドを修復したからといって、何かが明確に変化したわけではない。
ただ、直った彼女がエリックのことを自らの使用者と判断し、何かにかこつけて『命令』とやらを要求したり、使用者であるエリックの身体の状態をいちいち観察しては今のようにお小言を言ったりしてくるようになっただけだ。
うっとうしいことこの上ない。
元々彼女を修復する理由などなく、なんでそんなことをするのか分からなかったのだが、今になってその考えが益々強くなってくる。
こんなことならやはり直さずそのまま捨て置けばよかった、という気持ちすら否定は出来ない。
とはいえ、現に実際修復して稼働させてしまっている。自分でそうした以上また壊したり捨てたりするのも気が引けるため、しかたなくエリックの方で面倒を見ることにしたという次第だ。
今しがた身体を起こした時に、彼女の頭部とこちらの頭が正面衝突したらしい。
結構な勢いだったため、曰く『一過性』だとかいう鈍痛はまだわずかに残っている。
かといっていつまでも悶絶しているわけにもいかず、エリックは改めて寝袋から身体を起こす。
そうして、こちらをガラス細工のような眼球型センサーで見てくるアンドロイドの方に一瞥をくれながら、気だるげに言う。
「……おはよう、レギン」
―――《レギンレイヴ》。
修復が完了し再起動するなり、アンドロイドは自らをそう名乗った。
が、エリックとしてはそんな大仰な名前でいちいち呼ぶのも億劫なので、縮めて『レギン』と呼んでいた。
エリックの挨拶に、レギンレイヴも返す。
「おはようございます、エリック・ハートマン。先程の質問を継続。体温と脈拍の上昇を確認しましたが、何かありましたか?」
「まだ言うか」
このように、融通の効かないところはいかにも人の真似事をする機械と言ったところか。
エリックの返答をお望みらしいので、仕方なく応える。
「変な夢を見たんだよ。内容はもう忘れた」
「夢ですか」
「アンドロイドは夢は見ないか?羨ましいことだな。
そういうわけなんで、これこそ『一過性』のものだからお前ももう気にするな。
……それよりもだな、レギン。お前、俺が夢にうなされてる間こっちの顔をじろじろ覗き見てたのか?
だから起きた時に頭をぶつけたんだろ。そういうのはもう止めてくれ。これは命令だからな。
さっきみたいなのがそう何度も起きたらこっちの頭が割れちまうよ」
「命令でしたら、遂行します」
淡々とした受け答えだ。まるで空気とでも話をしているような感覚には中々慣れない。
とはいえ、所詮はそれまでの話だった。
繰り返しになるが、レギンを修理し彼女と生活することになったとは言え、それで劇的な変化があるわけではない。
エリックの生活はこれまでと何も変わらない。
「仕事だ。レギン、今回もついてこい」
「了解しました」
やることと言えば、いつものゴミ漁りだ。それに同行者が出来ただけ。
エリックは干し肉をパンに乗せただけのものを数だけは大量に口に放り込んでさっさと朝食を済ませてから、レギンを連れて自宅である倉庫を後にした。
幸いこの居住区はリサイクラーによってそれなりの規模の農場が開かれているため、食糧の供給も安定している。
コロニストの遺跡採掘は重労働だ。食事の量だけは十分に確保しておかなければ、早死にするだけである。
こんなろくでもない世界ではさっさと死んだ方がいいのかもしれないが、いざ死ぬとなると大抵は餓死か病死か衰弱死しかない。長く苦しむ。
そのような死に方はエリックとしても御免だった。
だから、死なないように食うしかない。悪夢を見るとしても寝るしかないのだ。




