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7.



 言葉を失うエリックをよそに、ラーズグリーズは続ける。


「あるアンドロイドが、

 突然機体を統括する軍事ネットワークをハッキングしてね、

 暴走を引き起こしたの。

 国家の制御を失ったアンドロイドは、そのまま人類に叛旗を翻した」


 この短い台詞だけでも、どれだけ驚異的な事実が存在することか。


「それだけじゃない。

 戦略兵器の管制、そして防衛のためのシステムも掌握されてね。

 何十発という核兵器が、本来迎撃するための防衛網を素通りして、

 世界中の都市に降り注いだ。

 それで、もう何もかもがめちゃくちゃになった。

 ―――それが、第三次大戦の始まりだよ」


「…………」


「国民は何故それが起こったのか、一体誰が悪いのか。

 それも分からないまま逃げ惑い、逃げ切れなかった人達は

 み~んな死んだ。

 それでも、政府の高官や軍部の連中は

 いち早く事態の解決に乗り出した。

 中には、ハッキングから逃れたアンドロイドもいっぱいいたからね。

 それに、反逆したアンドロイドを殲滅させることにした。

 『餅は餅屋』って言うじゃない?昔の()()()()だよ」


 などと、冗談めかして語るラーズグリーズ。


 だが、とてもそれを笑える状況ではなかった。


「で、アタシもそのひとりだったわけ。

 ハッキングから逃れて、世界を守る戦士として

 悪いアンドロイドと戦ってきたわけよ!

 ……まぁその結果がこの有様だけどね。

 守るべき世界もこんなことになっちゃったから、

 仕方がないし自由気ままに生きることにしたわけよ!

 アンドロイドの自由って何なのか分かんないんだけどね!

 あははははは!」



「よくも」


「ん?」


「よくもそう笑い話に出来るな」


 エリックは、自分でもどんな感情を抱いているのかも分からないまま、そう口走った。


 一瞬の沈黙を置いて、ラーズグリーズは舌の根も乾かぬうちに減らず口を叩き続ける。


「だってアタシ自身はな~んにも悪くないし?

 もう一度言うけど、世界をこんな風にしたのはアンドロイドだよ。

 ―――ただし、ハッキングされて暴走した連中だけ……だけどね。

 アタシや他のマトモだったアンドロイドは、どちらかと言えば

 世界を守るために戦ってきた」


 確かに、それも正しい理屈だ。


「それとも、『坊主憎けりゃ袈裟まで憎い』ってなわけで、

 アンドロイド全部が悪者と決めつけるのかな?

 ……これもことわざだよ。いろいろ知ってるでしょ?」


「…………」


「その理屈でいくと、アナタの隣にいるその子だって、

 世界を破壊した当事者ってことになるけどね。

 それでもいいの?

 あんまり焚きつけるようなことは言いたくないけどさ。

 もしかしたらそのレギンも、

 元は暴走した個体なのかもしれないんだよ?

 仮にそうだとしたら、

 今、諸悪の根源が手を伸ばせば届く位置で

 のうのうと突っ立ってるってことになるねぇ」


 その一言に、エリックの心臓が一度だけ、ドクンと大きく脈打った。


「……まぁ、実際は違うかもしれないけどね。

 アタシと同じ、マトモな側なのかも。

 こればかりは、その子が()()()()なのかはアタシにも分からない」


「…………」


「きっと、『敵対するアンドロイドを破壊せよ』

 とでも命令を加えられたんだろうね。

 その命令が、何十年となった今まで残っていた。

 だからあの時、アタシを攻撃したんでしょ。

 でもその命令は、誰からのものなんだろうねぇ?

 軍部の人間かな?それとも―――」



「もういい」


 エリックはその一言で、話を遮った。


「要するに、一番肝心なところはお前も知らないということだ。

 それじゃ、『レギンが何者か』という質問への

 解答にはなっていないぞ」


「ま、そういうことだね。

 むしろ分からないことを余計に増やしちゃって、ごめんね~」


 やはりこのアンドロイドも、レギンとは別の方向で人間味というものを感じない。

 そうエリックは確信した。


 世界が滅びた原因と経緯を知っていながら、それをまるで他人事のように語る。

 情緒が豊かに見えて、その実何の情緒も存在しない。

 こいつのやっていることはただの真似事だ。

 あらゆる物事を客観視して、それをただ面白おかしく語っているだけだ。

 AIによって学習した人の感情というものを、理解できないままに無作為に貼り付けているだけ。


 それがこのラーズグリーズというアンドロイドなのだと、エリックは思い知った。


 これ以上こんな機械と話をしていると、頭がどうにかなりそうだった。

 自分から切り出したことではあるが、もうこんな話は一刻も早く終わりにしたかった。


「……質問に応えてくれたこと自体は、感謝する。

 オレ達はもう出ていく」


 そういってこの場を去ろうとするエリックを、ラーズグリーズは呼び戻す。


「あぁ~、ちょっと待って!

 最後に一個だけ。いいことを教えてあげる」


「……なんだ」


「『ブリュンヒルデ』」


「それは一体……―――いや、まさか」


「そのまさかだよ」


 ラーズグリーズが語った、第三次大戦の原因。

 軍事ネットワークをハッキングした『あるアンドロイド』。


 それが『ブリュンヒルデ』。

 その名を持つアンドロイドということか。


「それを俺に伝えてどうするつもりだ」


「さぁね。まぁ知っといて損はないでしょう」


「言いたいことはこれで最後か。だったら今度こそ―――」


「もう一個!もう一個だけ!」


 『もう一個』を何度言うつもりなのか。

 相変わらず掴み所がない態度に、さすがに憤りを感じ始めたエリック。

 だが次の瞬間、ラーズグリーズが不意に差し出してきた右手に、その憤りも忘却の彼方へと吹き飛んだ。


「……なんのつもりだ」


「アナタ達はアタシを完膚なきまでに倒してくれた。

 ハイエンド・モデルを操るアタシを、

 なんてことのないノーマルのExAでね。

 その実力には、本当に打ちのめされたよ。

 アタシって思ってたよりもザコじゃん!ってね」


「そいつはどうも」


「でも、こっちもまだまだ懲りないよ。

 身体が治ったらまた傭兵を続ける。

 《カシミール》だって完全に破壊はされていなから、

 その気になれば治せる。

 だからさ。機会があればまた一緒に戦おうよ。

 今度は、正真正銘の味方同士で、さ!」


 そう言って、ラーズグリーズはにっこりと笑みを浮かべた。

 その笑顔もどうせ、単なる機械的な反応でしかないのだろう。

 だがそれでも、今のこの荒れ果てた世の中でこういう顔を出来る存在は、貴重だった。


 それだけは認める、という気持ちで、エリックは差し出された手を握り返した。


「……じゃあな」


 そう言い残し、今度こそエリック達は手術室を後にし、その足でステイン・ラボからも出ていった。


 ()()()()()と、もう一度顔を合わせる気にはなれなかった。



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