6.
旧工業地帯に進入する二機のExA。
工業地帯、などと言ってもそれも過去の話だ。
大戦による破壊によって鉄骨や構造物が崩れて入り乱れ、半ば三次元の迷路のようなものを形成していた。
それらはレーダーの探知を遮り、敵の位置を探る妨げとなるだろう。
もっとも、それは相手も同じだろうが。
奇襲をするには悪くない環境ではある。
とはいえ、逆にこちらがばったり敵と出くわさないよう慎重に行動しなければ。
「隠れて拠点を作るつもりなら、場所はなるべく奥の方がいいだろう。
もう少し進むまでは敵と遭遇することもなさそうだ。
……事が予定通りにいくのなら、だがな」
そうつぶやくエリック自身、胸騒ぎはしていたのだろう。
だからこそ、次の瞬間展開されたその事態に対しても、別段大きな驚きはなかった。
レーダーに光点。
敵の反応だ。
予想よりも遥かに早く接触した。
しかもこの反応は、
「…………」
フィロソフィア・ユニット―――ExAのものだ。
「潰すか」
相手が何であれ、こちらが見つけたのなら相手だってこちらを見つけていてもおかしくない。
先手必勝だ。
すぐさま敵を攻撃しようとするエリック。
だが、不意に脳裏をよぎった直感がそれを踏みとどまらせた。
その直感の正体は、すぐに分かった。
レーダー上に次々と表示される熱源反応。
その数は二十、いや、目算出来るだけでも三十はあった。
そしてその全てが、ExAのものだったのである。
「レギン、一旦下がるぞ!」
彼はとっさに声をあげながら、機体をフルスロットルでその場から離脱させる。
僚機である《エンドレス・ネームレス》もそれに追従した。
次の瞬間、崩壊した鉄骨やコンクリートの隙間を縫うように次々と飛来する銃撃が、ほんのコンマ数秒前に《キング・ナッシング》のいた位置へと雨あられとなって降り注ぐ。
さらに次々と銃弾は飛来し、回避行動を取る機体の脇をかすめていった。
それでも熱源反応から距離を取ることには成功し、二機のExAは倉庫らしき建物の中へと身を隠すことが出来た。
この遮蔽物の多い状況でなら、向こうのレーダーからもしばらくは隠れられるだろう。
「……まぁ、だろうとは思っていた」
依然、エリックには驚愕も動揺もない。
薄っすらと、こうなるだろうと予想はしていたからだ。
今思えば、依頼の内容自体におかしな点があったのだ。
まずなにより、『敵の戦力は大したものではない』というパックス・オリエンタリアからの情報からして、すでに疑わしいものだった。
いくら遺跡調査の名目での行動とはいえ、海を隔てた向こうにあるユニオン・トラストがこんな小さな列島に、わざわざ『大したものではない』戦力を差し向ける必要があるのか。
仮にそうだとして、楽に倒せるような相手なら何故パックスが見つけた時点で自分達でさっさと始末せず、傭兵に依頼を出したのか。
そして何故、わざわざ夜陰に乗じての隠密作戦などとまどろっこしい真似を強要した。
大した敵ではないなら、昼間だろうが正面から殲滅出来るだろうに。
何故、隠密性を重視する必要がある。
そもそも、ユニオンは何故こんな場所に部隊を差し向けた。
いくら多少形が残っていたと言っても、ここは単なる旧時代の工業地帯だ。
そんな場所に拠点を設置する必要があるのだろうか。
―――あるいは、工業地帯という認識自体が誤りなのか。
根本的に連中の言っていることが全て嘘っぱちだとすれば。
その仮説が、一番腑に落ちた。
「レギン。どうやら俺達は騙されたみたいだ。
ここの敵は単なる遺跡調査団でも、
侵略の足がかりのための斥候部隊でもない。
一個大隊レベルの戦力が駐留している。
奴らは本気でこの場所を守っている」
《すなわちここは、ユニオン・トラストにとって
何らかの重要施設であるものと推測されます。
この入り組んだ場所で多数の敵に包囲されるのは危険です。
一度撤退し、待機している輸送機と合流することも
考慮すべきと進言します》
「……もう呼びかけてるさ」
想定外の敵が相手になった以上、少なくとも一度下がって作戦を練り直すなり、傭兵団の長であるエリサに伺いを立てるなりした方がいいだろう。
だが。
「応答がない。多分もう輸送機はトンズラこいた後だろうな。
俺達はここに放置された。逃げ帰る手段もないってわけだ。
……となると、さて。俺達はどうするのが一番ベターだと思う」
《作戦領域からの離脱手段がない以上、
敵を撃破して安全性を確保します。
即ち、作戦の継続です》
「そういうことだ。なに、やることはこの前と同じだ。
……第二十四居住区の時とな。
相手の数もたかが三十機、
あの時の敵に毛が生えた程度だ。
遮蔽物を利用しつつのゲリラ戦で各個撃破する」
結局のところは予定通りだ。
ただ目標となる敵の戦力が変わっただけのこと。
それ以外はただ、全てを倒す。
依然そこに変わりはない。
しかし、それにしてもだ。
「俺達はなんでこんな状況に放り込まれたんだろうなぁ?
こんな、客観的に見ればどう足掻いても生きて帰れそうな状況にだ。
わざわざ偽の情報を掴まされて、一体何の意味がある?」
気になるのはパックス・オリエンタリアの目的だ。
何故傭兵を騙してまでこんな死地に投入した。
それで連中にどんな利益がある。
「ただの嫌がらせか?
傭兵一人―――いや、二人か。騙して犬死にさせること。
それが目的なのか?
……いや、そんなわけがない」
《考えられるとすれば、我々は陽動だということです。
この作戦と並行して、なんらかの本命の作戦が展開中であり、
その達成こそがパックス・オリエンタリアの真の目的と推測されます。
そして、陽動である我々の生存はおそらく考慮されていません》
「敵に見つかって、追い回されて、ボコボコに叩きのめされて、
その間に隠れてやること済ませてしまおうってわけか。
で、全部が終わった時には俺達二人は地面に転がるゴミ、と。
大した筋書きだ」
口に出すと、なんとも絶望的な状況だ。
試金石どころの話ではない。この作戦は始めから、エリックとレギンにとっての最初にして最期の依頼だったのだ。
「……エリサ達はこの事を知っているのか?」
彼女達の傭兵団もパックスと共謀だったのか。
始めからこちらを騙すつもりだったのか、という問いだ。
《不明です。
真偽を確認しようにも、すでに友軍の輸送機も離脱しています。
敵からの攻撃を確認し、
安全確保のために一時離脱したと考えることも可能です。
しかし同時に、我々を囮として放置する
という目的を達成し帰投したとも考えられます》
つまり、どちらもあり得るということだ。
全てを知っているかも知れないし、何も知らないかもしれない。
おそらくは後者なのだろう。
そんな冷静な判断に対し、エリックはコックピットの中で吐き捨てるように返した。
「まぁ、どっちでもいいさ」
どっちでもいい。
仮にエリサ達が何も知らないとしても、それでエリックの中の結論が変わることはなかった。
《……声紋を分析したところ、
平常時のエリックの声からわずかに変化しています》
「……なに?」
突然の物言いだった。
《簡潔に言うならば、
いわゆる『怒っている状態』であると判断されます》
「……『怒っている』?
俺が?
キレてるって?」
なんで今それを言う。
ずけずけと、しかも図星なのだからたちが悪い。
やはり、このアンドロイドといると頭が痛くなってくる。
ただでさえはらわたの中で煮えくり返っている異様な熱が、そのまま頭にまで上がって脳を焼き尽くしてしまいそうだ。
彼女の言う通りだ。
エリックは怒っていた。
憤怒の極致にあった。
だが、レギンからこの指摘を受けた途端、その怒りすらも妙に心地いいものに思えてしまった。
そう。
なぜだか無性に、この状況が楽しくなり始めて来たのだ。
エリックは自嘲気味に鼻を鳴らしてから、こう続けた。
「いいかレギン、今のこの世の中で生きていくために必要なことがある。
……それは、ナメられないことだ。
自分で自分を卑下にして、
目の前にいる相手より格下にならないことだ。
そうなってしまえば、後は身も心も弱って弱って弱り果てて、
最期には干からびて死んでいく。
それが嫌なら、せめて自分を貶めようとする相手には容赦はするな」
《…………》
「誰が俺達を騙したのか、誰が何を目論んでいるのか。
そんなことはな、
これから眼につく相手を片っ端から叩きのめしながら考えればいい。
まずは手始めにこの場所にいる連中を皆殺しにして、
全てが終わって特区に戻ったらあのクソガキに直接問いただす」
全身を熱していた怒りが、ナノマシンを通じて鋼鉄の四肢にまで伝播していくのを感じながら、エリックは声を荒げた。
「俺達にナメた真似をすればどうなるかってことを、
身をもって思い知らせてやる!
レギンもそれでいいな!!」
《了解しました。
可能であるならば、それがもっとも効率的です》
「可能なんだよ。俺とお前ならな。
いくぞ、一機ずつしらみ潰しだ!」
自分達が今やるべきこと。
それを改めて確認し、二機のExAは倉庫から外に打って出た。
それから時間にして約三十秒後、一機目の敵機が鋼鉄の臓物を撒き散らしながら最初の犠牲となるのだった。




