10.
《エンドレス・ネームレス》が回避行動を取った次の瞬間、ショットガンから放たれた弾丸が横殴りの雨となって機体をかすめた。
レギンは弾が飛んできた方向へと方向転換し、ライフルの応射を放つ。
が、それが向こうに命中したかどうかすら、傍から見ているだけのエリックには分からない。
だが、おそらくは当たっていないだろう。
ラーズグリーズの駆る《カシミール》の持つ隠密性は、何も透明のマントだけではない。
視覚的に隠れるだけでなく、各種電磁波を遮断してレーダーを無効化する機能も存在しているのだ。
となると、ExAの照準機器にも反応出来ない。
つまり、ロックオンが出来ない。
狙いを定められない。
そんな相手に攻撃を当てるなど、少なくともエリックには出来る自信はない。
《エンドレス・ネームレス》は立て続けに襲い来るショットガンの攻勢を間一髪のところで回避しつつなんとか反撃を試みるが、それも一向に果たせない。
どちらが有利でどちらが不利かなど、火を見るより明らかだった。
しかも、この入り組んだ工場跡地の地形だ。
隠れながら断続的に攻撃されては、次にどこから弾が飛んでくるかさえはっきりとしない。
このままではジリ貧だ。
レギンの方もそれは分かっているのだろう。
《エンドレス・ネームレス》はその場で踵を返し、フルスロットルで加速をかけた。
工業跡地から外に出るつもりだ。
《今更逃げる気?
そんな虫のいい話ないでしょ。
少なくとも機体は破壊させてもらうからね!》
ラーズグリーズもすぐさま追跡を開始、崩れた建物の隙間から引き続き発砲を続ける。
一人取り残される形となったエリック。
最早彼には訳が分からない。
この事態は彼の理解の埒外にあった。
だが、それが。
それがエリックにとっては無性に腹立たしかった。
自分が蚊帳の外に放り出されることが、我慢ならなかったのだ。
ましてやあのレギンが。
自分のアンドロイドであるはずの、
―――相棒であるはずのレギンですら。
「…………」
気がついた時には身体が動き、機体を操縦していた。
《キング・ナッシング》もまたスロットルをかけ、去っていった二機を追う。
※※※※
工業地帯跡から抜け出そうと加速をかけつつ、後方からの敵の攻撃を回避する《エンドレス・ネームレス》。
しかし、いくらアンドロイドの演算能力を回避行動に集中させていると言っても、限界はある。
なにより相手だって、こちらの行動を見越した上で狙いを定めて撃ってくるのだ。
数発の弾丸が左腕の関節部に命中し、手にしたアサルトライフルごと前腕部が千切れ飛んだ。
衝撃がコックピットのレギンを揺らす。
それと、機体が工業地帯を抜け砂漠に出るのは同時だった。
これでかなり視界が開く。
先程までよりかは敵の動きも見切りやすくなるだろう。
だが、その代償として左腕を失った。
《次はどこかな。もう片腕?足?
それとも、直接胴体を砕いてあげようか?……ふふん》
余裕綽々といった様子のラーズグリーズの声。
そしてその声に続くように、レギンの耳朶を聞き慣れた声が打った。
アンドロイドである彼女に『聞き慣れた』という表現が正しいかどうかは不明だが。
《レギン、聞こえるか。個別回線で呼びかけている。
返事はしなくていい》
「《キング・ナッシング》の接近を確認。
エリックですね」
《……相変わらずだなお前は。
まぁいい。レギン、一つだけ応えろ》
「何でしょう」
《お前の今やっているそれは、
何らかの目的がある必要な行為なんだな?
お前自身が必要だと、
そう思ったからやっていることなんだな?》
「……そうです」
エリックの問いにレギンは応える。
だがそれに、彼は冷ややかにこう返した。
《何故即答しなかった》
「…………質問の意図が不明です」
数秒の沈黙。
そしてそれを置いて、再びエリックは言う。
《レギン、俺も加勢する。二人でアレをぶっ潰そう。
だがその後は、必ず詳しい事情を説明させてもらう。
これは命令だ。お前が俺のアンドロイドであるのなら、
知っている限りのことを全て話して貰うぞ》
「了解です。
これより説明を―――」
《後でいいんだよ後で!!ポンコツかお前は!
―――で、一応聞いてみるがお前、アレに勝つ算段はあるのか》
エリックが問うと同時に、《カシミール》が再び攻撃を仕掛けてくる。
こちらの話し合いを待ってはくれないようだ。
もっとも、個別回線での通信なのだからそもそも向こうには聞こえていないわけだが。
片腕となった《エンドレス・ネームレス》は再び回避行動を取る。
視界が開けた分、先程までよりは相手の攻撃を見切りやすくなった。
それに、《カシミール》も完全な不可視というわけではない。
あちらもブースターを噴射する際には噴射熱による空気のゆらぎが見えるし、ショットガンを発砲する直前にはマントの隙間から銃身が覗く。
さすがにマントの奥から弾を撃つわけにもいかないのだろう。
そこに眼を凝らせば、かろうじて攻撃位置の予測は出来る。
だが、それでも依然センサー類は完全に使い物にはならず、ロックオンは出来ない。
《躱すだけならなんとかなっているみたいだな。そりゃあいい。
だったら、今の内に話をつけておくぞ。
向こうもまだ俺がその気だってことは気づいていない。
……ひとつ考えがある。
無策で喧嘩を売ったお前のバカな行動よりは遥かに建設的だ。
文句を言わず従ってもらうぞ》
「了解です。その考えというものをお聞きします」
《二つ返事か。こういう時だけは使えるな、アンドロイド。
いいか、俺が囮となってヤツを引きつける。
お前は、目視で狙いをつけてトドメを刺せ》
「FCSが機能していません」
《そんなことは百も承知だ。
だが、向こうもまったく姿が見えないわけじゃない。
僅かな空気のゆらぎとか、マントから覗く機影だとかで
『そこにいる』ってことだけは分かる。
肉眼でだけは唯一捉えることが出来る。
だから、パイロット自身が眼で見て狙いをつければ、
攻撃も当たるはずだ》
口にするエリック自身、無茶な提案だとは分かっていた。
《言っておくが、俺には無理だ。
だからこっちは囮に専念する。
だがなレギン、お前はアンドロイドだ。ExAの操縦に特化したな。
なら、それぐらい出来るはずだろうが。
ラーズグリーズとやらに勝つ方法はこれしかないぞ》
それが紛れもない事実だった。
機体の方で捉えられないのなら、パイロット自身の眼で見るしかない。
出来るかどうか以前に、やるしかなかった。
「了解です。当機の演算能力を映像処理に回します。
ですが、その分機体操縦の精度は低下します。
簡潔に言うと、敵の攻撃を回避出来なくなります」
《狙っている間にやられちゃ元も子もないと言いたいんだろ?
だから俺がいるんだろうが、行くぞ!》
作戦開始だ。
エリックは通信を広域帯に切り替え声をあげる。
《ラーズグリーズさんよ、俺も混ぜてくれよ!》
《は?
は ? ? ? ?
いやちょっと待ってよ!アホが増えたんだけど!?》




