4.
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生物というのは基本的には群れを形成するものだ。
それは人間という種にしても同じである。例え人間同士で互いを淘汰し合い、その果てに個体数を激減させたとしてもだ。
人は一人では生きられない。嫌でも他人と協力しなければ生きてはいけない。
だからこそ大戦後の荒廃した世界においても、生き残った者達はそれぞれにコミュニティを形成した。
―――《第二十四居住区》。
ここもその内の一つだ。
戦後、各地を転々としていた人々がより集まり形成された生活区画。
比較的破壊の少なかった場所を整備し、なんとか明日明後日の生活だけは安定させられるようになった、この世に残った数少ない楽園の一つだ。
エリックもここで暮らしている。
居住区の一角。
そこにはかつて何かを大量生産していた工場が存在していた。今となってはそこも単なる廃墟と化し、かつて何を作っていたのかも定かではないが。
巨大なシャッターが開けっ放しになっているトタン張りの倉庫の中に足を踏み入れるエリック。
丸一日遺跡の発掘作業を行った、その翌日のことだ。
その手に引かれる荷車には、遺跡から掘り出してきた仕事の成果が覆いで隠されつつ積まれている。
そんな彼を、一人の男が出迎えた。無精髭をたくわえた初老の男だ。
「エリックか。今日はどんな具合だ」
「いろいろだ」
「『いろいろ』ねぇ。これまでは毎度毎度『前と同じ』だったはずだが、今回はそうでもなかったわけだ」
「……まぁな」
戦後の人々は、かつての生活を取り戻すことを急務とした。
その上で必要となってくるのが、それを可能にするだけの人材であった。
つまり、発掘された機械類を整備し、荒れ果てた土地を再開拓して作物を栽培し、家畜を育てる。
そういった専門技術を有する者達―――いわゆる第一次、第二次産業に従事していた者が非常に重宝された。
彼らの働きにより、土地はなんとか形だけでも整備され、沈黙化したインフラ設備も最低限復旧し、当面の食糧を確保する目処が立った。
そうして人が生きられるだけの基盤を保つことが出来た場所が、いくつかの《居住区》として残ることになった。
それが出来ない者達はそのまま死んでいった。それほどまでに、専門職の人材というのは貴重な存在だった。
そして、彼らはやがて各々の居住区において重要な立ち位置を占めることとなり、自らの居住区をより拡張、安定化させるために他の人々を取りまとめるための組織を形成するに至った。
そういった者達を今は、《リサイクラー》と呼ぶ。一度断ち切られた人の営みを再循環する者達だ。
今エリックを出迎えたこの男も、そのリサイクラーの一人だった。
第二十四居住区を管理する組織の一員だ。
機械工学の知識を持っており、コロニストが拾ってきた機械類を使えるように修理する。
コロニストであるエリックの仕事が彼の仕事に繋がり、それが最終的には居住区全体の利益に繋がるのだ。
荷台から手を降ろし、無精髭のリサイクラーに続けて呼びかけるエリック。
「成果はそれなりだ。今回見つけた遺跡は中々のアタリだった。車を何台か見つけた、エンジンも無事のようだ。
後日他の連中と改めて回収に向かう」
「へぇ、それは良かった!場合によっちゃ、燃料もかなりの量確保出来そうだな」
「とりあえず俺一人で運び出せそうなものだけ持って帰って来た。中身を改めてくれ」
「分かった。おい、聞いていたな!頼む」
リサイクラーが呼びかけると、倉庫の奥から彼の同業者が一人やってきて、そのままエリックの荷車を持っていった。
その様子を見送ることも早々にやめ、無精髭が続けてこう呼びかけてくる。
「さて、じゃあ先に品物だけ決めておくか。今日はどうする?」
コロニストは日々遺跡を漁り、そこから得たものをリサイクラーに提供する。
そしてその見返りとして、リサイクラーが生産した諸々の物資を受け取る。
いわゆる売買のようなものが、この第二十四を始めとする各居住区では行われていた。
リサイクラーもリサイクラーで、機械修理に長けた者達は農作をしている者達に照明やら空調器具やらを譲る代わりに、食糧を受け取っていると聞く。
そうして受け取った物資を、自分たちで消費せず居住区の他の住民と取引する者もいる。必要に応じて随時物々交換が行われているのだ。
ギブ・アンド・テイクというのは人が生きる上で最も簡潔明瞭なルールだ。人は見返りがあるからこそ働ける。
エリックもその例にならって、あくせくとゴミ漁りをすることでその代価に日々の糧を受け取っていた。今日この工場跡地に赴いたのもそのためだ。
こことはもう何度も取引をしている。いわゆるお得意の客というものだった。
「まずは、酒だ」
いの一番にそれを要求するエリック。
「だと思った、来る度にそれだよな。あんまり飲みすぎるなよ、依存してしまうといざ手に入らなくなった時にキツイぞ」
「いいんだよ。依存なんてもうしてるよ、それがなきゃ生きていけねぇ。そもそも、手に入らんわけでもないしな。そうだろ?」
「まぁ、そりゃそうだが……分かったよ、酒だな。用意しておく。他には?」
「アンドロイド」
「……なに?」
無精髭のリサイクラーが眼を丸くする。
『アンドロイド』。エリックの口からその単語を聞くとは思わなかったのだ。
「ア、アンドロイドって……」
「パーツがいくつか。可能なら首から下、ほぼ全部が残っているならそれが欲しい。今回の成果ならぎりぎり買えると思うが」
「首から下って、そりゃもうほぼ丸々一体も同然だな。いや、用意は出来るっちゃ出来るけど……一体どういう風の吹き回しだ?あんたがアンドロイドだなんて、まさかそっちの趣味に目覚めたのか?」
「そうだよ。だからそれ以上詮索するな」
「…………」
すんなりと即答するエリック。
これではむしろ暗に否定しているも同然だ。余計な勘ぐりはするなということである。
どうやら何らかの事情があるということをリサイクラーは察した。
となると、エリックの言う通り詮索をやめるだけの義理堅さが彼にはあった。
「分かった、アンドロイドのパーツだな。バラでいいか?手足と胴体それぞれあんたが自力で繋げてもらうことになるが。
結果動かなくても責任はそっちで取ってくれよ」
「それでいい。後、下顎と眼球もだな」
「そんなものまで!?あんた一体何を拾って―――……いや、詮索はなしだったな。了解了解。それも用意する」