8.
※※※※
繰り返しになるが、敵も素人ではない。
ゲリラ戦を展開し各個撃破しようとしていたエリック達だったが、なかなか決定打を与えることが出来ないでいた。
敵部隊は常に数機で固まって行動し、不意を突かれないように連携して行動していた。
そのため、下手に打って出ると逆に反撃の機会を与えることになってしまうのだ。
その一方で、数的な優位にまかせてジリジリと包囲を固め距離を詰めてくる。
このままでは隠れていてもそのうちあぶり出されて、十字砲火を浴びて一巻の終わりだろう。
「多少の損傷は覚悟の上で、一度包囲網を突破するしかないか……。
レギン、いいな」
《了解》
意を決し、《キング・ナッシング》と《エンドレス・ネームレス》の二機は遮蔽物から身を乗り出し敵に打って出る。
五機のExAがこちらに気づき、即座に迎撃の構えを取った。
次の瞬間だった。
その内の一機が突如、何かに吹き飛ばされるように地面に倒れた。
「な、に……!?」
これにはさすがにエリックも戸惑いを隠せなかった。
一体何が起こったのか。
だが、この事態はまたとないチャンスでもある。
突然のことに、相手方の機体も一瞬だけとはいえ動きが止まった。
この隙を見逃すわけにはいかない。
「いくぞ!」
僚機に呼びかけながら、スロットルをかけて一気に突撃しつつ、右腕に装備したアサルトライフルを連射する。
真っ直ぐに敵機の胴体へと吸い込まれた弾丸が装甲を破り、中のパイロットごと内部機構をぐちゃぐちゃに粉砕した。
一機撃破だ。
相手も気を取り直し改めてこちらに発砲しようとする。
が、その矢先にまたしても、一機が耳障りな金切り音を響かせながら勢いよく倒れた。
間違いない。
これはExAによる攻撃だ。
どこからともなく弾丸が飛来し、敵を打ち据えたのだ。
しかもあれほど勢いよく倒れるとなると、ほぼ至近距離と言っていいほどの位置からの射撃だろう。
だが、それらしい機影はどこにも見えない。
レーダーにも反応はない。
ExAの攻撃で間違いないのに、この場にExAがいるという状況証拠が何一つないのだ。
これは、あまりに不可解な状況だった。
かといって、不可解な状況の正体を考えている余裕もない。
《キング・ナッシング》と《エンドレス・ネームレス》は加速を止めることなく火器を一斉射、混乱の中完全に動きの止まった敵を一気に撃破し、残骸となったそれらを通り抜けて包囲網を突破する。
―――その、一瞬だった。
敵の残骸を通り過ぎる一瞬になって、ようやくエリックは気づいた。
確かに、いた。
何かがそこにはいたのだ。
蜃気楼のごとく空気が揺らめくその中から、鋼鉄の巨人の頭部だけがまるで何かの間違いのようにぽつんと浮かび上がり、通り過ぎていくこちらの姿をじっと見据えていた。
その頭部に刻まれたスリット状のセンサーから放たれる光が、狐目のような双眸を浮かび上がらせる。
そして依然、レーダー上には何の反応もない。
そこには何もないと、あらゆる観測機器が言っている。
「こいつッ!」
咄嗟の行動だった。
考えるよりも先に身体が動いていた。
エリックは機体を急停止させつつ、アサルトライフルの銃口をその狐目に向けた。
アレは、明らかにまともじゃない。
今この場においては、三十機以上いる有象無象の敵などよりも遥かに危険な存在だ。
そんな直感が脳裏をよぎった。
が、次の瞬間、謎の機体はわずかに覗いていた頭部をも完全に隠し、どこかへと去っていった。
こうなってしまうともう、微かな空気の揺らめきしか見えない。
その状態で移動されては、こちらには到底追跡することは出来なかった。
「……なんなんだ、アレは」
とはいえ、相手を追えないのならいつまでも立ち止まっているわけにもいかない。
今ので撃破出来たのはせいぜい五機。依然敵は数多く残っており予断を許さない状態だ。
包囲網は突破出来たのだから、このまま敵を一方向に押し留めて確実に撃破する。
しかし、これもまたただの直感、紛いなりにもExAのパイロットとして戦い続けてきたエリックの個人的な勘ではあるが。
どうも敵の動きが悪くなってきたような気がする。
この数分の間に、にわかに相手の連携が精彩を欠いて来たのだ。
包囲を突破することが出来たのも、あるいはそのためかもしれない。
何かあったのだろうか。
例えば、連携の基盤となる司令塔が機能しなくなった、だとか。
もっとも、何があったにせよそれはこちらとしては知るよしもないし知る気もない。
相手が雑魚になったのなら、それはそれで好都合だ。
二機のExAはゲリラ戦を再開した。
※※※※
エリックの勘は的中していた。
敵部隊は何らかの原因により大いに混乱しており、ほぼ無力と言っていいほどに弱体化していたのだ。
包囲を突破してからは、あっという間に事が進んだ。
三十いた敵のExAはあっけなく全滅。
今、最後の一機を左腕のプラズマブレードで溶断したところだ。
戦場に一時の静寂が過る。
他の敵が現れる気配はない。
これで、目標は全滅したということだろうか。
「……このまま遺跡の奥にまで進むか。
まだ拠点設営のための人員が残っているかもしれん。
そいつらも皆殺しにして、ようやく作戦は達成だろう」
依然油断することなく、依頼を続行しようとするエリック達。
が、その時だった。
移動を開始しようとした二機のExAの前で、再び空気が揺らめいた。
気の所為だと思うはずもない。これは、先程のあの謎の機体だ。
こいつの存在を忘れていたつもりもない。
戦闘があっけなく終わったのは何より、あの機体がエリック達と並行して敵を攻撃し戦場を掻き回していたからだ。
そもそもこいつは何者なのか。
それが判明しないことには、この作戦の本当の意味での完遂はないだろう。
「レギン……必要だと思った時点で、お前の判断で殺れ。
こっちもそうする」
《了解しました》
コックピットの中、身構えるエリック。
その眼前で空気がひときわ大きく揺らめいたと思うと、まるでベールを脱ぐかのように透明の帳を取り払って謎の機体がその全容を見せた。
砂漠地帯での迷彩処理であろう、薄い桃色のカラーリングをしたExAだ。
あの空気のゆらぎの正体は、透明のマントだったのだ。
しかし、それはそれでますます不可解だ。
―――透明のマント。
一体なんのファンタジーだ。
そんなものが現実に存在するというのか?
そう戸惑うエリックの耳朶を打つ声。
それは、陽気そうな女の声だった。
《はァ~い!お疲れ様!
……やるねぇアナタ達!ちゃんと生き残ってくれるなんてさ。
アタシびっくりしちゃった!》
その声に呼応するように、ExAの狐目がにっこりと笑ったような錯覚させ受けた。
「……は?」




