14.
※※※※
戦闘は終わった。
国家の戦力は全滅し、もう完全に銃声は聞こえなくなった。
彼我の戦力差を考えれば居住区の住人など一人として生きてはいられなかったはずだが、それから鑑みれば結果としては奇跡的なまでに被害は少なく済んだ。
しかし、リサイクラーとコロニスト達が長い歳月の中で少しずつ蓄えてきた兵器、なにより虎の子のExAは全て失われた。
何もかもが無駄だったのだ。
それでも生命だけは残ったコロニスト達、それらを連れて、彼らをまとめるリーダー役の男はある場所へと足を運んだ。
彼らにとってはもっとも馴染みのある、例の廃工場の市場だった。
生き残った者達で一度そこに集まり、残っている物資があるならそれを回収しつつ、今後の方針を決めるのだ。
市場の敷地に足を踏みいれた途端に見えてきたその光景に、彼らは思わず眼を覆いたくなった。
「なんという、ことだ」
アンドロイドからの銃撃を受けて、全身を真っ赤に染めて倒れる死体の数々。
それだけではない。
おそらくExAによる攻撃もあったのだろう。原型を留めないほどに千切れた肉片が、元の持ち主も分からず辺りに飛び散っている。
そしてその中に、この市場のまとめ役でもありリサイクラーの武装勢力の幹部でもあった無精髭の男の姿もあった。
言うまでもないことだが、すでに彼も生命無き屍に成り果てている。
「これでは、生き残りに関しては期待出来ない。使える物資が残っているかどうかも分からんな。
……こんな結果、あんまりじゃないか」
苦々しく吐き捨てるより他ない。
それでも一縷の望みを捨てず、半ば崩壊している廃工場へと入ろうとするコロニスト達。
が、その時だった。
空気がうねるようなゴゥゴゥという低い音と共に、二機のExAが彼らの前に降り立った。
が、リーダー達は警戒しない。
なにせその二機こそ、国家のExAをことごとく破壊せしめた例の濃灰色の機体と、それに追従していた白亜の機体なのだから。
一応は、こちらの味方であった。
一体何をしに来たのだろう。こちらと同じく、全てが無に帰したこの廃墟で、火事場泥棒でもするつもりなのだろうか。
コロニスト達の視線を受けながら静止した濃灰色の巨人、その胸元のコックピットハッチが開き、奥から一人の男が姿を現した。
これもまた、ある程度見当はついていたことだ。
エリック・ハートマン。仲間内では名の知れた古株のコロニスト。あの機体のパイロットは彼だったのだ。
そのまま機体から降りたエリックはリーダー達の前にまで歩み寄ると、その傍らに倒れる無精髭の死体をじっと見下ろした。
「エリック、お前は……」
戸惑いながらそう呼びかけるリーダーの方を見ることもなく、エリックはわずかに眉間に皺を寄せて言った。
「これがお前らのやろうとしたことの結果か。バカみたいだな」
「何っ」
「このジジィ、しきりに俺を自分達のお仲間にしようと催促してきたよ。だが、今となっちゃ断って正解だったな。
こんな連中と一緒に死体になって転がるなんてまっぴら御免だ」
それは、誰が聞いても明らかな皮肉だった。
彼はこの期に及んで、死んでいった者達のことを嘲笑っているのだ。
「お、お前は……ッ」
リーダーはおもわず怒りに身を任せ、彼の胸ぐらに掴みかかる。
が、それをエリックは片手でやすやすと振り払って、言葉を続ける。
「事実だろうが。そもそもだな、お前らが国家に逆らおうなんて調子に乗らなければこんなことにはならなかった。
おとなしく連中の目に入らないように細々と生きていれば、少なくともこの居住区はもうしばらくは維持出来た。
それがこの始末だ。これからここに住んでた奴らはみんな路頭に迷うことになる。その原因を作ったのはどこのどいつだ?」
正論だった。リーダーにとっては、一番言われたくない発言だった。
エリックの言う通り彼らが武器を仕入れたりしなければ、少なくとも国家が第二十四居住区を襲撃することはなかっただろう。
この事態を起こしたあらゆる責任は、自分達にこそある。
それは分かっている。
だが、そもそも武器を取り国家に逆らおうとしたこと。それ自体にも理由はあるのだ。
このように最悪の事態に発展する危険を承知の上で、それでも事をなさんとするだけの理由が。
リーダーが、苦々しく吐き捨てるように語る。
「確かに、俺達がこんな真似をしなければ、ここももう少し長続きしただろう。
だがな、それはいつまでだ?」
「…………」
「俺達はこの居住区を必死の思いで復旧させ、人が住めるだけの環境にした。
上下水道と浄化施設を修繕して飲み水だって確保した。あるだけの発電機を無理やりかき集めて急増の発電所を作って、電力だって供給出来るようになった。
街の外から散り散りになっていた家畜を連れてきて繁殖させた、畑だって耕してみせた。それでようやく食うのにも困らなくなった。
だがな!だが、兎にも角にも物が足りないんだよ、ここには」
語る口調は徐々に荒くなっていった。
リーダーは両手を広げた。自分達が今立っている場所が何処なのかを示すかのように。
「見ろ。ここは所詮ただの瓦礫の山だ。そこから必死に使えるものを探したところで、ロクなものはない。
冬場はどうやって暖を取る?ここじゃ石油ストーブだって貴重品だ。それがなければ薪でも焚べるか?
だが、この荒れ果てた土地じゃそもそも薪になるような植物だってない。
それに、仮に使える電化製品が用意出来たとしよう。しかしそれを使うのにも電力がいる。その電力を発電するためには燃料だっている。
今は廃車だとかから手に入るガソリンやらで代用してはいる。だが、それがいつまでも手に入ると思うか?
それにな、ここには医薬品の類がまるでない。そんな状況で、伝染病なんかが流行ってみろ。それだけでみんな全滅だ。人も家畜もみんな!
この居住区も結局、ギリギリの瀬戸際でかろうじて維持できていただけだ。いつ破綻してもおかしくはなかった。
それこそ、今よりもずっと悲惨な終わり方をしてもおかしくなかったんだ。分かるか!」
長々と捲し立てる彼の言葉に、エリックは始めから聞いてなどいなかったとでも言いたげに、ただこうとだけ短く返事する。
「まぁな」
重苦しい沈黙が流れる。
それを破り、リーダーは静かに呟いた。
「俺の親父はそれで死んだよ……。
雪の降る寒い冬だ。重い肺炎にかかった。おそらくは細菌だとかウィルスによるものだ。治療薬はなかった。
親父は周りに感染して被害は広がらないように、逃げるように街の外へと出ていった。
俺はどうしてもそれが納得出来なくて、後を追ったよ。そして、見つけた。
遺跡の瓦礫の山の中に親父はいた。もう死んでいた」
「…………」
「実際問題、すでに死人だって大勢出てるんだ。年老いた人は冬を越せず、身重の女は子供を産めずにそのまま死ぬことだってある。
産まれた子供がすぐに死んで心を病んだ親だって何人も見てきた!
限界だったんだよもう。元々、この居住区は。それでもこの生活をなんとかしたいのなら、とにかくもっと豊富な、ちゃんとした物資が必要なんだ。
そして、戦後すぐに復興に取り掛かって、それらを安定して手に入れられる環境を整えた者達がいる。
何のことを言っているのか、分からんとは言わないよな」
「《国家》と言いたいんだろ?」
「そうだ。俺達だって奴らの協力を得られれば、本当はまともに生きていくことが出来るはずだ。
だが、だが奴らはな!自分達だけでモノも環境も独占して、俺達難民達には決して分けたりはしないんだ!
これじゃいつまで経っても、俺達の生活はよくならない。だったらどうすればいいと思う?
奪い取るしかないだろうが!武力を使って、持たざる者が持つ者から奪うしか!」
彼らの言いたいことはつまりそこに集約されていた。
だから、武装勢力を作って戦おうとしたことは正しい。
その結果国家の反撃を受けて全てが台無しになったとしても、その責任は自分達にはない。
悪いのは全て国家だ。と、そう言いたいのだ。
それこそ、エリックにとってはくだらない話だった。
「それを、国家の連中に抵抗も出来ず殺された奴らにも言えるのか?
お前らのさっき言ったような老人も、身重の女も。子供だっていた。そいつらが死んだのは、悪い奴らをやっつけて、みんなの生活を良くするためだって?
でも途中でやられて、結局何も出来ませんでした、ってか。何の冗談だ」




