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3.



「…………」


 エリックの足取りが止まる。

 しかし、周囲に人影は見えない。同業者であるコロニストもいない。今しがたここを専有地にするなどとのたまったチンピラ達も追い払った。

 となると、声の発生源となり得るのは足下に埋まっている瓦礫の山しかない。誰かがこの中で呻き声を上げた。

 ―――いや、そんなことはありえない。ここは八十年前の大戦で作り上げられた荒れ地だ。その下には文明の利器と共にその利用者たる生物達も埋もれたことだろう。

 だが、そんな連中が今も生きているなどという冗談を言うつもりエリックにはない。全てが死体であるはずだ。肉も腐り落ちた骨だけの死骸しかこの下にはいない。

 積み上げられた瓦礫の上にならともかく、その下に生物の息吹があるなどということは絶対にないのだ。いたとしても息の根も聞こえないような虫程度だろう。

 声のようなものが聞こえたというのは、単なる幻聴か何かだ。気にすることはない。


 気にすることはない、はずだ。


「…………」


 だというのにエリックは、回収したアンドロイドを一度地面に置いて、先程までと同じように周囲にある瓦礫を片っ端から除去していった。

 何か、妙な衝動に駆られたのだ。どこからともなく鼓膜を震わせたその声の正体を確認したい。

 やはりただの幻聴だったというのならそれはそれでいい。だとしても、何も確かめないままではいたくない。

 何故そう思うのかも分からないまま、異様な意地に追い立てられるように、瓦礫の山を掘り返していく。

 やがて、あるものが彼の眼に止まった。


 またしてもアンドロイドだった。

 コンクリート片の中に埋もれた、先程とは別のアンドロイドの残骸。エリックはそれを手で掴んで引きずり出す。

 今度のは先のものよりもなお酷い有様だった。

 腹から下どころか、頭部から胸元までしか残っていない。しかも下顎から喉にかけてが抉れており、内部構造と電気信号伝達用の人工脊柱―――いわゆる首の骨がむき出しになっている。

 それでいて抉れた下顎より上の部分、鼻先から頭頂部にかけての形は不釣り合いなほどに残っていた。

 人工皮膚の滑らかさもそのままに、その白い肌は薄い青色の頭髪と相まってどこか美しささえも感じる。全体的な顔の作りは若い少女のそれだ。

 が、それが余計に不気味だった。さすがにエリックもこれをただの物体などと切り捨てることを一瞬だけとはいえ躊躇してしまいそうになった。


「さっきの声は、こいつが……。いや、無いな」


 ここまで破壊されたアンドロイドはまず間違いなく機能を停止する。

 ()()()だ。やはりさっき聞こえた声はただの気のせいだった。なまじ出来の良いアンドロイドだから妙な気の迷いが起こっただけだ。

 今度こそ、呻き声のことなど忘れて仕事を再開し


「……ァ」

「!!」


 いや、違う。

 その()()()だった。

 再び声が聞こえた。今度はずっと鮮明に聞こえる。

 その発生源は、今エリックが抱え上げているアンドロイドからだった。


「ァ……ア゛ー」


 もはや疑う余地はない。

 これは確かに発声をしている。声帯を模した振動装置が小刻みに震えるのが、抉れて露わになった喉でよく見える。


「馬鹿なっ」


 眼を見開き固まるエリックの眼前で、アンドロイドが閉じていた瞼をゆっくりと開いた。

 それは、深い眠りからの目覚めのようだ。

 だが、そこには―――


「…………!」


 エリックは絶句した。

 これにはさすがにある種の怖気おぞけのようなものを感じずにはいられなかった。

 開かれた瞼のその奥に、眼はなかった。

 本来は眼球を模したセンサーユニットが収まっているであろうスペース。そこにはなにもない。

 ただ丸くくり抜かれた穴だけが、その虚空の口をぽっかりと開けているだけだった。

 これでは、何も見ることなど出来ないだろう。このアンドロイドは何かを見ようとしているのか、しかしそれも叶わない。

 なおも振動を続ける声帯は何か言葉を発しようとしているのだろうか、しかしそれもまた叶うことはない。

 顎と共に舌も千切れてなくなってるのだ、空気の振動を調節して声音を変えるということが出来ないのだから、同じ音しか発せられないはずだ。

 うわ言にようにただ空気を震わせるだけの呻き声が響くばかりだった。


「ア゛ァ……ア゛ーゥア゛ァ゛……」

「こいつは、生きているのか」


 その言葉と共に、エリックはようやく目の前の事実をそう理解出来た。

 このアンドロイドは、ここまで破壊されてなおその機能を維持していた。

 となると、ひとつの疑問が彼の脳裏に過る。


 ―――では、これはいつからここにいる。

 この殺風景な、なにもない瓦礫の山に、こいつはどれだけの間眠っていた。

 そしてその眠っている間、ずっとこの有様で機能し続けていたというのか。

 こんな何も見えない、何も言えない、身じろぎすることもできない芋虫のような身体で。

 一体、何を考えながら。


 そんな思考に耽溺すると不意に異様な気分の悪さを感じたので、すぐに何も考えないことにした。

 やがてアンドロイドも呻くことをやめ、開いていた瞼を閉じて何も言わなくなる。

 目覚めても何も出来ないことを知って、もう一度眠りについたかのだろうか。

 誰もいない残骸の海の中、静寂が流れていく。

 その静寂に包まれたまま、エリックはしばらく、物言わぬガラクタに戻ったアンドロイドを何かに囚われたかのように眺めていることしか出来なかった。



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