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14.



            ※※※※



 早朝の特区を、自室のある古アパートへ歩くエリックとレギン。

 ここに住まうものは誰もが、何らかの形でパックス・オリエンタリアに与する人的資源だ。

 陽が昇り始めて間もないというのに、慌ただしく動いている人影が点々と見える。


 そんな中を悠々と歩きながら、エリックは傍らのアンドロイドへと呼びかけた。


「さて、そろそろ話してもらおうか。

 どうしてあのラーズグリーズとかいうアンドロイドを攻撃したのか。

 必ず説明してもらうはずだったよな?」


 その問いに、レギンは応える。


「明確な説明は不可能です」


 『言えない』、というのだ。


「あのなぁ、お前いい加減に―――」


「分からないのです。

 当機がアンドロイド、ラーズグリーズと敵対する理由を、

 一切参照することが出来ません。

 メモリー内において、正常に閲覧出来るデータが存在しないのです」


「……」


 これはつまり、情報がブラックボックス化しているということか。

 彼女を修理した当初も似たようなことがあった。

 損傷が激しかったため、レギンのプラグラムに何らかのエラーが生じ、記憶喪失に近い状態になっているのだ。


 しかし、それでは。


「お前は理由も無いのに他のアンドロイドを襲ったっていうのか?

 そんな馬鹿なことがあるか」


「否定します。理由そのものはあるのです」


「どういうことだ」


「命令なのです。

 『自らの敵を殲滅せよ』」


「……何?」


「『敵対するアンドロイドを必ず破壊せよ』。

 ―――その命令だけが、はっきりとメモリーに残存していたのです。

 当機は、その命令を遂行しました」


「……俺の、前の使用者の命令か。

 ラーズグリーズをその『敵』と判断したっていうのか」


 考えてみれば、当然のことではあった。

 元々レギンは、エリックの所有物ではない。あくまで『拾いもの』だ。

 彼女の本来の使用者は別にいる。

 そしてその誰かが下した命令が、今になって遂行されたというのだ。


 では、その本来の使用者とは何者か、何故そんな命令を下したのか。

 考えたところで答えなど出ない。

 おそらくその答えというのはもう、かつての戦いの末に瓦礫の下に埋もれて消え失せたのだろうから。


「結局、分からないことが増えただけじゃないか。

 ……とはいえ、だ。お前が何も知らないポンコツなら、

 知ってる相手に教えてもらえばいいだけの話だ」


「ラーズグリーズですね」


「相変わらず、そういうところの察しはいいんだよな。

 あいつも何かを知っている様子だった。

 あっちの修理が済んだら問いただしてみるのもいいだろ。

 ……まったく、完全にぶっ壊さなくてよかったな。

 止めた俺に感謝しろよ」


「感謝します」


 まったく感謝しているようには聞こえない声音だ。

 ただしろと言われたから謝礼をするレギン。

 まぁ、彼女がこういう存在だということはもういい加減エリックも慣れてきた。


 しかし、だ。

 それとは別にして、ひとつはっきりとさせておかなければならないこともあった。


 彼は隣を歩いていたレギンの肩に手を置きその歩を止めさせ、身体を自分の方へと向けさせた。


「どうしました」


 というレギンのガラスのような眼を見据えながら、エリックは静かに言う。


「レギン。お前の今の使用者は誰だ」


「エリックです」


「だったら、俺の命令が絶対だ。

 いいか、もう二度と理由もなくアンドロイドを壊そうとするな。

 ……アンドロイドだけじゃない。

 人も、建物も、この世のありとあらゆるものを

 理由も正当性も合理性も、感情すらもなく破壊するな。

 もしこの命令を破ったらその時は、

 お前は地面に転がるスクラップになると思え」


「了解しました」


「で。こう命令するとお前は何が起ころうと

 アンドロイドと戦わなくなるんだろ。

 それこそ、敵だとしてもな。

 お前の頭でっかちもいい加減分かってんだよ。

 それじゃこっちも困るから、こう付け加えておく。

 ―――理由があるなら、壊せ、殺せ。俺が許可する」


「了解しました」


「返事だけは本当に素直だよな、お前は。

 どうせ俺の言ってる意味もよく分かってないだろうから

 ちゃんと説明するがな。

 ……いいか。お前自身が客観的に見て、

 『こいつは殺すべきだ』と思った相手には躊躇をするな。

 お前の思うがままにしろ。

 要するに、理由も分からない、

 誰のものかも分からない命令なんぞを守るよりも、

 お前自身が認識するもののために戦え」


「『認識』ですか」


「『意志』と言い換えることも出来る。

 誰かのためじゃない。

 お前が望むなら、使用者である俺にだって逆らえばいい。

 自分の行動を、自分自身の『意志』に従って制御しろ。

 ……俺がそう出来るようになるのに、十年かかった。

 あるいは、それ以上かもしれない。

 それまで俺は、このクソみたいな世の中に

 特に理由もなく抜け殻みたいに生きて、人生を無駄にしてきた。

 いいかレギン。お前は、俺のようにはなるな」


「……当機が、使用者であるエリックに逆らうことは不可能です」


「ハッ、そうかよ。

 だったらいつまでも俺の言うことを鵜呑みにしてることだな。

 ……だがなレギン。

 もし今後お前がお前自身の考えで誰かの相手をするというのなら、

 そしてお前の考えに俺も賛同出来るのだとしたら、

 その時は一緒にそいつを殺してやる」


 エリックははっきりとそう口にした。


「エリックが、当機のために戦うということですか?

 『当機が、エリックのため』ではなく、その逆だと。

 人が、アンドロイドのために戦うと。」


「そうだよ。

 俺はお前を、自分の復讐のために利用してる。

 だったら、その見返りぐらいは必要だろうからな。

 もしお前が誰かに復讐するっていうなら、

 命ぐらいは懸けてその手伝いをしてやる」


 エリックのその言葉を聞いたレギンの顔つきが、少しだけ変わった。ような気がした。


 ―――気がしただけだろう。

 彼女はいつだってその鉄面皮を変えることはないのだから。


「……その代わり、どうしてやってるのかも分からないまま戦うな。

 それは絶対だ。

 もしお前の頭の中でまた例の命令が浮かんできたのなら、

 今の話を一度思い出せ。

 実際に行動するのはそれからにしろ」


「了解です」


「それじゃ行くぞ」


 通すべき筋だけは通して、エリックはレギンの背中をぽんと叩き再び歩き始める。



「貴方の命令を、遵守します」



 そんな微かな声が乾いた街の中かすかに響くが、それが彼女の使用者の耳に届くことはなかった。



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