13.
エリサの意識が闇の中へと落ちようとするその寸前、先程声をあげたあの殊勝な団員が再び口を開き、怒号を放つ。
「いい加減にしてくれ!!」
動けば撃つという脅しにも構わずエリックに向かって足を踏み出す。
彼を止めるためだ。
すかさず、《エンドレス・ネームレス》は構えたライフルの銃口を引く
―――前に、エリックの声がそれを制止した。
「構わん、撃つな!!」
次の瞬間、装甲に叩きつけられたまま宙に浮いていたエリサの足が、地面に触れた。
首を締めていた手を離されたのだ。
気道の開いた彼女は、そのまま咳き込みながら懸命に息を吸い込む。
「うぐっ……げほ、げっほ!」
それを見て、団員も足を止めた。
周囲が固唾を飲む中、エリックは言う。
「心配しなくても、元々絞め殺すつもりなんざなかったさ。
つくづく、いい部下を持ったもんだな。
そして、そのまま俺に殴りかかったりしないところを見るに、
こっちの言ってることも正しいとお前らも思ってるわけだ」
「そ、それは……」
エリサがひとまず助かったことへの一先ずの安堵のためか、あるいは未だ鬼気迫る表情のエリックに気圧されたのか。
団員はふたたびたじろぐ。
実際、エリックの語った内容そのものには間違いはなかったのだから。
「……よかったなお前ら。俺の殺意には『先客』がいる。
そいつらに復讐を果たすまでは、
この怒りも、憎悪も、浪費するつもりはない。
こんなチビひとり殺すぐらいなら、
その労力で《ユニオン・トラスト》の連中を
一人でも多く皆殺しにする」
「チビ、と……言うな」
這いつくばったまま呻くエリサ。
「元気そうで何よりだ。
っていうかやっぱり気にしてるじゃないか、ガキ扱いされることをさ。
……ひとまず、減らず口を叩ける余裕があるなら、
さっさとやるべき仕事をやってもらいたいもんだ」
「仕事、だと?」
「それは一体……」
今しがたこんなことがあったばかりで、一体自分達に何をさせようというのか。
傭兵団の者達が訝しげな視線を送る。
それにエリックは、辟易した様子で肩を竦めた。
「一体って……いくらでもやるべきことがあるだろうが。
まず俺達の機体の修理だ。それだけじゃない。
お前達自身の今後だって決めなきゃいけないんだぞ。
パックスとの付き合い方、連中の依頼を引き続き受けていいのか。
そもそもこの特区にこのまま居座ることだって
出来るかどうか分からないんだぞ」
涼しい顔でそんなことを言ってのけるエリック。
確かに、それは大事なことだ。
だがそれを彼の口から聞くとは思わなかった。
国家に騙され、傭兵団に騙され、死地に投じられ、その怒りを今まさに露わにしたエリックの口から。
これではまるで。
「……貴様、まさかこの傭兵団に居続けるつもりか?」
ようやく呼吸も落ち着き、ゆっくりと立ち上がりながらエリサは問うた。
エリックはまだ、自分達を使おうとしている。
すなわち、未だこの傭兵団の一員であるつもりなのだ。
彼女の問いにエリックは応える。
「それもそっちで考えることだな。
俺のことを信用出来ないっていうんなら、
このまま三行半を突きつければいい。
この特区から出ていって、一人でやっていくだけだ。
―――いや、二人か」
あくまでも判断はエリサ達に委ねるというのだ。
「その代わり、追い出すにしても機体は返して貰うがな。
だが、もしお前達がこっちの言うことを理解出来て、
なおかつ自分達のやるべきことが分かるっていうなら、だ。
次の依頼をまた持ってくればいい。
相手がユニオンでさえあれば、何だって受けてやるさ。
それこそ、ExAの十機や二十機ぐらい喜んで相手してやる」
「貴様は、我々のせいで死にかけたんだぞ?
それでまだ、依頼を遂行するというのか。
また同じ目に会うかもしれないんだぞ」
そんなエリサの言葉に、エリックの眼の色が変わる。
「あのなぁ、そうならないように力を尽くすのがお前らの仕事だ。
今そういう話をしてんだろうが。
……この際はっきりさせとくが、また今回みたいな事があれば、
その時はこの特区ごと、なんならパックス・オリエンタリアごと、
復讐の対象にお前らも追加してやる。
適当な仕事をしたら全員ひき肉にされても文句は言えないと思え」
「……っ」
冗談じみた大言壮語だが、エリックの眼は本気だった。
せっかく血の気が戻ってきたエリサの顔が、またしても青ざめる。
それを鼻で笑いつつ、エリクはそのままエリサの脇を通り過ぎてどこかへと歩いていく。
「レギン、機体から降りて付いてこい!
……なんにせよ、今日は疲れた。もう家に帰って寝る。
他の細々(こまごま)した面倒事は任せる。
それも裏方の仕事だろうからな。
まぁせいぜい頑張ってくれ」
彼は既に話がついたような気でいた。
こんな呑気なことを口走りながら、言いたいことだけ言い残してそそくさとこの場を去るつもりだ。
「―――あぁそうそう。もう一つお前達の仕事だ。
あの機体とパイロットもそっちで対応を考えといてくれ。
どうするかは全部任せる」
そう言って親指でクイと指差したのは、大破したデザートピンクのExAだった。
エリック達が戦ったという、パックスの『本命』だ。
その言葉に、数名の団員が声をあげる。
「ア、アレを?」
「パイロットもって、あんな有様で生きてるわけが……」
「生きてるんだよ。アレのパイロットはアンドロイドだ。
ウチのレギンレイヴと同じでな。
要するにアンドロイド同士で殺し合ったんだよ。
まったくはた迷惑な話だよなぁ」
言いながら、エリックは遅れて降機しそのまま駆け寄ってきたレギンの背中をぱんと叩く。
それにレギンも、「はい」と続いた。
「いや何が『はい』だ何が。
少しは反省しろ……。
そういうことだから、よろしく頼むぞ」
「いや、頼むって……」
それ以上は何も応えなかった。
エリックはレギンと共にエリサ達に背を向け、振り返ることもなくそのまま拠点を去っていった。
彼らの姿が遠ざかっていくのを見届けながら、団員達はエリサの元へと駆け寄る。
「団長、大丈夫か!」
「心配はいらん。
確かに奴には、私を殺そうとするつもりはなかったようだ」
「にしたって、あれはやりすぎだろう!なんて奴だあの男は。
向こうの言う通りこのまま追い出してしまった方がいいぞ」
そう嫌悪感を露わにする団員を、彼女はなだめる。
「追い出したところで、では我々はこれからどうする。
奴の言ったことは正しい。エリックの言い分通りだ。
我々だって見積もりが甘すぎたことは否定出来ん。
パックスの依頼を鵜呑みにした。
不甲斐ない組織だという誹りも受け入れるしかないだろう。
その上で奴は、今後の処遇をなおもこちらに一任したのだ。
……見捨てられなかった。そう認識するのが正解だ、今回は」
「…………」
「存外、律儀な男だ。
私にはどうも、奴のあの振る舞いも
その律義さに根ざしているような感じた。
一体何者なんだ、あのエリック・ハートマンとかいう男は」
今しがた自分を絞め殺そうとした男をそう表現するエリサに、団員の男は言いようのない感情を込めた視線を向けながら返した。
「律儀って言うなら、君だって同じだ。エリサだって律儀な人だ。
……なるほど。そういう意味では、
彼らをここに置いておくことにも意味があるのかもしれない」




