6.
このままではいつまでも話が進展しない。
強引に本題を切り出すエリック。
「とにかく、会わせてくれるんなら早くしてくれ。
ラーズグリーズはどこにいるんだ」
が、それにステインは。
「会わせるとも。会わせるが……、
ひとつ条件がある」
「条件だと?」
「今日は一日中君のアンドロイドを点検させてくれ!
身体中を隈なくじっくり―――」
平手打ちが飛ぶ。
「 い い か ら 連 れ て け 」
「……ねぇ、いくらなんでもひどすぎない?
ご無体がすぎない?ねぇ?」
頬を腫らしながら、近くにいた事務員に抗議の眼差しを向けるステイン。
しかし他の者達は皆無表情に彼を眺めるばかりで、何のリアクションも返さないのであった。
※※※※
渋るステインに無理やり案内させ、エリック達はラーズグリーズが修理を受けている場所へと到着した。
手術室に機材を持ち込んで改造した修理スペースだ。
中に入ってみるとそこには、手術台に寝かしつけられている見知った顔のアンドロイドがいた。
その半身はなく、内部構造がむき出しになっている姿が薄気味悪い。
周囲には数人の作業員が集まり、破損した部品の交換を行っていた。
ここが元々手術室であることと相まって、その様子はまさしく重傷者への外科治療だ。
が、そんなグロテスクな見た目とは裏腹に、訪問者に気づいた彼女は残った片腕を振ってにこやかに挨拶した。
「誰?お客さん?
あ、もしかしてアナタがレギンレイヴ!?
で、そっちは確かエリックとかいう人」
その声を聞いた瞬間、レギンの横顔が僅かに変わるのが見えた。
うかつな真似はやめろ、とエリックが言うまでもなく、すぐにその顔はいつもの鉄面皮に戻ったわけだが。
一応、理由もなくアンドロイドと敵対するなという命令は遵守しているようだ。
気を取り直して、ラーズグリーズの言葉に返事する。
「そうだ。実際に顔を見せるのは初めてだったな」
挨拶も早々に、エリックは単刀直入に要件を切り出した。
「今日は、この前の詫びのついでに、少し話を聞きにきた」
「詫びぃ?別にいいよそんなの。
アタシは見ての通りピンピンしてるしね」
「いや、ピンピンしてないんだが……」
詫びなど不要と来た。
最初に会った時もそうだったが、なんというか異様に呑気な性格だ。
自分も含めて、人命をあまりに軽視しているというか、死ぬことに頓着していないというか。
多分、先の戦闘であのまま完全に破壊されてしまったとしても、こちらを恨むようなことはしないのだろう。
と、そんな錯覚さえも受けてしまう。
「まぁ、いらないっていうなら好都合だ。
だったら飛ばして2つ目の要件に移ろう」
「聞きたいことがある、だったっけ?なんなのさ?」
「こいつの―――レギンレイヴについてのことだ」
そういって、エリックは傍らにいるレギンを親指で指差した。
その真剣な眼差しに、ラーズグリーズも目の色を変える。
修理作業を行っていた技師達に、こう呼びかけた。
「あ~、アンタ達。一旦作業を中断して退出!
アタシはこれから大事なお話があるから」
突然のことに、戸惑う技師達。
エリックを案内してきたステインも、珍しく真面目な顔を浮かべて割って入って来た。
「何を言っている、まだ修復は全然進んでいない。
キミの身体はまったくと言っていいほど動かないのだよ。
せめて自力での二足歩行が出来る程度までは
このまま作業を続行させてもらいたい」
が、その申し出にラーズグリーズは急にやたら蠱惑的な笑みを浮かべてこう返した。
「まぁまぁ。
言う通りにしてくれれば、後でいいことしてあげるからさ♪」
「撤収ーーーー!!すぐ撤収ーーーー!!
それじゃあ失礼いたしますッ!!」
今しがたの台詞など無かったも同然に、ステインはすぐさま技師を連れて部屋から出ていった。
「…………」
なんというか、扱いが手慣れているというか……。
なんにせよ、これで人払いは済んだ。
当事者達だけで話が出来る。
「さて、改めて。聞きたいことって?」
と聞いてくるラーズグリーズに、エリックは応える。
「こいつは、―――レギンは記憶喪失なんだ。
オレが拾った時にはボロボロに破壊されていて、
その影響でメモリーが損傷してしまったらしい。
自身に関する情報がブラックボックス化して閲覧出来ないんだ」
それを聞いた途端、ラーズグリーズは唐突に声をあげて笑い始めた。
「『記憶喪失』!アンドロイドが!
あっはっはっはっはっは!」
そうして、手のひらを広げてパタパタと仰ぐような動作をする。
笑うのはともかく、この動きには何の意味があるのだろうか。
「あ、そういや片手無いんだった!あっはっはっはっは!」
どうやら、手を叩こうとしていたらしい。
片腕しか無いからそもそも手を合わせることが出来ないことに気づかなかったようだ。アンドロイドのくせに。
あるいは、承知の上で冗談としてこんな動きをしたのか。
だとしても、自分の身体が欠損していることをジョークにするとは、人としてもアンドロイドとしてもなんともチグハグで笑おうにも笑えない。
ひとしきり笑ったラーズグリーズだったが、エリックのこの前置きでしか無い説明を聞いただけで、彼が問おうとしている内容を察したようだ。
「要するに、アナタはこう聞きたいわけだ。
『こいつは何者だ』、と」
「その通りだ」
「曖昧な質問だねぇ~。一体どう応えればいいのやら」
などと、皮肉めいたことを言うラーズグリーズ。
実際その通りなのだが、こればかりはどうしようもない。
エリックは何も知らないのだ。
自分が何を知っていて、何を知らないのか。
それすらも把握出来ていない。
そうである以上、質問への解答はラーズグリーズに委ねるしかない。
あるいは、彼女が虚偽の情報を伝えることもあり得たが、だとしても今レギンの正体を知りえるものは、彼女以外には思いつかないのだ。
しばらくの沈黙を挟んで、ようやくラーズグリーズは説明を始めた。
「その子が何者かを語る前に、まずはアタシのことを話そうか」
「同じアンドロイドである、お前のことをか。
レギンと無関係であるとも思えない。
今更『聞きたくない』とは言わんさ」
「そ。じゃあ話すけど。
アナタ達が撃墜したアタシの《カシミール》。
アレが『ハイエンド・モデル』のExAであることは
そっちも承知してるよね?
……実を言うと、『ハイエンド』なのは機体だけじゃない。
それを操るパイロットであるアタシもまた、
他のアンドロイドとは違う特別製なわけ。
どうだすごいだろう!」
「…………」
「なんか反応薄いね」
「そういうアンドロイドがいるだろうとは思っていたさ。
というか、レギンだってその内の一体だ。そう言いたいんだろ?」
「なぁんだ察しがついていたわけ。
……まぁそういうこと。
アタシ達は、アンドロイドの中でも特に
ExAの操縦に特化して調節された。
言うまでもないけど、例の大戦が始まる前にね。
生産されたアタシ達は各国家に―――今の真似事じゃない、
正真正銘の国家に配属された」
「…………」
「アンドロイドによる大規模なクーデターが始まる、その時までね」
―――今。
今なにか、ラーズグリーズの口からとてつもない発言が出てきたような気がする。
「なんて言った」
聞き返すエリック。
「あ、やっぱ知らない?
生き残った連中は上手く事実を隠蔽出来てるみたいだねぇ」
「だから、なんて言ったと聞いてるんだ」
「この世界をこんな風にしたのは、アンドロイドなの」




