5.
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エリサ傭兵団の拠点。
そのブリーフィングルームに団の主要メンバー、そしてエリックとレギンは集まっていた。
ブリーフィングルームとはいっても、元来基地でもなんでも無いこの拠点にまともな設備があるわけでもなく、机と椅子を必要分揃えただけのあまりに簡素な代物だった。
とはいえ、そんな粗末なものであっても活用して、作戦の内容を周知確認しなければならない。
それが組織というものだ。
机の上に広げられた一枚の地図。
それはパックス・オリエンタリアの支配地域とその周囲の地理を示すものだ。
もっとも、それも過去の大戦以前の古いもの。そこに記されている地名や国などはもはや存在しない。
そして、その地図上の一点をトンと指差しながら、団のリーダーであるエリサが言う。
パックス・オリエンタリアの存在する大陸から東にある、海に囲まれた細い列島だ。
「先程、この『列島地帯』にある旧工業地帯を
ユニオン・トラストの部隊が占拠したとの報せが入った。
『遺跡調査』を名目としたものらしいが、
実際はパックスに攻め入るための橋頭堡にでもするつもりだろう。
……当然、パックスがそれを許すはずもない」
「俺達にそいつらを潰せってお達しだな」
全てを言い終える前に、エリックが結論を言う。
「その通りだ。
貴様とレギンの両機をもって、旧工業地帯を占拠する部隊を全滅せよ。
それがパックスからの依頼だ」
「……敵の戦力は?」
「具体的なものは不明だが、名目上は遺跡調査として派遣されたものらしい。
大した部隊ではないそうだ。
パックスの眼をかいくぐり秘密裏に拠点を設置するつもりだったようだが、
相手の目ざとさを甘く見ていたといったところか。
ExAが二機もあれば問題なく撃破出来るだろう、というのが先方の想定だ」
「雑魚ってわけか」
「とはいえ油断はするな。
確実に作戦を成功させるべく、
夜陰に乗じた奇襲を行うようにとパックスから指示が来ている。
相手が隠れて事を為そうというのなら、
こちらもその意趣返しをしようというわけだな」
「夜襲か……なら、この後すぐ出発すれば今日中にでもケリはつけられるな」
「そういうことだ。貴様らはすぐに出撃準備をせよ。
輸送機で作戦区域まで運んでやる。
目標である工業地帯から離れた場所で機体を投下、
そこから引き続き待機させておくから、目標を達成したら戻ってこい」
「了解だ」
「これは我々傭兵団の最初の仕事だ。今後を占う試金石にもなる。
くれぐれも、先方のご機嫌を損ねるような真似だけはするなよ」
※※※※
大戦による環境汚染の結果、ほとんどが砂漠化した大地。
そこがかつて何という国の何という名前の土地なのかも、エリックはもう覚えてはいないしもう一度知る気もない。
その中に、破壊からかろうじて生き延びた工業地帯の跡地が、寂しくその錆にまみれた鉄骨や燃料タンクを残していた。
輸送機から投下されたエリックの乗機《キング・ナッシング》とエリサの《キュクロプス》は、ブースターを低出力で噴射させ砂面を滑るようにホバー移動していた。
過度に砂塵を巻き上げ、相手に悟られないようにするためだ。
もう間もなく旧工業地帯に入る。
その後は目につく敵を手当たり次第に殲滅するだけだ。
作戦が開始するまでのその僅かな時間の中で、エリックは何の気なしに僚機へと呼びかけていた。
こちらの居場所を知られないという意味では、無線による通信も慎むべきなのだろう。
が、向こうに無線を傍受出来るような備えがあるのなら、そもそも近づいた時点でとっくにバレているだろう。
今更気にするものでもない。
「レギン。ひとつ提案したいことがあるんだが」
《なんでしょう》
レギンは相も変わらぬ事務的な声で返事をする。
「お前のその機体の『呼び名』だ。
機体そのもののコードネームは《キュクロプス》だが、
今後ユニオンの連中を相手にする場合、
同型機とやり合う機会も増えるだろう。
そうなった時にお前の機体を区別するためにも個別の呼び名が欲しい」
《合理的な判断です》
「そうかい、お褒めに預かり恐悦至極。
……で、どうする?お前の方で何か案はあるか?」
《ありません》
即答である。
「……ったく。まぁそう言うだろうとは思ってたよ。
だがな、念の為言っておくが、俺にだって案はないからな。
もし『俺の方で考えろ』って言われたら、
ロクな名前付けられねぇからそのつもりでな」
《分かりました。その上でエリックに搭乗機の呼称を委ねます》
「…………」
つくづく、シルクのカーテンに腕押しでもしているような無機質なやり取りだ。
はっきり言って、レギンには自分の乗る機体の名前など、便宜上の理由以外に一切の関心がないのだろう。
敵と名前が被らない限りは、なんと呼ばれようが構わないのだ。
それならそれで、エリックとしても結構だ。
「そうかい。だったらいっそ『名無し』とでも呼んじまうぞ?
それでも《キュクロプス》からは区別が付けられるものなぁ?」
《承知しました。それでは当機の名称はこれより《名無―――》
「冗談だよ!お前マジでそれでいいのか?
お前が『うん』と言えばその機体は
これから永遠に『名無し』になるんだぞ。
それでいいのか?マジで?」
《……うん》
「いや、うんじゃなくて」
急にかわいらしい返事をするレギン。
多分こちらが『うんと言えば』と表現したのでそれにそのまま倣っただけだろう。
エリックとしてはもはや呆れ返るしかない。
「あぁそうかよ。それじゃ決定だ。
お前の機体はこれから《永遠に名無し》だ。
ほら、嫌じゃないなら復唱でもしてみろよ」
「機体名を復唱。
―――《エンドレス・ネームレス》。
……傭兵団へもこの呼称を周知しましょう。
機体識別のための呼称である以上、全員が覚えておく必要があるます」
「……お前と話をしてると、この世の全てがバカバカしく思えてくるな」
まったく歯ごたえのない。まるで機械とでも話をしているみたいだ。
実際その通りなわけだが。
そしてそんな歯ごたえのない会話にも、さすがにエリックも少しずつ慣れてきた。
それにつれ、なんというか、そこに言いようのない居心地の良さのようなものも感じられるような気がしてきた。
一体こんなやり取りのどこが居心地がいいというのか。
せいぜい相手が機械だからこちらも遠慮する必要がなくて気が楽、だとかそういう理由だろう。
そうに違いないと結論づけ、エリックはそれ以上くだらない思考に耽溺することはやめた。
なにせ、後もう数十秒もすれば工業地帯に侵入するからだ。
さすがにこれから先は、話をしている余裕などない。




