1.
第二十四居住区の主要部から遠く離れた荒れ地。
無数の瓦礫が手付かずの状態で放置されており、住民達もほとんど足を踏み入れたことはない。
ここまで来るともう、街の外と表現してもいい。
そんな場所に、エリックの駆る《キング・ナッシング》と、レギンレイヴの《キュクロプス》は降り立った。
わずかに残った瓦礫の少ない開けたスペースに機体を着地させる。
先程通信を寄越した謎の声。彼女が互いの合流地点に指定した場所がここだった。
他のコロニスト達のいない場所で、改めて話をしようというのだ。
エリック達が到着した時には荒れ地は未だ無人だったが、ほどなくして示し合わせたように一機の航空機が上空に姿を見せた。
対になっている二つのプロペラを持つ大型の垂直離陸機だ。機体の下部にはアーム状のリフトが取り付けられている。
これは、ExA用の輸送機だ。先の戦いで全滅させた国家の機体も、確かこれと似たようなものに牽引されて移動していたのを思い出す。
言うまでもないが、そんじょそこらのコロニストの手に入るような代物ではない。
どうやらこれから交渉をする相手は、第二十四居住区の住民であるかどうかすら怪しそうだ。
航空機が《キング・ナッシング》のすぐ近くに、寄り添うように着陸する。
狭いスペースになんとか機体を降ろそうとするものだから、危うくプロペラがこちらの装甲をかすめそうになった。
バタバタと回転していた翼が完全に動きを止め機体が静止するのを確認してから、エリックはコックピットを開放させてExAから降りることにした。
その途中にでも相手が何かをしでかす素振りを見せれば、すぐさまシートに座り直して容赦なく銃撃するつもりだったが、どうやらその必要はなさそうだ。
さすがに向こうもExA相手に事を荒立てるつもりはないらしい。
とはいえ、交渉するのはエリック一人だ。レギンは引き続きコックピットに残ってもらい、いざという時には動いてもらうつもりだった。
エリックが地面に足を付けてから、それに応えるかのように輸送機の乗降口も開き、そこから三つの人影が姿を見せた。
護衛らしき武装した男を引き連れるように先頭を歩く者の姿を見た途端、さすがのエリックもさすがに拍子抜けしてしまった。
あまりに。
あまりに小さい。
「正真正銘の子供じゃないか……」
目つきは鋭いものの、あどけなさすら残った顔に、目算でおおよそ百四十cmほどしかない上背。
どう見てもまだまだ子供の女だった。歳も、多く見積もって十五かそこらだろう。
灰色の長い髪と白い肌。言っては悪いがまるで『お人形さん』だ。その細い足など、ちょっと力を加えるだけて軽くへし折れてしまいそうである。
だが、そんな華奢な身体にぴっしりとパンツスーツを着込んだその格好からは妙なちぐはぐさも感じる。
少なくとも、ほつれ一つ無いその清潔な服装は、ゴミにまみれた居住区の人間のものではない。
エリックの言葉が聞こえたのだろう。しかしそれに対して特に憤慨するでもなく、少女は皮肉を返してきた。
「この世の中でまだ年齢なんぞが人の能力を評価する要因になると思っているのか、貴様は?……お目出度いことだ」
「目に見える事実を言ったまでだ」
「エリサ・シャドウランドだ。以後お見知りおきを」
エリックの前にまで歩み寄ったエリサという名の少女は、そのまま右手を差し出し握手を求めてきた。
が、エリックはその手を握りかえすことはしない。
「それもまだ早いだろう。ひとまず話だけは聞くことにしたが、こちらの意思は決まっていない。
先に本題を進めることにしよう」
「それもそうだな」
エリサはさもありなんという様子で手を下げる。
お互い、相手を信用はしない。かといって過度に敵視もしない。
あくまでただの他人、ニュートラルな関係を維持したまま、とにかくまずは事実を事実として伝える。
そこから始めるのだ。
一呼吸を置いて、エリサは自らの目的を語り始めた。
「我々は、《特区》から来た。《特別指定区》……聞いたことはあるか?」
「聞いたこと、ならな」
―――《特別指定区》。
今応えた通り、エリックもその名称程度なら知っている。
が、第二十四居住区にいる間にはほとんど耳にしたことがない名だった。
つまるところ、そういうことだ。
居住区に住むようなただのコロニストにとっては、縁遠いもの。それが特区である。
「コロニストの住む居住区の中でも、国家に認められて援助を受けている所だったな。モノにも困らなければ、インフラだって整備されている。
そこらの干からびた居住区なんかよりも遥かにな。住んでさえいれば生活にはひとまず支障はない、夢みたいな場所だろ。
―――住んでさえいれば、だが。……なるほど、お前らは俺みたいなか弱い難民なんかとは違う、選ばれた上級民ってわけだ」
「その上級民に貴様もしてやろう、というのが我々の目的だ。結論から言えばな」
「…………」
「特区には貴様の言う通り、国家から許可を受けた選ばれた人間しか住む事はできない。
そして言うまでもなく、その『許可』というものが誰彼構わず与えられるわけがあるまい?」
エリサの言いたいことはつまり、
「そこに住むのは国家にとって利益となる人間だけだ。専門知識に長けた技術者か、あるいは……戦うための手駒。兵士だ」
エリックの言葉に、エリサは小さく頷く。
「《傭兵》というのはそういうことだ。我々は国家からの依頼を受けてそれを遂行することを見返りに、特区への居住許可を得た。
それに際して、我々は依頼遂行のための戦力としてあるものを用意することにした。
―――ExAだ。元々我々は各地の居住区に根回しをし、ExAの所有者をスカウトしていた。
その目処がたった者達のひとつが、この第二十四居住区に潜伏しているリサイクラーだったのさ。
ツギハギのハリボテみたいな代物でも、五機も揃えれば雑用ぐらいはこなせる。
……が、結局連中はしくじった。国家に尻尾を掴まれ、その結果はご覧の通りだ。
さすがにスカウトすべき傭兵がそもそも死んでしまったのでは話にならない。諦めて他の候補を当たろうとしたその矢先に、貴様が現れた」
そう言って、エリサはエリックを指さした。
「貴様の搭乗するあの機体。整備も行き届いており状態は良好だ。何より貴様自身の操縦技術……。
素人を雇うよりもこちらとしてもむしろ好都合な程だ、我々は運が良かった。貴様を我がチームに加えれば、国家からの依頼も問題なくこなすことが出来る。
特区に住まうだけの有用性というものを証明出来るというものだ」
「見返りは」
エリックが一言問う。
「言うまでもないであろう。《特区》だ、そこに住める。
仕事さえこなせば寝食にも困らない。嗜好品の類だって手に入る。他のコロニスト達にとっては喉から手に入るほど欲しいものだ。
酒だって、居住区のものよりもずっと上等なものが飲めるだろう」
「酒!はははは!お前、俺の好みをよくご存知じゃないか!」
両手を叩いて声を弾ませるエリック。
が、その数秒後には叩いた手のひらをそのままぴたりと合わせて、睨むように目の前の少女を見据えながら言う。
「しかし、それを俺に頼むのはお門違いじゃないのか?
お前、さっきここで何が起こったのかを見てなかったのか?
特区に住まうのは国家の得になるような、尻尾を振ってくれる従順な犬なんだろう。
だが、俺は今しがたその国家の連中を皆殺しにしたところじゃないか。連中が求めるものとはむしろ真逆だ。
そんな俺を傭兵として招き入れるなんて、そんなことを許してもらえるかねぇ?」
もっともな指摘ではあった。
が、これにもやはりエリサは動じる様子はない。試すようなエリックの口ぶりに対し、ただ口元に不敵な笑みを浮かべるだけだった。
「そうだな……。こちらから貴様に対し、ひとつ確認しておきたいことがある」
「何だ」
「貴様、《ユニオン・トラスト》に対し個人的な怨恨を抱えているであろう」




