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2.



「…………」


 エリックの目の色が俄に変わる。

 それを見逃すまいと、エリサは言葉を続けた。


「もちろん、貴様の戦闘は我々も隠れて見ていた。でなければこうやって直接仲間に引き込もうともしないだろう。

 その優れた操縦技術については言うまでもないことだが、それ以上に私は、貴様の戦いにある種の偏執じみたものを感じた。

 貴様は、既に戦意を喪失したり、あるいは逃亡しようとする敵まで徹底的に殲滅しようとしていたな。

 ただ国家の襲撃を押し返し生き残るためなら、そこまでする必要はない。敵が諦めて撤退をしようという以上、過度に深追いする方がむしろ危険だろう。

 だが、貴様はそうはしなかった。貴様は明らかに国家に対し個人として明確な敵意を持っている。

 しかもその敵意の矛先は、《国家》という単位そのものに対するものではない。今貴様は国家と敵対した自分が特区に入ることに難色を示した。

 だが、『拒否』ではない。先の口ぶりでは、こちらの回答次第では特区への移住そのものは前向きに考えるように聞こえた。

 貴様のその敵意と憎悪の対象はひとつだ。すなわち今回の襲撃の下手人とも言える《ユニオン・トラスト》のみ」


 彼女の言葉を、エリックはただ黙して聞くだけだった。


「それを踏まえた上で、こちらも応えよう。我々の仲間になることは、貴様にとっても有意義であるだろう。なにせ我々は―――」


 結論まで言おうとしたところで彼は徐に口を開き、エリサの言葉を遮った。


「分かった。……気に入ったよ」

「気に入った、というと?」

「何より気に入ったのが、そうやって知ったふうな顔で他人の事情にズケズケと踏み込むことと、それがそのものズバリ正解だってことだ」

「ということは……」

「元々俺は、傭兵になること自体は嫌じゃなかった。国家に尻尾を振って連中の下働きをすることだってな。

 特区に入ることだってむしろ望むところだったさ。美味い酒が飲めるんだろ?大歓迎だとも。

 だが、それにもひとつ条件があった。

 『敵はユニオン』、そして『味方はそれ以外』だ。お前らはその条件に合致するって言うんだろ?」


 エリサは再び頷いた。


「《パックス・オリエンタリア》という国家を知っているか?」

「……知ってるよ。なるほど、確かに好都合だ。あいつらとユニオンの仲は険悪の極みだからな」


 世界各地に存在するいくつかの国家。

 その内のひとつが《パックス・オリエンタリア》だ。

 とある大陸に設立され、周辺の資源と人材をひとまとめにしている。

 ユニオン・トラストとは海を隔てた先に位置しており、互いを仮想敵としてにらみ合いを続けていた。と、エリックは記憶している。

 すなわち、『敵の敵』だ。彼の求める条件にぴたりと一致するということである。


「我々のチームが拠点とする特区はそのパックス・オリエンタリアの管轄だ。となれば、傭兵としての依頼もあちらから発注されることになる。

 その標的ターゲットとなるのがどこの誰なのか、もはや言うまでもない。

 ……どうだろう。気に入ってもらえたというのなら、こちらの提案に対する返答は如何様なものだろうか?」


 改めて問うてくるエリサ。

 それに対するエリックの回答は言葉ではなく、差し出した右手によって示された。


「改めて、握手だ。お前達のチームに入ろう」

「こちらが言うのもなんだが、すんなりと受け入れるのだな。良いのか?先程は居住区のリサイクラー達と今後のことで揉めていたようだが。

 確か、『一人で好き勝手にどうこう』だとか言っていたそうではないか」

「そこまで盗み聞きしていやがったのか……、まぁいいや。あいつらの組織には未来がない。あのままやせ細って自然消滅するのがオチだろう。

 だが、そっちならまだ上手くやっていけそうだったからな。結局人間ってのは自分の利益が一番なんだ。

 お前達と組むのならまだ俺にとっても見返りがありそうだと思っただけさ」

「その見返りというのは……」

「さっき言った通りだ。ユニオン・トラスト、奴らを一匹でも多く捻り潰すことだ。条件は忘れないでくれよ。

 依頼の標的は奴らだ。全部が全部とは言わないがな。それさえ呑んでくれるのなら、後のことは概ねお前に任せるよ」

「……よし。貴様の快い承諾に感謝する」


 エリサが差し出された右手を握り返す。

 これで、エリックと彼女達の協力関係は結ばれた。


「それはそれとして、貴様の相方の方はどうする。……アレだ」


 と、エリサが視線で、エリックの後方で微動だにせず佇立する《キュクロプス》を差す。

 あちらのパイロットへの同意をまだ得ていないと言いたいのだろう。

 だが、そんなもの今更必要もないだろう。


「アレなら放っといても俺についてくる。そういうヤツなんだよ」

「……もしや、アンドロイドか」

「つくづく察しがいいな、お前は。子供扱いしたことを謝るよ」

「その発言がむしろ嫌味たらしいというのだ。私は気にしていない」

「(気にしてないならそんな反論はしないと思うが……)」

「事が決まったのなら行動は速い方がいい。これより貴様の機体を特区まで移送する。構わんな」

「それは構わないが、あっちはどうする?あの輸送機、牽引出来るのは一機だけだろう」


 今度はエリックの方が《キュクロプス》の方を親指で差す。

 エリックがエリサの傭兵チームに加わる以上、レギンだって特区に連れていかなければならない。

 が、エリサもそれについては重々承知していたようだ。


「問題はない。すでに手配はしているところだ。元々はリサイクラーの持っていた五機のExAを引き込む手筈だった、と言ったはずだろう。

 それ相応の用意はしてある。そろそろ来る頃合いだ」


 彼女がそう言い終える頃には、回転翼の動くバタバタという音が、再度上空から聞こえてきた。

 二機目の輸送機がやってきたのだ。元々どこか別の場所で待機していたのだろう。


「もう一機についてはあれに運んでもらう。

 この狭いスペースに何機も輸送機を停めておけないから、先に貴様の機体を引き上げ離陸してから、お仲間も連れて行ってやる。

 さぁ、貴様も早く乗り込んでくれ。機内はあまり快適とは言えんが、まぁ座席に座って尻が痛くなればストレッチするぐらいのスペースはある」


 エリサが、エリックに輸送機に移乗するよう催促する。

 が、エリックはそれを断った。


「いや、俺はあっちでいい」


 彼が顎で指し示したのは、自らの乗機である《キング・ナッシング》だった。

 つまり、自分はあのコックピットの中でいい、ということである。


「いいのか?もしやして、我々のことを未だに信用していないとでも言うのか。

 ここまで来てそちらを騙し討ちにする意味などないだろうに」

「そういうわけじゃない。ただ、あの中が落ち着くだけだ。ExAなんて兵器に取り憑かれた哀れなパイロットの戯言だとでも思っておいてくれ」

「……そういうことにしておくか」


 そのままエリックは踵を返して、《キング・ナッシング》の方へと戻っていく。

 その去り際に一言だけ、


「そういうわけなんで、これからあの機体は俺の肉体の延長も同然だ。そっちもそのつもりで丁重に扱ってもらいたいもんだ」


 とだけ言い残した。


 そうしてエリック達、そして彼らの乗るExAは、エリサの率いる輸送機に連れられ第二十四居住区を飛び立った。

 居住区に対する未練などはほとんどない。

 元々行きずりで落ち着いた場所に過ぎなかった。あの街―――街とすら呼べない瓦礫の山に住まうようになってから記憶も、エリックの中ではすでに曖昧なものになっていた。

 今思い返してみれば、あそこに居座っている間、自らの人生の時間は停滞していた。全くの無為だったのだと、そう思い知った。


 今、その無為なる停滞の時が、終わりつつあった。



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