表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/41

1.



 エリサ傭兵団の拠点、その一室。

 一応は、団長であるエリサの執務室として機能している。


 デスクの前に腰を落ち着けながら、執務室の主である少女が前時代の産物である固定式電話の受話器を耳に当てていた。



 先の大戦以前においては、遠距離への通信手段といえばもっぱら人工衛星を介した電波通信であった。

 が、戦火の及んだのは何も地上だけではなく、地球の大気圏外を抜けた衛星軌道上であっても被害は免れなかった。

 通信衛星のほとんどが失われ、通信機器もすべからくただのガラクタに成り果ててしまった。


 それでもなお、生き残った人類は衛生通信からさらに前時代的な代物である電話回線の復旧と新設を行い、一部では通信を復旧させることに成功した。

 国家の領地では既に固定電話を用いた通話が可能となっており、それが今この世界において、遠距離にいる相手と情報をやり取りする唯一といっていい手段であった。



 今エリサが使っているのもそれであり、

 通話の相手は《パックス・オリエンタリア》の役人であった。

 すなわち、彼ら傭兵団の雇い主である。


 エリサは単刀直入にこう切り出した。

 言葉尻だけは慇懃なものではあるが、その胸中には相手への敬意など一切ない。


「今回お伺いを立てましたのは他でもありません。

 先日我々に要請頂いた依頼について、

 ご確認いただきたいところがあるのです」


 それに、役人はこう応える。


《確認ということなら、こちらこそ問いたい。

 君達の一員である傭兵が、

 こちらからの別の依頼を受領した傭兵と戦闘し、

 あまつさえ撃墜してしまったそうではないか》


「その通りであります」


《彼女は形式上は我々パックスの味方だ。

 それを撃墜したとなれば、

 我々に対する敵対行為と見なされても仕方がないと思うのだがね。

 それについてのエリサ傭兵団としての見解を聞かせて貰いたい》


 偽の依頼について問いただそうとしたというのに、あっさりと棚に上げられた上に逆にこちらの行為への責任を追求される羽目になってしまった。

 だが、エリサの顔色は変わらない。


「……かしこまりました。

 そのことに対する弁明も兼ねて、

 我々から一つそちらに提案させていただきたいことがあります」


《提案だと?》


「確かに、こちらに所属する傭兵であるエリック・ハートマンが、

 パックスから依頼を受けた別の傭兵と

 戦闘を行ったことは事実であります。

 一般的なExAから卓犖した性能を有する、

 いわゆる『ハイエンド・モデル』の機体と戦い、

 これを撃破したのです。

 のみならず、ユニオン所属のExA部隊と戦闘し、

 これを殲滅した上で、です」


《……何が言いたい》


「『何が言いたい』?

 『何が言いたい』といいますと、

 これこそ我々がそちらに提案させていただきたいことなのです。

 我らエリサ傭兵団が所有する戦力の有用性は、

 この一件によって証明されたものだと自負しております。

 それこそ、そちらが虎の子として投入したハイエンド・モデルと、

 互換しうるほどのものだ、と。

 ……つまるところ、今回の問題行為に関しては不問として頂き、

 引き続きそちらには依頼の斡旋を継続して頂きたいのです」


《貴様……。

 そんな都合のいいことが―――》


 受話器の向こうで遺憾を露わにする役員に、エリサは畳み掛ける。


「そして、重ねてこちらから二つ要望させて頂きたいのです。

 一つは、依頼の目標が《ユニオン・トラスト》であること。

 そしてもう一つ。

 今後は依頼内容を偽るような真似はしないで頂きたい。

 敵の数が多数で強力であるのでしたら、

 それも包み隠さずご報告して頂きたいのです。

 我々がそれで依頼を断ること決して無い、

 ということを確約していただきます」


《なんだと?》


 役人が狼狽えるのが見えるようだった。

 エリサは微かに眼を細め、こう続ける。


「もう一度言います。

 相手がどれほどのものであろうと、

 そちらが倒せというのなら我々はそのようにします。

 敵がユニオンでさえあれば、ハイエンド・モデルであろうと、

 ExAの百機や二百機であろうと。

 少なくともこちらに所属する傭兵は、

 そちらが『囮の捨て駒』として想定するほどの戦場から

 無事に生き残った。

 ―――それを踏まえた上でこの件について、改めてお考え頂きたい」



            ※※※※



 古アパートの一室でエリックは昼間まで眠り、そして目覚めた。

 起き抜けに彼が放った一言は。


「……酒が飲みてぇ」


 というものだった。


 さっそくその希望を叶えるべく、特区の街を徘徊しようと部屋から出る。

 街では酒も飲めるというのは先んじて聞いていた。

 あてもなくぶらついていれば、そのうち手頃な酒場でも見つかるだろう。


 そう思い扉を開けた彼を待っていたのは、例のトランシーバー男だった。


「なんだお前?」


「君に、伝えたいことがあってな。

 我々の傭兵団は、君達を引き続き雇用することに決めた。

 今後は、先日のようなことがないよう、

 可能な限り尽力することも約束する。

 ……あと、これを」


 そういって団員は、小さな麻袋をひとつエリックに手渡した。

 中に入っていたのは、厚みのある紙束だ。


 これは、紙幣だ。


「……なるほど、これが今回の『お給金』って奴か。

 そういや貰ってなかったな。

 さすが特区。ここじゃ、貨幣制度も復活してんのか」


 先の大戦を経て、紙幣などというものは一度尻を拭く紙程度の価値しかなくなった。

 が、それでも共通の資本価値を制定するというのは文化圏を形成する上で極めて便利なのである。

 復興を進めた各国家が貨幣の生産と流通を再開するのに、そう時間はかからなかった。


 もっとも、国家の管理の行き届いていない辺境の居住区などでは、そんなもの関係なかったわけだが。


 しかしながら、エリックとしては今の時代『金』なんてものを手にするのは久方ぶりの経験だった。

 これにどれだけの価値があるのか、まだ理解しきれてはいない。


「で、これで酒をどれだけ飲める?」


「酒?さて、実際に飲んでみれば分かるんじゃないか?」


「ハッ、言うじゃないか。

 ……お前はこれを渡すためにここまで来て、ずっと待ってたのか?

 ストーカーじみて気色悪んだが」


「今来たところだ。

 呼んでも出てこなければ

 郵便受けに置き手紙とでも一緒に突っ込んでいたところだ」


「そうかい。ストーカー扱いしてすまんな。

 それじゃ、俺はさっそくこの金で飲みに行くから、

 お前はもう帰っていいぞ」


 そういって団員をポンと押しのけ、アパートの階段を降りていくエリック。


 それを、団員が呼び止めた。


「なぁ」


「なんだ、まだ何かあるのか」


「いや……。

 ―――エリサのことを、殺さないでくれて感謝する。

 実際、俺達が君にしたことは裏切り行為も同然だ。

 彼女だけではなく、

 俺達全員殺されても文句は言えなかったかもしれない。

 本当に済まないことをした」


「それは、あいつ本人から言わせろ。

 俺はどこかの酒屋に今日一日入り浸ってるだろうから、

 会う気があるなら探しに来いと伝えておけ。

 ……じゃあな、まぁせいぜい次の依頼でもよろしく頼むぞ」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ