12.
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エリック達が特区を出撃してからほぼ丸一日が経過し、再び夜明けがエリサ傭兵団の拠点を照らそうとしていた。
そんな中で彼女達の元に舞い込んできたのは、輸送機が運んでくるべき機体を連れずに帰還したという驚愕すべき報せだった。
作戦領域に到達して機体を投下した後、突如として工場跡地から敵部隊による攻撃にさらされることとなり、やむを得ず離脱したというのだ。
離脱する直前にレーダー上で確認された敵の数。
それは、事前にパックス・オリエンタリアから提示されたものとは比較にならないほどの多さだった。
敵からの追撃を逃れるため輸送機は付近に退避することも叶わず、一度拠点に戻って指示を仰ぐことにしたのだ。
それはエリサ達にとっては予想外の―――否、予想そのものは出来たはずの事態だった。
敵の戦力が依頼主の想定を上回る。その可能性も考慮しておくべきだったのだ。
あるいは、根本的に依頼主が虚偽の報告をした、という可能性か。
始めから自分達は何らかの当て馬にされたに過ぎない、という。
何にせよ、エリサ達傭兵団の幹部は、この事態への今後の対応を急ぎ話し合うことにした。
即席の会議室にて、彼女達の言葉が矢の如く飛び交う。
「とにかく、輸送機は作戦領域に戻すべきだ。
投下されたExAの回収だって済んでいない。
傭兵が取り残される形になってしまってるんだぞ!」
「いや、もうそんなことしても無駄だろう。
レーダーで探知した機影が確かなら、
10機単位のExAが待ち構えていたんだぞ。
傭兵達はもう撃墜された後だろうさ……」
「それよりも、パックスだ!
彼らは何と言ってるんだ。
俺達は向こうから提示された情報に従って依頼を受けたんだ。
それがこんな結果になるなんて、騙されたのと同じじゃないか。
パックスとの話はついているのか!?」
「それについてはこれから済ませるところだ」
と、そんな時だった。
会議室に飛び込んできた拠点外周の見張り役が、焦燥しきった様子でこう報告してきた。
「特区に入ってくる機影を捉えたそうだ!
どうも、俺達が雇った傭兵のものらしい。
大破した別のExAを二機がかりで牽引してるって……!」
「なんだと……?」
エリサ達は大至急、確認のために会議室から出た。
※※※※
建物から出たエリサ達の眼に飛び込んできたものは、離着陸場に鎮座する三機のExAだった。
その内の一機は上半身が溶断されており、それを両脇から抱えている二機は、確かに傭兵団に招き入れたエリック達の機体に間違いなかった。
彼らはどうやら、ExA単体による帰還を果たしたようだ。
今確かに分かることはそれだけだった。
フィロソフィア・ユニットによる無尽蔵の動力を持つExAならば、長距離移動も可能である。
もっとも、長時間の飛行はそれだけパイロットへの負担も大きい。
輸送機による運搬を行うはそれを軽減するためだ。
彼らは結局敵と戦ったのだろうか、それともすぐに撤退することで事なきを得たのだろうか。
それすらもはっきりしない。
何より、あの大破している機体は何なのか。
機体の足元に駆け寄り固唾を呑むエリサ達の視界で、濃灰色の機体《キング・ナッシング》のコックピットハッチがゆっくりと開いた。
その奥から顔を見せたのは、エリックだ。
その顔つきには明らかに疲労の色が見て取れるが、身体に目立った外傷はない。
機体から地面に降り立ったエリックは、ふらつきながらも迷いのない足取りでエリサの方へと近づいていく。
それをエリサまた、戸惑いながらも出迎えた。
「貴様……生きていたのか」
―――次の瞬間。
彼女は襟首を捕まれ、その足が宙に浮いた。
一回り体格差のある二人だ。エリックが伸ばした手を引くと、それだけでエリサの身体は軽々と浮き上がった。
「うぐ……っ!」
「お前、何を!」
周りの団員達の声に耳を貸すことなく、エリックはエリサの身体を吊り上げたままもう一度乗機の足元へと戻ると、ガンメタルに染まる装甲に彼女の身体を叩きつけた。
のみならず、襟首を掴んでいた手で今度は首を締め上げた。
「ガ……ッ!?」
完全に気道は締まっていない。かろうじて息が出来る程度だ。
だとしても、それで苦しくないわけではない。
喉の奥から微かな息を絞り出すエリサのその視界には、憤怒の形相のエリック、その双眸に燃えるおぞましい色の炎が映った。
彼が、唸るような声で語りかけてくる。
「なんで俺がこんなことをしているか、分かるか」
「カ、グ……ッ」
「俺はな、お前のことを信用するに足る人間だと思ってここに着て、
ExAに乗って国家からの依頼を受けた。
―――その結果がなんだ?
情報とまるで違う敵と戦わされて、死にかける羽目になった」
当然のことではあるが、パックスの提示した情報に誤りがあったことはエリック達も想定外のことであった。
今更ながら、首を締められる苦痛の中でエリサはそれを再確認する。
「パックスの連中は始めから俺達に
任務を遂行させるつもりなんてなかった。
本命の傭兵が確実に仕事をこなすための囮でしかなかった。
その『本命の戦力』ってのが、今そこでぶっ壊れてるExAと、
そのパイロットのアンドロイドだ。
そいつは俺達で憂さ晴らしに仕留めてやった」
そこまで聞いてようやく、大破した機体の正体も分かった。
「依頼そのものは達成だ。
お前らが単なる旧工業地帯だと思ってた場所は、
ExA生産のための工場だった。
そこを占領してた何十機というExAは全機殲滅。
今頃はパックスの部隊が再占拠を済ませて
悠々と中身を物色してることだろうよ」
それが答え合わせだった。
エリック達は先んじて事の真相を知ったのだ。
依頼の裏に隠されたパックスの思惑。
そして、向こうからの依頼にはそんな情報は一切存在していなかった。
つまり、彼らはやはりエリサ達を体よく騙していたことになる。
「それもこれもみんな、俺達が命をかけたからだ。
そうだろうが、え?」
首を締める力が、徐々に強まっていく。
万力のような力で指が食い込んでいくギチギチという音が、エリサの身体の内側から発せられていた。
「グァ、ガ……!」
「その間、お前らは何をしていた?
こんな安全な場所で、呑気に俺達の帰りを待っていたのか。
本当は、パックスの依頼が嘘っぱちの偽物だってことも、
最初から承知の上だったんじゃねぇのか?
それとも、本当に知らなかったか?」
完全に気道を塞がれ、息のできなくなったエリサの顔が徐々に青ざめていく。
バタバタともがいていた手足が少しずつ力を失い、震えるように痙攣することしか出来なくなっていた。
こんなことをさすがに黙って見ているわけにもいかない。
一人の団員が声を荒げエリックへと詰め寄ろうとする。
エリックにトランシーバーを渡した男だ。
「君は!一体何を考えている!!その手を―――」
「お前らは黙ってろ!!」
エリックの怒号が響き渡る。
それと同時に、もうひとりの傭兵の乗機である《キュクロプス》―――改め《エンドレス・ネームレス》が片腕に持つアサルトライフルの銃口を団員達の方へと向けた。
「そこから一歩でも近づいてみろ。全員ひき肉にしてやるからな……!
今俺が話してんのはこいつだけだ。お前らは黙って見てろ」
「そ……そこまでやるか」
エリック達は本気だ。
それは、彼の狂気じみた顔つきを見れば分かった。
近づけば、本当に撃ち殺される。
その恐怖が団員達の足を完全に止めた。
「……殊勝なお仲間を持ったな、えぇ、団長さんよ。
ここで一つ、世の中を常識ってヤツを教えてやる。
いいか、お前らが国家から依頼を受けたとして、
その実働部隊は俺達パイロットだ。
実際に戦場で命をかけるのは俺達なんだ。
だったら、パイロットの危険を少しでも減らして、
その安全と命っていう資源価値を守るのがお前ら裏方の役目だろうが」
エリクのその暗い瞳が、苦悶するエリサの顔を刺すように睨めつける。
「それを怠って俺達の命を無駄にするようなら、
お前らがここにいる価値なんてないだろうがよ。
パイロットが命の危機に晒されたんならよぉ、
お前らだって同じ眼に会わなきゃ不公平だよなぁ?
えぇ、そう思わんか?」
腕の力がますます強くなってくる。
食い込んだ腕は最早肉どころから骨まで軋ませようとしていた。
「ゴ……コ、ォェ」
エリサには最早あえぐ息すら絞り出す事も出来ず、見開かれた眼は瞳孔がぐるりと上を向いていた。
遠のく意識の中で、ただ彼の悪魔の如き怨嗟の声だけが響き渡る。
「俺はな、俺が―――俺達パイロットがコケにされ、
軽んじられることが何よりムカつく。
俺を裏切る奴はどんな奴だろうが、
殺してやったっていいんだぜ……!!」




