15.
その言葉を聞いて、リーダーの中にあった怒りの堰は完全に切れた。
「貴様はァ!!」
拳を握りしめ、エリックに殴りかかる。
が、彼は逆にリーダーの顎先を軽くつつくように殴り返した。
拳をまともに受け、崩れるように後ろに倒れ込み尻もちをつく。
それが、ますますリーダーの怒りを増長する。
「そもそも貴様が!最初から我々に協力してくれていれば始めからこんなことにはならなかった!
国家の連中だって押し返して、被害だって抑えられた!みんな助かったかもしれないんだ!」
「結局それかよ偽善者がッ!!」
「……っ!?」
突如吠えたエリックのその声に、思わずたじろぐ。
「戦ったよ、俺だってすぐに。おかしなアンドロイドに唆されてな。俺の機体が戦闘するところ、お前らも見てたんじゃないのか。
その上でのこれだ。俺一人がどうこうしたところでこの結果は変わらなかった。
それにだな、もし今回国家のクソ共を追い払えたとしよう。その次はどうする。これで完全に終わりなわけがないだろうが。
俺達が予想以上の戦力を持っていると分かれば、奴らは本腰を入れて潰しにくる。今回以上の戦力を整えて襲ってくるだろう。
今この瞬間にだってきっとそうしてる。なんなら明日にでも、連中の再攻撃は始まるだろう。
そいつらを相手にして、もう一度勝てると思うのか?お前らは?」
「そ、それは……」
「ひとついい事を言ってやろう。お前らの考えはそりゃ立派だ。みんなのために武器を取り戦う。羨ましくなるぐらいの綺麗事だ。
だがな、その綺麗事を叶えるために、どれだけの地獄が待っていると思う?
国家と戦い連中のモノも土地も奪うとして、そのための明確な作戦はあるのか。奴らを相手にして勝ち続けるための勝算は。
もしお前らが『あわよくば』程度の軽い気持ちでいたのなら、どの道どこかで負けていたんだよ。
立ちふさがる連中も、後ろにいる連中も、まして自分自身も、全部かなぐり捨ててようやく何かを成し遂げる権利が手に入るんだ。今のこの世界ではな。
いいか、『権利』だ。そこまでやってようやく権利だ。それでも何も得られないこともある。
その覚悟が出来ていないんなら、他人を巻き込むな。一人で好き勝手に生きて、そのまま枯れ木のように縊れ死ぬ方がマシだ。
……少なくとも、俺はそうすることにした」
そう言って、エリックは踵を返してExAに戻ろうとした。
その背中に、リーダーが言う。
「一人で……。お前は、そうやって生きていくっていうのか」
「あるいは、一人ってわけでもないかもな。なんにせよ、少なくともお前らと一緒だけは厭だね。
俺だってそこのジジィには世話になったんだ。本当なら今すぐこんなところからはおさらばしなくちゃいけないのに、それでもせめて死に顔ぐらいは見てやろうと思ってここに来たのにさ。
余計な邪魔が入った。ぐちぐち喚き散らしやがって。お前らにだってやらなきゃいけないことがあるんじゃないのかよ」
それ以上、エリックにはもう語る舌はなかった。
彼はそのまま足早にExAへと駆け戻り、そのコックピットへと入っていった。
リーダーと、彼の後ろで立ち尽くすコロニスト達にもまた、言える言葉は何もなかった。
ただ暗く、そして重く淀んだ廃墟の空気に押しつぶされそうになりながら、無意識の内につぶやくしかなかった。
それは、あらゆる責任を放棄する諦観の言葉だ。
「……それなら俺達なんぞ、そもそもこの世界に生まれて来なければよかったんじゃないか」
結局のところ彼らは、その程度の者達でしかなかった。
※※※※
《キング・ナッシング》に再び乗り込んだエリック。
紛いなりにもこの居住区には長い間住んでいたし、リサイクラー達にも世話にはなった。
だが、それ対する最低限の義理だけは果たした以上、このままこの滅びゆく街と運命を共にするつもりもない。
これからどうするべきか……。
「とりあえずは、どこか別の居住区へ移るしかないだろうな。何をするにしても」
ExAの足は速い。それに、大型兵器と言ってもせいぜい大型のトラック程度の外見だ。長距離の移動も問題なく行える上に、動き回っても案外目立つこともない。
《キング・ナッシング》の整備を続けていたのもそういった利便性があったから、という理由は一応あったのだ。まったくの無計画だったわけではない。
今の内に他の居住区の近くまで移動して、後は夜の間にこっそりとどこかに機体を隠しつつ、何食わぬ顔でそこの新しい住人にさせてもらうことにしよう。
そう頭の中で想定をしつつ、すぐさま出発しようとメインシステムとの神経接続を行おうとする。
その時だった。
《聞こえるか、そこのExAのパイロット。聞こえているなら応答しろ。
繰り返す、そこのExAのパイロット。聞こえているなら応答しろ》
コックピット内のスピーカーから声が響いた。
若い―――というよりもいっそ幼いとすら表現出来る少女の声だった。
神経接続をしていなくても機体間のやり取りが出来るよう通信機器がコックピットに外付けされているのだが、それが作動しているのだ。
今、何者かがどこかからこちらに無線で呼びかけている。
その声に対しエリックはまず、同じく機体に搭乗済みのレギンに確認を取った。
「無線通信だ。レギン、そっちも聞こえているか」
《聞こえています。広域帯の周波数による通信です。国家の使用するものではありません》
「第三者からのものってことか」
それを確認してから、改めて呼びかけてきた声に返事した。
「この状況でこちらに通信を寄越すとなると、今この居住区の中にいるな?
それに、無線通信が出来る設備と、それを使えるだけの余裕がある。
お前、さっきの襲撃の間何をしていた?みんなが必死こいて戦っている間に、まさかこそこそ隠れていたとでも言わないよな?」
開口一番の挑発だ。
相手の素性も何も分からない状況で友好的に接するつもりはない、という意思表示である。
が、向こうも向こうでエリックが警戒することなど百も承知という様子だった。
《そうだとも。私は別段、ここに住むリサイクラーの味方をしているつもりなどないのだからな。彼らがどれだけ死のうが構いはしない。
しかしながら……貴様という個人の味方ではある。正しくはこれからそうなりたいというところなのだが》
子供のような声のくせに、口調だけは妙に厳粛として物々しい。
「……前置きはあまり長くしたくないな。要件を言え。
話し合いをフェアにするためにこちらもあえて正直に言うが、俺もこれからどうするべきかはまだ決めあぐねているところだ。
そっちが味方になってどれだけの得があるのか。それ次第では話を聞こうじゃないか」
《よかろう、端的に言おう。貴様を我がチーム所属の《傭兵》として雇いたい》




