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11.



 《キング・ナッシング》が《カシミール》のいる()()()()位置に向けてアサルトライフルを連射する。

 ロックオンせずに目算で放たれた弾丸は、当然というべきか、回避行動を取るまでもなく機体をかすめていくばかりだった。


 だが、それで挑発としては十分だった。

 当たらないのを承知で乱射したことで、ラーズグリーズの標的は完全にエリックの方へと向いた。


《何考えてんだアナタはぁ!

 そっちも一緒に殺されたいわけ!?》


「いやな、よくよく考えてみれば、このままパックスに

 いいように使われたままっていうのはやっぱり夢見が悪い。

 一発ぐらい()()()をさせてもらわなきゃ気がすまないんだよ」


《それで味方を撃つのか!

 アタシは無関係でしょうがこのバカァー!》


 《カシミール》が反撃を仕掛けてくる。

 ショットガンから放たれたぶつ切りの弾丸が、扇状の弾幕となって迫る。

 それを、《キング・ナッシング》は紙一重のところで躱しつつ、応射を放つ。


 依然、それが命中することはない。

 高速機動するExAに人力で狙いを定めるなど、到底出来るはずもない芸当だ。


 そのはず、なのだが。


《コイツ……?》


 まったくの『ノーカン』、というわけでもない。

 エリックの発射した弾丸の軌道は、先程までよりもほんの僅かに、しかし確実に精度を上げ《カシミール》に近づきつつあるのだ。


 ラーズグリーズには何か、嫌な予感がした。


 それを裏付けるかのように、突如として加速をかけ《カシミール》に向かって突撃する敵機の機影に、思わずたじろぐ。


《うわっ!》


 彼我の距離を詰めつつ、さらにアサルトライフルを連射する《キング・ナッシング》。

 近づけばその分、狙いもつけやすくなる。

 ついに不可視の機体カシミールは、回避行動をとった。

 そうでなければ弾丸が命中したからだ。


 ブースターを噴射させ相手を引き剥がそうとするラーズグリーズに、エリックはフルスロットルをかけて食らいつく。

 二機のExAが軌道を変えながら追いかけっこするその様は、さながら竜鳥の喧嘩のようだ。


 互いに武器を撃ち合いながら一進一退の攻防を繰り広げる《キング・ナッシング》と《カシミール》。

 予想外の事態に、ラーズグリーズは完全に焦れていた。


《な、なんなんだコイツ!?

 何者なのよアナタは!》


「ただの傭兵だ。

 それと、お前の敵だよ」


《くっそぉ……》


 このままではジリ貧だ。埒が明かない。

 こうなれば、多少の危険は覚悟の上でトドメを刺しに行くしかないか。


 逃げ回っていた《カシミール》が加速を止め、その場で制止。

 迫りくる《キング・ナッシング》を迎えたんとする。

 ブーストの噴射による空気のゆらぎも収まり、透明のマントに身を包んだ機体が再び完全な不可視となる。



 ―――そしてその一瞬の間隙を、彼女は見逃さなかった。


 飛来した弾丸がマントを貫き、《カシミール》の左膝関節が砕かれた。

 激しい衝撃に襲われながら、ラーズグリーズは呻いた。


《しまった!》


 レギンだ。


 彼女は、エリックと相手の戦闘が膠着状態に入り、それを打破せんとするそのタイミングを見計らって狙撃を行ったのだ。

 自身の演算能力の全てを火器の照準と弾道予測に回して放たれた弾丸は、正確無比に敵機を捉えた。


 そして今度は、エリックがこの好機を見逃さなかった。

 加速を止めることなく敵機へと迫った《キング・ナッシング》が、《カシミール》の機体と衝突し重なり合う。


《うわっ、やば!》


「ロックオンの出来ない相手を仕留められる方法がひとつだけある」


 相手に完全に取り憑いたガンメタルのExA。

 その左腕に装備された武装から、淡い光が励起される。


《プラズマブレード……!》


「至近距離での格闘戦だ、

 ―――くたばれ!!」


 突きつけられた光の刃が、敵機の胸元に突き刺さる。


《ギエ゛エ゛エ゛エ゛――――――》


 接触回線から響いた悲鳴は、装甲が溶断される音にかき消されながら、やがて耳障りなノイズへと転じた。

 えぐるように振り抜かれたプラズマブレードが、そのままコックピットハッチごと胸部の装甲を六割方吹き飛ばした。

 完全に機能を停止した《カシミール》は、物言わぬ残骸となりその場で擱座かくざする。


 これで決着だ。

 戦闘は終わった。


 エリックは特に理由もなく、事切れた敵機に視線を向けた。

 むき出しになったコックピットからは、プラズマ光に焼かれて溶けた肉塊がその無残な姿を見せ



 ―――いや違う。


 生きている。

 奴はまだ生きている。


 溶けたコックピットと身体が半ば癒着していながらもなお、機体と同じ桃色の髪をしたパイロットが、わずかに残った上半身と右腕を覗かせていた。

 あろうことかその右腕をひらひらと振りながら、先程までの戦闘などなんでもなかったかのように笑みを浮かべているのである。


 薄気味悪い光景だった。

 だが、それを眼にすることでようやく、自分達が戦っていた相手が何者だったのかを改めて実感することが出来た。


「そうか……。確かあいつも、アンドロイドだったか。

 レギンと同じ」


 その名を呼んだ矢先に、《エンドレス・ネームレス》が合流してきた。


《敵機の撃破を確認。

 しかしパイロットである敵性アンドロイドはまだ稼働しています。

 完全に破壊します》


 こちらもこちらで、何食わぬ顔でラーズグリーズにトドメを刺そうとする。

 向けられるアサルトライフルの銃口に、半身となった彼女も「へ?」という表情を浮かべた。


 咄嗟にエリックが、僚機を制止する。


「やめとけレギン!!これは命令だ!

 そのまま撃ったら、今度はお前をぶっ壊すぞ」


 怒号のような命令を聞いて、ようやくレギンはおとなしくなってくれた。


《……了解です》


 ほっ、とした顔を浮かべるラーズグリーズ。

 身体が半分以上溶けてくっついているというのに、呑気なものだ。


「そもそも、お前がふざけたマネをしなければ

 こんなことにはならなかった。

 その上で、こっちもお前に付き合ってやったんだ。

 少なくとも機体を無力化させることは出来た。

 今はそれで十分だろう。

 身動きの取れなくなった()()をどうするのか。

 それを決めるのは、お前に全てを話してもらったその後にする。

 ……いいな」


《かしこまりました》


 なんとか話も決まった。

 なら後は。


「とりあえずこの機体は回収して、帰還するぞ。

 輸送機もトンズラこいた後だ、自力で帰るしか無い。

 長距離飛行になる、この狭いコックピットでその間カンヅメだ。

 ……まったく嫌になるな」


 そんな話をしている間に、さっきまでにこにこしていたラーズグリーズが不意にその身体をガクガクと痙攣させ、やがて糸の切れた人形のように力なくうなだれた。

 さすがに、ここまで破壊されると機能を維持することもできず、一時停止スリープ状態になったのだろう。

 初めてレギンを拾った時と同じだ。


 《キング・ナッシング》と《エンドレス・ネームレス》の二機は、《カシミール》の残骸を二機がかりで抱えあげ移動を開始した。


 向かう先は、パックス・オリエンタリア領の特区。

 エリサ傭兵団の拠点だ。


「さて。まだ、やるべきことは残っている。

 ……ケジメをつけてもらわなくちゃいけない相手がいる」


 低く唸るような声で、エリックは一言そうつぶやいた。



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