7.
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旧工業地帯の最深部。
そこに駐留している部隊の規模を見て、それが単なる遺跡調査名目のものであると断定出来る者は誰もいないだろう。
広域探知可能なレーダー車両数台と、百人規模の歩兵。
倉庫を転用した武器庫には無数の火器が眠っており、その中にはExA用のものも混じっている。
それは完全に、大規模戦闘をも想定した防衛戦力そのものであった。
それほどの部隊を旧時代の遺跡に駐留させるに至ったのには、当然理由がある。
実際のところ、ここに派遣された当初は部隊の人員も少なく、名目通りの調査部隊でしかなかった。
だが、遺跡の調査が進みこの場所の正体が判明したことで、急遽ユニオン・トラスト本国から追加の防衛戦力が差し向けられることになったのだ。
結論から言えば、ここはExAの生産拠点であった。
となればここには、今となってはほぼ失われてしまった戦闘兵器の製造方法が記録として残されているかもしれない。
それを得ることが出来れば、国家にとっては大きなアドバンテージとなる。
そしてなによりここがExAの工場であるというのならば、その動力源であるフィロソフィア・ユニットも多数手に入る可能性があった。
それもまた、今の人類では決して作ることの出来ないロスト・テクノロジーだ。
無傷の状態のフィロソフィア・ユニットがひとつ手に入るだけでも、特区ひとつ分の電力供給の大部分を賄うことが出来る。
そこにExAの設計図の一つでも手に入れば、ヒトの十人、二十人など容易に引き換えに出来るほどの戦力を得られることになる。
『必ずやこの遺跡を防衛し、必要な情報、及び物資を持ち帰る』
それがこの部隊に課せられた使命だった。
そして今まさに、部隊はその使命を果たしている最中だった。
遠方より接近する正体不明機を、レーダー車両が捉えた。
その熱源反応から、ExAであることは間違いない。
すぐさま駐留していたExA部隊が迎撃のため出撃。迷路のように入り組んだ工業地帯の地形を利用し、遮蔽物に身を隠して待ち伏せしつつ、一斉射撃で仕留めようとしたのだ。
結果的に言えば、その作戦は失敗した。
敵である二機のExAはこちらに気づいたのかすぐさま後退。
敵をこのまま逃がすわけにもいかず、防衛部隊は追撃を開始。工業地帯内での戦闘が開始された。
即席の作戦司令室にて、当拠点の責任者―――すなわち防衛部隊の隊長である男は、敵撃破の一報がなかなか来ないことに焦れていた。
「たった二機だというのに、何をしているか!
奴らは一体何者なのだ。
どうもパックス・オリエンタリアの部隊ではないようだが……」
「おそらく、パックスから依頼を受けた傭兵であると思われます」
「傭兵か。
となると、あれとは別にパックスの本体が待機しているかもしれん。
そちらへの警戒も維持しておくべきか」
彼らとて、ただの飾りとしてここに駐留しているわけではない。
敵の攻撃があったとして、その意図を常に推測し、自分達がどう対応すべきかを考えているのだ。
「今相手にしている二機については、
下手に深い追いせず持久戦に持ち込むべきか。
多少手練の傭兵ではあるようだが、消耗させれば後は数で押し切れる。
……敵の本命に備えて、何機かこちらに戻せ」
そう指示を飛ばす。
―――その次の瞬間だった。
突然、小さな地響きのようなものが隊長の足元を揺らした。
「なんだ……?」
地震、などではないだろう。
揺れはほんの一瞬。
何より、揺れと同時に何かが地面に落下するような音も聞こえたのだ。
元々先の大戦により大部分が破壊されているような場所だ。
崩れた建物や鉄骨が落下したのだろうか。
「外を見てこい」
待機していた兵に指示する。
指示を受けた兵士は司令部より外に出て、拠点の様子を伺った。
しかし、特に大きな異変はなさそうだ。
とはいえ、先程の揺れと音は待機している他の兵達にも伝わっていたのだろう。
多くが戸惑った様子で近くの同僚と顔を見合わせていたり、敵の奇襲を想定してすぐさま持ち場に戻って警戒体勢に入る勤勉さを見せたりしている。
とはいえ、実際は何も起こってはいない。
どうやら建物が崩落したという様子もなさそうだ。
まぁ、元々至るところがボロボロだったのだ。正直どこが壊れてどこが無事なのかなど見分けもつかないわけだが。
しかし、そうなると先程の振動と音は何だったのかが分からなくなる。
あれは一体、どこで、どうして発生したものなのか―――
《はァ~い!ユニオン・トラストの兵隊さん達、ごきげんよう~!》
「!!??」
あまりに突然だった。
どこからともなく、女の声が聞こえてきたのだ。
この状況にはひどく不釣りあいな、やたらと陽気な声だった。
拠点内に緊張が奔る。
全ての兵士が、携行した火器を即時射撃可能にして身構えた。
声はどこから聞こえたのか。
それは皆はっきりと分かっていた。
だが、信じたくはなかった。
女の声は、拠点のほぼ中央にある開けたスペースから発せられたのだ。
しかしそこには、何もない。
車両も、コンテナの一つもない。ましてや女などいるはずもない。
何もないところから声だけが発せられたのだ。
―――いや、違う。それも間違いだ。
ある。
何かがそこにある。
兵士がじっと眼を凝らすことで、ようやくそれは見えた。
空気が歪んでいる。
熱せられたコンクリートから立ち上る蒸気が蜃気楼のごとく揺らめくように、透明の何かがそこに波打っていた。
もはや疑いようはない。
確かにそこには何かがある。
そしてあの女の声は、そこから発せられたのだ。
「迷うな、撃て!!」
誰かが声をあげ、それに異を唱える者はいなかった。
兵士達は一斉に火器を構え、発砲した。
無数の弾丸の雨があらゆる位置からその見えない何かに向かって飛来し、小気味よい金属音を響かせながら弾かれた。
見えない壁に衝突し、パラパラと落ちている弾丸。
その中で、ついにそれは姿を見せた。
目に見えない透明の何か。
それは、布ような形状をしていた。
それをマントのように翻し、奥に隠れていたものが兵士達の前に露わとなった。
鋼鉄の巨人だ。
全身を薄くくすんだ桃色に塗られた巨人。
「ExA!?」
「ば、馬鹿な!こちらの警戒網に引っかからずにどうやってここまで」
「ステルスだ!あの透明のマントといい、
レーダーを遮断する機能が備わっているんだ!」
「な、なんだそれは!?ExAにそんな機能あるわけない!」
「ただのExAじゃないってことだろ!
駄目だ!これじゃ俺達歩兵の火力じゃ歯が立たない!!」
混乱の坩堝に飲まれる兵士達。
そんな彼らの姿をあざ笑うように、姿を現したExAから再び女の声が聞こえてきた。
《アナタ達の目論見はぜ~んぶお見通しよ!
ここにある物資は残らず、パックス・ユニオンが貰い受けるからね!》
その言葉に呼応するように、巨人はゆっくりとその腕を上げる。
そこには、巨大な銃器が握られていた。
そこから放たれるであろう人の頭ほどの銃弾ならば、ここにいる兵士など原型も残らないほどに粉々に吹き飛ぶことだろう。
「ま、まずい!
ExAをこっちに寄越せェー!!」
そんな怒号は、鳴り響いた発砲音と地面のコンクリートがえぐれる炸裂音にあっけなくかき消された。




