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5.



 しばらくして荷台に積んできたものは全て回収され、それと入れ替わるようにリサイクラーから提供された物資が搬入された。

 エリックが受け取ったのは数日分の食糧と液体燃料、電化製品用のバッテリーとアンドロイドの部品。

 それと酒だ。これが一番の優先である。

 諸々の物資を受け取ったエリックはそのまま廃工場を後にしようとしたが、それを無精髭の男に呼び止められた。

 一体何事かと思えば、男はエリックの耳元に口を寄せ小さな声で言う。


「ところでなんだが、例の部隊の件だ。考え直してくれたか?」


 その言葉を聞いて、エリックは呆れ顔で応える。


「俺の返答は前とそっくり同じだ。むしろこっちこそ考え直せと言いたいな。

 いくらそっちがそれなりに手に職つけたリサイクラーで、この居住区をここまでデカくしたからってな、あんまり調子に乗るなよ。

 《国家》の連中に楯突くもんじゃないぞ。お前らの組織がどれだけの規模かは知らんがな、銃火器が十や二十あるだけじゃ到底奴らには敵わん」

「それは重々承知してるさ。けどな、こっちもようやく手に入れたんだ」

「何をだよ」

「《ExA(エグザ)》だ」

「…………」


 無精髭が口にした単語に、エリックの目の色が僅かに変わる。

 が、それもあくまで一瞬のことだった。


「何機だ」

「五機。居住区の周りに眠ってた残骸を少しずつ寄せ集めて、ようやく使える段階にまで持ってこれた。

 ここはもともと激戦区だったようだな。兵器もかなりの数眠っていた。

 大抵は大破していたが、無事なパーツを継ぎ接ぎしていけばなんとかモノにはなる。

 これを元手に、他の武装勢力と手を組む。そうして国家の所有区域を占領して、他の国家に売り込むんだ。

 そうすりゃその働きを買われて、俺達にも正式な居住権が得られるかもしれない。こいつはアガりのでかい賭けだ。やってみる価値はあるだろう」

「……俺はゴメンだ」


 熱心に語る無精髭だったが、その言葉をにべもなく聞き流すエリック。


「そうかい。あんたらに悪いが、賭けに勝ったら俺達はもうここからおさらばだ。その後のことはもう知らんぞ」

「『不干渉』だろ。この街の不文律だ、他人には過度に関わるなよ。俺の勝手だろう」

「やれやれ、あんたが仲間になってくれると頼りになるんだが……」

「もう帰るぞ」


 それ以上余計な話をするのはやめ、エリックは今度こそ廃工場を後にした。



        ※※※※



 エリックの家は、第二十四居住区の片隅にあった。

 家というにはあまりにおざなりな代物だ。

 個人が所有していたと思しき小さな地下倉庫。地面の下にあったおかげで大戦の破壊に巻き込まれることなくなんとか残ったのだろうか。

 そこに、生活に最低限必要な寝袋やら携帯用のコンロやらを据え付けた。ただそれだけの空間だ。

 が、これでも現在における人の住処としては一般的な水準だった。壁と天井があって雨風をしのげるだけまだマシだ。

 照明器具やらは倉庫に元々備え付けだったものが生きていたし、廃材を改造して作った自家製の発電機から電力を供給すれば夜中でもそれなりに視界は確保出来る。

 冬場の寒さは堪えるが、石油ストーブでも炊いていればなんとか耐えられる。大戦以前には半ば骨董品扱いされていたそうだが、今となっては最新の防寒設備だ。

 地下なので下手に閉め切った状態で使えば最悪そのまま窒息死するので注意が必要だが。

 このところ少しずつ肌寒くなってきたことだし、後二ヶ月ほどすれば使う機会も出てくるだろうか。


 そんな家と呼ぶにはあまりに粗末な長屋に、エリックは戻ってきた。

 倉庫の中に鎮座させた荷車から覆いを取り、そこから人の四肢のようなシルエットを持つ機械部品をいくつか運び出す。

 アンドロイドのパーツだ。

 それを抱えて、倉庫の片隅へと置く。その光景は遠目から見れば、さながらバラバラ殺人の現場だった。

 乱雑に床に置かれた人の身体。そしてその傍らには深く眼を閉じ眠っている、下顎の引きちぎられた少女の死体―――のような物体。

 エリックは、先の遺跡で見つけたアンドロイドをそのまま回収して持ち帰っていた。ほとんど大破していながら、未だ生きていたものだ。

 リサイクラーから受け取ったパーツはその修理をするためだったのだ。

 何か理由があったわけではない。別にあのまま捨て置いてもよかった。

 だが、なぜだかエリックはそうしなかった。言いようのない衝動に駆られたまま、このアンドロイドを、十全とは言えないにせよある程度稼働出来る状態まで修復しようと考えた。

 そして、やるからには妥協はせず取り組む。

 アンドロイドの修理などエリックとしては初めての経験であったが、出来る限りのことは果たしてみよう。

 幸い、アテがまったくないというわけでもない。

 人型の機械を弄るということだけを見れば、エリックにもそれなりの心得があった。


「さて……」


 床に置かれたアンドロイドの残骸と、これからその肉体の代替となるであろうパーツをしばらく眺めていたエリック。

 アンドロイドには今のところ動きはない。最初に見つけた時にひとしきり呻き声を上げてからは、ずっと眼を閉じて黙り込んだままだ。

 その姿はやはり死体にしか見えない。あまりまじまじと眺めてはいたくない薄気味悪さだったが、同時になめらかな肌と閉じた瞼の穏やかさはどこか不釣り合いだった。

 ふとエリックは視線を外し、倉庫の中央へと眼を向けながら、誰に聞かせるでもなく独りごちた。


「まぁ、アレよりかはまだ楽な仕事だろう」


 わずかに見上げる彼の視線、その先にあるものは鋼鉄に身を包んだ巨人の姿だった。

 西洋における甲冑、あるいは東洋でいう鎧兜のようなものを彷彿とさせる無骨な装甲板に包まれた厚い四肢。

 その巌のごときシルエットは、あるいは大戦以前に存在していたという戦車という車両をそのまま人の姿にしたもの、とも形容出来るかもしれない。

 全高7mほどのそれが物言わず悠然と佇むその光景もまた、ある種異様なものだった。


 《Extension Arms》―――《ExA(エグザ)》と略称される人型戦闘兵器。

 これこそが、三度目の世界大戦において地球という星をまんべんなく瓦礫に包み込んでみせた、悪鬼の徒。

 世界を焼き尽くしたムスペルヘイムの炎の巨人、その化身である。



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