2.
どこの誰とも知らないチンピラのような四人組を返り討ちにし、エリックは改めて仕事を再開した。
彼の仕事というのを端的に言い表わせば、ゴミ漁りだ。
人類の文明は、三度目の世界大戦の結果瓦礫の山の中へと埋もれて消えた。
しかし、文字通り跡形もなく消えて無くなったというわけではない。
大戦以前には確かに高度に発達した文明の利器というものが存在していたし、戦後のそれらも実際のところ瓦礫の下や廃墟の奥底に人知れず眠っているというのが現状だった。
そして、戦争の炎に焼かれず生き残った一握りの人類―――道具の利便性というものに散々依存してきた彼らが突然全てを捨てて原始の時代に立ち返れと言われても、出来る道理はない。
だからこそ、かつて滅んだ文明が残したインフラ設備を再生させ、荒廃した環境から道具や機械を掘り返し再び使えるようにする必要があった。
せめて人々の生活をかつてと同じ水準まで戻す。それが生き残った者達の急務だった。
そしてその矢面に立って働くのがエリック達、《コロニスト》と呼ばれる者だ。
コロニストは大戦以前に人の生活圏となっていた場所を発掘し、使えそうなものを掘り出してくる。
そのような代物がある場所は《遺跡》という通称で呼ばれ、すなわち彼らにとっての仕事場になるわけだ。
特に大規模な都市があった土地などはそれだけ多くの遺産を掘り出すことが出来るので、遺跡としては重宝される。
そういう意味で言えば、ここはドンピシャだった。
エリックが今いる遺跡は、生半可ではない量の瓦礫で半ば埋没してしまっている。もともと存在していた地面など隙間ほども見えない。
これらはおそらく高層建築物の残骸だろう。となると、ここに大都市が存在していた名残に他ならない。
大きな都市には当然人も多く、となるとその分物資だって多かったはずだ。
そんな物資を探し出すために、エリックは仕事を黙々と続ける。
敷き詰められているコンクリート片を一つ一つ持ち上げ、脇にどかしていく。
重機で一思いに掻き出す、などということは出来ない。そんな便利なものはない。
そもそもそう言ったものをこの瓦礫の山から見つけ出すというのが仕事なのだ。卵が先か鶏が先かという話だ。
作業は遅々として進まず。コロニストの仕事は大抵一日がかりだが、それだけかけても一アールの範囲も発掘できないというのもざらだった。
過酷な重労働だ。五年も続ければ身体のどこかがおかしくなり、最悪何らかの事故で足腰が立たなくなることもある。
コロニストというのは誰も彼もが進んでやりたがるような仕事ではなかった。そんな仕事を、エリックはもう十五年も続けている。
根本的に人手も道具も不足しているのだ。そのような事情もあり、先の大戦からすでにおよそ八十年ほどの歳月が立っているというのに、今の人々の生活がかつての水準まで戻る兆しもない。
冬場に暖を取るようなことすら難しく、年老いた者は春の訪れを待つ前に死ぬ。今はそういう世の中だった。
それでも、何の成果もないというわけでもない。
まさしく今のように、だ。
ここが大都市の跡地であったというエリックの予想はどうやら正しかった。
「アタリだな……」
何個目かの瓦礫を持ち上げたところで、エリックは思わずつぶやいた。
「車だ」
瓦礫を押しのけたその奥から見えてきたのは、自動車のボンネットらしきものだった。
車体はところどころ陥没しひしゃげているようだったが、試しに腕をかけてみるとなんとか開いてくれた。
内部にある駆動系も、見たところ大きく破損している様子はない。エンジンも形の上では無事に残っているようだ。
自動車は遺産としては上々の代物だ。なにせ原動機と、電装機器用の発電機がセットで着いている。電力の供給源が手に入るのだ。
それだけで出来ることが大きく増えてくるだろう。
もっともそれも、モノが壊れていなければの話ではあるし、仮に無事だとしても然るべき修理と燃料の確保は必要になる。
だとしても、使えるかもしれない物資が手に入るというだけでも今の人々にとっては価値のあることなのだ。
「宝の山だなここは……」
こうなると、ここがかつて都市部であったのは間違いないだろう。
となれば、見つかるものもこれだけではないだろう。自動車だけで見ても他にもいくつか埋まっているはずだし、それ以外にも有用なものがあると推測出来る。
その内のどれほどが実際に使えるほど無傷なものかはこの際度外視して、だが。
とはいえせっかく見つけた自動車だが、言うまでもなく内部機関が無事そうだからといってこのまま乗っても走るわけがない。
かといって手で持ち運ぶなど無理の一言だ。
部品ごとに解体してそれぞれバラバラに持ち帰ることになるだろう。それにしても人員の頭数が必要なので、後日他のコロニストと協力して作業することになる。
今回はひとまずこの場に置いておいて他に何かないか探し出し、一人で運び出せそうなものはそのまま拝借するとしよう。
瓦礫掃除を再開するエリック。たった一人で、黙々と。
気の遠くなるような作業だ。夜明け間もない早朝に始めたことが気づいた時には真昼頃になっていた。仕事はすでに数時間に渡っている。
それまでの間、エリックは延々と瓦礫を持ち上げ、別のところに放り投げるというのを続けていた。
照りつける太陽が熱い。まるでこちらのやっていることを無意味な愚行だと嘲り笑っているかのようだ。
だが、それにいちいち反抗する気にもならない。太陽なんぞにどうやって反抗すればいいのかも分からない。
ずっとこうだったのだから仕方がない。エリックの仕事というのはずっと同じことの繰り返しだった。今更その是非など問う気にもなれない。
それは、彼自身の人生にしてもそうだ。
同じことの繰り返し。何の代わり映えもない、ただ損耗していくだけの日々。
うんざりなど、とうの昔にして飽きていた。
何個目、あるいは何十個目からの瓦礫を持ち上げる。もっとも、持ち上げたその下にあるのも瓦礫の山なわけだが。
しかし積み重なった瓦礫の隙間から、あるものが見えた。
―――腕だ。
人間の腕らしき形状のもの。
「…………」
エリックは目の色一つ変えない。
これまでと変わらぬ手付きで腕の周囲にある瓦礫も手早く排除していく。
これは間違いなく腕だ。しかし、厳密に言えばヒトのそれではない。
あらかたの瓦礫をどけた後、エリックは腕を掴みそのまま引き上げた。その先に繋がっているであろう腕の持ち主の身体ごと、引き上げたのだ。
瓦礫から抜け出して露わになったその身体。
しかしそこには、下半身というものがなかった。腹部の辺りから下がちぎれたらしく丸ごとなくなっていた。
腕も片腕だけで、もう片方はない。ちぎれた腹部からは、中身が垂れ下がっている。
そう、中身だ。しかし、厳密に言えばヒトのそれではない。
エリックの腹の中にも薄皮一枚隔てて詰まっている、あの内臓の類ではない。
「アンドロイドか」
エリックの目に映るのは、電気配線を思わせるケーブルの束だった。
今彼が掴んでいる死体は人間のそれではなく、人を模した機械―――アンドロイドの残骸だったのだ。
女性型のアンドロイド。シリコン製の皮膚に包まれた顔に表情はなく、頭部を覆う人工頭髪は半ば剥げ落ちていた。
その姿からは生物の死骸という生々しさは見えない。ただ単に、人の姿をしただけの物体でしかない。
そんなものに驚く必要はないし、ましてや憐憫の情を抱くわけもない。エリックはただ冷然と文字通り物言わぬ人形と成り果てた残骸を眺めていた。
「……こいつは、ダッチワイフぐらいにしかならんな」
大戦以前にはアンドロイドの製作技術も発達していたそうだ。
人工皮膚の滑らかさは人体のそれに限りなく近づいていたし、複雑な内部構造により筋肉の動作もほぼ完全な形で再現されていた。
表情も多種多様であったし、人工知能の思考判断力も人の社会に溶け込むには十分であった。彼らは確かに、人の友人にはなり得た。
が、それもこうやって壊れてしまえば全てが嘘っぱちなのだと分かる。
高度な人形を生み出す技術自体が葬り去られた今となっては、アンドロイドなどそれこそ単なる道具でしかない。
仮に人間と同じく大戦から生き残り稼働状態のまま残った個体がいたとしても、それらも使用者である人によって諸々の目的のために散々使い倒されるだけだ。
あるいはまともに動かなくなったのなら部品取りのために解体されるか、さもなくばなまじ中途半端に再現された人体を活用して慰みものになるだけだった。
要するに、こんな壊れた人形でも用途はまだあるというわけだ。それに自動車に比べればはるかに軽い。これならエリック一人でも運び出すことは出来るだろう。
ひとまずこの残骸は今日の成果として回収することにした。
仕事場の近くに回収物を運搬するための荷車を置いてある。アンドロイドの腕をそのまま取っ手代わりにして担ぎ、荷車に積み込むためにこの場を戻ろうとするエリック。
が、その時だった。
何かが聞こえた。ような気がした。
どこからともなく響いてきたその音。それは、人の呻き声のようだった。