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9.



 こんがらがる思考をなんとか取りまとめて、考えを巡らせる。

 意外なほどすぐに、エリックの中で結論が出た。


 この謎の機体、おそらくは。


「お前が、パックスからの本命の戦力か」


《あ、やっぱりそっちも知ってたの?

 そういうことそういうこと。

 アタシも向こうから依頼を受けてね、

 ここにあるExAの生産工場跡をユニオンが占拠したの。

 で、パックスとしては『先に眼を付けたのはこっちだ』

 とばかりに連中の排除を強行したわけ》


 なるほど、その返事で事の真相が大体つかめた。


「ExAの工場か。

 そりゃあ、ユニオンもこれだけの部隊を駐留させるわけだ。

 そしてパックスがそれを取り戻そうとするのも当然か」


《いや、もともとパックスのものだったわけでもないけどね~ん》


「…………」


 言わなくてもいいことをいちいち口にする。

 なんとも掴みどころのない女だ。


「お前は、俺達のことも知っていたのか」


《陽動のための戦力を先に向けておくってのはパックスから聞いてたよ。

 でも、アタシはてっきりもっと数が多いものかと。

 まさか、傭兵が二人だけだなんて。

 ……ま、アタシって強いからさ、

 なんなら陽動なしでも作戦を完了させられたし?

 だからかな~?アナタ達はただの念押しのダメ押しって感じかな~ん》


 こちらの事情までは知らなかったということか。


「こっちとしてはおかげさんで死にかけた」


 そう皮肉の一つも言いたくなる。

 が、それを女は露とも気にせず、愉快そうにケラケラと笑い声をあげた。


《えぇ~?死にかけたとかうっそだあ。ピンピンしてるじゃん!》


 それに合わせて、彼女の機体もブンブンと手を振った。

 頭部の狐目のスリットがにこにこ笑っている。

 無機質であるはずのExAをこうも情緒的に動かすとは、ここまで来るとある種の才能を感じる。


 それにしても、その手にしている武器。

 あれはショットガンか。十数発の弾丸を一斉に拡散して発射する。

 遠距離になると全ての弾がばらけて威力が落ちるが、着弾地点が近ければ近いほど弾がまとまって命中し絶大な破壊力を発揮する。

 至近距離で放てば、なるほどExAの一機程度ならば紙切れのように吹き飛ぶわけだ。


《いや、ホントびっくりしたよ。

 たった二機なのに敵の戦力を足止めしてくれてたのね。

 ホントありがとう!

 アナタ達が死んじゃってたらアタシどうしようかと……》


「なんだお前、俺達を心配してたっていうのか?」


《そりゃあ勿論!

 同じパックスから依頼を受けた傭兵とあったら、それは大事な仲間。

 これからも一緒に戦うことになるかもしれないんだから!》


「(……なんなんだこいつは)」


 こんな歯が浮くような綺麗事を平然と口にする。

 その弾むような声音といい、底抜けの善人だとでもいうのか。


 しかし同時に、その態度からは何か寒々しいものも感じた。

 一体どこまで本気で言っているのかも分からない。

 もしこの発言も心ない口先だけのものだとしたら、それはそれで空恐ろしい女だ。


「パックスはこれからどうするつもりだ。それも聞いてるか?」


《遺跡占拠のための『本命の本命』が遠くで待機してる。

 後詰めとして遅れてここに来る手筈だし、

 敵が全滅していると知ったら何食わぬ顔で調査を始めるんじゃない?》


「……チッ。俺達は連中にいいように踊らされてただけか」


《なにぃ?ムカついてんの?》


「……知ったふうな口を聞くな」


 図星を突かれて、さすがに慌てるエリック。


《まぁまぁ落ち着きなさいよ。

 傭兵ってのはそういうもんだし、今の世の中そう出来てるもんでしょ。

 生き残ることは出来たわけだから、それで十分としましょうよ》


「…………」


 気に食わないが、それも正論だった。

 この場にいる者を全て皆殺しにする、などとエリックも息巻いてはみたが、本当にそれを実行してしまうほど野蛮でもない。

 パックスは依頼主であり、形式上はこちらの味方だ。そんな彼らにまで怒りに任せて八つ当たりするつもりはなかった。

 そんなことをすれば、それこそ正真正銘の殺人者に成り果てるだけだ。


 手玉に取られてそれで終わりというのは癪にさわるが、今はその結果を受け入れるしかない。



 ―――とはいえ、はっきりさせておきたいことはまだある。


「作戦が終了したのなら、少しぐらい無駄話をする時間もあるだろう。

 ……お前のその機体、それは一体なんだ?」


《ひ・み・つ》


 当然ながら、はぐらかされてしまう。


 しかし改めて考えてみると、エリックにもひとつ思い当たるものがあった。


「『ハイエンド・モデル』というのを聞いたことがある。

 先の大戦以前、ほんの僅かに生産された特注品のExAだ。

 特定の状況下での運用を想定して、

 機動性や隠密性、長距離索敵能力などを特化させたワンオフ機。

 噂程度なら何度も耳にした。

 そう、『隠密性』だ。……その機体もそうなんじゃないのか?」


《なんだよやっぱ知ってんじゃん!

 でも、アタシの方からは何も応えないよ。

 一応こっちの手の内にわけだからね、

 そう簡単に明かすわけにはいかない》


「そりゃそうだろうな。

 それじゃあ、こっちが

 『なんでそんな高性能機にお前のようなお調子者が乗っている』

 と聞いても応えてはくれないわけだ」


《まあね~ん。

 けど、そうだね。名前ぐらいは教えてあげてもいいよ。

 ……っていうかそれはもう礼儀マナーだよね、うん》


 自己紹介というわけか。

 まぁ、それぐらいは聞いておいて損はないだろう。


《この機体の名は《カシミール》。

 そしてアタシは傭兵の『ラーズグリーズ』。

 見ての通りキュートな女の子だよ、よろしくね~!

 ……いや、見ての通りってそもそも見えてないかあははははははは》


「バカが……」


 呆れながらも、名乗りに名乗りで返さないのはさすがに無礼だ。

 エリックもラーズグリーズと名乗る傭兵に応える。


「俺はエリックだ。お前と同じ傭兵。

 それでこっちは同僚のレギンレ―――」



 だが、その時だった。


 不意に、傍らに立っていた僚機がその腕を上げるのが見えた。

 その手にしているライフルの銃身もゆっくりと持ち上がっていく。

 そして、そのぽっかりと空いた虚空の如き銃口が、ラーズグリーズの乗機である《カシミール》へと向いた。


 何がなんだか、エリックには分からない。


「レギン。どうした。

 ……おいレギン。何をしている!?」


《え、なに?なになになになに??》


 ラーズグリーズの方も戸惑いを隠しきれない。


「レギン、応答しろ!!」


 怒声をあげ問いただすエリック。

 その耳に返ってきたのは、うわ言のようなレギンの声だった。

 元から無機質な喋り方の彼女だったが、今回はそれが輪をかけていた。

 一切の感情を感じないどころか、それが人の声であることすら危うく分からなくなりそうなほどの、機械音声。


《任務、を、遂行、します。

 当機、レギンレイヴ、は、任務、を、遂行、します》


「任務……?」


《レギンレイヴ!?

 あ、そっかぁコイツ、そういうこと!》


「なんだラーズグリーズ!?何か知って―――」


 何かに思い至った様子のラーズグリーズに問いかける間もなく、《エンドレス・ネームレス》は構えたライフルを発射。


 目と鼻の先の距離から放たれた弾丸が真っ直ぐに《カシミール》めがけて飛ぶ。


 が、それが機体を捉えることはなかった。



 ―――消えた。

 またしてもあの桃色の機体は忽然と姿を消した。

 透明のマントに身を包んだのだ。

 こうなるともうエリック達の目の前にはなんの機影も見えず、レーダー状にも反応はない。


 それでもなお、《エンドレス・ネームレス》は依然火器を構えて戦闘態勢を維持していた。


「マジかよ、本当に撃ちやがった……。

 何考えてんだアンドロイド、お前は!!」


 声を荒げるエリックの耳に続けて聞こえてきたのは、ラーズグリーズの声だ。

 その声は依然として危機感を感じない呑気なものだった。

 だがそこには微かに、しかし明確な敵意と殺意が存在していた。


《そうそう。アンドロイドアンドロイド。

 エリック、だったっけ?―――にもうひとつだけ教えといてあげる。

 ……()()()()()()()()


「お前も……?

 お前もアンドロイドなのか!?」


《そう。

 そして、なんにも知らないアナタのことは特別に見逃してあげる。

 何も悪くないただの傭兵を相手にするのは忍びないしね。

 安全なところにでも離れて見てなさい。

 けど、アナタの同僚についてはこれから……


 ―――ぶっ壊すよ》



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