5.
「さて、くだらない思い出話はこれぐらいにして、
いい加減今に眼を向けることにするか」
と、唐突に話題を切り替えるエリック。
「ラーズグリーズはどこにいる?」
「ラーズグリーズ?」
「俺がぶっ壊したアンドロイドだ。お前達に任せると言ったよな」
「あぁ、それなら『ステイン・ラボ』に預かってもらっている」
『ステイン・ラボ』。
エリックには初耳の名前だ。
「何だそれは?」
「この特区で一番大手の機械整備業者だ。
金さえ払えば、冷蔵庫からExAに至るまで直してもらえる。
特に、アンドロイドの修理については専門と喧伝していてな。
余程徹底的に壊れていない限りは、
金すら受け取らず勝手に仕事してくれる」
「ハッ、そりゃ好都合なこった。そこに直して貰ってるってわけか」
「何故今そんなことを聞く?」
「一応、紛いなりにも先の任務では味方だったからな。
それをこっちの都合で一方的に壊してしまった。
その詫びぐらいは一度しておくべきだろうと思ってな。
……『だったら始めから壊すな』、とは言うなよ」
エリサの問いにこう返す。
が、それとは別の本心があることは口にしなかった。
「場所を教えてくれ」
「あぁ、ここから―――」
―――エリサからステイン・ラボの居場所を聞き出したエリックは、おもむろに席を立った。
「今日はずっとここに入り浸ってるつもりだったが、気が変わった。
今からアイツに会いにいくか。
昨日の今日で新しい依頼も来ないだろ?
というか、そっちはそれどころじゃないだろうしな」
「まぁな……」
「トランシーバーは持ってるから、何かあれば連絡を寄越せばいい。
すぐ来られるようにはしておく」
それだけ言い残して、エリックはレギンを連れバーから去ろうとする。
その背中を、エリサが呼び止めた。
「エリック・ハートマン」
「なんだ」
「もう一度だけ。
―――本当にすまなかった。
そして、それでもなお我々に協力してくれること、心より感謝する」
「…………」
それにエリックは、『何も応えない』という肯定だけを返し、改めてバーを出た。
※※※※
ブランデーの酔いも覚めない足でエリックはさっそく、エリサから伝えられた場所へと向かった。
そこには、元は病院だったと思しき大きな建物が待ち受けていた。
ここが『ステイン・ラボ』だろう。
病院というのは命を預かる場所だ。
それゆえ、多数の患者を受け入れるだけの広さと、治療に必要な機材を絶えることなく動作させ続けるための非常電源設備などを兼ね添えた、大戦以前においても特に頑丈な部類な入る施設だった。
大戦を経てもなおある程度の形を残していたものも少なくなく、戦後の復興にあたっては重宝された。
そんな建物を丸ごと機械の整備工場にしてしまうとは、贅沢な話だ。
今となっては、人命よりも物的資源の維持の方が大事なのだろう。
実際それなりに繁盛はしているらしく、正面の出入り口からぽつぽつと出入りする人影が見えた。
ひとまず、自分達もその一つとなるべく、早々に施設の中へと入るエリック達。
病院だった時代のものをそのまま転用したのであろう受付の窓口には、数人の事務員が並んでいた。
その内のひとりへと声をかける。
「あー。……ちょっといいか」
「いかがいたしました?」
「ここに、ラーズグリーズというアンドロイドが
預けられていると聞いた。
彼女に会わせてもらいたいんだが」
突然の申し出に、事務員がじとりと訝しげな視線を返してくる。
「……失礼を承知でお聞きしますが、
そちらは関係者の方でございますか?」
『関係者』、ときた。
『違う』と応えれば会わせてもらえないということだろう。
しかし、『私は彼女をぶっ壊しました』と正直に応えていいものかどうか。
「(めんどくせぇ……)
なんだ、ほら。知り合いだよ知り合い」
「『知り合い』、というだけでお会いしていただくわけには―――」
と、言いかけつつふとエリックの隣に視線を向けた事務員が、突然目の色を変えた。
その視線の先にいるのは、レギンだ。
「あの、重ねて失礼いたしますが、そちらの方はもしや……」
「あ?あぁ、アンドロイドだよ。
そういや、ここはアンドロイドはタダで見てくれるって話だったな。
なんだ?潤滑剤でも入れ替えてくれるのか?」
「……少々お待ち下さい」
それだけ言い残して、事務員は慌てた様子で窓口から離れた。
ぽつねんと取り残されるエリック達。
「なんなんだ一体……」
しばらく途方にくれていると、ふと後方から大きな声が響いてきた。
「おぉ!おぉぉ~~~~!!」
やけに興奮した様子だ。
咄嗟に振り返って見ると、ひとりの男が速歩きでこちらに近づいてくるのが見えた。
ボサボサの髪にくすんだ眼鏡をかけ、顎には無精髭を生やした男だ。
今の時代でもなかなかお目にかかれない、というレベルのみすぼらしい姿である。
男はそのままスタスタとこちらに向かって歩いてきたと思うと、何の断りもなくレギンの両肩をがっしりと掴み、こう言った。
「―――うつくしいッッ!!」
「……レギン、嫌なら折れない程度に手を捻ってやれ」
「了解」
エリックの命令を遂行し、レギンはすぐさま相手の手首を掴み盛大に捻り上げた。
当然男は悲鳴をあげるのだが、その声はどことなく嬉しげで、なんというか気色が悪い。
「アーッ!アッ、痛い!
このパゥワーは間違いない、アンドロイドのものだ!
アーッ痛い!素敵!!アンドロイドのパゥワー素敵!!」
「ナンダオマエハ」
唖然としながら問うエリック。
「アーッ!
ワタシはここの所長を務める、アッ!ステインという者だ、アッ!
よろしく、アーッ!痛い!アンドロイドのパゥワーすごい!
もっとやって!」
「レギン、離せ」
「了解」
捻り上げていた手を離すレギン。
そのまま、ステインと名乗ったこのおぞましい物体はその場でうずくまり、しばらく悶絶していた。
「ハァ……ハァ……」
「……やっぱ、帰るわ」
「ダメ!!帰らないで!
こ、こんなうつくしいアンドロイドをすぐ帰らせるなんて、
ステイン・ラボの沽券に関わる!
もっとゆっくりしていって!」
「口を開くな変態が!」
「誰が変態か!だーれーが!ヘンタイかッ!失礼な奴だ」
「……レギンからも言ってやれ」
「変態」
「アァォーーーーッ!!
そうですワタシは変態です!ごめんなさい!!」
「…………」
絶句するエリック。
何故このステイン・ラボがアンドロイドの修理を専門とし、無償で請け負っているのかがよく分かった。
答えは簡単。所長であるこの怪物がアンドロイドが趣味のオタク野郎だからだ。
すぐさまそう確信出来た。
そして奴にとっては、レギンはまさしく自分のお眼鏡に叶う最高の上客なのだろう。
正直、一刻も早くここから去りたくなってきた。
その一心で、エリックはレギンの腕を引き足早に病院から出ようとする。
が、ステインがすかさずすがりついてくる。
よりによってエリックではなくレギンの方へとしがみつく。
「待って、行かないで!アンドロイド行かないで!」
「何すんだボケが!しまいにゃぶん殴るぞ!?」
さすがに堪忍袋の緒が切れかかるエリックだったが。
「話は聞いている!ラーズグリーズに会いに来たんだろ!?
会わせてやるから!」
そんな一言を聞いてしまうと、さすがに足を止めざるを得なかった。
「……会わせてくれるんだな?」
「あぁ、約束する!」
「分かったよ。じゃあそっちも早く俺のアンドロイドから離れろ。
後五秒で離れなければ改めて帰るからな」
「わ、分かったよ……」
名残惜しそうにレギンから身体を離すステイン。
その後もしばらく、ぶつぶつと恨み言を言っていた。
「そんな怒ることないじゃないか。
まぁ、自分の愛するアンドロイドを他人にベタベタ触られるとムカつく
という気持ちは分からなくもないが……」
その台詞がなぜだか無性に気恥ずかしくなって、エリックはさらに声を張り上げ罵声を発するのだった。
「お前みたいな変態と一緒にするな!!
あくまでこっちの所有物だからだ。
人の持ち物に馴れ馴れしく触るなっつってんだ。
常識だろうが!」




