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3.



 出されたミルクセーキをようやく一口飲んでから、エリサは続ける。


「組織の主導者を失った自治体は、

 次のトップを決めようと躍起になった。

 だが、その間にも組織の力は徐々に弱くなっていく。

 そのまま他の自治体に漬け込まれ吸収されるか、

 最悪潰されるのは時間の問題だった。

 今いるメンバーの処遇がどうなるかも分からない。

 路頭に迷うことになってもおかしくはなかった」


 リサイクラーにしても他の何かにしても、集団として一致団結した者達は互いに助け合いながら、得てして集団の外に対しては排他的になるものだ。

 ましてや今の荒廃した世界ではなおさらである。

 リーダーを失ったエリサ達を助けてくれる者は、居住区の中にはいなかったのだろう。


「そんな時だ。

 三つある自治体の一つが、

 居住区の外で活動していた強盗団に襲撃された。

 私のところとは別の自治体だ。

 人は殺され、物は奪いつくされ、

 潰されたのは結局私達ではなくそっちだった」


「あっけないものだな。抵抗しなかったのか?」


「したさ。リサイクラー達だって奴らを撃退しようとした。

 だが強盗団は()()()()自治体の主要な施設、

 ―――例えば物資の貯蔵庫だとか電力の供給施設だとかの場所を

 把握していて、真っ先にそこを破壊した。

 だからこそ抵抗は遅れ、後に待っているのは蹂躙だった。

 奴らが去った後、その自治体に残っているものなど何もなかった」


 国家の管理の行き届いていない居住区ではままあることだった。

 暴徒と化した者達が略奪を働き、跡形もなく消滅した場所もいくつかある。

 エリサの故郷でも、それがあったのだ。


 しかし、そんな忌むべき過去を語るエリサの声には、どこか空々しいものがあった。


「さて、何故強盗団は自治体の弱点をことごとく知っていたのだろうか?

 何故連中はこの居住区を襲ったのだろうか。

 ……何故だと思う?」


 そんな問いの冷ややかな声音に、エリックもさすがに肝を冷やした。


「―――お前が呼び寄せたのか。

 同じリサイクラー達を、強盗に売った。

 そいつらを自分達の手を汚さず潰すために……」


 その解答の正否を応えることもなく、エリサはもう一口ミルクセーキを飲んだ。


「強盗団が去ってからしばらくして、

 私は残る自治体のリサイクラー達に連中の潜伏地点を伝え、

 私達との共同戦線によって殲滅しようと提案した。

 『またいずれ居住区が襲われる。

 その前に連中を止めなければ我々に未来はない。

 最早自治体同士で争っている場合はないのだ』、とね。

 かくして、我々は武装を整え出発した。

 強盗団のアジトを同時に奇襲して、一網打尽にする作戦だった。

 そして戦闘が始まり、

 我々はもう一つの自治体と連携して奇襲を敢行した。

 ……本来想定していたタイミングとは少し、

 ほんの少しだけズレたタイミングでな」


「大したことを考えやがる」


 エリックが嫌悪感を含んだ低い声で返す。


「味方の戦力が強盗団からの迎撃を一手に引き受けている間に、

 我々は背後を突く形であらためて攻撃を開始した。

 相手が消耗している漁夫の利をつくことで、

 こちらの被害を最小限に抑えることが出来た。

 強盗団が奪った物資、そして連中が元々持っていた物資。

 それらが根こそぎこちらのものになったことで、

 居住区全体で見れば結果的に大きな利益になった。

 連中は無事全滅し、戦闘は終わった」


「それで、お前達と一緒に戦った自治体はどうなった」


()()()()()()。結果的にはな。

 彼らも多くの死傷者を出し、

 組織としての機能を維持することも出来ないほどに消耗した。

 だからこそ、我々は彼らが管理した区画を引き受け、

 合併という形で一つに統合した。

 これで晴れて、居住区はひとつの自治体により

 画一化されて運営されるようになった」



 つまるところ。

 全てエリサが画策したマッチポンプだったということだ。

 幼い子供である彼女の策によって、分断されていた居住区は統一されたのである。

 多くの死者と引き換えにして。


 沈黙するエリックに対して、エリサは締めくくるようにこう語る。


「私達の自治体は、無事に生き残った。

 父を慕ったリサイクラー達も生き残って、

 今度は私のことを慕うようになった。

 組織は始めのころよりもずっと大きくなった。

 そこで私は、この世界で生きるための()()を思い知ったんだ」


「それは」


「決して相手にナメられるな。徹底的に出し抜け。

 潰されるぐらいなら、相手を利用して利用して利用し尽くして、

 逆に潰してしまえ。どこまでもあがいて先へ行け。

 誰よりも高いところから、他の連中を見下してやれ。

 そうでもなければ、こんなろくでもない世の中では

 生きていけないんだ」


「……まぁ、道理だな」


「だから我々はこの組織をより大きくすることにした。

 強盗団から奪った武器を元手に

 パックス・オリエンタリアに売り込み、

 傭兵として特区に招き入れてもらった。

 ……後は、そうだな。貴様もご存知の通りだよ。

 先日の任務。あれが傭兵としての我々の初仕事だった」



 その結果が、この有様だ。


 エリサはミルクセーキを飲んで、しばらく黙り込んでから、静かにこう吐露した。


「正直に話そう。

 実際我々は、貴様らを体よく利用するつもりでいた。

 あの任務の危険性だって実際は分かっていた。

 要するに、任務自体を達成出来ればそれでよかった。

 その過程で貴様らが死んだとしてもな。

 例え戦力を失ったとしても仕事をこなす従順さを見せれば、

 パックスは引き続き依頼を斡旋してくるだろう。

 後は、また同じように何処からかリサイクラーを騙して引き込み、

 使い倒していけばいい。

 それでこのエリサ傭兵団は組織として回る」


 それは、恐ろしく冷ややかな処世術だった。

 エリサはそれを悪びれることも、臆することもなく、当然のこととして語った。


 だが、それにも相応の理由が、事情がある。


「父を、そして私を慕ってついてきてくれた者達だけは

 それで食わせてやることが出来る。

 その暮らしを豊かにもしてやれる。

 だが、他の連中のことなど知らん。

 そんなことにまで頭を回す余裕など、

 この世界に生きていて持てるわけがない……!

 ―――そう思っていた。

 これだけは貴様に、話しておかなければならんと思ったのだ」


 バーテンはいつの間にかどこかへと去っていた。

 こちらの話を盗み聞きするのはまずいと判断したのだろう。

 よく出来た店員だ。だからこそ特区にいられるのか。


「…………」


「この話を聞いた上で、私達のことを許せないというなら、

 貴様の好きなようにしろ。

 私達が殺してきた者達のように、私達のことを殺してくれていい。

 だが、一つだけ言わせてもらえるなら。

 貴様達は私の想像を遥かに超える優秀な戦力だった」


 エリサはエリックの方へと顔向け、強く言い切った。


「それに、私は個人としても貴様のことを気に入った。

 貴様さえ良ければ、これからも我々の組織の一員でいて欲しい。

 私が愛した父と、仲間達と同じように、

 私に着いてきて、私と一緒に先に進んで欲しい」


 それが、彼女の心からの本心だった。

 エリサは真っ直ぐな眼差しでそうこいねがう。


 そこには、幼いままにこの破綻した世界に放り出された人間の不安と、それを振り払って、どんな手を使おうと生き残ろうとするどす黒い決意が見えた。

 この世界で生きていくには、嫌でも燃やさなければならない煤けた炎だ。


 そしてその炎は、彼女の仲間である傭兵団の団員を照らしていた。

 彼らが殊勝にも彼女に従う理由が、分かった気がする。


 それを垣間見たエリックは、残っていた酒を全部飲み干してから、エリサの願いにこう応えた。


「……お前のその赤裸々な告白に、

 こっちも返礼をしないといけないな。

 というわけで、こっちの昔話も聞いていけ」


「え?」


「元々こいつにも話そうと思っていたところだ、都合がいい」


 そう言って、隣に座るレギンの背中をパンパンと叩く。


「退屈しながらお前の話を聞いたんだ。

 こっちの話がどれだけつまらなくても、

 最後まで聞いてもらうからな」



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